【第七章】決戦前夜
山を越えた先には意外と大きな町があった。
ここがおそらく邪神の潜伏場所の最寄りの町だ。
人通りは少なくないのだが、人々の顔色はあまり良くないような気がする。
今まで以上に邪気が濃くなっているせいだろうか。
「…………」
「どうしたの、セシリャん。黙りこくっちゃって。もう、疲れたって言っていいんだよ?」
アルマが心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「いえ……、少々考え事を……」
「お前の頭で考えこんだところで答えは出ん。今は前に進むことだけ考えろ」
冷めた物言いだが、リカルドのこうした態度は今のセシリアには妙に心地良い。
――今だけでなく初めのうちから嫌いではなかった気もする。
「邪神を倒せたとしたら、少なくともそれは僕たちにとっていいことだよ」
エルネストの言う通り、今さら邪神と戦わないという選択肢はない。
キサラギが仕留め損なっていた邪神を完全に殺さなければならない。
神というのがいかなる存在か、よく分かってはいないが、自分たちと同じように意思を持ち言葉を話すということは知っている。
ルイスに至っては魔物に与しているとはいえ人間だ。
彼らの命を奪うことを正しいといっていいのかどうかは、確かにセシリアが判断できることではなかった。
一行は、まず冒険者ギルドに行って盗賊退治の報酬として武器修理用の素材を受け取ることにする。
ギルド内は、やはり人の数こそ多いが酒を飲んで騒いでいるような者はいない。
なんとなく陰鬱な雰囲気だ。
彼らが明確に邪神の復活を知っており、それが恐ろしくて暗い気持ちになっているのか、それとも邪気に精神を蝕まれているのかは分からないが、どちらにせよ邪神を倒さなければこの雰囲気が世界全体に広まり、最後には滅んでしまうのだ。
考えてみれば、セシリアたちが邪神の復活を知ったのも特別な筋からの情報からではなかった。
感づいている者は感づいているのだろう。邪神の潜伏場所から近いこの町の住人ならなおのこと。
「邪神との決戦なら、ここにいる冒険者の方全員の力を借りても良いのではないでしょうか?」
四人で戦うものと思っていたが、今頃になって疑問が湧いてきた。
実際、ルイスとの戦いでは絶体絶命の危機に陥り、町まで援軍を呼びにいったのだ。
あの時は結局、偶然会うことができたキサラギの力を借りることになったのだが。
「確かに人手は多い方がいいかもしれんが、ここにいる連中も遊んでいる訳ではない。町の周辺に出現する魔物を倒す必要もある。それに忘れたか? この旅は、お前が人々の役に立つということを示すためのものだということを」
「あ……、そういえば……」
なんとなく皆を支援するためについてきている気になっていたが、本来はセシリアがパーティの要となって邪神を討たなければならないのだ。
セシリアが負けた場合に、ようやく騎士団全軍が動員されることになる。
負けた場合――それは自分が死ぬということ。それを再認識して身震いする。
「大丈夫だ。なんだかんだいって、ここまでやってこれたお前のことだ。最後もなんとかなるだろう」
リカルドの手が、優しげに肩に乗せられる。
その言動が意外でセシリアは首をかしげた。
「リカルド様……。熱があるのですか……?」
「なぜそうなる」
今度は額をこづかれることになってしまったが、それでも優しい感じはある。
カウンターで依頼の報酬を受け取った後、リカルドは一つの提案をしてきた。
「そういえば、この規模の町ならギルドマスターがいてもおかしくないな。セシリア。クラスチェンジする気はないか?」
「クラスチェンジ……ですか」
初めてソウルジョブを付与された時に聞いた話では、上位のジョブになるほど高い実力が求められるはず。
だからこそ、初級ジョブのままここまでやってきたのだったが。
「盗賊と戦った時、覚悟はともかく、余裕を持って敵を倒せるようにはなっていた。治療の速度も上がっている。神聖魔法の使える聖魔道士にクラスチェンジするのはありだと思うがな」
リカルドの意見にアルマとエルネストも同意する。
「セシリャん、初めて会った時よりずっと成長してるもんね。ちょうどいいと思うよ」
「僕自身使ったことがあるからこそ思うことだけど、神聖魔法の使い手が仲間にいるのは心強いよ。心身ともに成長した君ならやれると思う」
「みなさんがそういうなら……」
自分で自分のことは客観視できない。
だが、自分のことをよく見てきた仲間たちが言うことなら間違いないだろう。
城下町のギルドの時同様、奥の部屋に通されて魔法陣の上に立つ。
ジョブエンチャント用の部屋は内装に決まりでもあるのか、やはり全方位が石畳のような空間だった。
(……!)
