【第九章】最終決戦

 ついにダークナイト・ルイスを撃破した。

 だが、安心したのも束の間、遺跡全体が大きく震え出す。

「じ、地震ですか!?」

「いや、邪神が動き始めているんだ」

 うろたえるセシリアと冷静に状況を判断するエルネスト。

 とうとう邪神の力が戻り始めたということだ。

 放っておけば完全に復活し、手がつけられなくなる。

 一行は急いで遺跡の最奥に続く階段を下りていった。


(こ、これが邪神……)

 遺跡最奥部。セシリアの視線の先ではどす黒いオーラをまとった左目のない巨人が待ち構えていた。

 その手には巨体に見合った長大な剣が握られている。

 左目はかつてキサラギと戦った時に奪われたのだろう。

 自由に動けるだけの力を取り戻した邪神は剣を掲げ、高らかに笑う。

「ハハハッ! 戻ったぞ、力が! 残念だったな人間共。あと少し早く駆けつけていれば身動きの取れぬ我を斬れたものを」

「チッ、遅かったか!」

 リカルドは邪神の様子を見て舌打ちする。

 元より戦う覚悟で来たのだが、一歩早ければ楽にことを済ませられたかと思うと皆悔しかった。あるいは、ルイスが邪神に力が戻るタイミングを見越して戦っていたのかもしれないが。

