【第八章】一騎討ち
「ここがそうだな」
朝を迎え、町で可能な限りの準備をしたセシリアたちは、道中魔物たちの襲撃を退けてここまで来ていた。
目の前には石造りの古びた建物がある。これが邪神の潜伏する遺跡か。
リカルドの言葉で、いよいよ決戦の場まで来たのだと強く意識させられる。
「邪神はこの中で力を蓄えてるんでしょ? だったらちょっとでも早く行った方がいいよね」
アルマはさっそく遺跡に踏み込もうとするが、エルネストがそれをいったん制する。
「急ぐのはいいけど、注意はした方がいいよ。邪神も適当に選んだ訳じゃないだろうからね。きっと中には罠があるよ」
それを聞いてアルマは一瞬硬直したものの、すぐまた調子を取り戻した。
「じゃあ、気をつけながら急いでいこう!」
「はい!」
セシリアとしても異存はない。
何が起こっても互いを助け合えるよう、四人は固まって遺跡に突入した。
遺跡内部は薄暗く、質素な石畳の道が続いている。
なんとなく空間の在り方は、ジョブエンチャントの儀式の間に似ている。
素材として使われている石材が魔力を高める性質のものだからだろう。
魔物がうじゃうじゃいるのではないかと警戒していたが、そのようなこともなく、普通に進めていた。
「なんだか拍子抜けですね。遺跡に入ってからは何も――」
呑気に話しながら歩いていると、床の方でカチッという音が鳴る。
「え――」
突如リカルドの剣が頬の辺りをかすめた。
何が起こったのか分からずにいると、リカルドは床を指差す。
そこには一本の折れた矢が落ちていた。魔力の残滓が感じられる。
「油断するな。魔物がいないということは、それ以外の手段で侵入を阻止しようとしているということだ」
どうやらトラップがあったようだ。今自分たちの立っている場所の横の壁が一部開いている。
そこから矢が放たれ、あと少しでセシリアの頭を射抜いていたところだった。
自分の置かれていた状況を知ってセシリアは青ざめる。
その一方で、頼もしい仲間がいることには感謝した。
「ありがとうございます、リカルド様。危うく死ぬところでした」
「礼の言葉はいい。とにかく死なないようにしろ」
トラップ起動のスイッチの他にも落とし穴などもあるかもしれないと、足元に気をつけながら先へと進んでいく。
しばらくすると、広い部屋に着いた。
それこそジョブエンチャントの間と同じに思える。中心に魔法陣があることまで含めて。
「あの魔法陣はさすがに罠ですよね? 踏まないように横から回って……」
「危ない!!」
アルマの叫び聞こえたかと思うと、頭上から吊り天井が迫ってきていた。
このままだと押しつぶされる――。
真っ先に罠に気付いたアルマは、両手でリカルドとエルネストの手を引き、膝でセシリアを抱えて部屋の出口まで一気に跳んだ。
背後で吊り天井が床に激突する轟音が響く。
間一髪だった。もう少しで邪神やルイスと戦わないうちから全滅していたところだ。
魔法陣はフェイクだったようで上を通過した時には何も起こらなかった。
「危ないとこだったねー」
危機を脱したアルマは、力が抜けたようにその場でへたり込んだ。
顔には持ち前のへにゃへにゃした笑みを浮かべている。
「今のは俺も反応しきれなかった……。アルマ、お前のおかげで助かったぞ」
現在見せている姿はアルマが一番頼りなさそうだが、リカルドの言う通り、彼女が全員の命を救ったのだ。
「周囲の気配を探るのは僕やリカルドの方が得意だと思ってたけど、君もかなりのものだね」
「野性のカンって奴? 昔から危なくなったらすぐに身体が動くんだよね」
「お前はいつから野生動物になった」
リカルドの突っ込みを受け流しつつ立ち上がったアルマは再び前へと進み始めた。
三人も彼女に続く。
危機から救ってもらえたことで、仲間の存在の大切さを再認識するが、セシリアの中では何かモヤモヤしたものが生まれていた。
さらに進んでいくと、今度は四方に扉のある部屋に来た。
扉の先にはまた扉があり、それぞれ開いていたり閉まっていたりする。
奥へと続く道には開いている扉ばかりなので、直進すれば遺跡の最奥に向かえそうだが、今いる部屋に立て札が。