ギルドマスターの放った光を受けて、自身の中で何かが変わったのを感じる。
魔物を倒して経験値を得たときには魔力が蓄積されていくような感覚だったが、今のクラスチェンジは魔力が変質したようだった。
一つ間違いないのは自分が強くなったという実感があったことだ。
上級ジョブに就いて能力が上昇するのは、それにふさわしい素の力量が身についていた証。
部屋に籠って他人とほとんど接することなく生きてきたセシリアには、大切に思う相手がいなかったが、そうした存在ができたことで心も力も大きく変化したのだった。
「アルマ。お前はどうする?」
「あたしは戦士のままひたすら剣を振り回すよ」
リカルドとアルマの会話を聞いてエルネストは苦笑している。
ギルドから宿に向かう道中。
セシリアはふと思いついた疑問を何気なく口にする。
「そういえば、わたしの旅に同行する騎士はなんでリカルド様だったんですか? 特段わたしと縁があるという訳ではなかったと思いますが」
そもそも部屋に籠りきりのセシリアが城の騎士たちと接する機会はほとんどなく、縁がある者というのもいなかったのだが、何か別の理由があるかもしれない。
「それはおそらく、俺が騎士団で最も邪神の眷属に憎しみを抱いている者だったからだな」
「憎しみ……」
いつも冷静なリカルドが、激しい憎悪を持っているというのはいまひとつピンとこなかった。
アルマとエルネストもそうらしく、続く言葉を待っていた。
「俺の両親は、俺が子供の頃、魔物に喰われて死んだ。そのあとは、邪気にまみれた魔物もろとも地獄に落ちただろうと聞かされていた。地獄がどんな場所か詳しく知っている訳ではないが、想像することはできる」
リカルドはそこでいったん言葉を切った。
地獄で与えられる責苦。それは想像するだに恐ろしい。
彼の苦々しそうな表情を見るに、今でもそのことで胸を痛めているのだろう。
「同じような目に遭う奴を減らすために浄化の力を扱えるジョブに就いたが、俺は聖騎士にはふさわしくないかもしれん。大義ではなく私怨のために邪神と戦おうとしているのだからな」
自嘲しながら目を伏せるリカルドの考えを仲間たちは否定した。
「そんなことないよ! 親の仇を討ちたいって思うのは当然だよ! あたしだって邪気のせいでお父さんが死んでたら、一人でも邪神と戦いにいってたと思うし」
「そうだね。それに単なる復讐じゃなくて、さらなる被害を防ぐことにもなるんだから大義があるともいえる。だからこそ国王も君を任命したんじゃないかな?」
「そうか……。ありがとう……」
リカルドはいつもより柔らかい口調で二人に感謝を述べた。
復讐は復讐を呼ぶ。人間が邪神に痛手を与えたとなったら、邪神の眷属はますます人間を敵視するようになるだろう。ルイスがキサラギを憎んでいたように。
そうならないようにするためには、邪神を完全に滅し、邪神の加護を受けた魔物も全滅させなければならない。
非情なようだが、人類が生き延びるにはそれしかないのだ。
唯一救いがあるとしたら、聖剣技や神聖魔法であれば対象を浄化して天国に送ることができるという点だ。
「神聖魔法を使えば、魔物の魂も魔物に喰われていた人間の魂も解放されるんですよね? わたし、やっぱりクラスチェンジして良かったと思います」
「セシリア……」
旅を始めたばかりの最もなまけたがっていた頃のセシリアを知っているリカルドは、その殊勝な言葉に目を見張った。
リカルドは憎しみに駆られていても、魂を浄化することは忘れていない。セシリアも彼の理念についていこうとしている。
決意を新たに決戦前夜を迎えることになった。
夜十時半。
普段のセシリアなら宿に着くとすぐにベッドで眠りについているのだが、今日はなかなか寝付けずにいた。
(今夜寝て起きたら邪神の潜んでる遺跡に向かう……。たぶんダークナイトもそこにいる……。両方に勝たないと、もうこうやって寝てることもできないんだよね……)
いつもなら至福だったベッドでゴロゴロしている時間も、今はなんとなく心地良いと思えない。
頭の中で、なんともいえない不安がグルグルしている。
(みんなはどうしてるかな? ちょっと会いにいってもいいかな……?)
