第11話 ミノタウロスに出会ったら・・・

 うわ、なんてこった・・・


 まったく、ひでぇ事しやがるぜ。


 おい、吐くならあっち行け!


 ここまで死体をグチャグチャにするのはミノタウロスだな。他の獣とかならこんな風にはしねえ。

 見ろ、原形を留めねぇくらいに散々叩きのめしてやがるのに、死体を食った形跡がまるでない。獣なら食うために殺すからな。殺した以上は食うなり隠すなりする。

 だがミノタウロスは違う。


 何でこんなことすんのかって?

 そりゃ怖いからさ。

 あいつらが残虐だからだって言う奴がいるが、それは違う。

 あいつらはむしろ逆だ。恐怖に駆られてこんなにしちまうのさ。


 見ろ、あったぞ!

 ホラここ、思った通りミノタウロスの足跡だ。


 デカいな、足のサイズだけで俺の倍近くはあるぜ。

 こんだけでかいミノタウロスなんぞに襲われりゃぁこうなっちまうのも仕方ねぇ。


 いいか、さっきも言ったがミノタウロスって奴は臆病なんだ。

 人間が怖くて怖くて仕方ねぇのさ。

 だから人間とバッタリ出くわしちまうと、それだけでブルッちまう。


 こいつも多分、そうだったんだろうぜ。

 逃げ出したか、それとも驚いて悲鳴上げちまったか・・・

 そうするともう一気にパニックよ。

 パニックを起こしたミノタウロスは見境みさかいが無ぇ。

 恐怖から逃れるために目の前にいる奴を叩きのめすのさ。

 反撃されないように、生き返らないように、入念にな。

 ヘトヘトになって、もう相手が全く動かなくなるまでヤツの頭ン中は真っ白さ。


 気づけば目の前には潰れた死体・・・

 それがまた怖くなってその場から逃げだしちまう。


 だから残された死体はいつだってこんな風なのさ。


 ミノタウロスを良く知らない奴は、ただグチャグチャにされはしたが食べられもしなけりゃ金品を奪われてもいない死体を見て、ミノタウロスは残酷で楽しみのためだけに人を殺すなんて言うがな。


 実際よ、森の中とかでミノタウロス見つけてよ、ミノタウロスの前に何もいなくて自分がミノタウロスの後ろ側にいる時にデカい声出すとかして脅かしてみろ。

 ミノタウロスの野郎はビビッて振り返りもせずに前に向かって一目散よ。


 だが目の前に誰かいてみろ、そいつに襲い掛かるんだ。


 いいかわけぇの、よく聞け。

 ミノタウロスと出くわしたら、絶対に大声出したり大きな音をたてたりしちゃ駄目だぜ?

 逃げるのも無しだ。


 背中を向けて逃げてみろ、ミノタウロスの野郎は自分の周りに何か怖いモノが居るんじゃないか、だからアイツは逃げ出したんじゃないかって思って一気にパニックになっちまうんだ。

 そして、目の前にいる奴・・・つまり、逃げてるお前を襲う!


 死んだふりもダメだ。


 急にバタッと倒れてみろ。

 何か怖いモノが居て、そいつのせいでお前が死んだと思ってパニックになる。

 そして目の前にいるお前を襲うんだ。


 いいか、ミノタウロスの行動は理屈じゃねぇ。そういうモンなんだ。

 落ち着いてる時はなんてこたぁねえんだ。

 むしろ気の良い奴さ。

 だが、予想外の事が起きると一気にパニックになっちまう。


 だからミノタウロスに出会った時は、まず冷静にならなくちゃいけねぇ。

 落ち着け、落ち着いて深呼吸するんだ。

 ミノタウロスから目を離すな。声も出すな。

 ジッとミノタウロスの目を見たまま、静かにゆっくりと来た道を戻るんだ。

 そして十分に離れてミノタウロスの姿が見えなくなったら、その時はじめて逃げるなり悲鳴を上げるなりしていい。


 いいか、お前もミノタウロスは怖いかもしれねぇが、ミノタウロスにとっても人間は怖い存在なんだ。そして、ミノタウロスは臆病な奴なんだ。

 臆病な奴ほど、イザって時に何するか分からねぇ。

 特にミノタウロスはガタイがでかくて力があるからな。余計に始末に終えねぇ。


 まあ、こうやって鈴とかぶら下げて始終鳴らしてりゃアッチから寄ってくるこたぁねえよ。

 こっちからも近づこうなんて思うなよ?


 それと、向こうがこっちに興味を持たないようにもしなきゃいけねぇ。

 例えば食い物だ。

 下手に山に食いカスとか残したりして、それをミノタウロスが見つけて食ってみろ。あいつら人間が旨いモノ持ってるって知ったら、人間に寄ってくるようになるかもしれねぇ。

 だが、臆病だからイザ人間と出くわすとパニックを起こしてヤッちまうことになる。


 そんなことになったら両方にとって不幸だろ?


 だから、ミノタウロスのいる山や森に入ったら、食い物とかは残しちゃいけねぇ。全部ちゃんと綺麗に始末するんだ。

 もちろん、ミノタウロスに食い物をやるのもダメだ。


 ああ、そうだ。

 逃げる時にミノタウロスの気を惹き付けるために食い物を使うってのは一見いいアイディアみてぇだが、絶対にやっちゃいけねぇ。

 それで人間が旨い食い物を持ってるって知ったら、その食い物の匂いで人間や人里に近づいてくるようになっちまうからな。


 どうしてもやるなら塩を使え。

 ホラ・・・こんな風に岩塩の塊をだな、使うんだ。

 あいつらは塩が大好きなんだ。塩を舐め始めると止まらなくなる。

 だが、塩は他の食い物ほどは匂わねぇからな・・・これもやらん方がいいんだが、どうしても必要となったら塩を使え。他の食い物よりはマシだ。


 ああ、塩大好きだぞ、意外か?


 もう舐め始めるとホントに止まらなくなるぞ?

 岩塩の岩盤がむき出しになってるとことかあると、もうへばりついてベロベロ舐めてたりするぞ。

 もう後ろから近付いて声かけたり頭ハタいたりしても気づかねぇくらい夢中になる。


 さ、無駄話はここまでだ。

 仏さん持ってくぞ。死体袋を用意しろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る