「なんでしょう? あれに近づくと罠が発動するんでしょうか?」
二度死にかけているので、上下左右前後すべてに注意を払っているセシリア。
当然不自然に存在する立て札も警戒している。
「いや、罠とはちょっと違いそうだ」
エルネストは立て札を離れた位置から確認してつぶやいた。
「このフロアの見取り図が書かれているな」
「その下に文章もあるね」
リカルドとエルネストは、ここからでも立て札の内容が分かるようだ。
「お二人共、目がいいんですね」
「あたしも見えてるよー」
感心するセシリアに、アルマが野性の視力をアピールしてくる。
肝心の内容は――。
「どうやら一つ扉をくぐる度にすべての扉が開閉するらしい。つまり直進しただけだと正面の扉が閉まって先に進めなくなるってことだね」
エルネストの説明でフロアの性質は理解したが、それではどのように進めば良いのか。
「迷路みたいな感じですか……。困りましたね……」
セシリアが特に嫌うのは肉体労働だが、頭脳労働も好きではない。
魔法の勉強は、ルイス戦で絶望を味わった経験から力を入れるようになっていたものの、急に複雑な仕掛けのある迷路に放り込まれたら、一生出てこられなくなりそうだ。
「安心して。もうゴールまでの最短ルートは分かったから」
「ええ!? もうですか!?」
「こういうのは実際に進みながら考えるより、最初に全部シミュレートしてしまった方が楽だよ。さあ行こう」
魔法を得意とする者は大抵頭がいいが、エルネストはその中でも群を抜いている。
同じ魔法使いとして自分の至らなさを思い知らされながら、彼の後をついていくことに。
複数の部屋を移動していく中、セシリアはやはりモヤモヤしたものを感じていた。
他の三人は、それぞれの能力で皆を救っているというのに自分は何もできていない。
やっているのは、せいぜい同じ罠にかからないよう床や天井に気をつけることぐらい。
セシリアの気分は晴れないままだが、迷路となっていたフロアは抜けた。
そして全員が息を呑む。
「よく来た。貴様らでも、さすがに遺跡の罠程度では死ななかったか」
最奥部の一つ手前と思われる部屋で、邪神に仕える人間――ダークナイト・ルイスが待ち受けていた。
前に戦った時は、四人がかりでも手も足も出ず、強大な召喚魔法すら効かなかった難敵だ。
しかし、幸いなことにキサラギから負わされた傷は完治していないらしく首の辺りから包帯が見えている。
兜は修理できなかったのか、それとも別の意図があるのかは分からないが、今回は最初から素顔をさらしていた。
(ダークナイトの魔力……、キサラギ様にやられる前とは比べ物にならないぐらい弱まってる……。これなら四人で力を合わせればなんとか……)
仲間たちと足並みを揃えられるように、魔法を使う準備をするセシリアだったが――。
「ここは俺一人でいかせてくれ」
リカルドが予想外のことを言い出した。
いくら弱っているとはいえ、四人がかりで倒せなかった敵に一人で挑むなどとは。
「む、無茶です、リカルド様!」
「そうだよ! この際一対一になんてこだわらなくていいじゃない!」
一人でルイスの前に立とうとするリカルドをセシリアとアルマが止めようとするが、彼は一瞬振り返って笑いかけてきた。
「この先、まだ邪神との戦いも控えている。お前たちは魔力を温存しておいてくれ」
そのリカルドの面差しには有無を言わせぬものがあり、二人は黙ってしまう。
エルネストも、リカルドの意思を尊重するつもりらしく、魔力を組み上げる素振りはみせていない。
「哀れみのつもりか……? キサラギに敗れた私など恐れるに足りぬと……?」
「情けをかける気はない。正々堂々と戦う気もな。ただ、俺の手で貴様を斬りたいだけだ」
互いに剣を抜いてリカルドとルイスが対峙する。
「俺は魔物を憎んでいる。人間として生まれていながら魔物に魂を売った貴様のこともだ」
リカルドは自身が戦う理由ともいえる憎悪を向ける。
「奇遇だな……。私は人間を憎んでいる……」
ルイスもまた憎悪を口にした。
(人間なのに、人間を憎んでる……?)