今回は武器の修理も終わり、もう軍資金を節約する必要もないということで、一人一部屋で泊まっている。
一人でいるとネガティブな感情ばかり湧き起こってしまうため、三人と話をできればと思い、自室を出た。
(まずは誰のところに行こう……?)
仲間になった順番でいえばリカルドだが、気軽に訪ねていけるのは同性のアルマだ。
それにリカルドは最後にしたいような気持ちが――。
「あのー。セシリアですが、起きてますか?」
アルマの部屋の扉をノックしてみる。
既に寝ているとしたら、わざわざ起こすのは気が引けるので返事がなければ次のエルネストの部屋に行ってみるつもりだ。
「セシリャん? 起きてるよー。カギは開いてるから入ってきてー」
カギを開けっぱなしなのは不用心な気がするが、このように無防備かつ能天気なのがアルマなのだと思うと、今までと変わっていないことに安心感を覚える。
入室したセシリアは、アルマに促されて二人並んでベッドに腰かけることに。
「今日はどうしたの? いつもならとっくに寝てるのに」
「明日が最後の戦いかと思うと緊張してしまって……」
「そっか。それはそうだよね。邪神っていうのがどれだけ強いのか分からないし、ダークナイトは間違いなく強かったし」
「すみません。こんな戦いに巻き込んでしまって……」
邪神は仮にも神と呼ばれる存在。キサラギですら殺したつもりが仕留め損なっていた相手だ。
ルイスは、前回の戦いでキサラギが傷を負わせていなければ勝ち目のない敵だ。
王族としての務めがあるセシリアと違い、一介の冒険者であるアルマに、このような危険な相手と戦わなければならない義務はない。
「水臭いこと言わないでよ。あたしの方から言って仲間になったんだし。それにみんなにはお父さんを助けてもらったからね。少しでも恩返ししないと」
「アルマ……」
「そういえば邪神を倒したら褒賞金が出るんだよね? そしたらエルネストさんが住んでるみたいなお屋敷が買えるぐらい大金持ちになれるってことでしょ。あたしみたいな貧乏人はお金が絡むと数段パワーアップするから期待しててね!」
アルマにも不安はあるはずだ。
だが、努めて明るく振る舞っている。
褒賞金の話は前にもしていたので、別に今思い出した訳ではないだろうが、あえてその話を持ち出して、さも金に目がくらんでいるかのような発言をした。
そんなアルマの気遣いがうれしくてセシリアの顔も自然とほころぶ。
「アルマ。ありがとうございます。わたしも今後は働かなくても済むように、あと少しだけがんばります」
山を越える前にもしたようなやり取りをして、笑い合う二人。
アルマは、自分ではリカルドやエルネストに及ばないと感じているようだが、今まで一番傷を負いながら戦ってきたのはアルマだ。
彼女が受けた分の攻撃を他の者が受けていたらパーティが崩壊していたかもしれない。
そういう意味では、アルマは戦いに大きく貢献している。
戦力としての価値を抜きにしても、セシリアはアルマという友達ができて良かったと思っている。
部屋に籠ってばかりで人に慣れていないセシリアが、気兼ねせずに関わることのできる相手は貴重だった。
「――死なないでくださいね。わたしはみなさんの中の誰か一人でも欠けることになったら嫌ですから」
一番傷を負ってくれていたアルマだが、それで彼女一人死んでしまうようなことがあったら、何のために戦ってきたのか分からない。
全員で生きて帰らなければ。
「あたしを誰だと思ってんの? 殺したって死ぬようなタマじゃないよ! ダークナイトの本気の剣を受けたら死んでたとか言ったけど、やっぱり気のせいだったよ。あたしはあの程度じゃ死なないから!」
精神論でどうにかなるものでもないだろうが、それでも彼女の言葉を聞いていると本当にそうなのだと思うことができた。
「安心しました。アルマとみなさんがいれば、邪神にもダークナイトにも負けないですね!」
アルマと話していると元気が出てきた。
「他の二人のところにも行くの? それともあたしが最後かな?」
「いえ、最初にアルマのところに来ました。これからエルネスト様とリカルド様とも話してみようと思ってます」
「それがいいよ。でも、これが最後って訳じゃないからね。また、こうやって一緒に話そうね」
「はい!」
邪神を倒したら当分寝続けるつもりでいたが、時々アルマと一緒に遊ぶのも悪くないか、と思いながら彼女の部屋を後にした。
今度はエルネストの部屋の前に来ていた。
