『顔も知らないあなたへ』第5話

「…以上が、依頼者シノンさんの伝言です。これ以上は何も仰っていませんでした。」


最後、私がそう告げると『オウサマ』と呼ばれた彼は膝から崩れ落ちた。「うっ…うあ…」と聞こえてくるのは彼の嗚咽だった。

顔を隠しているが、彼が涙を流しているのは明白だった。私たちは何も言わず、ただ地面に膝をついている彼を見つめるだけだった。


「これで、私たちの役目は終わりです。これに対する返信、返答は受付かねます。」


「…そうか。…うん、伝えてくれてありがとう。こんな、辺鄙なところに来てくれて。」


咽び泣く彼は小さいけれど、しっかりとお礼を伝えてくれた。その様子を見ている私は罪悪感よりも、彼に同情したい気持ちになってしまった。しかし、ここで私たちの約束を破るワケにはいかない。


「…返信は出来ませんが、新しい“依頼”としてなら受けれます。」


「え…?で、でも、返信はダメなんじゃ…」


「はい、返信はダメですが、この場で依頼することも可能です。どうしますか?やる?やらない?」


代わりの案を提供したのは璃々だった。敬語で話しながらも、最後は元の口調に戻ってしまっていた。彼女なりに彼の気持ちが報われないのを考えたのだろう。その話を聞いた彼は驚いて彼女の顔を見た後にすぐに下を向いた。


「…こんな俺が、あの子に話してもいいんだろうか」


「それは私たちには分からないよ。あんたがどんな人生を送って来たのかなんて分からないけれど。ただ言えるのは、生きている間にしか伝えられないこともあるってこと。で、どうするの?」


彼にはまだ迷いがあった。


自身の想いを、“何をしていた”かを話すことに抵抗があるようだった。私たちが訪れた時、一瞬彼の部屋の中が見えた。そこにはごちゃごちゃに置かれているゴミや服が散乱していた。山積みになっている物達の奥にあったのは一つの椅子と、上から垂れ下がったロープ。それに加えて聞こえて来た色んな物が落ちる音。


そのことに気がつきながらも私たちは依頼主のために伝えることだけに専念した。


「…こんな俺でも、役に立ててたんだなぁ…」


「…そうなんでしょうね」


「そっかぁ…うっ…ぐすっ…あーー…何で、生きるのってこんなにも辛いんだろうなぁ…」


下を向いていた彼は上を向き、笑っていた。しかし、彼の目からは涙が溢れており、彼が浮かべている表情とはちぐはぐだった。鼻水も垂れて来ている彼の顔は、先程の複数の感情が入れ混じったものではなかった。


彼が発した言葉は、心からの叫びだった。


「ぐずっ…なぁ、さっきの話、本当か?こんな俺でも、伝えてくれるのか?」


「はい、もちろんです。私達『想い屋』は誰からの依頼も拒否する権利はありませんから。」


服の裾で涙を拭き、真っ赤に腫れている目を潤ませてこちらを見た。私たちは依頼を拒否することはない。どんな人の想いでも、届ける必要があると思っているから。

彼の質問に答えると、「じゃあ、頼む」と頭を下げて来た。真っ赤な髪色に似合わないお願いの仕方に少し戸惑ってしまうのは仕方ない。


「分かりました。では、もう一度説明致しますのでよく聞いて下さい。まず、一つ目は……」


彼の心の底からの依頼を受け入れるために、確認の説明をした。彼は真剣な目で聞きながら相槌を打っていた。最後に一言だけ言って終わらせることにした。


「では、これが最後です。今後、あなた達の依頼を受けることはありません。私は『想い屋』であり、伝言を伝える人間ではありません。それでも、いいですか?」


「…もちろんだ。俺の、最後の想いを伝えてくれ」


躊躇いのない彼の返事に「分かりました」と言い、自分の頭を空っぽにするように深呼吸をする。地元よりも冷える空気を肺に入れ込み、そのままゆっくりと吐き出す。ふわりと消える白い息を少し眺めて彼と目を合わせる。








『さぁ、あなたの想いを聞かせて下さい。』











********



「…ねぇ、あれで良かったの?」


「何が?私は依頼者の意向に沿って伝えただけだよ。それ以上でもそれ以下でもない」


「まぁ、そうなんだけどさ…」


私たちが今いるのは最近巷で噂のカフェ。周りは噂になっている割りに人が少ない。室内と屋外にも席があり、外から見るとかなりお洒落なカフェだ。私たちはその中でもこのカフェの中で一番人気のパフェを食べるために来たのだ。