 邪神が剣を振り下ろすと強大な闇の波動が放たれる。

 仲間たちは散開して攻撃をかわす。

 セシリアとエルネストは後方へ、リカルドとアルマは前方へ。

 邪神の力が強大とはいえ、四対一であり、ルイス戦とは違って敵の身体が大きく、数の利を活かしやすい。仲間同士の力を合わせれば――。

「いくぞ、アルマ!」

 リカルドとアルマが邪神の両側から同時に跳んで斬りかかる。

 セシリアとエルネストも、魔力の組み上げを開始した。

 邪神は剣を大きく横に振るって前衛二人を吹き飛ばす。

 リカルドたちは焦っているということはなく、それぞれの剣で攻撃を受け止めてダメージを回避し、無事着地した。

「黒魔法・リアマ」

 エルネストが短時間で組んだ魔法で邪神の顔面を覆うように炎を出現させる。

 動けるようになったとはいえ、遺跡の地下であるこの空間は広くはなく、巨大な邪神が飛び退いてかわすことは不可能だ。

 そのため、直接遠距離に効果を発現させることのできる魔法は有効かと思われたが、邪神の右目が光ると目の前の炎は打ち消された。

 キサラギが奪った左目と対になる邪眼の能力だ。

 邪眼は両目共に共通の能力もあるが、基本的には右目が『剛』、左目が『柔』の特徴を持っている。

 キサラギが邪神を倒した際、左目を優先して奪ったのは、彼女が策を弄して搦め手から攻める戦法を好んでいたためだろう。

「白魔法・ルスフィロ」

 続いてセシリアも白魔法で魔力の刃を飛ばすが、手元から放った小さな刃が邪神に届くはずもなく片腕の一振りであっさりとかき消される。

 四人が再度攻撃を仕掛けようと準備に入ったところで――。

「主よ……」

 地上に続く階段の方から、重傷を負ったままのルイスが、足を引きずりながら近づいてきた。

 まさかまだ動けたとは。

「私の魂をお喰らいください……。それで完全な復活を遂げられるはずです……」

「しまった――!」

 ルイスは自ら魂を捧げる気だ。彼ほどの実力者の魂であれば喰らった時の力の増大は常人の場合の数倍になる。

 リカルドは、慌ててルイスに斬りかかるが、その前に衝撃波がルイスを弾き飛ばし気絶させた。

「――!?」

 振り返ると邪神が剣を地面に叩きつけていた。衝撃波はそこから放たれたものだ。

「馬鹿なことを……。いかに邪悪といえども、我が子を喰らう親がいるものか」

 邪神はルイスのことを自分の子供と呼んだ。

 ルイスの話を聞く限り、本当に邪神から生み出された存在ということはない。

 初めのうちは戦力に加えることが目的だったのかもしれないが、今の邪神はルイスに対して確かな愛情を持っていた。

 考えてみれば、邪神に関して『邪悪な神』という以外の呼称は存在しない。配下の者も『主』と呼ぶだけだ。

 『邪神』という呼び名は自ら認めているのだ。それはある種の謙譲なのかもしれない。

「お前……」

 ルイスに対する認識も改めたリカルドだったが、邪神に対して抱く感情をも変えることになった。彼らとの戦いはリカルドの価値観を大きく揺るがすものだったのだ。

 邪神の軍勢を『悪』そのものとする価値観は揺るがされたが、それでも戦意は揺るがない。

「お前の主としての矜持は認めるが、人類を滅ぼさせる訳にはいかない。斬らせてもらうぞ」

「情けをかけられる気はない。生きたいと願うならば、全力で挑んでくるがいい!」

リカルドと邪神は、互いの誇りを懸けて戦うべく再び対峙した。

「黒魔法・ベネノ」

 エルネストの声で魔法名が聞こえたかと思うと、邪神の身体が紫色の煙に包まれる。

「悪いけど、手出しはさせてもらうよ」

「構わん。これは生きるための戦いだ。力比べをする訳でもなければ、様式に従った決闘をする訳でもない」

 エルネストの使った魔法は毒を操るものだ。魔法の毒によって命を削られるときは、通常の攻撃を受けた場合と異なり、かかってからの経過時間に応じて全生命力から一定の割合でダメージを受けることになる。

 邪神に毒が通じるかどうかは分からないが、もし通じるとすれば、キサラギが仕留め損ねるほどの生命力に対する切り札となるかもしれない。

「ぐ……」

 邪神は一瞬動きを止め、苦しそうにうめいた。

 少なくとも全く効かない訳ではない。

 だが、毒の効果は長く続かなかった。

「この程度の魔法で我を殺せると思うか!」

 すぐに回復した邪神がエルネストに向けて剣を振り下ろす。

 その剣はアルマによって受け止められた。

「あたしの剣が何のためにデカいと思ってんの。こうやって仲間を守るためだよ!」

 アルマは魔力で腕力を強化して邪神の剣を押し戻した。

(わ、わたしも何か役に立たないと……)

 この戦いは元々セシリアに課された試練だ。

 指をくわえて見ている訳にはいかない。

「神聖魔法・サントエクスド!」

 セシリアは神聖魔法を使って、リカルドとアルマの側面と背面に光の盾を出現させる。

 この盾は魔法を受けた者が移動しても追従して守り続ける優れものだ。攻撃を繰り出すために前方は空ける必要があるが、不意打ちを防ぐのには役立つ。

 本格的に戦いが始まり、四人は果敢に攻撃を仕掛けていった。

 リカルドは剣から魔力を飛ばす聖剣技。アルマは大剣による直接の斬撃。エルネストは黒魔法と召喚魔法。セシリアは攻撃系の神聖魔法。

 最初こそセシリアが前衛二人に防御の魔法を使ったが、それ以外は皆攻撃に専念していた。

 セシリアも、盾が消えたあとに同じ魔法をかけなおすだけで、それ以外は攻撃に参加している。

「随分と捨て身だな。生きるために戦うというのは聞き違いか?」

「どのみちお前を斬らなければ人類は滅ぶ。剣を振るうことこそが最大の保身だ」

 邪神とリカルドは言葉を交わしているが、お互いかなりの傷を負っている。

 邪神が剣を振るえば闇の魔力と衝撃波がまき散らされ、前衛の二人はもちろん、エルネストとセシリアもその身を斬られることになった。

 もはや自分の傷を気にしている者はいない。

 むしろ敵にどれだけ傷を与えられているかを意識している。

 激しい剣戟と魔法の応酬が続く中、アルマは隙を見て邪神の頭上まで跳び上がった。

 脳天から大剣を叩き込めればかなりのダメージを与えられる。

 チャンスだと思ったが――、その時邪神の右目が赤く妖しい光を放った。

 邪神の視線は上空にいるアルマに向けられており、その視線をたどるかのように光が伸びていく。

「――!」

 赤き光が脚に触れた途端、アルマはバランスを大きく崩し一気に地面まで落下した。その落下の速度は異様に速い。

「くっ……」

 見ればアルマの片脚が石に覆われてしまっている。いや、脚自体が石化してしまっているのだ。

 邪眼には、目というものから想起される様々な能力があり、その中に透視や千里眼、暗示といったものがあるが、両目に共通するものとして見つめたものを石化させるというものがある。

