03 (15)

 街を守る、仕事だった。


 いつも通り。


 いくつか仕事をこなす。


 ちょっと陰惨なことになっていたので、少し気分が荒れていた。


 それでも。


 子供を連れて、いつものようにデパートの屋上へ行く。


 買い物は、していない。そういう気分じゃなかった。


「いえええい」


 子供。駆け回りはじめた。


 いつ見ても。癒される姿。子供がいるだけで、こんなにも。いい日になる。


 炭酸飲料も買わずに。


 ベンチにも座らずに。


 柵に寄りかかって、子供の動きを目で追う。ねずみ返しが、うまい具合に灯りと夕焼けを遮ってくれる。


「あ、あの」


 いつものが来た。


「炭酸飲料ですか。どうぞ。今日はご自分でお買い求めください」


 キャッシュカードを渡す。


「あの。ごめんなさい」


 謝られる。


「なぜ」


「いつも。その。ご迷惑を」


 なぜ、いま謝るのか。これはこれで、意味が分からなかった。


 返しが、思いつかない。


 放っておくのも、しゃくさわる。


「あの。ほんとうに。ごめんなさい」


「なんでですか?」


 なるべく優しい声で。やさしい顔で。訊いてみた。


「ひいっ」


 なぜか、こわがられる。


「なぜ。おこって、いらっしゃるのですか?」


「おっ」


 肚の中にある感情が、隠せてなかったのか。


「失礼しました」


 さっきの数倍増しで、優しく笑う。


「これで、どうでしょうか?」


「つらく、ないですか。うれしくないのに、わらう、のが」


 変なことを訊いてくるなあ。


「特に何も。思わないですね。べつにおこってもいないですし」


 肚のなかは。灼熱のように燃え上がっていた。


 陰惨だった仕事の余韻が、少し残っている。


 彼女。


 ベンチに座らず。自分の隣の柵に寄りかかろうとして。


「あっ、ちくちくするっ。ちくちくするっ」


 寄りかかるのをあきらめて突っ立った。


「2回ちくちくしましたね」


「え、いやその。ええと」


 顔を朱くしている。はずかしがる部分が、かなりずれているな。


「背中が敏感なので」


「そういうことですか」


 いや、どういうことですか。


「あの。わたしでよければ。おはなしを。聞きます。聞かせてください」


 今までで感じたことのない感情に、包まれた。肚の底から、灼火が昇ってきそうになる。


「あっ。あっあっ。ごめんなさい。そういう、つもりじゃ」


 彼女。どうやら、自分の感情を読み取れるようだった。


 ちょっとだけ。試してみたくなった。


「じゃあ、何か、話してください。逆に。あなたが」


「わたしが?」


「ええ。肚の底の、いかりを鎮めるために」


 彼女。困惑した表情。

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