夜に異性の部屋を訪ねるのはどうかという気もしたが、自分たちに限っておかしなことにはならないだろう。
他の客の迷惑にならないよう静かにノックしてみる。
「セシリアですけど……、今いいでしょうか……?」
呼びかけると、すぐにカギの開く音がしてエルネストが出てきた。
「君の方から訪ねてきてくれるなんてうれしいな。さ、遠慮せずに入って」
招き入れられたセシリアは、アルマの時同様エルネストとベッドに並んで座ることになった。
さすがにアルマの時よりは緊張する。
「それで、どうしたの? てっきりもう寝てるかと思ったけど。あ、これが夜這いって奴かな?」
「よばっ――!?」
驚いて叫びそうになったところで、なんとか思い止まった。
危うく宿の人たちに怒られるところだ。
「い、いえ、そんなつもりは……。ただ、明日は大事な日なので、その前にお話ができればと……」
しどろもどろになりながら言い訳じみたことを口にするセシリア。
別にやましいことはないのだが。
「ははは。冗談だよ。君の好きな人は僕じゃないだろうからね」
「――?」
セシリアは頭に疑問符を浮かべる。
まるで他に好きな人がいるかのような口振りだ。
「そういえば、この前のこと、お礼がまだだったね」
「あれ? そうでしたか? いつのことだったか覚えてなくて申し訳ないですが、いつもありがとうございます」
助けてもらった心当たりはありすぎるので、全部に対してはお礼をしきれていないかもしれない。
かけた迷惑に対して、謝った回数も足りない気がする。
「そうじゃなくて、山でのこと。君の言葉のおかげで安心できたから。ありがとう」
「あ、そのことでしたか。別にお礼を言われるほどのことはしてませんよ。なんとなく思ったことを言っただけで……」
正直いって何と言ったのかもはっきり覚えていない。
ただ、苦しそうにしているエルネストを見ているのがつらくて、どうにかしたいと願っていただけだった。
「なんとなくだったっていうなら、君には人の心をつかむ才能があるんだよ。誇ってもいいと思う。――僕の妹はもう戻ってこないけど、僕の好きになった人はもっと強くて、守ってあげる必要もないみたいだ」
エルネストの言葉に妙な違和感を覚える。
「す……、え……? どういう人という話でしたか……?」
「だから好きな人」
エルネストは、儚げだが決して弱々しくはない微笑みを向けながら告げてきた。
対するセシリアはポカンとしている。
「どなたの話でしょう?」
「君の話」
言われたことを改めて整理してみる。
「山でエルネスト様に声をかけたのがわたしで、エルネスト様が好きになった人が妹さんより強い方で、誰の話をしてるかというとわたしの話で、ええと、それらを踏まえると、わたしがエルネスト様の好きな人ということになるような気がするのですが、どこが間違っているのでしょうか?」
あくまでセシリアは、自分の頭が導き出した答えを否定する。
話が噛み合っていないような感じがするからだ。
「何も間違ってないよ。君は強い人だし、僕は君のことが好きだ」
「ええっ!?」
否定しようにも、相手から明確に答えを示されてしまった。
部屋に籠りきりだったセシリアは必然的に異性との交流も少なく、寝てばかりで本もあまり読まないので物語としての恋愛すら知らない。
男性からの異性としての好意など自分には無縁のものとばかり思っていたが。
「エルネスト様がわたしのことを……。それはつまり、どうすれば良いのでしょう……?」
いくら恋愛を知らないといっても、最低限の知識はある。
告白を受けたらどうすればいいのか。
選択肢は二つ。告白を受け入れて交際を開始するか、断ってただの友人のままでいるか。
エルネストの恋人としての生活を想像してみると、少なくとも悪くはなさそうに思える。いくら寝ていても怒られなさそうだし、甘いものも好きなだけ食べられそうだ。
ならば受け入れればいいのか。何か違う気がする。
その違和感の正体は――。
「どうもする必要はないよ。僕の片思いだからね。さっきも言ったように君の好きな人は僕じゃないだろう?」
「え……?」
片思い――エルネストの言葉が正しいとすれば、セシリアから彼への好意が欠けているということだ。
確かに、いい思いができそうだからと、愛してもいない相手と付き合うのは不誠実かもしれない。
そして彼は『好きな人は僕じゃない』と言った。
つまり他に好きな人がいると。
「わたしの好きな人……。どなたのことでしょう……?」