 神話に登場するメデューサが由来といえるだろう。

「惜しかったな。邪眼が両目とも揃っていれば全身を石にできたところだが」

 アルマは残ったもう一方の脚に魔力を込めるが、石化した脚の重みのため、まともに動くことができない。

 そこへ邪神の剣が容赦なく叩きつけられ、アルマは吹き飛ばされる。

「まずは一人」

 もはやアルマに戦う力はないと判断した邪神は他の三人に注意を向けるが――。

「聖剣技・ホーリーブレイド」

 邪神の目線の高さまで跳んだリカルドが、右の邪眼に向けて一条の聖なる光を放つ。

「ぐあっ……」

 リカルドの聖剣技で右目を斬られた邪神は怯んだように見えたが、邪眼を潰すことを最優先としていたリカルドに左の拳を叩きつけた。

 地面に激突したリカルドは片腕と片脚の骨を折られている。

 前衛の二人が戦闘不能となったことで、エルネストとセシリアにも危険が迫る。

 邪神が剣で大きく薙ぎ払うことで、エルネストも斬り裂かれた。

「これで三人。残るは小娘一人か」

 邪神が攻撃を仕掛けようとした時、セシリアはリカルドを引っ張ってアルマのそばに移動させていた。さらに、エルネストも這うようにして、そちらに近づいている。

「まとめて殺されたいか? それが仲間だというなら笑わせる」

 邪神は勝利を確信して剣を振り上げたが、かろうじて見えている右目に強烈な光を受けて今度こそ怯むことになった。

「神聖魔法・レアニマシオン」

 セシリアの足元を中心に神々しい魔法陣が現れる。

 『レアニマシオン』、それは蘇生という概念がないこの世界において極大回復魔法を指す。

 魔法陣からあふれ出した優しい光をその身に受けて、四人の傷は一気に癒えた。

 リカルドの折れた骨はつながり、アルマの石化していた脚も元に戻っている。

 魔力の残量こそ減っているが、味方の肉体の状態は戦い始めた時と同じになった。

 一方、邪神は邪眼の能力を失い、身体にも無数の傷が刻まれている。

「よくやった、セシリア」

「やったね、セシリャん! うまくいったよ!」

「セシリア。君ならやってくれると信じていたよ」

 三人から賛辞を受けるセシリア。

 今までの捨て身ともいえる戦い方は、こうして一度態勢を完全に立て直せるという前提があったからこそのものだ。

 形勢逆転。リカルドとアルマは再び邪神に斬りかかり、エルネストは魔力を練り始める。

 セシリアは、今の魔法でかなりの魔力と精神力を消耗したので、一息ついている。

 リカルドやアルマのように前衛で戦った訳ではないが、自分にしてはがんばった方だろう。

 あとは仲間たちに任せておけば、問題なく邪神を倒せる。そう信じていた。

 リカルドの聖剣技が邪神の左腕を斬り落とす。アルマの大剣が邪神の脚から胴にかけてを斬り上げる。エルネストの魔法が邪神の身を焼く。

 極大回復魔法で立ち直った仲間たちは順調に邪神を追い込んでいった。

 ――苦労して勉強した甲斐があった。

 セシリアとしては、労働に次いで勉強も忌避する行為なのだが、大切な人たちを救うために必要なことであるならばと、必死に魔導書を読み込んだ。

 その成果がついに出たのだ。

 邪神を追い詰め、いよいよトドメを刺そうかというところで、一つの魔法が発動した。

「暗黒魔法・サクリフィーティオ」

 邪神の身体を囲むように闇の魔力が湧き上がった。

 ルイスがキサラギにすら重傷を負わせた悪夢の魔法だ。

 闇が邪神の肉体に吸収されると、周囲へと圧倒的な波動が放たれる。

「ぐっ……これは……!」

 リカルドとアルマは剣を地面に突き立て踏みとどまる。

 エルネストはあえて後方に跳ぶことでダメージは回避した。

 だが、これは魔法の効果が発揮される前兆に過ぎない。

 満身創痍の状態でありながらも、邪神は今まで以上に強大な魔力を手にしていた。

「我は貴様たちと違い命など惜しくない。寿命など削ったところで痛くもかゆくもないわ!」

 そもそも『サクリフィーティオ』は、邪神の加護によってルイスが習得していた魔法だ。邪神自身が同じ魔法を使えてもおかしくはない。

 さすがに常時のこの状態で戦っていたのでは、人類を喰らい尽くす前に死を迎えてしまうということで今の今まで使わなかったようだが、窮地に立たされたことでついに使うことにしたのだった。

