第15話 突然の来客

 俺が薬局から帰ってきたとき、水琴さんはぐっすりと寝ていた。

 熱で体力を奪われているだろうし、ゆっくり睡眠をとるのが良いと思う。

 汗をかいたからか、白地のTシャツとショートパンツ姿に着替えていた。


 冷却シートやマスクも、水琴さんが起きてから使ってもらえば大丈夫だろう。


 部屋の加湿を忘れていたことに気づき、俺は加湿器に水を補給して電源を入れた。

 ついつい使うのを忘れがちになってしまうけれど、風邪の病人がいるときぐらいはちゃんと使おう。


 それから、俺は推理小説をいくつか本棚から取り出した。

 どれも買ったままなかなか読めていなかったもので、いい機会だし、この機会に少しでも読み進めてしまおう。


 俺は水琴さんの隣に椅子を持ってきて、文庫本片手に腰掛けた


 しばらく俺が推理小説を読んだりして何時間か経った頃、足をつんつんとつつかれた。

 水琴さんが布団の中にTシャツの寝間着を着て寝ていて、そして、俺を見上げていた。


「秋原くん」


「なに?」


「お水が飲みたい」


「了解」


 俺は立ち上がって、コップに水を入れて水琴さんに渡した。

 そして、水琴さんがコップに唇をつけ、飲み干すと「ありがとう」と言った。

 そのとき、俺は気づいた。

 

 水琴さん、はじめて素直に俺に頼み事をしてくれたんじゃないだろうか。


 俺は水琴さんの青い目をじっと見つめた。


「な、なに?」


 水琴さんがどぎまぎした様子で俺に問い返した。

 俺は首を横に振った。


「なんでもないよ」


「そう、なの?」


「他になにかしてほしいことない?」


「えっとね、トイレに行きたいんだけど……」


「歩けない?」


「歩けるとは思うけど、途中でふらつくかもしれないから……」


「支えてほしい?」


 水琴さんはこくこくとうなずいた。

 急に水琴さんが素直になったのは、風邪で弱ったから、善意は素直に受け取れと言ったから、どっちなんだろう?

 俺は水琴さんに手を差し伸べると、水琴さんは俺の手をとり起き上がった。


 銀色の綺麗な髪がふわりと揺れる。


 俺は水琴さんに言われたとおり、介添えしてトイレまで行った。


「悪いけど、恥ずかしいから……」


「トイレの前で待ったりしないよ」


 俺がへらりと笑うと、水琴さんはトイレのなかに引っ込んだ。

 ちょっと距離を置いて、水琴さんを待ち、トイレから出てきたら、また水琴さんを布団まで連れて行った。

 布団の中に入ったら、水琴さんはこほこほと咳き込んだ。


「咳止めの薬、あるけど、いる?」


「……うん」


 俺はもういっぺん水をくんできて、水琴さんに手渡した。

 そして、水琴さんは受け取ったが、それを飲もうと持ち上げた直後に、手をすべらした。

 コップはひっくり返り、中身をすべてぶちまけて、水琴さんの身体にかかった。


「ひゃんっ」


 水琴さんが可愛らしく悲鳴を上げた。

 見ると、寝間着のTシャツがびしゃびしゃになっていて、胸のあたりの下着が透けている。


「ご、ごめん」


 俺は慌てて目をそらしたが、水琴さんは不思議そうな顔をした。


「どうして、秋原くんが謝るの? こぼしたの、わたしなのに」


「いや、いろいろとね……。ともかく、拭くのは後でもできるから、着替えちゃってよ。冷たいよね?」


「秋原くんはさ、どうしてわたしに優しくしてくれるの?」


 水琴さんは濡れた寝間着のまま、俺に尋ねた。

 よりにもよって、そんな格好で聞かなくてもいいのに。


 俺は目をそらしながら、答えた。


「理由なんてないよ」


 それを聞いた水琴さんが、疑わしそうな声で聞く。


「わたしの目、まっすぐ見てよ。どうして目をそらしているの?」


 それは水琴さんの下着が透けて見えるからです、とは言えず、俺は仕方なく水琴さんと目を合わせた。

 濡れた寝間着の布地が水琴さんの白い肌にぴったりとくっつき、ますます下着がはっきり見えるようになっていた。


 ピンク色の花柄のデザインのブラジャーで、意外と可愛らしいものをつけているんだなあ、とか俺はどうでも良いことを考えた。


 先に水琴さんに気づかれるとかえって面倒なので、俺は仕方なく言った。


「水琴さん、下着が透けてる」


 俺の一言で、水琴さんは自分の胸元を見て、顔を真赤にした。

 それから、大慌てで隠そうと、毛布を引き寄せようとして、自分の身体が濡れていることに気づいたようだった。

 毛布まで濡らしてはいけないということだろう。

 あたふたしながら、どうしよう、と水琴さんは途方にくれていた。


 下着よりも、この水琴さんの慌てた態度のほうが見てて、ほっこりするな、と俺は思った


「俺はいったん部屋の外に出るから、着替えちゃってよ」


 俺はそう言って、水琴さんの寝ている部屋との区切りの障子戸を引いた。

 案外、水琴さんもうかつなところが多いなあ、と思う。


 そのとき、玄関のインターホンが鳴った。

 誰だろう?


 俺が応対しようと立ち上がったそのとき、「晴人! いないの!?」という声がした。

 そして、ガチャガチャと鍵を開ける音がする。


 来客が誰かは明らかだった。


 この部屋の鍵を持っている三人の一人。

 俺の幼馴染、佐々木夏帆だ。

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