「それを僕の口から教えるのは野暮ってものだろう。本当は分かっているんじゃないかい?」
「う~ん……」
分かるような分からないような。
セシリアが交流を持っている相手はごく限られている。消去法でいけば答えは出るのだが、それでも分かったとは言えなかった。
「まあ、ゆっくり考えればいいよ。時間はまだまだあるからね」
「あ……」
明日は邪神との決戦だ。負けるとしたら、こうして話せるのは今夜が最後ということになる。
だが、やはりエルネストも最後などとは思っていない。
自分たちはこれからも生き続けていくのだ。
「はい! じっくり考えて自分の気持ちが分かったら、エルネスト様にも改めてちゃんとしたお返事をさせていただきます」
ベッドから立ち上がり、エルネストに一礼して部屋を後にする。
「こうして遊びにくるのは、いつでも歓迎だからね。彼に適度にやきもちを焼かせてあげるといい」
彼というのが誰なのかは明言しなかった。
それはセシリアが自身で見出すことだろう。
旅の中では最初の、今夜訪れる中では最後の仲間の元へやってきた。
例によって控えめなノックをするとすぐさま返事があった。
「セシリアだな。カギは開けてある。入ってこい」
何も声をかけないうちからすべてを察して入室を促してきた。
「なぜわたしだと分かったのですか?」
部屋に入ったセシリアは、まずその疑問を投げかける。
「俺ぐらいになると気配で誰が近づいてきているかぐらいは分かる。小心者のお前のことだ、心細くなって仲間の元を回っていたのだろう?」
本当にすべてお見通しらしい。初めから旅に同行していただけのことはある。
彼の存在がなく、一人で城の外へ放り出されていたら、きっと何もできずにのたれ死んでいただろう。
「はい……。本当にわたしなんかが邪神に勝てるのか不安で……。でも、みなさんと話していたらなんとかなりそうな気がしてきました」
「そうか。それで、俺と話すことでさらに安心できそうなのか?」
「はい。リカルド様のこと、初めは怖い方かと思ってましたが、本当は優しい方なんだと分かってきましたので」
「ほう。初めは怖いと思っていたのか」
「あ……」
失言だったと気付く。
せっかく優しげな眼差しを向けてくれていたのに、少し目つきが鋭くなった。
「まあいい。こっちに来て座れ。話して不安が和らぐなら話ぐらい聞いてやる」
リカルドに呼ばれたセシリアは、彼の正面まで来て床に座る。
「……、なぜそんなところに正座している?」
「なぜでしょう……?」
セシリアの素っ頓狂な回答に、呆れたように首を振るリカルド。
前の二人相手の時のように、ベッドに座らなかったのは、エルネストの言葉を意識していたからかもしれない。
(エルネスト様の言ってた、わたしの好きな人って……)
戦っている時の凛とした感じとはまた違った、柔らかい雰囲気のリカルドを見てドキドキしている自分がいる。
それでも、まだ分からない。リカルドのことが仲間として好きかといわれれば、何の迷いもなく肯定するのだが、色恋沙汰となると自分で自分の心が分からなくなるのだ。
「今までずっと一緒に旅をしてきただろうが。変に距離を取るな」
リカルドに手招きされて、今度こそ彼の隣に座る。
やはり、アルマの時には全くなかった、エルネストの時ともまた違った奇妙な高揚感がある。
黙っていても気まずいだけなので、明日のことについて話し始めることにした。
「リカルド様は、邪神に勝てる自信がおありですか?」
疑問形だが、肯定してくれることを期待している。
アルマもエルネストも、負けて死ぬ未来など想定もしていなかった。
「実を言うとな、三人の中で一番自信がないのが俺かもしれん」
「そうなのですか?」
期待にそぐわないというよりは意外な答えだった。
彼は、実力によって聖騎士になったことを誇りに思っているようだった。偶然王家に生まれただけのセシリアなどよりよほど格上だと。
「俺は、人間でありながら魔物に与しているダークナイトの話を聞いた時、奴は自分と相容れない存在だと直感した。会えばこの手で斬ってやると決めていた。だが、実際に戦ったらあの様だ」
リカルドは、実質ルイスに敗北したものと思っている。
異世界から来た勇者らしくない勇者以外の手には負えない敵だったのだが、それでもリカルドの価値観は崩されかけていた。
「ダークナイトとキサラギ様は特別だったんです。どうしようもなかったですよ」
自分ごときの言葉がなぐさめになるとも思えなかったが、なんとかフォローしたかった。