 邪神は、極限まで速力を増した剣の一振りでリカルドとアルマを同時に斬り伏せた。

 後方に下がっていたエルネストも剣からの衝撃波で吹き飛ばされる。

(そんな……)

 希望に満ちていた時間はあっという間に終わりを告げた。

 究極の回復魔法で復活したパーティは、究極の強化魔法を前に崩壊した。

 今度は四人がバラバラの位置におり、一度に回復させることができない。

 それに、今のセシリアには味方を回復させる力も攻撃魔法を放つ力も残されていない。

 邪神は、自らの邪眼を潰し、片腕をも斬り落としたリカルドが最も脅威だと判断し、彼に向って剣を差し向けた。

 剣の先端に魔力が集中する。

「……ッ!!」

 たまらずセシリアは駆け出していた。

 リカルドに対する自分の感情に気付き始めていたセシリアは、彼をかばうように邪神との間に割って入る。

「気でも触れたか? 魔術師が敵の間近に立つとは」

 今のセシリアがいるのは、邪神の剣が直接届く間合いだ。

 そして、セシリアに自分を守る手立てはない。

「リカルド様を殺したいなら……、先にわたしを殺してください……」

 静かに、それでいて力強く告げた。以前のセシリアなら、このような声は出せなかっただろう。それだけリカルドは自分にとって特別な存在になっていた。

「それほどまでに仲間を思っているというならば、いいだろう。望み通り貴様を真っ先に殺してやる」

 邪神にも情がない訳ではない。仲間の死を目にする前にセシリアにトドメを刺すということは、邪神なりの慈悲でもあったのだろう。

 邪神の剣が無防備なセシリアの胸を貫く――。

 セシリアの身体と共に邪神は剣を高く掲げた。

「終わりだ。貴様たちは死に、我は完全な復活を遂げる」

 セシリアの肉体が朽ち果てたら、その魂を喰らうつもりだ。

 巨大な剣で貫かれたセシリアの命は風前の灯火。あとは死を待つのみ。

 邪神も、かろうじて意識を保っている仲間たちも、皆そう思っていた。

「……?」

 突如セシリアの背後に現れた魔法陣を見て邪神は顔をしかめた。

 この魔法陣は先ほど発動した『レアニマシオン』のものだ。

「無駄だ! この距離では仲間たちには届かん! 既に剣で貫かれている貴様は回復したところでこのまま死に至る!」

 邪神の読み通り、『レアニマシオン』は自己を中心として魔法陣を展開する回復魔法である。

 今のセシリアには、

 魔法陣から放たれた優しげな光は、剣を伝って邪神の体内へと入り込んだ。

「何のつもりだ……?」

 邪神は、回復魔法を敵に向かって放つセシリアの行動の意味が分からず首をかしげる。

 だが、次の瞬間、セシリアを貫いていた邪神の剣に亀裂が入った。

「なに――!?」

 そして、その亀裂は邪神本体にまで広がっていく。

 邪神の剣は本体の腕の延長ともいうべきもの。剣が傷ついたなら、本体にまでダメージが伝わるのは不思議ではない。

 しかし、攻撃魔法が発動していないにも関わらずダメージを受け始めたということに邪神は混乱する。

 亀裂が大きく深くなってくると、体内から白き光がもれ出てきた。

 邪神は『自己免疫』という言葉を知っているだろうか。

 自身の持つ免疫力が自分自身の身体を攻撃する現象だ。

 エルネストが放った魔法の毒から回復した時点で、邪神にも免疫があることは確認できていた。

 『レアニマシオン』は極大回復魔法。当然、病気の治療や解毒などもできる。つまり免疫力に影響を与えることができるのだ。

 セシリアは今、邪神の免疫力を増大させた上で、病原体などではなく本体の細胞を攻撃するように操った。

 莫大な生命力を持つ邪神を完全に滅するには、その生命力自体を利用するしかない。それが、セシリアの考え出した最後の賭けだった。

 自らの有する強大な免疫力に蝕まれた邪神の身体は朽ちていく。

 邪神は、あきらめとも取れる言葉を口にした。

「いずれにせよ我らは滅びる運命……。世界を道連れにしようとしたが、それも失敗した。せめてキサラギのような下衆に斬られぬだけでも感謝せねばな……」

 邪神は、魔物たちが長く生き続けることはないと悟っていた。

 それを受け入れた上で、人間たちとの心中を望んだのだ。

 苦しみや憎しみだけを抱えて生きるのであれば、生きることに意味などない。

 生に執着しないその思想は、果たして間違っていたのだろうか。

 邪神を打ち倒したことで、セシリアの身体を貫通していた剣も砕け散った。

 支えを失ったセシリアは地面へと落下していく。

 邪神の強大な魔力を帯びた剣をもろに食らい、自身の魔力をすべて使い果たしたセシリアには、もはや生命を維持する手段はない。

 世界を脅かしていた邪神との相討ち。部屋でだらけきった生活を続けていたセシリアにしてみれば十分な名誉ともいえる。

 何よりも死ねばもう働かなくてもいい。勉強も必要ない。

(わたしは希望通り眠り続けるだけ……。だからみんな悲しまないで……)

 落ち始めてから意識を手放すまでの短時間、セシリアは残される仲間たちのことに思いを馳せていた。

 アルマなどは、わんわん泣くかもしれない。エルネストは人目のないところで静かに涙を流すだろうか。リカルドは涙を流すこともなく、ただ胸に痛みを抱いて日々を送るだろうか。

 悲しむなというのは無理な話であっても、皆なら前を向いて進んでいける。そう信じている。

 絶望ではなく希望を抱いてセシリアは目を閉じた。



「う……ん……」

 セシリアの目が再び開く。

 確か自分は死んだのではなかったか。

 だとしたらここは天国か。それとも邪神を倒しても、それまでの怠惰な生活を補うほどの功績にはならず地獄に落ちたのか。

 その考えは、自分の顔をのぞき込んできた人物の顔を見て否定された。

「リ……カルド……様……?」

「ようやく目を覚ましたか。全くお前は寝るのが好きすぎだ」

 身体が動かせることに気付いてセシリアは身を起こす。

 周りを見ると、リカルドだけではない、アルマもエルネストもこの場にいた。

「みなさん、無事だったんですね」

「一番無事じゃなかったのがお前だ」

 リカルドの言葉で気付く。瀕死の重傷を負っていたはずの自分の身体が綺麗に治っていることに。

 仲間は全員消耗しきっていて自分の生命を維持することで精いっぱいだったはず。

「どなたがわたしを治療してくださったのでしょう?」

 仲間たち三人は、揃ってある方向に視線を向ける。

 その先には黒い鎧を身につけた男性がいた。

「ルイス……様……?」

「あいつが暗黒魔法でお前の傷を治してくれた」

 エルネストが魔力を使い果たしていたのに対して、ルイスは気絶している間に魔力が回復していたのだろう。

 勘違いされることが多いが、闇の力は治癒にも高い適性を持つ。

 ダークナイトのルイスが、回復魔法を使えること自体に疑問はない。

 だが、人間を憎んでいたはずの彼がなぜ。

「我が主が消滅した今、これ以上お前たちと争う意味はない」

 ルイスは冷めた調子で言った。

 前に邪神が倒された時は、まだ邪神の存在が消えた訳ではなかった。恩義のために働く意義が残っていたということだ。

 対して、今はもう邪神は存在しない。

 忠義を果たすべき相手はもういないのだ。

 用は済んだとばかりにルイスは去っていく。

 邪神に捧げるために人間を襲うこともなくなるので、彼を殺す必要はないだろう。

「そういえば、こんなところで何なんですけど。わたしエルネスト様とリカルド様にお話ししておきたいことがあるんです」

 すべての戦いが終わったら告げたいと思っていた自分の気持ち。

 今なら伝えられる気がする。

「あれ!? セシリャん、あたしは!? あたしには何かないの!?」

「すみません。ないです」

 アルマはセシリアからの返答にがっくりと肩を落とす。

 仲間外れにするようで申し訳ないが、ないものは仕方ない。

「エルネスト様。この前は、わたしのこと、好きって言ってくださってありがとうございます。それから、ごめんなさい。わたしはエルネスト様のお気持ちに応えることができません」