セシリアの疑問には、すぐ答えが示された。
「冥土の土産に教えておこうか……。私が人間を憎む理由を……」
かつては、セシリアたちが知るべきことではないと言っていたルイスの過去。それが、本人の口から明かされる。
「十数年前、当時は闇の力と邪気の類は混同されていた……。生まれつき闇に対して高い適性を持ち、魔力も闇属性を帯びていた私は人間にとって不浄なものだったのだろう……。親には捨てられ、手を差し伸べる者もなく、食にありつくことすらできずにいた私を救ったのは貴様らが邪神と呼ぶ存在だ……。慈悲などではなく、将来的に戦力とするために配下にしたのだろうが、それでも私にとっては主に違いない……」
ルイスは、自身が迫害される原因になったという闇の魔力を刀身にまとわせる。
闇の力は邪気と同時に使われることも多いが、それ自体は邪悪なものではない。
むしろルイスの剣からは、清浄さすら感じられた。
「主の敵は私の敵……。元より失っていたはずの命。恩義に報いて散らすなら本望だ……」
ルイスにとって人間は、自分と自分を救った者の仇なのだ。
対するリカルドは魔物に肉親を奪われ、人間たちに支えられながら生きてきた。
二人は対照的な立場にあった。
話を聞き終えたリカルドは小さく息をつく。
「少々安心した」
「なに……?」
「単なる外道があれほどまでの力を宿しているのだとしたら、この上なく不条理なことだと思っていたが、忠誠心故というなら理解はできる。俺がお前に負けたのは忠誠心の差のためだろう」
リカルドがルイスに対して使う二人称が変わった。相手が『悪』ではなく『敵』だと考え直したということだろう。
悪ではなくとも敵ではある。両者共に剣を引く気はないようだった。
リカルドは剣に聖なる光をまとわせる。
二人同時に斬り込んだ。
斬り結ぶことで、魔力同士のせめぎ合いが生じる。
力は伯仲しているようだ。
以前リカルドとルイスが戦った時とは違い、一方的にではなく、両方の剣が刃こぼれしていく。
ただ魔力をぶつけ合っているだけでは埒が明かないと、リカルドはいったん距離を取って聖剣技を放つ。
三叉に分かれた白き刃を再度集約させるようにしてルイスを狙う。
ルイスもまた同じ形態を持つ暗黒剣技でそれを相殺した。
奇しくもリカルドのソウルジョブ・ホーリーナイトと、ルイスのダークナイトは、どちらも似たような性能の技を持っている。
攻撃の応酬が続くが、直接の斬撃、遠距離攻撃、さらには魔法攻撃、いずれを使っても力が相殺されて決着がつかない。
「やはりわたしたちも加勢するべきでは……? お二人の力が拮抗している今なら、わたしたちの攻撃でダークナイトを倒せるかも……」
「いや……、この戦いに割って入るのはかえって危険だね……」
エルネストが察した通り、何度も斬り結ぶ二人の周囲には光の魔力・闇の魔力がまき散らされて荒れ狂っている。
近づけば巻き込まれる。魔法で遠隔攻撃しようとすれば、ルイスがセシリアたちに近づくことでそれを阻止するだろう。
結局、リカルドの勝利を祈っているしかなかった。
ルイスの放った闇の刃が石畳の床を削りながら疾駆する。
それを打ち払ったリカルドが反撃として放った光の刃がルイスにかわされ壁を抉る。
二人の攻防によって、遺跡自体が破壊され始めていた。
「ちょっ、これは加勢するより、むしろ離れた方がいいんじゃない!?」
かなりの広範囲に散らされる魔力の余波を大剣で防ぎながらアルマが叫ぶ。
「いっそ、この隙に三人で邪神と戦うというのは……?」
どちらの方が勝算があるのか分からないが、一応提案してみる。
「ダメだ……。意識的にかどうか分からないけど、ダークナイトの魔力で邪神側の出口は塞がれているよ」
見れば、絶え間なく放たれている二人の魔力で出口が完全に空いている時間はほとんどない。
下手に通ろうとすれば、二人のどちらかの魔力に斬り裂かれることになる。
攻撃形態が似通っているせいでなかなか決着がつかない。リカルドは、ルイスとは異なる攻撃手段はないかと自らの魔力の中を模索する。
最も差が出るとしたら、神聖魔法と暗黒魔法だ。
状況を打開できる魔法を探すが見つからない。習得している魔法をそのまま使うだけでは――。
「神聖魔法・ホーリネスリアマ!」
聖なる炎を全身にまとうリカルド。立ち上る炎は室内にありながら天を突かんばかりだ。
その状態で斬りかかるが、刃を受け止められる。
魔法に力を割いている分、剣の魔力が弱まっており、リカルドの剣がルイスの剣より大きく刃こぼれした。
「なんのつもりか知らんが、身体に炎をまとうならば、まず剣を折るまでだ」
暗黒剣の一振りで何本もの闇の刃を飛ばしてくる。
