0-3 行こう
華やいだエドワード街で買い物を済ませると、俺はようやくウィリアム街に身体を向けた。
夕暮れが近づいていた。できるだけ早く、早くと杖に力を借りながら、歩を進める。
やけに気持ちが焦っていた。この三日間、俺は何をやっていたんだ、と後悔の念が脳裏を過ぎる。だから、できるだけ、できるだけ、早く。思うように動かぬ身体にもどかしさを感じながら、俺は必死に宵闇迫る地表を歩いた。
ウィリアム街に到着すると、俺は真っ先に少女の姿を探した。
彼女は、いつもと同じ場所で鉄くずを拾っていた。指先には薄いブルーの色彩が微かに光っている。
あぁ、よかった。無事だった。
と、思ったそのとき、俺は背後に気配を感じた。けっして子どもではない、殺気立った、何ものかの気配。
憲兵だ。
俺としたことが、付けられていたか。俺は少女に走り寄った。
彼女が驚き、何か口にしようとする前に、俺は彼女の手を引くと、じめじめとした仄暗い路地に少女を引っ張り込んだ。
「軍人さん! どう……」
「しっ!」
俺は彼女の口を手で塞ぐと、追ってきた憲兵が路地に踏み込むタイミングを狙って、渾身の力で杖を憲兵の頭上に振り下ろす。
「ぐっ!」
憲兵は不意を突かれ、たまらず、路上に転がり失神した。
そして、俺は息を整えながら、何事かと震えている少女に向き合うと、むんず、とその華奢な手を掴み、指先から彼女の「指輪」を外すと、倒れている憲兵に向けて放った。
彼女が悲鳴を上げる。
「何をするの!」
「すまない、君の大事な指輪を。だが、あの「石」は危険なんだ。あれを持っている限り、君は彼らに追われる……」
「え? どういうことなの?」
「悪いが、それを話している暇がないんだ」
俺はそう言いながらポケットの、
「この街にいると、また狙われるかも知れない。この金で、行けるところまで行け……。あと……」
そして、俺は反対のポケットに押し込んでおいた赤いビロードの小さな箱を手に取ると、それも、彼女の掌に載せた。彼女は黒ずんだ爪先を震わせつつ、箱をそっと開く。
なかには、金の指輪が収まっていた。輝く石の色は、薄いブルー。
少女が驚きの声を上げて、俺を見つめる。
「綺麗! 軍人さん、これは?」
「アクアマリンだよ。さっきの指輪のかわりだ。奪うばかりじゃ、君に申し訳がなさすぎるから」
柄にもないことをした俺は、それ以上言葉を上手く継げなかった。それだけやっと言うと、俺は身を翻し、路地から去ろうとした。
が、その腕を少女が掴んだ。俺の腕を彼女の熱が伝い、そして、か細い声が聞こえる。
「軍人さん、どこかに行くなら、私も一緒に連れて行って。片目だけどね、綺麗な色の目をした男の人だなあ、って、初めて会ったときから思ってた」
俺は唐突な彼女の言葉に、息を詰まらせる。そして、半ば唖然としつつ答えた。
「俺みたいな素性も知らぬ男に、付いてくると言うのか?」
「連れて行ってほしいの。もうここにはいたくないの。お願い」
少女は懇願する。それにただならぬものを感じた俺は、つい、頷きながら、こう言ってしまったのだ。
「わかった。とにかく、ここは離れなければ。行こう」
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