【第五章】アルマの故郷

「疲れました……。もう歩きたくないです……」

 邪神の潜伏先に向かう途中の村。

 ダークナイト・ルイスと激闘を繰り広げた平原を改めて通り抜け、ここまで来ていた。

 村というだけあって、今までの町に比べると、かなりさびれた雰囲気だ。

「前の戦いで心を入れ替えたのかと思ったら、またそれか」

「生まれ持った性分ですから、一朝一夕には変わりませんよ」

「他人事のように言うな」

 セシリアとリカルドが、以前と変わらないやり取りをしているのを、アルマとエルネストは微笑ましく見守っていた。

 ルイスとの戦いで絶望を味わっただけに、変わっていないということは重要なことなのだろう。

 それに、なんだかんだいって町に着くまでは愚痴を我慢していた辺りセシリアも成長していない訳ではない。

「この村はね、あたしの――」

 三人の前に立って何かを言いかけたアルマだが。

「あっ、なんでもない」

 途中で口をつぐんでしまった。

「何か言おうとしていただろう。この村は何だ?」

「な、なんでもないよ」

 リカルドの追及に、あいまいな笑顔を作ってごまかそうとするアルマ。

「こういうときの『なんでもない』が、本当になんでもないことってないよね」

 洞察力に優れるエルネストは、アルマとこの村に何かあるということは、はっきりと見抜いていた。

「う……」

 アルマは気まずそうな表情で、微妙に後ずさる。

「いいじゃないですか。アルマが言いたくないことなら無理に聞かなくても」

「セシリャん……!」

 アルマに対する気遣い半分、早く宿に行って休みたい気持ち半分で言ったことだったが、アルマはとても感激しているようだった。

 かえって重大なことを隠しているようにも思えるが、リカルドたちもそれ以上追及することはせず、皆で宿に泊まることになった。


 宿に着いてみると、空いている部屋は二つ。

 ちょうどいいので、男女で分かれて泊まることに。

 セシリアは宿に着いてすぐ、夕方のうちから眠りに入っていたのだが、真夜中に物音が聞こえて目を覚ます。

(ん……? なんだろう……?)

 そのまま寝ていてもいいのだが、アルマも一緒の部屋なので、不審者が侵入したのだとしたら困ると一応確認することにした。

 物音のする方――部屋の隅を見てみると、誰かがしゃがみ込んで何かしているようだ。

 あの辺りには、確かセシリアとアルマの荷物がまとめて置いてあったはず。

(もしかして泥棒……!?)

