第11話 女神の危機

 幼馴染の夏帆と、その友達のユキが俺の家に遊びに来るという。

 けど、俺の家には、「女神様」と呼ばれるクラスメイトの女の子、水琴玲衣さんが泊まっている。


 夏帆たち二人が来れば、水琴さんがうちにいることはバレる可能性がある。


 いっそ二人に事情を説明しようかとも思ったけど、水琴さんが嫌がるかもしれない。

 それに俺自身、水琴さんがうちに住むようになった経緯をよくわかっていないのに、二人に話して理解してもらえるとは思えない。


 なら、残念だけど、二人がうちに来ないようにするしかない。

 俺が用事があると言い訳して、二人に断りの返事をしようとしたそのとき。


 ユキが不思議そうな表情を浮かべ、つぶやいた。


「あれ……うちの学校の子、だよね?」


 そう言って、ユキは道路脇の小道を指差した。

 ユキの指先のかなり遠くに、細い路地がT字形に交差する場所がある。

 あのあたりは築年数の古いアパートや雑居ビルの集まりで、一部は処分する人が見つからないまま、廃墟になっている建物もあった。

 

 そこにセーラー服姿の女子生徒が立っていた。 

 その制服は、たしかに俺たちの通う学校のものだった。


「あの子、水琴さん……だっけ」


 ユキのつぶやきのとおり、その女子生徒は水琴玲衣だった。

 遠目からでも、水琴さんの銀色の流れるようなロングヘアはよく目立つ。 


「アキくんたちと同じクラスなんだよね」


「よく知っているね」


「だって……有名だもん。氷の女神様、だっけ」

 

 やはり学校一の美少女と騒がれているだけのことがあって、隣のクラスのユキをはじめ、水琴さんの名前は学校中に知れ渡っているらしい。


 一瞬、水琴さんがこっちに来て、鉢合わせになるのではないかと思ったけれど、その心配はなさそうだった。

 水琴さんは路地裏のさらに奥へと移動しようとしていたからだ。


 なんでそんなところへ行くんだろうと思ったとき、俺は水琴さんの周りに数人の男がいることに気づいた。

 他校の男子生徒だ。


 紺色のブレザーを着た彼らは、いずれもけっこう体格が良く、迫力がありそうだった。

 水琴さんは彼らに追い詰められるようにして、一歩ずつ後ろへと下がっていた。


 遠目からではあるけれど、その表情には怯えが浮かんでいて、なにか男たちと口論になっているようでもあった。

 男子生徒の一人が水琴さんの腕をつかみ、水琴さんは身体を震わせて、男を振り払おうとしていた。


「あれって、水琴さん、嫌がっているよね」


 夏帆が心配そうに言う。

 たしかに夏帆の言うとおりだ。

 事情はよくわからないけれど、水琴さんははあの男子生徒たちとトラブルになっていて、路地裏に連れ込まれようとしている。


 助けた方が良いかもしれない。


「ちょっと様子を見てくるよ」


 と、俺が言うと、夏帆とユキは顔を見合わせ、それから、俺のことを心配そうに見つめた。

 二人は、中学時代の俺がどんな感じだったかを知っているから、不安なのだと思う。

 俺はへらりと笑った。


「大丈夫。そんなに危険なことはしないよ」


「晴人さ、喧嘩はダメだからね」


 夏帆が真剣な表情で言う。

 俺は肩をすくめた。


「わかってる。暴力は使わない。二人は先に帰っててよ。危ないし」


「え? あ、待ってってば! 晴人!」


 夏帆の声を背中に受けながら、俺は細い路地を走り出した。

 同時に水琴さんの姿が奥の路地へと消えて、見えなくなる。

 

 あの道は行き止まりで、ただボロボロの雑居ビルの廃墟があるだけのはずだ。

 つまり、水琴さんもそこに連れ込まれた可能性は高い。


「まずいな」


 俺はひとりつぶやいた。

 しばらく走ってようやく目的の建物に入る。

 俺は気配を殺して建物の中を進んだ。


 やがて、雑居ビルの一階のホールのような部分に出た。

 内装はもうほとんど破壊されていて、何も残っていないのと同じだった。

 けれど、幸い、金属製のロッカーの残骸のようなものがあって、その陰に隠れなら、俺は様子をうかがった。


 ホールの中央に水琴さんは立たされていた。

 その周りをぐるりと三人の男子生徒が取り巻いている。


「こんなことしてどうするつもり?」


 水琴さんはいつもどおり、強気な口調でいったが、その足は震えていた。


 自分よりも遥かに背の高い男たちに連れ去られ、廃屋に閉じ込められた上で、囲まれたら、誰だって怖いはずだ。

 

 三人の男子生徒のうち、中央に立っていた茶髪の男ががんと近くにあったドラム缶を蹴り、大きな音が鳴る。

 その音に水琴さんがびくりと震えた。


「悪く思うなよ、遠見屋敷のご令嬢。あんたを少々痛めつけてくれ、と頼まれているんだ」


「誰に?」


「想像に任せるよ。それにしても、すごい美人だな。痛めつける方法は任されているが……」


 茶髪の男はそう言うと、水琴さんの身体を舐め回すように、上から下まで見た。

 そして、にやりと笑う。


 水琴さんは後ずさり、両手で肩を抱いた。

 その顔は青ざめ、今にも泣きそうになっていた。


 そのとき、隠れていた俺と、水琴さんの目が合った。

 水琴さんは碧色の瞳を大きく見開いた。


 べつにヒーローを気取るつもりはないけど、こういう状況になって、水琴さんを助けないという選択肢はない。

 ただ、喧嘩はしない、と夏帆に言ったのに、約束を破ることにはなってしまうな、とは思う。


 男が水琴さんをつかもうと手を伸ばした瞬間、俺は飛び出した。

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