リカルドはそれを飛び退いてかわしていく。
遠距離攻撃を巧みに回避するリカルドを見て、ルイスは脚力の強化に魔力を割いた。
一息に間合いを詰めたルイスはリカルド目がけて力強く剣を振り下ろす。
ルイスの剣を受け止めたリカルドの剣がついに折れた――ように見えたかと思うと、ルイスの刃はリカルドの身体まで両断した。
「――!?」
手応えのなさに違和感を覚えたのだろう。ルイスは目を見開く。
炎をまとったリカルドの姿をしていたそれは、暗黒剣の一撃を受けて霧散した。
「聖剣技・ホーリーブレイド!」
ルイスの背後に現れた本物のリカルドが、ルイスの鎧を破り、身体に刃を突き立てて聖剣技を放つ。
身体に食い込んだ状態の刀身から撃ち出された光の刃に、ルイスは一文字に大きく斬り裂かれた。
それでも倒れなかったルイスは、リカルドの脇をすり抜けて邪神側の出口前まで跳んだ。
「幻影……か……」
リカルドが先に使った魔法は、身体に炎をまとうものだった。それを途中から幻の炎を見せる魔法『ヴィジョンリアマ』に切り替えていたのだ。
単なるヴィジョンリアマでは、炎は見せられても人の姿は見せられない。
その点については、魔法の構成式に独自のアレンジを加えることで対処した。
幻の自分を斬っている隙を突いてリカルドはルイスに痛手を負わせた。
だが、ルイスは戦いをやめる気はないようだ。彼は再び剣を構える。
邪神のために死ぬまで戦う。その覚悟があるのだろう。
「お前の気持ちは分からんでもない。俺も俺を拾ってくれた騎士団長には感謝している。だが、忠義のためとはいえ世界を破滅させてなんになる? お前が邪神の味方だというなら、お前のやるべきことは邪神を説得して戦いをやめさせることではないのか?」
「愚問だな……。私が主の考えを否定することなどない……。我が主が破滅を望むなら、それを叶えることこそ私の使命だ」
リカルドとしても、ルイスがあきらめることには期待していなかったようで、特に落胆した様子はなかった。
力ずくで戦いを終わらせるべく聖剣に魔力を込める。
ルイスもそれに応じるように暗黒剣に魔力を込めた。
再び互いに斬りかかるが、この分だとさらに幾度もの斬撃の応酬が行われ、最終的にルイスの力が先に尽きて終わるのではないか。
そう思ったが――。
「暗黒魔法……、サクリフィーティオ……」
寿命を削るという強化魔法だ。
あの魔法はキサラギに深手を負わされた時点で解除されており、体力が十分回復しないと使えないはずだ。
今の今まで使わなかったということは体力は十分に回復していないとみて間違いない。
――リカルドと相討ちになって死ぬ気か。
リカルドは臆することなく斬りかかる。
ルイスは、自身の周囲に闇のオーラを発生させ、それに飲み込まれようとした。
その時――。
ルイスの身体を蝕むと共に強化するはずだった闇の力は粉々に砕け散る。
「なッ――」
その隙をリカルドが見逃すはずはなく、ルイスの身体は袈裟懸けに斬り裂かれた。
血飛沫を上げてルイスは倒れる。
リカルドはその返り血を避けようともせずその身に浴びた。
騎士団員の戦闘装束は紅に染まる。
「やりましたね! リカルド様!」
ルイスとの戦いに決着をつけたリカルドの元にセシリアたちが駆け寄る。
「ああ……。だが、なぜ魔法が発動しなかったのか……。おそらく全生命力と引き換えになら使えたと思うのだが……」
「確かにそうですね……」
疑問に思っていると、その答えは意外な形で知らされることになった。
『この音声は事前に録音したものとなっています。ご了承ください』
突然声が聞こえてきた。
この場にいる誰のものでもない。
これは――キサラギの声だ。
声の発生源は倒れたルイスの胸元辺り。
混乱する一同だが、キサラギの音声は続く。
『これをお聞きの方は、私からの降伏勧告を断った愚か者でしょう。私は戦いの中で奥義に乗せてプレゼントを贈りました。そいつは人間に寄生し、宿主の切り札となる能力を喰らいます。どうせなら喰らった能力は私のものにしたいので、生きていたらまた会いましょう。それでは』
キサラギは、終始おどけた調子のまま語りきった。
音を鳴らしたり転送したりする魔法は珍しくないが、事前に録音したものを狙ったタイミングで再生できる能力はかなり珍しい。
つくづくいやらしい真似をする女だ。
「ぐ……、キサラギめ……、最後まで私の邪魔をするか……」
ルイスには、まだ息があったらしい。
これまでの敵同様、またトドメを刺さなければならないのかと考えていたところで、遺跡全体が大きく震え出した――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます