【第六章】エルネストの過去

 アルマの父親を治療するための薬草を採取した森を通り抜け、山岳地帯の手前にある町に到着した。

 アルマの故郷に比べるとやや人通りが多いが、小規模な町である。

「疲れました……って言ってもいいですか?」

「疲れただけならいい。今すぐ休みたいというなら却下だ」

「じゃあ、疲れました」

 わざわざ許可を取ってまで疲れたことをアピールするセシリア。

 労働アレルギーは完治しないが、問答無用で『休みたい』とのたまっていた過去を考えると、アルマの父親ほど劇的にではないが、セシリアも快方に向かっているのではないだろうか。

「町に着いたなら、まずは装備の修理と買い替えだ。行くぞ」

 リカルドの聖剣やエルネストの使うコリシュマルドはどこでも売っている武器ではないので修理して使う。

 一方、セシリアの杖やアルマの大剣は、元々それほど珍しい品を使っていた訳ではないので、新品に買い替える。

 夜までは少し時間があるため、まずは武器屋と鍛冶屋に向かうことになった。

「武器屋っていいよねー。見てるとなんかわくわくする」

「不謹慎だな。人殺しの道具だぞ」

 陳列された武器の数々に目を奪われるアルマと、それを冷めた目で見るリカルド。

 リカルドの指摘した通り、武器を使ってやることといえば人殺しだ。魔物を倒す場合もあるが、それでも生物の命を奪っていることには変わりない。

 一方で、武器そのものに造形美があるともいえる。武器が単なる飾りとなる日が来れば良いのだが。

「アルマは大剣以外を使ったこともあるんですか?」

「うん。槍とか斧とか一通り試したけど、これが一番性に合ってるかなって」

 アルマは並べられた武器の中から一本の大剣を手に取ってみる。

 片手で軽々と持ち上げているが、どこにそんな力があるのだろうか。そう思ったが、魔界において細腕で巨大な武器を操るものはそれなりにいる。魔力によって筋力を強化できれば、元々の筋力が低くても問題ないのだ。

(わたしの杖はどうしようかな……)

 いよいよ邪神との戦いが近づいてきていることを考えると最も性能の高いものを選ぶべきだが、リカルドからもらっている小遣いには限度がある。

 王女として生まれたセシリアに一般的な金銭感覚を覚えさせるという意図があるようだが、武器の購入で全財産を使いきってしまうと遊びに使える金がなくなる。

 この状況で遊ぶというのも、それこそ不謹慎だが、ちょっとした息抜きぐらいはさせてほしい。

 ルイスとの戦いで絶望を味わっただけに、武器代をケチる考えはなくなっていたので、結局所持金の大半を使って新たな杖を購入した。

 武器屋の次は鍛冶屋を訪れる。

 カウンターの奥で親方と思しき中年男性が剣だか刀だかを打っており、カンカンという音がこちらまで響いている。

「この二本を修理してほしい」

 リカルドが自身の聖剣をカウンターにいる弟子らしき若者に渡すと、それに続いてエルネストも魔力強化剣を差し出した。

 特殊な武器の修理を行う場合、特別な素材が必要になるが、今までの依頼達成時の報酬でそれらは収集できている。

「いいなー。あたしもああいうオーダーメイドの武器欲しいー」

 リカルドたちが持つ、自分専用に用意された武器をうらやましがるアルマ。

「その代わり新しいものを買う機会はなくなるぞ」

「あっ、そっか。それもなんかつまんないなー。いっそ二刀流にしちゃおうか」

「どこの世界に大剣を二本も同時に使う馬鹿がいる」

 魔力による筋力の増強にも限界はある。さすがに大剣や槍、斧といった武器を二本使っている戦士はこれまでの旅で見たことがなかった。

 あるいは、ルイスやキサラギならそれぐらいの芸当をやってみせるのかもしれないが。

「ところで、ここで武器を軽量化させる調整はやっているかい?」

「あっ、はい。やってます」

 エルネストの質問にカウンターの若者が答える。

 武器の軽量化というのは初めて聞いた。そもそもセシリアはほとんど鍛冶屋に入ったことがないので当然ともいえるが。

「だったらセシリア、君が新しく買った杖、軽量化しておいたらいいんじゃないか? 重いものを持つのは苦手なんだろう?」

 エルネストの前で『軽くて持つのが楽な杖がいい』と発言したかどうかは忘れたが、彼はセシリアの性質を分かってくれているらしい。

「そうですね。同じ性能で軽くできるならその方が――。……あっ、でももうお金がないんでした」

 高性能な武器を買うためならリカルドも金を出してくれそうだが、軽くして楽をしたいという理由では出してくれない気がする。

「僕が払っておくよ。君のお父様からたんまり褒賞金をいただいているからね」

 エルネストは、蠱惑的な微笑みでセシリアの黒髪をなでてくれる。

「本当ですか!? ありがとうございます、エルネスト様!」

 彼の好意で杖の軽量化ができることになった。

 セシリアの杖も鍛冶屋に預けて一行は町に出る。

 宿に泊まれるのは夜になってからとのことなので、それまでは自由行動となった。

 セシリアは特にやることもないので、適当にブラブラしていたのだが、ふと甘い香りに気がついた。

 近くの露店で甘味を売っているらしい。

 りんご飴・おはぎ・甘納豆・みたらし団子などなど。

 セシリアは匂いのする方へふらふらと近づいていく。

(おいしそう……)

 物欲しそうな顔で商品を眺めていると店主から声をかけられた。

「お嬢ちゃん。何か買ってくか?」

「買いたいのはやまやまなのですが、お金がないのです……」

「そうかい。そいつは残念だ」

 王女ともあろう者が菓子の一つも満足に買えない。とはいえ、それも自業自得か。

 今まで何もしなくても城で料理が食べられていたことの方がおかしかったのだ。

 あきらめて、よそへ行こうとしたところで――。

「セシリア、お腹が空いているのかい?」

 いったん別行動となっていたが、エルネストがそばに来ていた。

「はい……。でも、夕食までなんとか我慢します。これも報いなのでしょう……」

「我慢は身体にも良くないよ。僕が買ってあげるから、何でも好きなものを食べるといい」

 肩を落としていたセシリアに、これ以上ない魅力的な提案が。

「い、いいんですか?」

「もちろん。君は大切な仲間だからね。ひもじい思いはさせられないよ。甘いものは好きかな?」

「はい! 甘いもの大好きです!」

 セシリアの満面の笑みを見てエルネストも満足げだ。

 どれにしようかと、目移りしていると、スパンという小気味好い音と共に頭に痛みが走った。

「痛いっ」

 何があったのかと振り返ってみると、空の鞘を持ったリカルドの姿がある。

 その鞘で殴られたのか。

「な、何をなさるのですかリカルド様。まだ働かないとは言ってませんよ」

「なんとなくイラっとした」

 理性的なリカルドにしてはひどくあいまいな理由だ。

 理不尽だと思ったが、自分などがリカルドに逆らってもいいことはないので沈黙する。

 リカルドはそれ以上何かを言うでもなく去っていった。

「な、なんだったのでしょう……?」

「さあ? 虫の居所が悪かったんじゃない?」

 エルネストやアルマに対して、『セシリアを甘やかすな』言うことはあったが、今回は微妙に違う気がする。そもそも、『甘やかすな』という言葉がなかった。

 少なくとも『食べるな』とは言われていないので、ありがたく甘味をいただくことにした。

 りんご飴を舐めながらエルネストと談笑。

 その中で一つの疑問を投げかけてみた。

「そういえば、エルネスト様はどうしてこんなにわたしに良くしてくださるんですか?」

 以前王家に仕えていたという話だが、呼び捨てにしている時点で王女だから敬っているという感じではない。

 アルマも結構甘やかしてくれる方だが、エルネストは出会って間もないうちから屋敷で暮らさないかと言ってきたりと、アルマから以上に甘やかされている自覚がある。

「どうしてだと思う?」

「う~ん……」

 外見だけで男性の心を奪えるような美少女にはほど遠い。

 内面も立派とはいいがたい。

 特段好感を持ってもらえる理由は思い当たらなかった。

「実は僕には妹がいてね」

「妹さんがいらっしゃったんですか。エルネスト様と血がつながっているなら、きっとわたしなどとは違ってお綺麗な方なんでしょうね」

 血脈というならセシリアも、代々国を統治してきた王の血を引いているのだが、そのことはほぼ忘れかけている。

 エルネストの妹と聞いてすぐ浮かんだイメージは、儚げで可憐な美少女だった。深窓の令嬢という表現も似合うかもしれない。

「いや、むしろ君とよく似た雰囲気だったよ。一目見ただけで面影を感じるほどにね」

「そ、それは残念でしたね……」

 自分のような貧相な娘と似ているのでは、エルネストと釣り合いが取れないだろう。

「残念どころか――。いや、残念なのかな……?」

「――?」

「かわいい妹だったよ。でも過去形だ。今はもうこの世にいない」

「……!!」

 セシリアを見るときのエルネストは、どこか憂いを帯びたような笑顔を浮かべていたが、その意味が分かった。セシリアに優しくする理由も。

 容姿が美しいかどうかという問題ではなかったのだ。

「すみません……。つらいことを思い出させてしまって……」

「僕が自分から言い出したことだよ」

 そうしてエルネストは自身と妹の過去をセシリアに打ち明けた。

「妹は君と同じであまり活発な方ではなくてね。どちらかというと頼りないから、僕がしっかりして守ってあげないとって思ってた。でも、二人で登山にいった時に、足を踏み外しそうになった僕を助けようとして逆に崖から落ちたんだ」

 エルネストは自嘲気味に笑いながら、言葉を続ける。

「守られるのはどっちだったんだって話だよね。全く、普段不精なくせに大事な場面で無駄に行動力見せちゃって。ははは……」

 元々少し暗い雰囲気を持っているエルネストだが、こうして話す彼は本当に悲しげに見えた。

「エルネスト様……」

「ああ。別に君を妹の代わりにしようって訳じゃないから安心して。そんなことをしてたら妹も浮かばれないし、君も迷惑だろうからね……」

 何と言って答えればいいか分からなかった。

 妹代わりになることで彼の心が少しでも晴れるならそれでも構わない。

 しかし、自分ごときが代わりになれるとも思えない。

 亡くなった妹のためを思えば代わりになどなってはいけないともいえる。

 結局それ以上は言葉を交わさないまま夜がきた。


 アルマもエルネストも色々なものを抱えて生きている。おそらく皆がそうなのだろう。知らなかったのは城に閉じこもっていた自分だけ。

 心を入れ替えて人々のために尽くすなどとは言えないが、せめて仲間たちが抱えているものの一部だけでも一緒に抱えてあげられないかと思った。

 実際、アルマの時は共に戦って彼女の父親を助けることができた。

 だが、エルネストの妹は既になくなっているのだ。

 死者を蘇らせる手段が存在しないということぐらいはセシリアでも知っている。

 白魔法・神聖魔法・黒魔法・暗黒魔法・召喚魔法、どんな魔法を用いても死という事象は消し去ることができない。

 『死』とは、それほどまでに絶対的なものだった。



 翌朝。冒険者ギルドにて。

「邪神の元にたどり着くまでに、あと一回武器の修理が必要だな」

 リカルドの提案で、この先の山を越えるついでに山頂を根城にしている盗賊団を討伐する依頼を受けることになった。

 リカルドとエルネストの剣は特殊なものであるため、市販品の素材では修理ができない。そのため特別な素材が必要となるのだが、この依頼の報酬として指定されているようだ。それぐらい盗賊団がこの町を脅かしているということだろう。

 依頼達成の報告は異なる支部でも行うことができ、事前に相談しておけば報酬の受け取りもできる。

 以前討伐した魔人の話では、西にある山を越えた先に邪神がいるとのこと。

 予定通りにいけば、装備を整えた上で邪神との決戦に臨むことができる。

 やっと旅の終わりが見えてきたという安心感がある反面、最も過酷な戦いが近づいているという恐怖もあった。

 キサラギの言葉を信じるなら、ルイスは邪神そのものより強いということだ。

 彼がどの程度回復しているか次第では、邪神より前に最大の敵との戦闘を強いられるかもしれない。

 キサラギの負わせた傷が回復困難なものであることを祈るばかりだ。

「もうすぐなんだね! 邪神を倒したらあたしも褒賞金もらえるんだよね!? これで貧乏生活ともおさらばかー。何を買おうか今から楽しみだよ!」

 アルマが場の空気を明るくすることが目的だとバレバレの空元気を見せる。

 セシリアも、そんなアルマの振る舞いに乗っかることにした。

「わたしももうすぐ悠々自適な食っちゃ寝生活に戻ることができるんですね! お城のベッドなら一年ぐらい寝続けられる気がします!」

「表現があからさますぎるが、まあそういうことだ。エルネスト、お前は――。そうかお前は既に褒賞金を得ているから、これ以上特に何かあるというものでもないか」

「……えっ、ああ、そうだね。僕は純粋に世界平和のために戦うことにするよ」

 なんとなくぼーっとしていたエルネストが、リカルドに声をかけられて冗談混じりに戦いへの意欲を見せる。

 そうしたやり取りを経て、一行はギルドで依頼を受注し、西の山に向かった。


「はあ……。よく考えたら山登りなんてわたしが最も嫌悪する行為でした……」

 傾斜のある山道を歩いていく中で、早々にぼやき始めるセシリア。

「まだ登り始めたばかりだろうが。最近ようやく道中で愚痴を言わなくなったかと思ったら、少し道が険しくなった途端、すぐこれか」

「アルマ。褒賞金の半額差し上げますのでおぶってください……」

「マジで!? いいよ、セシリャん、こっちおいで」

「セシリア、お前に褒賞金はない。王族としての務めだと言っているだろうが」

「えー……」

 グダグダ言いながらも進んでいくと、山頂に向かう途中で山の外周の切り立った道を通ることになった。

 道の幅は人間が二人並んで立つのがギリギリといったところ。

 そして、結構な高さまで登ってきていたため、麓にあるものがとても細かく見える。

「こ、これは、疲れるとか以前にかなり危険なのでは……!? 盗賊団の方々はこんな道をいつも通っているんですか? 彼らこそ勇者では……?」

 セシリアの小さい肝などは、風が吹いただけですぐ冷えきってしまうぐらいだ。

 リカルドとアルマは、この程度のことは慣れているらしく平然と歩いている。

 セシリアもびくびくしながらついていくが、ふと気付く。

 エルネストが自分より後ろを歩いている。

 それに、心なしか顔色が悪いような気がする。

「あの……、大丈夫ですか、エルネスト様?」

「ああ……。別になんともないよ。召喚士の僕は元々前衛の二人ほど速く歩ける訳じゃないし……」

 エルネストの様子を見てようやく思い出した。もっと早く思い出すべきだったかもしれない。

 彼の妹は山で亡くなったのだ。それも崖から落ちて。

 トラウマのようなものによって気分が悪くなっているのだとしたら、自分などより彼の心配をすべきだった。

「こういうときの『なんともない』が本当になんともないことってないよねー」

 アルマが道を引き返してこちらまで来ていた。

 以前、エルネストからかけられた言葉を返すようにして。

「しんどいなら言ってよ。あたしたちにできることなら何でもするから。あたしたち仲間でしょ?」

 少々間が抜けているようにも見える笑顔でエルネストのことを気遣う。

 アルマには、エルネストに父親を救ってもらったという恩がある。そもそも恩などなくても同じ行動を取ったと思われるが。

「ありがとう。セシリア、アルマ」

 エルネストに歩調を合わせようかとセシリアたちが思ったところで――。

「お前たち。気を使い合うのはいいが、急いだ方がいいぞ」

 前方を行くリカルドから緊迫したような声をかけられた。

 何事かと彼が示す方向を見てみると、巨大な鳥型の魔物が近づいてきている。

「ちょっ、何よあれ!? 空飛ぶ魔物とかズルくない!?」

 足場の不安定さを考えると危険な状況だ。

 まず、アルマの大剣は空中にいる魔物に届かないし、跳躍して斬りつけたら、そのまま地上に真っ逆さまである。

 リカルドの聖剣技は発動時に放つ波動で仲間を落とすか、足場を破壊してしまうおそれがある。

 セシリアの白魔法は、基本が回復だけあって、巨大な敵を倒せるほど高威力な攻撃魔法はない。

 頼みの綱はエルネストの召喚魔法だが、彼は不調で魔力の組み上げに集中できないようだった。

 仕方がないので、リカルドの聖剣技のうち、比較的弱い――周囲へ放たれる波動も小さい――ものを使って応戦する。

 リカルドが魔物に向かって、小さい魔力の刃を飛ばすが、魔物はヒラリと宙を舞ってかわしてしまう。

「いったん来た道を戻った方がいいな……」

 キサラギは空中を飛行する能力を持っていたが、自分たちにそんなものはない。

 崖から落ちれば、命は助かったとしても重傷を負うことになる。

 幸い安定した足場さえあれば、倒すのが困難なほどの敵ではなさそうだ。

 リカルドの言葉に従い、セシリアたちは後退するが――。

「な……!」

 セシリアの目の前に、先ほど出現したのと同じような姿の魔物が現れた。

「もう一体いたなんて……!」

 不安定な足場に、空を飛ぶ魔物二体。しかも挟み撃ちされている。

 セシリア側に現れた魔物が、翼から細かく鋭い羽根を飛ばしてくる。

「い、痛っ……」

 こちらも白魔法で応戦するが、歯が立たない。

「セシリャん、下がって! あたしの剣で防ぐから!」

 攻撃は届かないが、アルマの大剣の刀身なら飛ばされてくる羽根ぐらいは防げる。

 だが、このままでは防戦一方だ。

 さらに敵は、くちばしの先から魔力を飛ばしてきた。

 攻撃を食らう訳にいなかいので当然回避するが、そうすると今度は足場が削り取られていく。

「僕が……僕が、なんとかしないと……」

 エルネストが魔力を練り始めるが、彼の脚は震えている。

 いつもの彼ならば、この程度の魔物を倒す魔法はすぐ組み上げられるはず。やはり、精神状態が悪いのだ。

 何か彼を安心させられる言葉はないか――そのようなことを考える前にセシリアは叫んでいた。

「わたしはこう見えてしぶといんです! 簡単に死んだりしません! だからエルネスト様はご自分の身のことを考えてください!」

 自分ごときが彼の妹の代わりになどなれるはずがない。

 だが、全く別の存在として彼を支えることはできるはず。

 夢中だったため、ちゃんと意味が通ったことを言えたかどうか分からないが、エルネストの表情は少し和らいだように見えた。

「くっ……」

 リカルド側の道が魔物の攻撃で破壊された。

 麓へ戻るための道には、もう一体の魔物が足を下ろしていた。

 もはや逃げ場はない。

「こうなったら一蓮托生だ! 大技で一気にカタをつける!」

「はい!」

 リカルドに対して強くうなずくセシリア。

 岩壁を背にして仲間が一か所に固まると、リカルドは聖剣を大きく振りきる。

「聖剣技・ホーリーレイド!」

 激しい風のような魔力の刃が魔物の一体を斬り裂いた。

 十分なダメージを与えられたようで、その一体は魔力を失い地上へ落ちていった。

 しかし、今の技の反動で足場に亀裂が入る。さらに、もう一体の魔物の攻撃も重なり、道は砕け散る。

 急速に落下していく感覚を味わい身が縮こまるセシリアだったが、不思議と嫌な気持ちではなかった。

 地面に衝突すれば激痛が走るだろう。これで死んでしまうのかもしれない。

 だが、仲間がそばにいるという理由だけで恐怖が和らいでいるようだった。

(あれ……? 生きてる……?)

 衝撃を覚悟していたが、痛みがないばかりか妙にフワッとした感触を覚えた。

 思わず閉じてしまっていた目を開いてみると、自分たちは皆、麓まで落ちてきたようだった。

 しかし、誰も傷を負っていない。

「なんとか間に合ったみたいだね……」

「エルネスト様」

「どのみち一度落ちるのは避けられないと思ったから、攻撃じゃなくて衝撃を緩和する防御系の魔法を使わせてもらったよ。登山が嫌いなセシリアに、また登らせるのは申し訳ないけど」

「いえ、ありがとうございます。エルネスト様のおかげで助かりました。やっぱりエルネスト様はすごいです!」

 エルネストはこそばゆいといった様子で顔を背けるが、少し前までのような不調は見受けられない。

「さっきはよくもやってくれたな……」

 リカルドが、こちらを追ってきた魔物をにらみつけて聖剣技を放つ。

 力を抑える必要のないその一撃で魔物は両断された。

 一つの危機的状況を乗り越え、仲間たちの結束はまた強まった。

 山は最初から登り直しになったが、今度はセシリアも愚痴をこぼすことなく山頂まで歩き続けた。


 そして山頂にて。

「あの大きな建物が盗賊のアジトですか……」

 目の前にある木造の建造物を見て声をもらすセシリア。

 魔物との戦いでもかなり疲弊させられたが、本来の任務はここからだ。

 誰も出てこないところを見るとこちらにはまだ気付いていない。

 見張りがいても良さそうなものだが、ここまで登ってくる者自体がいないと油断しているのだろうか。

「どうする? どこかから奇襲をかける?」

 アルマの問いにリカルドが返す。

「奇襲も何も、どこから入っても同じだろう」

 正面には入口。建物の四方に窓がいくつか。

 窓を突き破って入ってもいいが、相手がこちらに気付いていないなら、いきなり入口を破って乗り込んでも似たようなものだろう。

「いくぞ」

 リカルドが剣を構えてアジトの入り口に向かって聖剣技をぶち込んだ。

 白い光に砕かれて木片が散る。

「な、なんだ!? 何が起こった!?」

 盗賊たちは本当に油断していたらしく、今の一撃に慌てふためいている。

 その隙に乗じて四人はアジト内部に乗り込み、リカルドとアルマは数人の盗賊を一気に斬り捨てた。

 エルネストも、黒魔法の炎で盗賊たちの身を焼くと共に建物をも炎上させる。

 セシリアは、今のところ味方に回復が必要な者はいないため、白魔法による光の刃で盗賊の一人に傷を負わせ倒れさせた。

 数人の盗賊がダガーを手にリカルドやアルマに斬りかかるが、あっさりと返り討ちにあった。

 前衛に二人がいるため、盗賊たちがセシリアやエルネストに近づくことはできず、こちらの被害はほとんど出ないまま次々と盗賊が倒れていく。

 リカルドとエルネストは元から強かったが、さらに死線をくぐったことで四人全員の力が単なる盗賊とは比較にならないほど強まっていたようだ。

(みんなすごい……。でも、わたしも……)

 セシリアの白魔法も盗賊を数人倒すことができている。自分を守るためにリカルドやアルマが防御に回っているということもない。

 盗賊のアジトの制圧は非常に呆気なく終わってしまった。

 盗賊というだけあって俊敏さはあり、そのおかげで山頂のアジトと町を往復して略奪を繰り返すことができていたのだろうが、今のセシリアたちの敵ではなかった。

「終わったね! あとは反対側に降りて次の町に向かうだけかな?」

「そうですね。下りは楽でしょうし、わたしも大丈夫だと思います」

 アルマとセシリアの二人は、焼け落ちた盗賊のアジトを後にしようとするが、リカルドに呼び止められる。

「まだだ」

「え……?」

 まだ本当の敵が残っているのかと身を強ばらせるが、続く言葉は予想とは違っていた。

「何人かまだ息がある。こいつらにトドメを刺すところまでが任務だ」

「そんな……、戦えなくなった人まで、わざわざ殺すんですか……?」

 戦闘中、セシリアは相手を殺さないよう加減して魔法を撃っていた。

 人を殺さずに済むなら、それが一番だと思っていたからだ。

「今は戦えなくても回復すればこいつらは同じことを繰り返すだろう。今回打撃を受けた分余計やり口が汚くなるかもしれん」

「そ、それはそうですが……」

「それとも、手足を斬り落として身動きが取れないようにしておくか? それこそ魔物のエサになるだけだ」

 盗賊たちは人間であり、魔人と違って人を喰らって生きている訳ではない。

 そんな人間ですら殺さなければならないのか。

 人々を助けるために行動していたはずだというのに。

 脳裏にキサラギの言葉が蘇る。

『誰かを助けるということは、救う者と救わない者を選別するということです』

 その意味がようやく理解できた。

 敵から味方を守るのは必要なことだ。

 だが、敵を倒せば彼らは復讐を考えるだろう。復讐をさせないためには殺すしかない。敵に仲間がいたとしたら皆殺しにしなければ復讐の連鎖を断つことはできない。

「覚悟がないなら、離れたところで目と耳を塞いでいろ。俺一人でやる」

「あたしは一緒にやるよ。人を殺したことがない訳じゃないし……」

「僕も自分たちの安全のために犠牲になる人の最期は見届けさせてもらうよ」

 アルマとエルネストは目を逸らすことはしないようだ。

 対してセシリアは、結局覚悟を決めることができず、すみの方でうずくまっていた。

(わたしは一体何をしてたんだろう……)

 前に倒した魔人も言葉を交わして意思の疎通ができるという意味では人間と変わらなかったはずだ。それを人間そのものではないという理由だけで、殺すのも仕方ないと思っていた。

 自分の認識の甘さが嫌になる。

 次に戦う時には、自分の手を汚して敵を殺すことができるだろうか。

 しばらく待っていると、アルマがそばにやってきて声をかけてくれた。

「終わったよ、セシリャん」

「すみません……。嫌なことを押しつけてしまって……」

「人を殺したくないって思うのは悪いことじゃないよ。世の中がセシリャんみたいに優しい人ばっかりだったら争いなんて起こらないんだから。だからね、セシリャんは今のままでいて?」

 アルマの優しさが胸に沁みる。

 本当に今のままでいいのか、変わらなければならないのか、それすらも分からないまま、セシリアは仲間と共に下山する。

 迷いは晴れないが、決戦の時は刻々と近づいていた。

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