『顔も知らないあなたへ』第3話
揺れる車の中で見た夢は、いつもと同じだった。
1人の女の子がそこにいて、最初は一緒に遊ぶ楽しい夢で、中盤から雲行きが怪しくなってくる。冷たくなっていく彼女と、周囲の女の子達。
そして、最後にこう言って終わる。
『あんたって、最低だね』
「…さん。…さい。ゆ…さん。夢さん!」
目を開けるとそこには心配そうな顔をしているソウさんと、眉間シワを寄せている璃々がいた。少し息が切れ切れになっているのに気づいた。そんな私の顔色が良くないことに気づいたのか、額に手を合わせてくるソウさん。
「熱は…なさそうですね。凄いうなされていましたよ?何か、あったんですか?」
「…いえ、いつものことなんで」
曖昧に返すと、困った顔をしたソウさん。何て言えばいいのか分からないのだろう。流石の彼も戸惑っていたら璃々が「またあの夢?」と言った。
私は彼女の質問に頷き、何も言わずに体を起こして準備をした。
「もう、着いたんですよね?」
「え?ま、まぁそうですけど…」
「分かりました。では、今から向かいます」
外の温度は分からないけれど、自分の地元と同じくらい寒いだろうと考えてふわふわの上着を着てマフラーを巻く。私の行動を見ているソウさんはハラハラしているようだった。まるで、自分の娘を心配しているお父さんのようだ。
「大丈夫ですよ、ソウさん。いつものことなんで」
彼の心情を察したのか、璃々は何事もないように言った。その話を聞いたソウさんは何か言いたそうに口を開いたのだが、すぐに閉じて「そう、ですか…」と力無く呟いた。
私はこの雰囲気に居た堪れなくなり、「じゃあ、行きますね」と小さく言ってドアを開けた。まぁ、こんな雰囲気になってしまったのは私のせいなんだけど…
「璃々も付いてくる?」
「ん〜…そうしようかな。じゃ、ソウさんはここで待っててね」
軽く手を振って私の後ろを付いてくるようにして上着を着た。私は先に外に出ようと大きくドアを開けると、ひんやりと冷たい風が中へと入ってきた。ここもかなり寒いようだ。私は袖をぎゅっと掴んで足を地面に下ろすと、足からも冷気を感じた。
「うっわ!めっちゃ寒いじゃん!ちょ、早く!早く行こ!」
私が車から降りてすぐに彼女も降りてきた。1人で騒いでいる彼女の反応に白い目を向けていると、グイグイと私の腕を引っ張られた。私は止めようとしたが、そんなことで止まるような子ではないことは知っているので、何も言わずについて行くことにした。
「ねぇ、ここめっちゃ都会じゃない?」
「まぁ、今回の届け先はここだってことなんだろうね」
「ふーん…」
私たちが来たのは日本の中心である東京、大都会である。大勢の人が行き交い、忙しないその動きに目が回りそうだ。彼女の話によると、ここからだいぶ離れているようだ。ソウさんから貰った地図を頼りにして私たちは歩いて行く。
15分ほど歩いただろうか。私たちは裏道のような場所を歩いている。まぁ、何というか古き良き建物が多い。率直に言えば「ここ本当に東京?」と思えるほど寂れている。璃々はキョロキョロしながら歩いているのだが、私はただひたすら彼女の後ろについて行くだけ。
「あ…」
「いった!え、どうしたの?」
「ここだよ、夢」
いきなり立ち止まった彼女が指を差したのはこれもまぁ、だいぶ年季の入ったビル。表面はコンクリートが所々むき出しになっている。周りは太陽の光が入りにくいのか、暗めの道を通って来た。不安感が増すようなこの場所は少し不気味だ。
「ここの、201号室だってさ。行く?」
「…まぁ、依頼だからね」
「そうよね〜」
愚問を投げかけてくる彼女も納得しているのか、素直について来た。エレベーターなんてものはなく、端っこに階段が付いているのだ。その階段を一歩一歩ゆっくりと踏んで上がると、カンッカンっと音が鳴った。
