第28話 協力者ユキ

 女神様は俺と恋人同士を偽装するという。

 てっきり、雰囲気的に告白されるのかと思っていた俺は、拍子抜けした。


 俺はくすっと笑った。


「こないだは兄妹ごっこをして、今度は恋人のふり?」


「あ、遊びでやろうってわけじゃなくて、……クラスであれだけ噂になってたら、付き合ってるってことを否定するほうが大変だと思うの。だったら、最初から、わたしたち、付き合っているってことにしてしまわない?」


 水琴さんの提案はいちおう理解できるものだった。

 なるほど。


 逆転の発想だ。

 誤解を解くのではなくて、誤解されたままでもいいや、と思うわけだ。


 そして、俺は自分のことをちょっと恥ずかしく思った。

 何も俺は成長していない。


 俺は夏帆に異性として好意をもたれているとずっと一人で思い込んでいた。

 でも、そんなことはなかった。

 ユキが俺のことを好きだということにも、ずっと気づかなかった。


 そして、いま、水琴さんがもしかして俺のことを好きなんじゃないかと、一瞬だけ勘違いした。

 また、同じ失敗をするところだった。


 ともかく、水琴さんが俺のことを好きなんて、やっぱりありえないのだ。

 肝に銘じておく必要がある。


 それにしても、水琴さんの提案にはいくつか問題がある。

 俺はぼやいた。


「夏帆が何て言うかなあ」


 あっ、という顔を水琴さんはした。

 まったくそのことに思い当たっていたなかったらしい。


「そうだよね……。秋原くんは、佐々木さんのことが好きだったんだよね」


「ああ、うん」


「いまでも、佐々木さんと付き合いたいって思ってる?」


「それは……そうだね。もし夏帆が俺を受け入れてくれるなら、それは嬉しいと思う」


「そっか」


 水琴さんは目を伏せて、ちょっと暗い声でつぶやいた。

 たしかに、今でも俺は夏帆のことが好きだ。


 だから、その意味でいえば、俺が水琴さんと付き合っているという誤解はまずいといえば、まずい。


 夏帆と付き合えるという可能性がなくなってしまう。

 まあ、もともと0.0001だった可能性がまったくのゼロになってしまうというだけだけど。


 それに、ユキのこともある。


 ユキが俺に告白したというわけではない。

 でも、俺と水琴さんが一緒にいるところを見たユキは、傷ついた表情をして、そして、俺の隣にいるのが、なぜ自分では駄目なのか、と言っていた。

 水琴さんも言っていたとおり、ユキは俺のことが好きということらしい。


 そんな状況なのに、ユキのことをどうするか決めないまま、水琴さんと彼氏彼女だと偽装するというのは、誠実さを欠くと思う。


 俺がそう言うと、水琴さんはしょんぼりとした。


「やっぱり、わたしが秋原くんと付き合っているなんて言ったら、迷惑ってことだよね」


「そういうわけじゃないけど……」


 そのとき、生物準備室の片隅からごとり、と物音がした。

 なんだろう?


 もしかして、誰かいるんだろうか?

 この狭い部屋のなかに?


 俺は部屋を見回して、気づいた。

 なにやら白い布のようなものがかかった荷物が、部屋の一番奥の床にある。

 でも、布の下にうすっらと見える中身は、膝をかかえた女の子だった。


「もしかして、ユキ?」


 びくりとその子は震える。

 俺は布を取り払った。

 あたりだ。

 

 赤いアンダーリムのメガネをかけた、小柄なセーラー服の少女。

 夏帆の親友で、俺の中学時代からの友人のユキだ。

 なぜか、体操服の上着だけ、大事そうに胸に抱えているし、頬を上気させている。

 なんだろう?  


 ユキは怯えたように俺を見つめた。


「ごめんね。アキくん? 盗み聞き、するつもりじゃなかったんだけど」


「どうしてユキがここにいるの?」


「ちょっと、いろいろと……」


「? まあ、いいけど、それより今の話、聞いていた?」


 ユキはこくりとうなずいた。


 しめた。

 都合よく、ユキの誤解を解くことに成功したかもしれない。


 俺たちが付き合っているわけじゃないってことは、いまの会話を聞いていたらわかっただろう。

 ユキは隠れていたし、この場にはユキ以外には俺たちしかいなから、俺たちが嘘をつく理由もない。


「ふたりは付き合っていないの? ……なにもしていない?」


 ユキはおそるおそるといった様子で確認した。

 俺と水琴さんは顔を見合わせ、うなずいた。


 ユキはほっとため息をつくと、申し訳無さそうに俺を見つめた。


「私の誤解……だったんだね」


「昨日もそう言ったよ」


「ごめんね。私……恥ずかしい」

 

 ユキは赤面した。


 俺は昨日の光景を思い出した

 ユキは涙を流して走り去ったけど、その理由は単なる勘違いだったとようやく気づいてもらえたらしい。


「良かった……二人が付き合ってるわけじゃ……ないんだ。それに、アキくんが夏帆のことを好きなままでいてくれて、本当に……良かったよ」


 ユキはすごく嬉しそうに微笑んだ

 そして、ユキは俺と水琴さんを見比べた。


「アキくんと水琴さんが彼氏彼女のフリをするって話を、今してたんだよね?」


「あー、うん」


 当然、ユキはそんなことには反対だろう。

 ユキが俺のことを好きだという意味でも、ユキが俺と夏帆の仲を取り持とうとしてきたという点でも、ユキが賛成する理由がない。


 けれど。


「私は、水琴さんがアキくんの彼女のフリをするなら、協力するよ」


 ユキはそう言って、不思議な笑みを浮かべた。

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