『顔も知らないあなたへ』第1話

季節は冬。いや、まだ秋になったばかりなのに身も凍るような凍てついた空気が私の頬を撫でる。軽く吹くだけでヒリヒリとしてしまうその風に嫌気がさしながら、依頼者の所へと向かった。ふわふわ靡く私の髪が頬に引っ付いたり、離れたりしている。


「いい加減、切ろうかな…」


「はぁ!?ちょ、あんた正気!?」


「正気って…失礼ね。本気に決まってるじゃない」


誰にも聞こえないように呟いたつもりだったのだが、まさか聞こえているとは。どんな耳をしているんだか。彼女の質問に嫌々答えながら、首に巻いているマフラーに自分の顔を埋める。そんな私を見て、彼女はワザとらしいため息をついている。


「夢ぇ?あんた、見た目だけは良いんだからさ…」


「あーはいはい…わかりましたよ〜」


耳を塞ぎながら念仏を唱えるように言ってくる彼女は私の幼馴染である届屋璃々(とどけや りり)。数少ない友達の内の1人、と言っても過言ではない。たぶん。

彼女の見た目はどこにでもいそうな女の子。ただ、ちょっと気が強いのが難点で、よくケンカをしているとか。まぁ、学校に行っていない私は関係ないんだけどさ。そんな私が何故幼馴染と一緒にいるかと言うと、例のアレだ。


「…んで?今回の依頼者は?」


「…ん。」


璃々が差し出した手に私はウェブサイトをコピーして印刷した一枚の紙を渡した。受け取ったのを横目で確認した私は、すぐに手を引っ込めて袖の中へと入れた。そんな私を見ていない彼女はその紙を読み上げた。


「えーっと、何々…?『こんにちは。私、シノンと申します。今回は、どうしても伝えたい人がいるため依頼しました。話だけでもいいので、聞いてもらえないでしょうか?○月○日○○公園で待っています。』…ですってよ」


「分かってるよ。とっくに読んだって」


「ふーん…名前的に、ちょっとワケありっぽいね。で、今からその場所に向かっていると?」


「…まぁ、そんなとこ」


今回の依頼主は本名を名乗っていない。名前的にもあだ名か又はニックネームだろう。ということは、あまり存在を知られたくないか、それとも相手も同じようにワケありなのか。まぁ、そんなことは会ってみないと分からない。吐いた息が白くなって上に登っていくのをみながら私はボーッとしていた。


「ちょっと、今から依頼なんでしょ?しっかりして!」


「分かってるよ……あ、あの人?」


遠くに見えるのは少し小さめの公園。ここらでは子供達が遊ぶ以外に何も出来ない場所。よくある公園だ。そんな公園に、綺麗なスーツを着ている女性がベンチに座っていた。子供達がいるはずの公園で、スーツの女性がいるのはだいぶ目立つ。私はそのまま彼女の元へと近づいて行った。

足音に気がついたのか、こっちを振り返る女性。後ろからだったので見えなかったのだが、かなりの美人さんだ。整った顔を見て何も思わない訳ではないだが、ただこのような人が依頼してくるのは珍しいと思った。そんなことは隠して話しかける。


「あなたが、依頼者のシノンさんですか?」


「え、えぇ… あの、あなたが『想い屋』さん、かしら?」


「はい、そうです。依頼して頂き、ありがとうございます。それで、今回はどのような内容でしょうか?」


「あの……本名がわからなくても、この想いを伝えることは、出来ますか?」


モジモジと、彼女は自分の手を合わせるように遊ばせている。キチンと着こなしているスーツとは真逆の様子。どこか申し訳なさと言うか、後ろめたさのようなものを感じる。この質問に対して私の答えは決まっている。


「はい、可能ですよ。ただ、お聞きしたいことが増えてしまいますが。…それでも、よろしいでしょうか?」


「……!はい、私に出来ることなら何でもします!」


「分かりました。では、それまでの経緯とその相手についてもう少し教えてください。」


私の答えが意外だったのか、声が少し興奮しているようだった。そんな彼女が話し始めたのはだいぶ前のお話。私達よりだいぶ年上の彼女は24歳らしい。そんな彼女が中学生の時の話をしてくれた。


内容を要約すると、ネットで知り合った“彼”のことがずっと気がかりでモヤモヤしていたとのこと。しかし、それを探す術は全くなく、知っている情報は少しだけ。関東圏に住んでいて、彼女と同い年の男の子。場所は某有名な百均が火事になった場所に近いとか言っていたらしい。そして、彼曰く心臓病を患っていたとか。本当かどうかは分からないが、そのことを話している彼女の顔は真剣だった。


「……今、どこで何をしているのかなんて全く分かりません。でも、私の想いだけでいいので伝えて欲しいんです。だから……」


「藁にもすがる思いで私たちに頼んだってことね。よくあることだわ」


シノノンさんが話している途中で璃々によって台詞を取られてしまったのを見て私は彼女を少し睨んだ。


「…そう言う事なら、早速内容を話してください。今回は時間がかかると思うので、少々待って頂くことになると思います。」


「も、もちろんです!」


「では、その前にもう一度守って欲しい事項をお話しします」


私の発言によって少し緊張感が増したのか、カチコチに固まってしまっている彼女、シノノンさん。彼女をリラックスさせた方がいいのかもしれないが、それをしているような時間もない。少し急ぐようにして早口で解説した。


「既にウェブサイトを見ていらっしゃるなら分かると思いますが、これはあくまでデリバリーです。私が出来るのはあなたの話したこと“全て”を相手に伝えるだけです。それ以下でもそれ以上でもありません。ここまでは良いですか?」


「……はい」


「では、早速内容に移ります。今回は特例ですので、いつもより詳しいことを聞きます。まずは名前、年齢、その相手さんが話していた内容を覚えている限り話してください」


淡々と説明していく私を固唾を飲んで聞いていた彼女、シノンさん。私の話を一通り聞き終わった後、ゆっくり話し始めた。その人は男性で、『オウサマ』と読んでいたらしい。名前は…もちろん、分からない。ただ、その彼に関する情報は覚えていること全て話した。そして、最後に眉を下げて彼女は言った。


「本当に、見つけられるのでしょうか?」


「疑ってるのですか?」


「い、いえ…随分前の、話ですので…」


「大丈夫ですよ。責任を持って届けます。では、今からそのメッセージ内容を話してもらいます。話終わった時はちゃんと伝えてください。良いですか?」


「はい。お願い、します…」


深く息を吸い、そのまま大きく吐いた彼女はオドオドしていた先ほどとは打って変わって、凛々しい表情になった。

私もこれからが自分の仕事だと自身に言い聞かせるように握り拳に力を入れる。少しだけ目を瞑り、周りの音を遮断するように目の前にいる彼女に集中した。


『さぁ、あなたの想いを聞かせてください』



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