第30話 女神の望み

 ユキは、俺が好きなのは夏帆だと言う。

 それはそのとおりだ。


 けれど、水琴さんは首をかしげる。


「でも、桜井さんも秋原くんのことを好きなんだよね……? その……秋原くんと佐々木さんが付き合ってもいいの?」

 

 言い終わる前に、ユキが水琴さんを鋭く睨んだ。


「私がアキくんのことを好きだと思っているなら、それも、誤解だよ」


「だって昨日は……」


 昨日のユキの言葉は、水琴さんの目から見ても、俺に好意をもっているとしか考えられなかったらしい。

 だから、今回ばかりは単なる俺の思い込みということはないと思う。


「私の望みは、アキくんの隣に夏帆がいることなの」


 俺は口をはさんだ。


「なんでユキは俺と夏帆の関係にそんなにこだわるの?」


「私はね……アキくんと夏帆みたいな幼馴染に憧れているの。小さい頃からずっと一緒にいて、私のことをなんでも理解してくれる人が、私のことを好きだと言ってくれる。私はそんな人がいたらいいなって思っているの」


 立ち上がったユキは、ぱんぱんとスカートの裾をはらった。

 その姿を見て、改めて思ったけれど、ユキは本当に小柄だ。

 俺よりも水琴さんよりも夏帆よりも、ずっとちっちゃい。


 ユキは寂しそうに笑った。


「でも、私には幼馴染なんていないの」


「小学校のころは、ずっと転校続きだったんだよね」


「うん。だから、わたしが恋しているのは、アキくんにじゃない。アキくんと夏帆の関係に恋してるの」


 ユキは小さな声で、そう言った。

 それがユキの本心なのか、俺にはわからなかった。


 しばらく、俺達は黙ったままだった。

 もうとっくの昔に一時間目の授業ははじまっていると思う。


 沈黙を破ったのは、水琴さんだった。


「桜井さん、わたしはあなたと違って、自分の気持ちに嘘はつかないの」


「え?」


「秋原くんが、わたしと秋原くんの関係は、わたしの望むようにしてくれていいって、言ってくれたから。だから……わたしは……秋原くんの恋人になりたいの」


 それから、水琴さんははっとした顔をした。

 俺も、そしてユキも驚愕の表情を浮かべて水琴さんを見た。 

 いま水琴さんはなんて言った?


 聞き間違えでなければ、水琴さんは俺の恋人になりたいと言っていたけれど。


 水琴さんははっとした顔をして、それからみるみる頬を真っ赤にしてしまった。

 よほど恥ずかしかったんだろうけれど。


 でも、水琴さんは俺とユキから目をそらさず、続きを言った。


「い、いまのは言い間違いだから。わたしはわたしが望むから、秋原くんの彼女のフリをするの。絶対に、秋原くんを佐々木さんに渡したりするためなんかじゃ、ないんだから」

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