だが、それは叶わない。
「俺は自分より強い奴を特別だとは思っていない。特別だとか天才だとか決めつけることで、負けたことの言い訳をしたくないからだ。俺が奴に負けたということは、俺より奴の方が努力していたということだろう」
邪神などの下につくことは堕落だ。そう考えていたのだろう。
それが、ふたを開けてみればルイスの方が志が高かったという始末。
リカルドが自信を失うのも無理はない。
「じゃ、じゃあ、この際どちらが上かは置いておきましょう。四人がかりでも勝てればこちらのものです。わたしたちの目的は邪神を倒すことですし、それで人類を守れれば役目は果たしたことになりますよ」
今度の言葉は効果があったようだ。
リカルドは、一瞬目を見開いたかと思うと、先ほどまでより穏やかな面持ちになった。
「……それもそうか。俺の矮小なプライドなど、世界の平和に比べればどうでもいいか」
「どうでも良くもないですけど……」
ちぐはぐな発言をするセシリアを見て、リカルドは笑い出した。
「ふっ、お前などに諭される日がくるとはな。明日もその調子で頼むぞ」
「な、なんとか保てるようにがんばります」
「お前が足を引っ張らなければ邪神には勝てるだろう。ダークナイトの方は正直分からん。キサラギから受けたダメージが残っていることを祈るばかりだ」
分からないことで頭を悩ませていても仕方がないと悟ったのだろう。何か吹っ切れたようだった。
「三人の中で一番がリカルド様でも、四人の中で一番自信がないのはわたしです。自信のない者同士仲良くしてください」
次の言葉は果たして響くだろうか、などと考えていたら、予想外の出来事が起こった。
「仲良くとはこういうことか?」
リカルドから肩を抱かれたのだ。
セシリアは、顔から火が出るような感覚に襲われる。
彼にしごかれる中で、剣の鞘などで叩かれることはあったが、直接身体が触れる機会はほとんどなかった。
覚えているのは、キサラギに放り投げられた時ぐらいか。
リカルドの側から能動的に触れてきたという事実にセシリアは狼狽していた。
心臓が早鐘を打つ。彼の前で着替えをしたことなど、今となっては考えられない。
「り、リカルド様、これはどういう……?」
「仲良くしてくれと言っただろうが。何か不満か?」
「い、いえ、不満はありません」
混乱はしているが、悪い気はしない。あれだけ厳しかったリカルドが好意的に接してくれているのだから。
うれしい理由は果たしてそれだけか――。
深く考えることはしないまま、少し欲張ってみる。
「あの……、可能であればなんですが……」
「なんだ?」
「ええと、嫌だったら別にいいんですけど……」
「だからなんだ?」
微妙にイラついたように問いかけられ、あわてて本題を切り出す。
「あっ、はい。一人の部屋に戻ってしまうと、また不安な状態に逆戻りしてしまいそうなので、今夜はこの部屋で寝かせていただけないでしょうか……?」
今度のリカルドは、かなり面食らったようだった。
「お、驚いたな。お前の口からそんなことを聞くことになるとは……」
「だ、ダメでしょうか……?」
あまり自覚はないのだが、セシリアの瞳は若干潤んでいる。
「他の二人ではなく、俺を選んだということだな?」
「はい。アルマもエルネスト様もいい人ですけど、一番一緒にいたいのはリカルド様です」
普段、優柔不断なセシリアだが、これははっきりと答えた。
「ならいい。いつの間にか夜も更けてきた。もう寝るぞ」
「はい」
そう言ってセシリアはベッドを下りて床に寝転がる。
「何をしている……?」
「――? これから寝ようかと」
セシリアは、さも普通のことのように返した。
リカルドは呆れているような笑っているような微妙な顔になって自分のベッドを指差す。
「そんなところで寝たら身体を痛めるだろうが。邪神との戦いを控えているんだ、万全の体調でなければ困る」
「そ、それでは、同じベッドで……!?」
「お前の言い出したことだ。今さら後には引かせんぞ」
自分のした発言がいかに大胆だったか思い知らされながら、リカルドと並んでベッドに横たわる。
微妙な距離を空けながら、それでいて同じ布団の温もりを感じながら、その日は夜を明かすことになった。
翌朝、アルマとエルネストにその仲を冷やかされることになるのだが、今の自分たちは知る由もないこと。
泣いても笑っても明日が最終決戦だ。
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