第27話 偽物の恋人
「告白したのは、もしかして女神様からなの? 意外だなあ」
橋本さんはにこにこしながら、水琴さんの肩を叩いた。
たしかに、さっきの水琴さんの発言は、誤解を与えかねないものだった。
まるで、水琴さんが俺のことを好きかのようにクラスメイトたちを勘違いさせてしまう。
びくっと水琴さんが震える。
それにかまわず、橋本さんはじーっと水琴さんを見つめた。
「女神様、なんかいつもと雰囲気も違うしさ、本当に秋原のことが好きなんだね」
「べ、べつにわたしが秋原ののことが好きってわけじゃなくて。秋原くんがわたしのことを好きなんてありえないから、だから、付き合ってるなんて、そんなことないって言いたかったの」
「そんな嘘をつかなくていいよ。やっぱり二人は付き合ってるんでしょ?」
「わたしは、秋原くんのただの遠縁の親戚だから……それだけなの」
「でも、ひとつ屋根の下に住んでたらさ、それだけってこともないんじゃない? 秋原に変なこと、されそうになったりしなかった?」
「秋原くんはそんなことしたりしない!」
と水琴さんは反射的に答えた。
けど、正直なところ、俺からすれば、裸の水琴さんの身体を拭いたりとか、やましいことだらけだった。
橋本さんはにやりと笑った。
「男嫌いなのに、秋原のことは信頼してるんだ?」
「そういうわけじゃなくて……。ううん、そうだね。わたしは秋原くんのこと、信頼してる」
「ほら、やっぱり秋原のこと、好きなんだ?」
「……それは違うの」
「正直になりなよ、女神様。水琴さんさ、恋する乙女って顔してるよ?」
「え?」
水琴さんはそう言われて、みるみる顔を赤くした。
みんながじーっと水琴さんを見つめた。
「ね、どうなの? 秋原のこと、好きなの? 女神様!」
橋本さんは後ろ手を組んで、水琴さんにぐいっと顔を近づけた。
回答の拒否は許さない。
そういう感じだ。
完全に困りきったのか、水琴さんは首をふるふると横に降っていて、口をパクパクさせていた。
しかも、ちょっと涙目になっている。
さすがに水琴さんが可哀想だ。
ここで助け舟を出せば、ますます誤解されるかもしれないけど。
でも、泣きそうになっている水琴さんを放っておくよりは、同棲してるとか言われたほうがマシだ。
俺は水琴さんの手をとった。
ちょっと気恥ずかしいけれど、この場から水琴さんを連れ出すという明確な意思表示が必要だ。
少し水琴さんは震え、俺を上目遣いに見つめた。
「水琴さん。ちょっと外で話さない?」
こくこくと水琴さんは首を縦に振った。
いったん教室の外へ逃亡して、ついでに善後策を練ることにしよう。
橋本さんが目を輝かせた。
「これから授業だっていうのにデート? いいね! あ、でも一時間目の授業をサボったりしたらダメだよ。うちも一応クラスの委員長だしさ?」
「はいはい。デートじゃなくて、この誤解をどうやって解くかを話し合うんだよ」
けれど、橋本さんは俺の言葉を無視して、変なことを言い出した。
「あ、もしかして体育倉庫とかに行くの?」
「なんで?」
「あそこなら授業サボってエッチなことしててもバレなさそう」
「もし本当にデートだったら、もっと雰囲気のあるところを選ぶよ」
「ふうん。……じゃ、ふたりとも仲良くね」
橋本さんはにやにやしながら、ひらひらと手をふった。
これ以上、何を言っても火に油を注ぐだけな気がする。
俺は水琴さんを振り返った。
「行こう」
「うん」
水琴さんはうなずいて、俺の手をぎゅっと握り返した。
そして、席を立って、窓際の席から教室の入口へと進む。
途中に、夏帆が立っていた。
夏帆は黒い瞳で俺を見つめる。
まるで俺が立ち止まることを期待するかのように。
でも、俺は夏帆を見返したけど、立ち止まりはしなかった。
今は水琴さんをここから連れ出すのが優先だ。
廊下に出た後、人が来ないところはどこかと考えた。
生物準備室にしよう。
こないだユキに連れて行かれたところだ。
あそこなら、近くて静かだし、ちょうどいい。
暗い雰囲気の部屋だが、デートというわけでもないし。
俺は水琴さんの手を引き、水琴さんは素直についてきた。
廊下で登校してきた生徒たちとすれ違うけど、その視線が痛い。
俺は水琴さんに言った。
「そろそろ手を離してもいいよ」
「あ……」
「ますます誤解されちゃうし」
「そうだよね。秋原くんに迷惑をかけちゃう」
「べつに俺はそんなに迷惑なんてかかってないし、それはそんなに気にしなくていいよ」
「……そ、それなら、もう少しこのままでもいい?」
「え?」
「秋原くんの手、暖かくて気持ちいいなって」
水琴さんは小さな声で言い、青い瞳で俺を見つめた。
そんなふうに言われると、なんだか俺も気恥ずかしい。
結局、俺と水琴さんは手をつないだまま、生物準備室に入った。
薄暗くて、細長く狭い部屋だ。
茶色の棚には薬品や動物の模型のようなものが大量に並んでいる。
「水琴さん。扉、閉めてもらっても大丈夫?」
「うん」
水琴さんはうなずくと、つないだ手をじっと見つめて、そのあと手を離した。
そして、そっと部屋の扉を閉めた。
俺たちは立ったまま、向かい合った。
水琴さんがうつむいて言う。
「ごめん。わたしのせいで秋原くんを困らせちゃった。わたしたち、付き合ってもいないのに、クラスのみんなにいろいろ言われたし。……佐々木さんや桜井さんとのことだって、よく考えたら、わたしさえいなければ、きっと何も起きなかったのに」
「さっきも言ったけど、そんなの気にしなくていいよ。クラスのみんなも噂話が好きなだけだし。夏帆とユキの件は、悪いのはぜんぶ俺だよ」
「本当に、そう思ってくれてる?」
「嘘なんかつかないよ」
「わたしもね、秋原くんとなら、誤解されてもいいって、いま思ったの」
水琴さんは視線をそらしたまま、言った。
誤解されてもいい、というのは、俺と付き合ってるとか同棲してるとか、ほかのみんなに思われてもいいんだろうか。
水琴さんがそっと俺に近寄った。
そして、水琴さんは自分の手に目を落とし、それから何かを決意したように、まっすぐに俺を見つめた。
「秋原くんが迷惑じゃないなら……わたし、橋本さんに、秋原くんのことを好きって言っても良かったなって」
「え?」
「わたしたち、付き合ってるってことにしない?」
「ええと、それはどういうこと?」
本当に水琴さんに告白されるのか、と思って、俺はうろたえて一歩後ずさり、床に転がっていたダンボール箱に足をひっかけそうになった。
どうしよう。
もし水琴さんに告白されたら、俺はどうすればいいんだろう?
夏帆のことが頭に浮かぶ。
なぜか、想像のなかの夏帆は俺のことを責めるように見つめていた。
けれど、次の水琴さんの言葉は、俺が予想したものと全然違った。
水琴さんは胸に手をあてて、そして顔を真っ赤にして俺にこう提案した。
「わたしが言いたいのは、つまりね、わたしと秋原くんが恋人同士のふりをしようってこと」
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