 告白を断る返事。引き延ばしていた答えをやっと伝えられた。

 エルネストは、悲しむでも怒るでもなく、柔らかに微笑んでくれた。

「律儀に答えてくれてありがとう。僕はこれでも一度世界を救った召喚士として出会いには不自由してないからね。君と同じぐらいタフで優しい女の子を見つけるよ」

「わたしよりは美しい女性に出会えるようお祈りしています」

 セシリアの物言いにエルネストは微笑みを苦笑に変える。

 エルネストに伝えるべきことは伝えられた。問題はこれからだ。

「それで、その……。リカルド様にお伝えしたいことなのですが……」

「なんだ?」

 リカルドも優しげな眼差しを向けてくれる。

 旅に出た当初の厳しい目とは大違いだ。もっとも、変わったのはセシリアの態度の方だともいえるが。

「ええと……、こんなことを言っても迷惑かもしれませんが……」

「…………」

 以前なら、『言いたいことがあるならはっきり言え』と叱られそうなところだが、今は静かに続く言葉を待ってくれている。

「……わたしの好きな人はリカルド様のような気がするのです」

「――!」

 一瞬目を見開いたリカルドだったが、そのあと少々意地が悪そうな調子で返してきた。

「気がするだけか? だったら俺が何か答える必要はないな」

 言いながらも口元は笑っている。怒らせてしまった訳ではないようだ。

「あっ、いえ! 気がするだけじゃなくて、好きなんです! 良かったらお付き合いしてほしいです!」

 せっかくの告白が無駄に終わりそうになって、慌てて言い直すセシリア。

 リカルドはセシリアの目をまっすぐに見据えて言葉を紡ぐ。

「いつからか分からんがな、俺もお前のことが気になるようになっていた。危なっかしいからか、放っておくとなまけるからか、と思ったりもしたが、どうやら俺もお前が好きらしい。お前が望むというなら付き合うこともやぶさかではない」

「――! それでは――!」

 恋が成就した。そう考えていいのだろう。

 色恋沙汰には疎かったセシリアだが、自分の好きな人から好きだと言ってもらえることの快感は、どんな甘味を口にすることよりも、どれだけ惰眠をむさぼることよりも大きいのだと知らされた。

「なるほどー。そういう話かー。そりゃ、あたしには何もないよね」

 先ほどまでのがっかりした様子から一転して、ニヤニヤしながら二人を見るアルマ。

「変に冷やかすのは、もうやめておこうね。別れるとか言い出したら責任取れないから」

 放っておけば余計なことを言うおそれがあるアルマを、あらかじめ制するエルネスト。

「分かったよ。でも、これでエルネストさんは振られちゃったんだよね。代わりにあたしなんてどう? あたし結構タフだよ?」

「それは今すぐ決めることじゃないかな。でも、しばらく君の冒険に付き合ってみることにするよ。話はそれからだね」

「そうだね。じゃあ、これからもよろしく!」

 向こうも話がまとまったらしい。

 それぞれの気持ちが確認できたところで、一行は遺跡を後にする。

 帰り道はルイスが罠をすべて解除してくれていたようで危険はなかったが、セシリアとリカルドは、互いの気持ちを確かめ合うように寄り添って手をつなぎながら歩いていった。

「リカルド様。ありがとうございます。わたしなんかの気持ちに応えてくれて」

「礼を言いたいのは俺も同じだ。ありがとう」

「あれ? 仲間にお礼はいらないのでは?」

 セシリアは自分のことは棚に上げて疑問を呈する。

「礼がいらないのは助けられたときだ。好きな相手が自分を好きになるなどという幸運には感謝せざるをえんだろう」

 リカルドが握った手に力を込めたので、セシリアも強く握り返す。


 こうして王命だった邪神の討伐は完了し、セシリアは自身の務めを果たしたのだった。

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