 自分の荷物には大したものは入っていないが、アルマは何か大切なものを持ってきているかもしれない。

「アルマ。今誰か――」

 隣のベッドに向かって声をかけるが、そこには誰もいなかった。

 セシリアの声を聞いた泥棒らしき不審者は、一瞬肩を震わせたかと思うと急いで部屋から駆け出す。

「ま、待ってください……!」

 セシリアも後を追って部屋を出る。


 部屋の外の明るいところに出て気付いた。件の不審者が長く鮮明な赤毛をしていることに。

 このような髪の持ち主は、魔界にそう多くはなく、セシリアが知る中では一人しかいない。

「アルマ!」

 セシリアたちの部屋は二階にあるのだが、セシリアに呼びかけられた不審者もといアルマは盛大にすっ転んで階段から落ちていった。

「いたたたた……」

 転げ落ちる途中で打ちつけたらしく痛そうに頭をさすっている。

「大丈夫ですか!?」

 足の速さでいえばセシリアがアルマに追いつくことはできないところだが、彼女のドジのおかげで追いつけた。

 これ以上逃げられないようにと腕をつかむと、アルマも観念したらしく抵抗はしなかった。

「お願い! 見逃して! まだ何も取ってないから!」

 走って逃げるのをやめたかと思うと、今度は涙目で『見逃してほしい』と懇願してきた。

 アルマの意図が分からずセシリアは首をかしげる。

「見逃すも何も……。何があったんですか?」

「セシリャん、何も気付いてないの……?」

「ですから何にですか?」

「あたし、セシリャんの荷物盗もうとしてたんだよ」

 アルマは自分の悪事をあっさりと白状した。

 その表情は暗く、いつもの元気の良さは見受けられない。

「盗む……? わたしの荷物なんて大したものはありませんよ?」

 城を追い出される時には何も持っていくことができなかったし、依頼の報酬はリカルドが管理している。

「あると思ったんだよ。セシリャん、お姫様でしょ? 王家に伝わる宝物とか持ってるんじゃないかって」

「すみません。何も持ってないです」

 セシリアは本気で申し訳なさそうに頭を下げた。

「謝るのはあたしの方だよ。最初から王家の財産目当てで近づいたんだから……」

「……どうしてそんなことを?」

 アルマの性格からして、悪事を働いてまで大金を得たがるとは思えない。

 何か事情があるのではないか。

「あたしの家はすごい貧乏でさ……。お母さんはずっと前に死んじゃったし、お父さんは病気だし……。あたしだけなら冒険者稼業で生活できなくもないけど、お父さんをちゃんとしたお医者さんに見てもらいたくて……」

 アルマは普段の明るさからは想像できない憂い顔で身の上を語った。

 おそらく、セシリアたちへの罪悪感と家族の不幸を嘆く感情がないまぜになっているのだろう。

 『見逃してほしい』と言ったのも、自分が罰を受けたくないということではなく、父親が心配だからだと思われる。

「でも、どんな理由があっても人の物盗むなんてダメだよね……」

 アルマにつられてセシリアも沈痛な面持ちになってしまう。

「悲しいです……」

「ごめんね……。せっかくあたしのこと信じてくれてたのに……」

「そうじゃないです。アルマがわたしたちのことを信じてくれてなかったのが悲しいんです」

「……!」

 セシリアの言葉を聞いて、アルマは目を見開いた。

「本当のことを話してくれれば、リカルド様も今あるお金をアルマのお父様の治療費にあてることを許してくれたと思います。わたしだってアルマのご家族のためなら少しは働きます」

 『少し』は余計だったかと思ったが、アルマに対する今の気持ちを伝えた。

「それにアルマは、あんなに必死にダークナイトと戦ってくれたじゃないですか。このまま邪神を倒せれば、わたしのお父様も多額の褒賞金を出してくれるはずです」

 自分が頼んだだけではお金を出してもらえるか怪しいのが情けないが、エルネストの例があるので褒賞金は間違いないだろう。

「あの戦いで余計に実感したよ……。あたしなんかじゃ何の役にも立たないって。鍛錬してても、鍛えるほどリカルドさんやエルネストさんがあたしよりずっと強いって思い知らされたし……」

 確かにセシリアも、あの二人との力の差を感じていたし、そのさらに上をいくダークナイトの存在も恐ろしい。

 だが、それでも自分が一緒に旅をすることには何らかの意味はあるのではないかと思い始めていた。

「役立たずとしてはわたしの方が上です。それなのに厚かましく旅に同行しているんですから、アルマはもっと堂々としてていいと思います!」

「セシリャん……」

 セシリアは、本来は自分の旅で、リカルドたちの方が同行しているのだということを忘れている。

 そして、もう一つ忘れていたことがあり、こちらは今思い出した。

 エルネストは既に褒賞金をもらっていて、お金には不自由していないのだ。

「そうだ。エルネスト様に相談しましょう。アルマのためならきっと治療費も生活費も援助してくれると思います」

「話は聞かせてもらったよ」

 気がつくと自分たちの傍らにエルネストとリカルドの姿があった。

「エルネストさん、どうして……」

「それだけ大声で話していれば聞こえてくるよ。医者が必要ってことは回復魔法じゃ治せない病気なんだろうけど、知り合いのいい医者を紹介することはできるよ。まずは邪神をなんとかしないといけないけど、それまでは持ちそう?」

「う、うん……。今すぐ命にかかわるような病気じゃないって……」

 明るさを取り戻しかけたアルマだが、もう一度表情が陰ってしまう。

「でも……、あたしは、みんなのこと裏切ったのに、今さら助けてもらうことなんて……」

 自分を卑下するアルマに助け船を出したのは意外にもリカルドだった。

「盗まれそうになったのは、このなまけ者の私物だけだろう。俺たちは関係ない。分かったら、いつもの能天気な顔に戻れ」

「みんな……、ありがとう……」

 仲間たちの励ましを受けて、アルマはへにゃっとした笑顔を見せた。

 快活な印象のアルマだが、笑った時は妙に間の抜けた表情をする。つまりこれが平常運転だ。

「それじゃあ、明日からがんばって邪神討伐に――」

 アルマが皆に呼びかけようとした、その時――。

「アルマちゃん! 大変だよ!」

 アルマの知り合いと思しきおばさんが宿に飛び込んできた。

「ど、どうしたの、おばちゃん?」

「お父さんの容態が急変したって……!」

「え――!?」


 エルネストが予想していた通り、ここはアルマの故郷の村だったようだ。

 アルマの父親の様子を見ていた近所の人が病状の変化に気付いて、知らせにきてくれたのだった。

 父の身を案じるアルマは自宅へと走った。

「お父さん――!!」

 部屋に入ったアルマの呼びかけにも答えられないぐらい父親は衰弱している。

「どうして急に……」

 アルマに続いてセシリアたちも部屋に入ってきた。

「邪神の影響かもしれないね……」

 エルネストの見立てはこうだった。

 病気自体は邪気とは関係ないものだが、邪神の力が戻りつつあることで潜伏先に近いこの村では空気中の邪気が濃くなり、病気の進行を速めているようだ。

 そしてエルネストは病気そのものについても見当をつけられたようである。

 そこまで診断の難しい病気ではなく、治療方法も分かっているとのこと。

「治療に必要な薬は分かるけど、これは結構厄介だよ……。夜間のほんのわずかな時間しか採取することも調合することもできない月華草が材料に含まれてるんだ」

「そんな……。じゃあ、お父さんはこのまま死んじゃうの……?」

 ついさっき戻ったばかりの笑顔が消え、アルマから生気すら失われかけている。

「まだ希望がない訳じゃない。この先の森でも月華草は採取できるはずだ。夜が明けるまでに見つけ出すことさえできれば……」

「じゃあ、今すぐ行きましょう!」

 セシリアはこういうときにはなまけようとしない。大切な人を悲しませたくないという思いは強く持っているのだ。

「森には魔物も出る。ここは全員で行くべきだな」

 リカルドもやはり騎士だけあって苦しんでいる民を見捨てるようなことはしない。

 皆、気持ちは同じだった。

「みんな……ありがとう……!」


 村の西に広がる森林。

 村よりさらに邪神の潜伏先に近づいているため、邪気が濃くなっているのが分かる。

 キサラギは、病気の進行を速めるような邪気すら制御して扱っていたようだが、貧弱なセシリアは徐々に気分が悪くなってきた。

 気晴らしに会話をすることに。

「アルマは、家族思いなんですね」

「そう? 普通だと思うけど」

「わたしの母もずいぶん前に亡くなってるんですが、その時あまり悲しいと思いませんでしたから……」

「セシリャん……」

 セシリアは、父親のことは他人に話すときも『お父様』と呼ぶ。

 それに対し、今セシリアは『母』と言った。

 その些細な違いからも、セシリアが母親にあまり良い感情を持っていないことがうかがえる。

「セシリャんのお母さん……ってどんな人だったの?」

 アルマはためらいながらも尋ねてきた。

 友人として、セシリアの嫌な気持ちも知っておかなければならないと感じたのだろう。

「母は厳しい人でした。少しでも暇があったら勉強しろと言ってきましたし、ちゃんと勉強しても当たり前のことだと言ってほめてはくれませんでしたし……。正直母が亡くなった時は内心ほっとしたぐらいです」

 セシリアの勉強嫌いは母親の厳しすぎる指導によるものだ。働きたくないという感情もその延長線上にある。

「そっか、つらかったんだね……」

 アルマは親不孝だと責めることはしなかった。

 母親を失い、父親も病気で床に臥しているアルマにしてみれば、片親だけでも健在なセシリアは恵まれていると思っても良さそうなものだが、セシリアにはセシリアなりの苦労があるのだと察してくれていた。

「それじゃ、お父さんは? お父さんのことは嫌いじゃなさそうだけど」

「そうですね……。お父様は優しかったので……。でも、アルマほど大事にしていた訳じゃないと思います。お父様まで亡くなって王位を継ぐことになるのが嫌だっただけかもしれません。だからこそ、お父様のことを助けるためにがんばるアルマは立派だと思います」

「ありがとね、セシリャん」

 立派だと言ってくれたことか、自分の気持ちを素直に教えてくれたことか、あるいはその両方に対してアルマはお礼を言った。

 奇しくも会話をすることは、気が急いているアルマを落ち着かせることにもなったようだ。

 とはいえ、アルマの父親の容態を考えるとのんびりもしていられない。

「エルネスト様、その薬草の見分け方とかってあるんですか?」

「あるにはあるけど、説明する必要はなさそうかな。場所は大体つかめてるから」

 エルネストは、この森の中に漂う気の流れを読んで、目当ての薬草の位置を特定できているようだ。

 それなら、と安心しかけたが。

「探すのは簡単だが、少し厄介な奴がいるな……」

 リカルドの言葉でセシリアとアルマは顔を強ばらせた。

 もし、ダークナイトのルイスがいたとしたら、キサラギから負わされた傷が全快していないとしても、夜が明けるまでに薬草を見つけることは困難になってしまう。

「厄介な奴とはどのような……?」

「かなりの巨体を持つ魔物だ。おそらく相当な数の人間を喰らって肥大化したんだろう」

 おそるおそる尋ねると最悪の事態ではないことは分かった。

 だが、ルイスが予想だにしない強さを持っていただけで、多数の人間を喰らった魔物も十分脅威といえる。

「――! 来るぞ!」

 リカルドの声が耳に届くのとほぼ同時に、前方から轟音が響いた。

 不気味な姿をした巨獣が空中から落下してきたのだ。

 目は爛々と赤く光り、頭からは鋭い角が伸び、背中からは何本もの触手のようなものが生え、太い四本の足が枯れ葉の落ちた地面に食い込んでいる。

 その形態は、この魔物が単なる一体の生物ではなく、他の魂を喰らって変化を繰り返した存在であることを物語っていた。

「ダークナイトに比べればどうということはない。魔力の質も魔人のそれに及ばない。各自、自分の身は自分で守れるな!?」

「た、たぶん、なんとかなると思います」

 セシリアの返事は頼りないが、仲間たちはリカルドの指示を受けて、四方に散開して巨獣を迎え撃つ。

 人間であるセシリアたちを喰らわんとする巨獣は、無数にある触手を四人それぞれの元へ差し向ける。

 それを、リカルドとアルマは手にした剣で、エルネストは魔法で生み出した炎の刃で難なく斬り落とした。

 問題はセシリアだが。

「白魔法・ルスフィロ」

 先日習得した攻撃系の白魔法によって白き刃を放ち、斬り裂く。

 完全に斬り落とすには至らなかったが、神聖魔法に及ばずとも浄化の力を備えたその魔法は、巨獣の禍々しい黒の触手を朽ちさせることができた。

「よし、いいぞ」

 まだまだ言動には腑抜けたところの多いセシリアだが、誰かが盾にならずとも戦いに参加できるところまで強くなっている。

「こんなところで足止めなんて食らってらんない!!」

「待て! アルマ!」

 好調な滑り出しかと思われたが、アルマが一人で巨獣の頭に向かって突撃してしまう。

 魔物が持つ各部位には、それぞれ戦いにおける役割がある場合がほとんどだ。

 そして、この巨獣は頭に一本の角が生えている。

「――!?」

 鋭利な一角からオレンジ色に光輝く電撃が放たれアルマの肩を撃ち抜いた。

 電撃は身体全体に走り、アルマはしびれによって大剣を取り落とす。

 邪気にあてられ凶暴さを増した魔物が、麻痺で動けない獲物を見逃すはずはない。

 巨体に似合わぬ俊敏さでアルマに飛びかかる巨獣。

 リカルドの聖剣技とエルネストの黒魔法で挟撃するが、巨獣の身体は一部が欠けるだけで完全に動きを止めるには至らない。

「ルスフィロ!」

 奥歯を噛みしめるアルマを白い光を帯びた刃が弾き飛ばした。

 巨獣の牙は空を切る。

 攻撃魔法を、あえて敵ではなく味方に放つというセシリアの機転によって、アルマは脇腹に傷こそ負ったが、一命を取り留めた。

 さらに、セシリアがアルマに魔法を撃ち込んだことによる効果は身体を移動させることだけではない。

 攻撃と回復、両方の性質を併せ持つように魔力を組み上げたことで、アルマの麻痺が解けていた。

 セシリアの魔法のセンスには、兼ねてよりエルネストも驚かされている。

「逸るな、アルマ。――リカルドにも似たようなことを言ったっけ。君たち、状況がどうあれ考えなしに敵に突っ込むものじゃないよ」

 エルネストの言う通り、平静を失えば命まで失う、それが戦いだ。

 巨獣は、リカルドたちの攻撃がそれなりに効いたらしく、その場でうなりを上げていた。

「まあ、時間をかけていられないのは事実だ。今度は連携して一気に決めるよ」

 エルネストは魔力を練り始める。

 何の魔法かを察したリカルドは、広範囲への聖剣技で数多の触手をすべて斬り払う。

 巨獣も野性の勘ともいうべきもので魔力の構築を察知して、エルネストに攻撃を仕掛けるが、巨獣が飛びかかろうとした瞬間に、セシリアがその足元に白魔法による盾を出現させる。

 攻撃そのものならば、簡単に砕かれてしまう程度の盾だったが、地面を蹴った直後の足に当たったことで巨獣は態勢を崩す。

 魔力構築の時間を稼いだことで、エルネストは魔法の発動に成功。巨獣の下に魔法陣が現れ、そこから紅き鎖が巻きついた。

 『召喚魔法・インフィエルノ』。その魔力構築を短縮した魔法だ。爆炎は起こらないが、巨体を拘束するだけの力はある。

「アルマ! 今だ!」

 エルネストのかけ声を待つまでもなくアルマは跳躍していた。

 浅いとはいえ傷を負った状態で巨大な剣を振るのは痛みを伴うが、それでもアルマはためらうことなく大剣を振り上げ、勢いよく巨獣へと振り下ろす。

 大剣の刃と、そこから伸びた魔力とによって巨獣の身体は両断された。

 巨獣の絶命を確認すると、リカルドは残された二つに分かれた身体に聖剣を突き立てる。

 すると、巨獣は魔力も邪気も失い粉々になって散っていく。

 これで喰われた人間の魂も解放されたことだろう。

「みんな……ありがとう……」

「アルマ、その台詞はさっき二回ぐらい聞いたぞ」

 リカルドの無駄な記憶力に苦笑しつつも、四人は再び森の奥へと進んだ。


 森の深くまで来てエルネストが声を上げた。

「あっ、あれだね」

 彼の指差す方を見ると、空からわずかに降ってくる月光を受けて控えめに輝く葉が目に入った。

「これが、アルマのお父様の病気を治す薬の材料になる薬草ですね」

「ああ。薬の調合方法は難しくないし、僕でもなんとかなるだろう」

 エルネストは丁寧な所作で薬草を摘み取る。

 これで目的だった薬草は手に入った。あとは村に帰るだけだ。

「みんな……ありが――」

「それはもういい」

 繰り返し感謝の言葉を述べようとするアルマをリカルドが制した。

「仲間を救うのは当然のことだ。キサラギは価値を認めた者しか救わないとか、理由が必要だとか語っていたらしいが、仲間だというだけで価値も理由もある。いちいち礼を言われることではない」

 リカルドは普段、アルマに対してそれほど関心があるような素振りは見せていなかったが、一緒に旅をする中で確かな絆を感じていたようだ。


 帰り道では、それほど危険な目には遭わなかった。

 ちょっとした魔物には何度か襲われたが、今のセシリアたちの敵ではなかった。

 少し前までなら、セシリア本人がそこに含まれていなかっただろうが、セシリアの中で何かが変わってきているようだ。それが戦闘能力にも表れている。

 ともあれ無事にアルマの自宅に戻ってくることができた。

「ああ。アルマちゃん。戻ってきたんだね。薬草は手に入ったのかい?」

 父親の看病をしてくれていたおばさんにアルマは笑顔で答える。

「うん! バッチリ!」

 そしてアルマは、自身の父親にも呼びかける。

「お父さん。もうすぐ楽になるからね……」

 数分後。粉末状の薬を持ってエルネストが部屋に入ってきた。セシリアとリカルドも一緒だ。

「できたよ。さあ、飲ませてあげて」

「うん!」

 アルマが、少量の水と共に薬を父親の口に流し込むと、その表情は少し和らいだように見えた。

 その後、リカルドとエルネストは宿の自室に戻ったが、アルマとセシリアは部屋に残ることにした。

 父親の容態を見続けるつもりだったのだが、アルマたちも魔物との戦いで疲弊しており、気がつくとベッドに寄りかかって眠ってしまっていた。


 翌朝。

「う~ん、う~ん。――はっ、ここは!?」

 アルマが目を覚ますと、そこは当然自宅のベッドの横だ。

 隣では、先ほどまでのアルマと同じくセシリアが眠っている。

「目が覚めたかい、アルマ」

 アルマが顔を上げると、昨日まではしゃべることもできないほど弱っていた父親が身を起こしていた。完全に元気になったとまではいえないが、顔色はかなり良くなっている。

「お父さん……! お父さん……!」

 ずっと願い続けていた父の病気の治療が叶ったのだ。

 アルマは嬉し涙を流しながら父親に呼びかけた。

「心配をかけたね。私が寝ている間、すごくがんばっていたそうじゃないか。それにいい友達にも巡り合えたようだし――」

 アルマの父親は、セシリアに目を向ける。

 セシリアはというと――。

「ん~。もう働きたくないです~」

 口癖になっているような言葉を寝言として口にしている。

「――はっ!」

 口からよだれが垂れそうになったところで、肩を震わせてそのまま目を覚ました。

「おはよう、セシリャん。どんな夢みてたの?」

「お城のベッドで一日中寝てる夢でした」

「働いてないじゃん」

「――?」

 自分の寝言など知らないセシリアは頭に疑問符を浮かべるが、アルマとのやり取りを温かく見守ってくれている人がいることに気付く。

「あっ! アルマのお父様! 回復されたんですね!」

「ああ。君たちのおかげだ。ありがとう。これからも娘と仲良くしてやってくれ」

「もちろんです」

 まだ少しやつれた感じではあるが、優しそうな目をした男性だ。

 この人に育てられたからこそ、今のアルマがあるのだと思えた。

「朝だぞ。起きているか?」

 リカルドとエルネストもやってきた。

 エルネストは、改めてアルマの父親の状態を確認する。

「うん。もう大丈夫だね」

 それを聞いてアルマは心から安堵しているようだった。

 アルマの父親の問題はひとます解決したが、この辺りの邪気が濃くなっているのは事実。

 邪神の復活が近いことはほぼ間違いなく、邪気がさらに濃くなれば、元々健康だった者でも体調を崩すだろうし、邪神が完全に蘇ってしまえばまたしても世界の危機となる。

 復活した場合は、さすがに騎士団を動員して対処することになるだろうが、それではセシリアが王女としての務めを果たせなかったことになり、危機的状況において役に立たなかった王家に対する民衆の不満が後に爆発するかもしれない。

 四人は再び西を目指すことになる。

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