第14話 女神様が風邪を引く
「おはよう、水琴さん」
「おはよう、秋原くん」
翌日の午前七時、俺が朝食の用意をしていると、水琴さんが起きてきた。
寝ぼけた様子で目をこする水琴さんは、なかなか可愛かった。
なんというか、氷の女神なんて呼ばれている学校での姿と違って、かなり無防備だ。
水琴さんは俺の横を通り、洗面所へ行こうとしたみたいだった。
けれど、そのとき、水琴さんの身体がぐらりと揺れ、その場に倒れそうになった。
そのまま倒れると壁へ激突しかねない。
俺は慌てて水琴さんを支えた。
捻挫のせいかと考えたけれど、そんなに重傷ではなかったはずだし、今日まで長引いてるとも思えない。
「水琴さん、どうしたの?」
俺の腕の中の水琴さんが顔を赤くした。
いや、もともと顔はだいぶ赤かった気がする。
俺は水琴さんの額に手を当てた。
「あ、秋原くん? やめてってば」
「ひどい熱だ」
俺はうめいた。
水琴さん、とうとう本当に風邪を引いてしまったらしい。
しかも、軽くないやつを。
防寒具なしにこの寒い冬に外を出歩いていたんだから、当然だ。
「わたし、平気だから」
そう言ったあと、水琴さんは苦しそうに咳き込んだ。
全然、平気じゃないと思う。
俺は戸棚からいくつかの道具をとりだした。
「ほら、体温計。測ってよ」
「学校だって行けるもの」
「ちょっと歩くだけでふらつくのに?」
俺がそう言うと、水琴さんは俺を睨んだ。
「平気ったら、平気なんだから。離してよ、秋原くん!」
水琴さんは俺を振りほどくと、二歩三歩と歩いて、またふらついて倒れそうになった。
仕方なく、俺は水琴さんを抱きとめた。
「無理せず寝ててよ」
水琴さんは涙目になりながら、しぶしぶうなずいた。
このままだと水琴さん、布団まで戻る途中でもまた転びそうになるだろうな。
俺は水琴さんを布団の上につれていった。
体温計で測ると、三十九度四分。
高熱だ。
「学校は休みだね」
「……仕方ないよね」
水琴さんは毛布を引き上げ、恥ずかしそうに顔を隠した。
それから、水琴さんは言う。
「秋原くんは学校に行く?」
「あー、うん。どうしようかな」
「行っちゃうの?」
水琴さんが心細そうにつぶやいたので、俺は意外に思って真下で寝ている水琴さんの顔をまじまじと見つめた。
水琴さんが「今のなし、忘れて」と顔をますます赤くして言った。
口がすべったんだろうけど、これは、ここにいてほしいということなんだろうか。
「行かないほうがいい?」
「そんなこと、わたし、言ってない」
そう言って、水琴さんは赤い顔でこほこほと咳き込んだ。
たしかに高熱の病人を一人だけ放置して学校に行くというのも気が引ける。
いざとなったら病院へ連れて行かないといけないし、体調がさらに悪化して誰も助けがいないと目も当てられない。
前も雨音姉さんが体調を崩して倒れたとき、看病のために休んだことがある。
俺も休むか、と思って学校に電話して、俺も「風邪だ」と嘘をついた。
水琴さんの風邪がうつったら、本当のことになるから、気をつけないといけないけど。
それから夏帆にスマホで休むとメッセージを送っておいた。
水琴さんのほうの欠席の連絡は、さすがに俺からするわけにはいかない。
スマホが充電されている場所は、水琴さんの布団からちょっと離れた位置にある。
起き上がって取ってもらうのも大変だろうし、俺は水琴さんのスマホを手に取ると、布団の中の水琴さんに手渡した。
「つらいと思うけど、学校には連絡できる?」
「うん」
水琴さんは咳き込みながら学校に電話で話し込んでいるあいだに、俺は冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取り出した。
それをカップに入れて、電話が終わった水琴さんに差し出した。
「とりあえず水分とったほうが良いよ。飲めそう?」
「……ありがと」
水琴さんは軽く身体を起こして、カップに口をつけて飲み始めた。
息が上気していて、はぁはぁと肩を上下させている。
とてもつらそうだ。
それから、水琴さんは俺を見つめた。
「わたし、秋原くんに、学校を休んでほしいなんて、言ってない」
「べつに水琴さんがそうしてほしいって言ったから休むんじゃなくて、俺がそうしたいからずる休みしているだけだよ」
「嘘つき。わたしの看病、してくれるつもりで、休んだんでしょ?」
とぎれとぎれに水琴さんが言う。
しゃべるのもおっくうなほど辛いんだと思う。
俺は首を横に振った。
「水琴さんさ、ゆっくり寝てなよ」
「……ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「一昨日、寒かったときに、服も、飲み物も、お風呂も、ご飯も用意してくれて、風邪を引かないように、してくれたのに。なのに、結局、風邪引いちゃった」
「そんなこと水琴さんが謝ることじゃないよ。まあ、昨日はコートを借りて出かけていってくれたほうが良かったけどね」
「そんなの、悪いもの」
「善意の申し出は、人は素直に受け取ってくれたほうが嬉しいものだよ」
「そう?」
「そう。だから、水琴さんは気にしなくていいんだよ。食欲ある? おかゆとか作るけど」
水琴さんは首を横に振った。
今は食べられない、ということだろう。
高熱があるときだと、そんなものだ。
冷却シートやマスクがあれば、と思ったけど、あいにく切らしていた。
「ちょっと薬局行ってくるから、そのあいだ、大人しくしててね」
「なんか、子どもあつかいされてる気がする……」
水琴さんが恥ずかしそうにつぶやいた。
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