周りからの視線は相変わらず痛いのだが、外に出る際に目立つのは仕方ない。こんな珍しい髪色と目の色がいたら私でも見るもん。


「でもさ?シノンさん、泣いてたじゃん?私たちあのまま放置して来ちゃったし…」


「シノンさんが大丈夫って言ったからいいの。深入りはするもんじゃないよ」


そう、私たちはこっちに戻ってきてすぐに彼女に連絡をした。すると、「今からすぐに向かいます!」と言われたので、この前出会った公園で私たちは待っていた。


その後、すぐに依頼者である『夜の王』さんからの内容を伝えた。彼女は聞いている間、真剣な目をしていたのだが、聞き終わった後には顔を覆い隠すようにして肩を震わせていた。彼女が何でそんなことをしているのか、何と無く察することが出来たのだが、何と言えばいいのか分からなかった。


璃々が心配して「大丈夫ですか?」と聞くと、「大丈夫、ですので…色々、ありがとうございました…」とだけ言われた。さすがの私も心配になり声をかけたのだが、「今は、1人にして下さい…」と言われてしまったので璃々と顔を見合わせてその場を後にした。


「私は……心配、だよ…」


浮かない顔をしている璃々は過去の自分を見ているようだったからなのか、いつまでも引きずっているようだった。もちろん、私もしばらく心配していたのだが、ある時にその心配は消え去った。それをいつ璃々に説明しようか悩んでいると、ちょうど良いタイミングで店に置いてあるテレビの音が聞こえた。


『…では、続いてのニュースです。以前から話題になっている女性社長、川野詩乃さんが経営している会社が東証で一部上場しました。本日午後3時から行われる会見では今後の見通しについて語られていました。』


「……え、待って、夢。あれって…」


「そ。彼女がシノンさんよ」


「は、はぁぁぁぁあああああ!?!!?」


大きな声をあげた彼女に周りの人が一気に注目した。私は「ちょっと、静かにしてよ」と注意すると、すぐに「あ、ごめん…」と言って肩を小さくするようにして申し訳なさそうな顔をしていた。


「てか、夢このこと知ってたの!?」


「うん。ちょっと前にニュースで見たからね。」


「それならそうと言ってよ!」


「んー…一応言おうと思ったんだけど、たまにはサプライズもいいかな〜って。あ、ありがとうございます」


会話の途中で現れた店員さんから話題のパフェをもらった。話題になるだけあって、なかなかのボリューミーだ。たくさんの苺が乗っており、中にもぎっしりと詰まっているのが外からでも分かる。私はキラキラ光っている苺に目を輝かせてスプーンを手に取った。


「いや、そんなサプライズとかいらないし…って、あー!それ、私が狙ってたやつ!」


「早いもん勝ちよ〜」


大きな苺をスプーンに乗せて、一口で食べる。冷たくて甘い苺は、私の口の中を幸せにする。私に負けじと食べようとする璃々を横目に、店内で流れている、誰も興味がないようなニュースを見ていた。

そこには、綺麗な笑顔で会見に応じている彼女、シノンさんがいた。


『…では、川野さんがこのような会社を作ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?』


『それは…色々、あるんですけどね。自分の経験で他の人を助けたい、そう思ったのは確かです。最近、私の取った行動で救われた命がありました。それが目に見えた物でなくても、1人でも多くの命を救い、彼らと向き合って生きて行きたいと思ったのです。これから先、どんなに辛いことがあっても、夜空を見て、初心に帰ろうと思います。』


『…以上が会見の様子です。では、コメンテイターの……』


「…だってさ、璃々?」


「…別に?幸せそうじゃん、あの人。」


記者会見の一部の内容が放送され、私と璃々はテレビに夢中になっていた。途中から見ていた璃々は、記者会見が終わるとすぐに目の前のパフェをもぐもぐと食べ始めた。

彼女の顔は少し赤くなっており、口元は緩んでいたのを私はしっかりと見ていた。


彼女が今後どうするかなんて、私たちには分からないし、正直関係もない。だからこそ、こうやって遠くから見ていることが出来るし、彼女も私たちにあんなことを頼んだのだろう。


この前、公園で1人で泣いていた女性は、いつの間にか綺麗な笑顔でテレビ越しに笑っていた。その笑顔を見るために私たちはきっと存在しているのだろう。


「夢も、ちょっと嬉しそうだよ?」


「…そうかもね。」


璃々は持っているスプーンを私を指して、ニヤニヤしている。先ほど言われたのが恥ずかしかったのか、仕返しと言わんばかりの笑顔だ。私はその笑顔に口を緩ませて、相槌を打った。


私たちの目の前にある苺パフェは少しずつ減っていき、最後の苺を私が食べた時には「あーーー!!!」と大声で叫ばれたのは言うまでもない。


「…ちょっと、甘酸っぱいかもね。」


最後の苺をゆっくりと味わいながら、再度流れる記者会見を見ていたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Delivery〜あなたの想い、届けます〜 茉莉花 しろ @21650027

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