『顔も知らないあなたへ』第2話
「…以上です。これで、私の話は終わりです」
「……ありがとうございました。また後ほど伝え終わった旨をお伝えしますので、一週間ほどお待ちください。」
長い長い彼女の話が終わった後、私は事務的なお知らせをして璃々にすぐに今後のことについて相談を始めた。すると、「はぁ…」とため息をついた後にそのまま地べたに座り込んでしまったシノンさんがいた。
「大丈夫ですか?」
「え?あ、はい…すみません、色々とご迷惑をおかけして… その、何ていうか予想以上に気疲れするんだなぁって思って…」
座り込んだ彼女に手を差し伸べて、立ち上がらせた。第一印象では仕事がバリバリ出来るような気の強い女性だと思ったのだが、今回のことは別のようだった。
「そんなもんですよ。皆さん、緊張してカチコチに固まる人が多いんで」
少し笑いながら言った璃々は彼女を励まそうとしたのだろう。こういう所で優しさを見せる彼女は本当に素敵な友人だと実感している。その言葉を聞いてふにゃりと笑ったシノンさんは何処と無く安心しているようだった。
「では、先程お話した通り、依頼が終わりましたらご連絡致します。では、もう既に暗くなって来ているので気をつけてお帰りください」
淡々と話して行くと、「はい、ありがとうございました」と深々と頭を下げたシノンさん。そして、私たちに背を向けて颯爽と歩いて行った。私たちは彼女の後ろ姿を見ながら小声で話をした。
「やっぱ、人は見かけによらないって本当なのね」
「まぁ、人には一つや二つ、隠していることがあるよ」
「そういうもんかね…」
彼女の発言を聞いて私は自分の思ったことをそのまま言った。対象者はシノンさんだけじゃない。私も、璃々も、同じだ。ただ、それを他の人に話していないだけで。
「さて、さっさと調べて届けに行きましょうかね〜」
「届屋だけに??」
「いや、そんなドヤ顔されても褒めないからね?」
******
「ねぇ、忘れ物ない?かなり都会に行くらしいから周りに注意するのよ?いい?」
「も〜!分かったって言ってるじゃん!お母さんか!」
「だって心配なんだよ!ただでさえ目立つんだから!」
しつこく確認してくる璃々。本当に私のお母さんのように確認してくる。いや、むしろこっちが本物のお母さんじゃない?
「こら、誰がお母さんよ。そもそもね、あなたがしっかりしないから……」
「お待たせ致しました。準備は整いましたよ」
「ソウさん!」
私の心の中がバレた後、タイミング良くソウさんが現れた。彼は、私たちを依頼主の届け先まで送ってくれる運転手さん。話によると璃々が知り合ったらしいのだが、その話はあまり詳しく聞いていない。何も言わず、私のこの能力も疑いもせずに協力してくれるのは彼くらいなのだから。
「お二人とも、お元気そうで何よりです。早速ですが、今回は少々距離が遠いので乗ってください。」
「あーはいはい、分かりましたよ〜…ったく、タイミング良いのか悪いのか…」
ブツブツ文句を言うようにして璃々は車の中へと入って行った。少し大きめな真っ黒な車。漆黒の色、と言っても過言ではないだろう。パッと見何処ぞのヤーさんか?と思われてしまう風貌なのだが、実はこれは彼の所有車なのだ。中はもっと広くて快適なので、長時間の運転は全然平気。
「今回はそんなに遠いんですか?」
「そうですね…いつもよりプラス2時間ほどかかるので、遠いですかね…」
「うげぇ…それなら、私寝てようかな。夢も寝たら?」
「うん、そうするよ」
いつもの移動時間は平均1時間くらいなのだが、今回は更にかかるようだ。それまでの時間は大体寝ている。璃々が中に入った後、すぐに私も中に入る。外とは違った暖かさが私たちを迎え、少しずつ体が温まる。
扉を閉めたソウさんはすぐに運転席へ戻り、「では、動きますよ」と言ってゆっくりと車が動き始めた。すぐに寝るわけでもないので、ぼーっとしていると璃々が口を開いた。
「それにしても、私たちに協力するなんて、あなたも変わってるのね〜」
「まぁ、色々と経験して来ましたからね」
「ソウさん、私のこの事について聞いた時もそんなに驚きませんでしたよね。それも、経験、ですか?」
彼は苦笑いしているのがミラー越しでなんとなく見えた。言葉を濁していた彼なのだが既に私の能力、「ハイパーサイメシア(超記憶症候群)」の話を聞いても特に大きなリアクションをしなかった。
「そんな所です。俺、あちこち転々していたので色んな人に会って来たんです。まぁ、夢さんの能力は初めて聞きましたけど」
アハハ…と軽い笑いをしている彼に私は「そうなんですか…」としか言えなかった。聞いて欲しくないことがあるのだろう。すぐに気がついた私は何も言わないようにした。そして、大きな欠伸をした璃々が「もう寝る〜…」と言って横になって寝てしまった。彼女が言い出しっぺだったのに寝るとは。
「はい、ゆっくり休んでください。夢さんも、着くまで時間がかかりますので寝ててください。」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて…」
隣で堂々と横になっている彼女の邪魔をするわけにはいかないので、私は窓に頭を預けて目を閉じた。外から聞こえるのは寒そうな風の音とすれ違う車の音。シノンさんが話していた内容を頭の中に巡らせながら、ゆっくりと眠りに入っていった。
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