第23話 わたしがしたいように

 俺と水琴さんはちょっと気まずい空気のなか、一緒に坂道を登っていった。

 家への帰り道なのだけど、誰かに見られたらまずいことになるかもしれない。


 さっきユキに誤解されたように。


 坂道の途中で水琴さんがくるりとこちらを振り返った。

 ワンピースのスカートの裾がふわりと揺れて、水琴さんの綺麗な白い足がちらりと見えた。


「秋原くんって、けっこうモテるんだ?」


「べつにそうでもないと思うけど……」


「なら、さっきのはなんなの?」


 さっきの、というのは、友人のユキが俺のことを好きというようなことを口走って、去っていったことだ。

 正直、ユキが俺のことを好きなんて、考えたこともなかった。


 ユキはいつも熱心に俺と夏帆の仲を取り持とうとしていた。

 俺が告白に失敗したときは、まるで自分のことかのように落ち込んでくれた。

 あれはなんだったんだろう?


 俺はうーん、とうなった。


「俺がモテるなんて考えられないと思うけど」


「どうして?」


「モテる要素がない」


「でも、秋原くんは、優しいよ」


「優しいっていうのが褒め言葉になるってことは、他に何の取り柄もないってことだよ」


「そんなふうに卑屈にならなくてもよいのに。わたしは、秋原くんが女の子から好かれる理由が、わかる気がする」


 水琴さんは優しくそう言った。


 でも、俺は優しくもないし、女子に好かれる理由もないと思う。

 夏帆もユキも、結果的に俺のせいで傷ついていた。

 全部、俺が悪いのかもしれない。


 俺はどうすればいいんだろう?

 ぐるぐると思考が回り、考えがまとまらない。

 そんな俺の目を、水琴さんが心配そうにのぞき込んだ。


「秋原くん。大丈夫?」


「なにが?」


「すごく思いつめた顔をしてるよ」


「そうかな?」


「うん。……昨日の佐々木さんも、今日の桜井さんも、ひどいよね。秋原くんの話を聞かないで、秋原くんを困らせて」


「あの二人は悪くないよ。たぶん、一番悪いのは俺だ」


「そうやって自分を責めるのが、一番良くないよ」


 水琴さんは俺のことを心配するように言った。

 なんだか、水琴さんは俺のことを気遣ってくれているみたいだ。


 最初に会ったときには、こんなふうに水琴さんが俺のことを心配してくれるなんて、考えられなかった。


「……今日の水琴さんは、なんだか優しいね」


「そ、そう?」


「そう。いつもこういう感じだと俺は嬉しいんだけど」


「こういう感じだと、秋原くんは嬉しいんだ?」


「そうそう。借りを作りたくないとか、人に迷惑をかけないとか、そんなこと気にしなくていいからさ。ただ、こういう感じに、普通に俺に接してくれれば、それでいいよ」


「……わたし、普通に人と関わるっていうのが、よくわからないの」


「どういう意味?」


「わたし……その……あんまり友達もいなかったし、家族も……いないようなものだし……。だからね。普通に人と接するっていうのが、具体的にどんなふうにすればいいのか、わからないの」


 水琴さんは恥ずかしそうにそう言った。

 

 氷の女神様は、学園のあこがれの的で、とてつもない美少女で、成績も学年二位になるぐらい抜群に優秀だ。

 そして、詳細はよくわからないけど、複雑な事情を抱えているみたいだ。


 だけど、そういった外側を取り去れば、水琴さんは普通の女の子なんだな、と俺はそのとき思った。

 水琴さんは俺を見つめた。


「だいたい、わたしと秋原くんの関係ってなんなの? 佐々木さんは秋原くんの幼馴染で、桜井さんは秋原くんの友達。なら、わたしは?」


「それが『普通の接し方』と関係ある?」


「もちろん。だって、友達だったら、友達らしい『普通』の接し方があるし、親子だったら親と子の普通の接し方があるもの。……もし、恋人だとすれば、恋人同士の『普通』の接し方もあると思う。でも、わたしたち、どれでもない」


「はとこ。クラスメイト。それじゃ駄目かな?」


「……どっちも正しいけど、でも、どっちも違う気がする」


「なら、水琴さんの好きなようにしてくれればいいよ」


「え?」


「水琴さんがしたいようにするのが、俺への普通の関わり方だ。貸し借りだとか義務とか正しさとか、そういうのは抜きにして、水琴さんが望むようにすればいい」


「わたしの……望み?」


「そうそう。考えておいてよ」


 べつに俺のことならそっけなくあしらってくれてもいいし、「最低っ」と罵ってくれてもいい。

 ただ、借りを作りたくもないとか、迷惑もをかけたくないとか、馴れ合いが嫌いだとか、そんな言い訳で、人を拒絶してほしくはなかった。


 余計なお世話なのかもしれないけど、それはたぶん、水琴さんの本心じゃない。

 本当の水琴さんは、ただ、臆病なだけなのではないかと俺は思っていた。


「わたしのしたいように、か。……うん。考えてみる」


 水琴さんは小さくつぶやいた。

 そして、俺をじっと見た。


「秋原くん」


「なに?」


「さっきも聞いたけど……夜ご飯、何にする?」


「水琴さんの望みどおりでいいよ」


 俺は微笑した。


 こないだまでは俺の料理を二度と食べないと言っていたのに、今は水琴さんのほうから、こうして献立を聞いてくれる。

 こういう感じのほうが、ずっと同居人としてはやりやすい。


 夏帆のことも、ユキのことも考えないといけないけど、とりあえず、いまは今日の晩ごはんのことを考えよう。

 水琴さんは頬を染めて、小さく言った。


「カレーがいいな」

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