04 (10)
「わたし。わたしですね。夢があったんです」
彼女。
「歌のおねえさんになるっていう、夢です。こどもたちに囲まれて。歌とか踊りとかで、こどもをたのしませる職業に就きたいなと、思って」
似合っているかもしれない。わけわからない行動が多いし。俺の炭酸飲むし。
「それの練習をと思って、デパートの屋上の仕事を、とりあえずしようと思って。ステージのおねえさんとか、そういうのです」
そのみかん箱ステージのところに。うちの子供が先導して、ひとを集めはじめる。
「でも。回ってきた仕事が。屋上はおろか、下のスーパーの品出しとレジ打ちで」
彼女。表情。ちょっと、
「わたし、なにやってるんだろうって。思ってました」
意外と、いろいろあるものだな。
「あなたに会うまでは」
「俺?」
「あの子が。あなたのお子さんが。わたしを見て、教えてくれたんです。あなたが、わたしの将来の伴侶だって」
「はあ」
うちの子供。なに言ってんだか。
「それで。急に押しかけるような真似をして。ほんとうに、ごめんなさい。もう、やめます。わたし。おかしかったですね」
彼女。表情が、切なさを隠した笑顔に変わる。
気付いたことが、あった。
「共感受信体質、ですか?」
「う」
彼女。動揺。
「俺が炭酸飲料を奪われても何されてもべつに構わないというのを、最初から知っていて仕掛けてきている。今も。俺が肚の底でかなり暗い気分になっているのを、なぜか分かっている」
彼女。動揺のせいか、身体が小刻みに動きはじめた。そして、柵に背中がぶつかる。
「あっちくちくするっ。ちくちくっ」
その動作を見て。
なんとなく。
肚の底の怒りが、おさまる気がした。
「えっ」
彼女。びっくりしている。
「えっえっ。あっちくちくするっ」
彼女。柵にぶつかりにいった。
「えっ。これでいいんですか。これなら何回でもちくちくされますけど。ちくちくするっ」
「あ、いや。もう充分です」
彼女。不思議な表情。
「これの、どこが、いいんですか?」
「いや。俺にも分かんないです」
おかしいなあ。こんなはずじゃなかった。
「金融絡みだったんです。銀行内でプールされた証券が、中抜きされて空洞化したまま国と街の懐に入ってて。それを暴いてぼこぼこにしてきたところで」
彼女。あきらかに、理解していない表情。
「まあ、なんだ。飲んでた炭酸飲料を急に奪われたようなもんですよ。それで、今日はお金を見たくない気分だったんです」
「そう、だったんですか」
彼女。
自販機の前に移動して。
俺のキャッシュカードで、何か、買って。
「はい。どうぞ?」
手渡される。炭酸飲料。
こういうことじゃないんだけどなあ。
受け取って。
そのまま。肩をそっと、後ろに押した。
「あっ。ちくちくするっ」
彼女。柵に背中がふれる。
「あはは」
「んもう」
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