第3話 水琴さんは怖い神様?

 夏帆に告白して「あたしは晴人のこと、そういう対象として見れないよ」と言われたときは大ショックだった。

 

 あまりに小さい頃から一緒にいすぎて、姉弟のようにしか思えない。

 そう夏帆は言った。


 俺はその週末の土日二日間、失恋のダメージでずっと寝込んでいた。

 けれど、本当に困ったのはその後だ。


 夏帆は気まずく感じたようで、俺のことを避けるようになった。

 気持ちはわかる。

 

 たしかに自分が振った相手と、以前と同じように接するのは難しいだろう。

 それがずっと一緒に過ごしてきた幼馴染だったら、なおのことだ。


 けれど、俺はただの友達でもいいから夏帆と一緒にいたかったし、夏帆に避けられるのも傷ついた。


 実は夏帆が俺のことを話したくもないぐらい嫌いなのでは、とも疑った。

 それなら、関係の修復は諦めざるをえない。


 けれど、夏帆の友達の女子にリサーチに協力してもらった結果、べつに夏帆は俺のことを嫌っているというわけではないということがわかった。


 純粋に恋愛対象として見れないという話であって、それで俺に告白されて、単に気まずくなって避けた。


 そういうことだったらしい。

 それなら、少なくとも元通りの関係に戻れる可能性はある。


 それから俺は頑張って、夏帆との関係を「幼馴染で仲の良い友だち」に戻そうとした。


 綿密なリサーチ、細やかな配慮、夏帆の友達の全面的なバックアップという涙ぐましい努力のすえ、教室で気軽に話しかけてもらえるぐらいには関係を直すことができた。


 我ながら頑張ったと思う。

 偉い! 俺!


 努力の結果が、元通り未満の関係になっただけというところが切ないけれど。


 ただの友達でも夏帆のそばにいれば、もしかしたらもう一度、チャンスがあるかもしれない。


 そんなふうにちょっとは期待したし、実際に夏帆の友達も「そうだよ」とうなずいて応援してくれた。

 

 でも、俺はわかっている。


 たぶん、告白する直前の、高校一年生の六月よりも、夏帆と親密になれる日は来ない。


 ともかく、目の前にいるのは、今の夏帆だ。


 俺は目の前の夏帆を見て、やっぱり困ってしまった。

 夏帆は俺の机の上に座って、足をぶらぶらさせている。

 

 白い太ももが目にまぶしいけれど、それ以上の問題がある。

 机というのはそれなりの高さがあるもので、そして夏帆のセーラー服のスカート丈は短かった。


「どうしたの?」


 と夏帆はキョトンとした様子で言い、そして俺の視線の先に気づいて、顔を真赤にした。

 要するに、スカートの下の夏帆の下着が見えてしまっていたのだ。


 夏帆は慌ててスカートの裾を押さえ、俺を上目遣いに見つめた。


「見た?」


「少しだけ」


 わざとじゃないんだけど、見えてしまったのだ。

 白、だった。


「晴人のエッチ」


「ええと、それより、質問は俺が何を見てたか、だったよね?」


「あたしのパンツでしょ?」


「いや、その前……」


 思い出した、というように、ぽんと夏帆は手を打って、それから跳ねるように椅子から立ち上がった。


「晴人さ、水琴さんを見てた?」


「うん、そのとおり」


 俺は正直に認めた。


 もし夏帆が俺のことを好きなら、そんなことを言えば夏帆は機嫌を悪くしただろうし、ヤキモチを焼いてくれたかもしれない。


 でも、そんな心配はない。

 夏帆は俺と付き合っているわけでもなんでもないんだから。


「やっぱり水琴さんを見てたんだ。なんで?」


 夏帆は不思議そうに首をかしげた。

 こういう細かい仕草も夏帆は可愛いなあ、と一瞬思い、その後、邪念を振り払った。


 べつに水琴さんを見ていたことに大した理由があるわけじゃない。


「いや、水琴さんってさ、さっきの時間は保健室にいたよね?」


「うん?」


「昼休み明けの移動教室の場所が変更になったって、知っているのかなあって思って」

 

「そっか。水琴さんは知らないかも」


「なら、教えてあげないと」


「晴人は優しいよね」


 夏帆は柔らかく微笑んだ。

 べつに俺はそんなに優しくはないし、同じ女子の夏帆が伝えに行ったほうがいいんじゃないかな。


 そう俺が言うと、夏帆は大げさに両手で自分の肩を抱き、震えてみせた。

 怖い、という意味のジェスチャーだろう。


 呆れる俺に夏帆が頬を膨らませて言う。


「だって水琴さんって怖いんだもん」


「美人だし何でもできる優等生だけどね」


「だからこそ、あたしは水琴さんのことが怖いの」


「水琴さんって男子と話すときのほうがあたりが強いというか、厳しいらしいけど」


 俺は控え目にそう主張して、夏帆に行ってくれない?と頼んでみた。

 けれど、夏帆は両手を合わせて俺を拝み、片目をつぶってウィンクした。


「神様、仏様、晴人様。あたしの代わりに水琴さんに話しかけに行って!」


「なにそれ?」


「おまじない?」


「神様って呼ばれてるのは、俺じゃなくて水琴さんのほうじゃないかな」


 俺は女神と呼ばれる水琴玲衣を見た。

 美しい水琴さんは何をしても似合うというが本当だった。


 ただ座っているだけでも、綺麗な絵画の一コマのように見える。

 要するにあまりに完璧すぎて、俺も水琴さんに話しかけづらい。


 けれど、他に水琴さんに移動教室のことを伝えていそうなやつもいない。

 俺は仕方なく椅子から腰を上げ、水琴さんの席へと向かった。

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