『顔も知らないあなたへ』第4話

『えっと…もう、話しても大丈夫ですか?…分かりました。では、話します。』


『オウサマヘ。私、シノンです。覚えていますか?あれから5年以上経ってしまいました。お元気しているでしょうか?あの後、ずっと姿を現さないオウサマを心配していました。』


「…これが、シノン?」


私が話し始めたのを聞いた彼は目を見開いていた。話し始めた内容、ではなく私の声に。戸惑いを隠しきれない彼は何がどうなっているのか、理解出来ていなさそうだった。すると、私の横にいた璃々が説明を始めた。


「この子、夢は一度聞いたり見たりしたものは全て覚えている『ハイパーサイメシア』なの。それに加えて自由自在に変えられる声帯を持っている。今、彼女が話しているのは『シノンさん』の声よ」


「そんなこと、本当に…」


目の前で信じられないものを見ているような、そんな目をしている彼は言葉が見つからないようだ。私は彼の声が意識の遠くから聞こえるような、そんな曖昧なものだったのだが、気にせず話し始めた。


『こんなので信じてくれるかは分かりませんが、私は今、起業しています。自分の経験を活かして塾を経営しようと奮闘中です。』


『もう、会うことはありませんが、私を支えてくれたあなたにお礼を言いたくて…この、『想い屋』を利用しました。』


私は自分の頭の中に入っている彼女の言葉と、どのように話していたのかというリズムを呼び起こすように再現する。


『…あの時、リアルの世界で一人ぼっちになっていた私が、やすらぎの場所となっていたのがあのチャットでした。顔も知らない子たちと話して、時には電話して。今思うと、何であんなにも危険なことをしたのだろうって、思います。』


『それでも、オウサマはこんな私を好きって言ってくれて。声しか知らないけれど、あなたの声は今でも耳に残っています。』


「……シノン」


『今、どんな生活をしているのか、それとも生きているのか、死んでいるのかなんて全く分かりません。でも私は、あなたが生きている、この世界にいることを信じています。』


彼女の名前を呼んだ彼の顔は何とも言えない表情だった。悲しみ、懺悔、後悔、喜び、全てが混ざり合ったような顔。彼はただただ私が続ける話しを聞くだけだった。


『最後に、これで、本当の最後です。長々とごめんなさい。こんな私を「好き」と言ってくれてありがとう。本当か、嘘かなんてどうでもいい。その気持ちだけで、私は生きられる。今の私がいるのは全部、あなたのお陰です。私はもう、後ろを向いて生きません。だから、オウサマも、お元気で…』


震える声で最後の挨拶を終えようとした。あの時聞いた彼女の声は、震えていて、本当にこれで最後であると言うことを教えてくれた。どんな気持ちで言ったのか、彼女がどんな経験をしたのかなんて、私には分からない。けど、これを伝えたい気持ちでいっぱいだったのだけは分かっていた。


「……何で、こんな俺に…」


『あ、あと!』


「…え?」


『もう一言だけ!』


彼が自分の顔を手で覆うようにして表情を見せないようにしていた。終わったと思われたそれは、まだ続きがあったことに驚いていた。

そして、私は本当に最後の彼女の言葉を伝えた。


『……月を見る度に、あなたを思い出していました。それだけ、です。』

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