第29話 アキくんが好きなのは

 俺と水琴さんが付き合っているフリをする。

 そうすれば、一緒に住んでいるからどうこうという勘ぐりをかわすことができる。

 これは水琴さんの提案。


 そして、それに夏帆の親友のユキも賛成だという。

 俺もびっくりしたし、水琴さんも意外そうに青い瞳を見開いた。


 俺たち二人に見つめられて、ユキはどぎまぎした様子だった。

 落ち着きなさそうに視線をきょろきょろさせ、手をもじもじさせている。


「そ、そんなに、驚くこと?」


「だって、ユキは反対すると思っていたよ」


「あ、あのね、夏帆がアキくんを振ってしまったのって、危機感がなかったからだと思うの」


「危機感?」


「夏帆はね、きっと、ずっと幼馴染でいれて、それで振ったり避けたりしても、自分のことを好きでいてくれるアキくんに……甘えたいんだよ。自分は相手を受け入れないのに、相手は自分を受け入れてくれるっていうのって、たぶん、とても心地が良いんだと思う」


「夏帆はそんなこと考えたりしないと思うけど……」


「ううん。夏帆はね、悪い子なんだよ」

 

 ユキはくすっと笑った。

 その言葉は、夏帆自身も言っていた。

 自分はとっても悪い子なんだ、と。


 ユキの言葉はそこで終わりではなかった。


「でも、私はそんな夏帆が大好きなの。アキくんもそうだよね?」


「まあ、うん」


 俺も夏帆のことが好きだから、当然、答えはそうなる。


「良かった!」


 ぱっとユキは顔を輝かせた。


「だからね、きっとアキくんと水琴さんが付き合ってるところを見せつければ、夏帆も危機感を持つと思うの。ずっとアキくんのことを独り占めしていられるのが、あたり前ではないってわかったら、自分の本当の気持ちに夏帆も気づくはずだから」


「そういうものかな」


 そんな都合よくいくとは思えない。

 恋は魂の触れ合いと粘膜の接触にすぎない、と夏帆は言っていた。


 でも、ユキは自信があるようだった。


「恋って、相手を独り占めすることなんだよ。夏帆もそれにきっと気づくはず」


 そして、ユキは水琴さんを振り返った。


「水琴さんも、それで……いい?」


「もともとは、わたしの提案だからいいけど、でも、秋原くんと佐々木さんが付き合うためにやるわけじゃない」


 水琴さんはかなり不満そうにユキを睨んだ。

 ユキも今度は動揺せず、微笑んだ。


「いいよ。でもね、アキくんが好きなのは、水琴さんでもなくて、私でもなくて、夏帆なの。そのことを忘れないでほしいな」

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