そして、二階に着いた私たちはすぐにその部屋を見つけ出し、顔を見合わせた。別に、特に意味はないんだけれどね。私は扉の横に付いているインターホンを押した。
ピンポーン、とよくあるチャイムの音が聞こえた後、「はーい」と男性にしては少し高めの声が聞こえた。合唱だと、テノールくらいだろうか。少しガチャガチャと何やら崩れる音が聞こえたのだが、その直後にガチャリと鍵が開いた。
「はいはい、新聞は間に合ってますよ…って、あれ、新聞の人じゃない?」
出て来たのはかなり派手な髪色の男性。20代後半くらいだろうか。あの依頼主よりも少し年上のように見える。私も目立つ髪色をしているのだが、彼の頭は真っ赤だ。もちろん、血ではないのは分かっているが少し驚いて目を見開いてしまった。
「はい、違います。私たちは『想い屋』です。依頼者『シノン』さんからのご依頼で今回伺いました。」
「シノン…?どこかで聞いたことあるような…」
考える仕草をしている彼は何かを思い出そうとしているようだ。それに、私たちの話を聞いても嫌そうな顔をしない辺り、『想い屋』のことを知っているのかもしれない。
「あなたは、『夜の王』さんでよろしかったでしょうか?」
「え、何でその名前を…」
「シノンさんがあなたにどうしても伝えたいことがあると言って私たちにご依頼されました。長い話になりそうなので、公園でもお話してもよろしいですか?」
「あ〜…ちょっと待ってて」
少し考える素振りをした彼はそれだけ言ってドアを閉めた。何やら中でバタバタ準備をしているようだ。その音を聞きながら待っていると、璃々が耳打ちして来た。
「悪い人ではなさそうね。訳ありっぽいけど」
「…ここに依頼してくる人、そして届け先の人は大体そんなもんだよ」
「それもそうね…」
私たちを利用しようとしている人達は本当に少ない。まぁ、多い時もあるんだけど、それは一定の期間だけであり。普段はそんなに依頼はない。だって、あるかどうかも分からない人に頼るなんて、本当に藁にもすがる思いなのだから。
「ごめん!待たせた!」
「大丈夫ですよ。では、行きましょうか」
勢いよく開けられたドアはガンっと壁にぶつかり、彼は焦ってドアノブを引いた。当たった壁に手を当ててスリスリしている辺り、本当に良い人そうだ。
それを見た私は少し笑ってしまったが、気を引き締めて来るときに見つけた小さな公園へと向かった。
******
「…では、改めましてお話します。私たちは『想い屋』です。ご依頼者シノンさんから夜の王さんへのメッセージを承りました。これから話す内容は、一字一句全て彼女からの伝言です。」
小さな公園は人はまばらだった。あの時と同じだ。小さい子たちも見当たらないので、恐らく帰ってしまったのだろう。どう見ても子供に見えない私たち3人はこの公園ではだいぶ浮くのだが、誰もいないので好都合だった。
「待って待って、『想い屋』って、あの都市伝説の?あれって、本当にあるのか?」
「えぇ、目の前にいる私たちがその『想い屋』です。」
「マジかよ…本当に、いるなんて…」
驚愕している彼は予想通り知っていたようだ。それもそうだ、私たちは都市伝説としてはかなり有名なのだから。あまりにも目撃者が少ないので、決定的な証拠にならないと言うのと、私のこの能力を信じない人がほとんどだったからだ。
「それはそうと、早くこの伝言を伝えたいのですが…よろしいでしょうか?」
「え?あ、あぁ…」
「分かりました。では、始めさせて頂きます」
これ以上説明することはないので、私はすぐにでも終わらせようと彼を急かした。彼の反応は戸惑っているものだったが、そんなことは関係なしに私は深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。
『では、依頼者シノンさんの伝言を、運ばせて頂きます』
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