第二章

第21話 幼馴染の友達は、晴人と夏帆をくっつけたい

 次の日も水琴さんはまだ風邪が治りきっていなかったけど、体調はかなり良くなったようだった。

 水琴さんはまだ学校にいけないから、俺も休もうか?と聞いたら、水琴さんは首を横に振った。

 

「今日はもう平気だと思うから」


 水琴さんはそう言って微笑んだ。

 強がりではなくて、本当に平気なのだろう。

 俺も学校を2日続けて休むわけにもいかない。


 そういうわけで俺は登校して、今は最後の授業が終わり、これから帰ろうというところだ。

 水琴さんのことが心配だし、俺は真っ直ぐ帰るつもりだった。


 夏帆は今日は一度も話しかけてきていない。

 俺がちらりと見ると、夏帆は怯えたような顔をして、露骨に視線を外した。


 完全に避けられているな、と思う。

 それも昨日あったことを思えば、仕方ない。


 俺は椅子に座ったまま、ため息をついた。

 そのとき、つんつんと背中をつつかれた。


 振り返ると、そこにはユキがいた。


 小柄で大人しい雰囲気の女子生徒で、赤いアンダーリムのメガネをかけている。


 桜井悠希乃。あだ名がユキ。夏帆の親友だ。


「ユキがうちのクラスに来るなんて、珍しいね。どうしたの?」


「どうしたの……じゃないよ。わかってるでしょう?」


 声をひそめて、ユキが俺の耳元に口を近づけた。

 ちょっとくすぐったい。

 なにやら、聞かれたらまずい話のようで、たぶん夏帆に関係する話だ。


「アキくん。今から、時間ある?」


「ちょっとだけなら、大丈夫だけど」


 ユキはうなずくと、俺の腕を引っ張った。

 俺はぎょっとした。

 大人しいユキがこんな強引なことをするなんて珍しい。


 俺は仕方なく立ち上がり、ユキについていった。

 教室を出て、廊下の角を曲がり、生物準備室に入る。


 薄暗くて、細長く狭い部屋で、こんなところ誰もこない。

 ユキは扉をぴしゃりとしめると、俺を振り返った。

 スカートの裾がふわりと揺れる。


 そして、ユキはつかつかと俺に近寄って、俺の胸に人差し指を突きつけた。


「ゆ、ユキ? どうしたの?」


「とぼけるんだ? 夏帆のこと、傷つけたのに」


「夏帆がなにか言ってたの?」


「夏帆は……今日の朝から、ずっと元気がなかったよ。ホントに落ち込んでるみたい。それで、理由を聞いたら、『昨日、晴人の部屋に行ったら、晴人に……』って、言いかけて、黙っちゃって」


「それ以上、何か聞いてない?」


「何も……言ってくれないの」


 ユキはちょっと悲しそうに首を横に振った。

 きっとユキからすれば、親友の夏帆には自分になんでも打ち明けてほしいんだろうな、と思う。

 でも、夏帆だって、まさか水琴さんが俺の家にいるなんて話を言いふらしたりはしないだろう。


 背の低いユキは俺を見上げた。


「アキくんが、夏帆になにかしたの?」


「なにかって?」


「それは……その、無理やり、エッチなこととか」


 ユキは顔を赤らめて、そう言った。

 俺が部屋に来た夏帆を押し倒すか何かして、いけないことをして、そのせいで夏帆が落ち込んでいる。

 そうユキは誤解しているらしい

 俺も信用がないな、と思う。


「そんなことしてないよ」


「でも……夏帆の態度を見てたら、昨日、アキくんの家でなにかがあったのは間違いないよ」


「そうだね。でも、それをユキには話せない」


 ユキはちょっと傷ついた表情をした。


「友達の私に、話せないの?」


「ごめん」


「夏帆と仲良くなるのにも協力してあげてるのに」


「それなんだけど、もういいよ」


「え? な、なんで?」


「俺のせいで、夏帆を傷つけてるんじゃないかって思ったんだよ」


「やっぱりアキくん、昨日、夏帆を傷つけるようなことをしたんだ?」


「ユキが想像しているようなことはなにもしていないよ。もし俺が夏帆を襲うようなやつだと思うなら、ユキはこの状況をもっと警戒するべきだ」


「え?」


 ユキはそう言って、あたりを見回した。

 暗くて狭い部屋に二人きり。

 誰も他の生徒はやってこない。扉は閉められている。


 もし俺がユキをどうこうしようと思ったら、小柄で非力なユキにはどうしようもない。

 ユキは顔をもっと赤くした。


「で、でも、アキくんが好きなのは夏帆だし、だから、私になにかしようなんて……」


「ユキは真面目だからそう思うかもしれないけど、高校生の男子なんて、可愛い女子だったら誰でも襲いかねないよ」


「アキくんは……私のこと、可愛いと思うの?」


「? そりゃ、まあね」


 ユキは地味だけどけっこう可愛いと思う。

 実際、俺の友人たちも、「桜井さん、いいよな」と言って、気軽にユキと話せる俺を羨ましがっていた。


 夏帆や、水琴さんほどではないけれど。

 そんなふうに比較することは失礼かもしれない。女子に内心を知られたら激怒されるだろう。

 俺は邪念を追い払った。


 ユキは「ふうん」とつぶやき、俺を見つめた。

 それから、はっとした顔で慌てて続けた。


「と、とにかく、夏帆と仲直りしないと……だめなんだからね? アキくんが勝手にもういいって言っても、許してあげない」


「どうしてユキは、そんなに俺と夏帆を仲直りさせたがるの?」


「だって、アキくんは夏帆のことが好きで、夏帆だって本当はきっとアキくんのことが好きなんだよ。素直になれないだけで」


 俺はそうは思っていなかった。

 ユキは夏帆の親友だけど、夏帆の本心を理解できていないんじゃないだろうか。

 そんなこと、口には出さないけれど。


「私はね……アキくんと一緒にいる夏帆が好きなの。アキくんのこと、甘えた声で『晴人』って呼ぶ夏帆は可愛いもん。それに、アキくんに優しくされてる夏帆って、とっても幸せそう。私は、そういう夏帆を見ていたい」


「見ているだけでいいの?」


 俺がそう聞くと、ユキは瞳を少し見開いた。

 そして、力強くうなずいた。


「うん。見ているだけで幸せなの」


 ユキは自分に言い聞かせるように、そう言った。

 でも、本当だろうか。

 

 ユキは本心を隠しているような、無理をした声をしていた。

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