【第三章】高位召喚士
セシリアの口癖である『働きたくない』『勉強は嫌い』という言葉が形骸化しつつある中、旅先の一つの町で問題が起こった。
「部屋が空いていない?」
宿屋の受付でリカルドが、その宿の主人に聞き返す。
「はい……。申し訳ないのですが……」
何体もの魔物と戦い、三人の魔力が底をつき、傷も負っているというのに、泊まるべき宿の部屋が空いていないという。
野宿という選択肢もないこともないが、魔力が残っていない状況でそんなことをすれば、魔物に襲われたときひとたまりもない。
それに危険なのは魔物だけではない。人間であっても盗賊など悪行を働く者はいる。
魔力さえ残っていれば、セシリアが最近覚えた防御用の結界を張る魔法で安全を確保できるのだが。
宿屋を出た三人は、今夜の明かし方について思案する。
「あたしはその辺でも寝られるけど、セシリャんにはつらいよね?」
「暴漢に襲われるリスクでいえば、わたしなどよりアルマの方が危険だと思いますが」
セシリアは旅を通して成長しつつあるが、自己評価は低いままだ。
特に能力の成長とは関係のない容姿については、アルマの足元にも及ばないと思っている。
「なんで? セシリャんかわいいし、セシリャんの方が危ないよ」
何を言っているんだ、という様子のアルマ。
かわいいと言われても、セシリアの場合、小動物的なかわいらしさで、女としての魅力があるとはいいがたい。
貧相なセシリアと違って、アルマはそこそこスタイルがいいので、やはり彼女の方が狙われやすいだろう。
「お前たちの身の危険など心配していない。それよりも武器や金を盗まれては、今後の活動に差し支える」
ひどい言われようだが、セシリアとしては、この冷たさがだんだん癖になってきている。
異性としての好意かどうかは分からないが、リカルドのことが好きか嫌いかでいえば、好きだといえる。
世の中には被虐性愛という人がいるらしいが、セシリアにも少しその傾向があるのかもしれない。
そのようなどうでもいいことを考えながら町を見渡していると、ひと際大きな屋敷があることに気付いた。
そもそも初めから見えてはいたのだが、その時ようやく意識したということだ。
「あのお屋敷に泊めていただくことはできないのでしょうか?」
セシリアがポツリと一つの疑問を口にする。
何の根拠もなく言っている訳ではない。
「王族や貴族には貧しい者を救済する義務があるとお父様から聞きました。あんな立派なお屋敷に住んでいるような方なら、わたしたちのようなみじめな人間を助けてくださるのでは……」
「義務を持つ者というなら、お前がその最たるものなんだがな。それから俺をお前と一緒にするな」
やはり冷たく言い放つリカルドだが、意見には反対ではないらしい。
「まあ、ひとまずはあの屋敷を訪ねてみるか」
門前まで来てみると、遠目に見ていた時以上に豪華な屋敷であることに気付かされた。
よほどの偉人か、あるいは逆にあくどい商売で儲けた大富豪が住んでいるに違いない。
「うわ~、すごいねー。あたしも一度でいいからこんなお屋敷に住んでみたいな~」
「そうですね。わたしも――」
「お前は今まで城に住んでただろうが」
アルマにつられて寝ぼけたことを言っているセシリアにリカルドがつっこみを入れる。
「それで、何と言って泊めてもらいましょう……?」
「知るか。お前が言い出したことだろう」
三人揃って突っ立っていると、背後から声をかけられた。
「君たち、僕の屋敷にご用かな?」
振り返ってみると、そこには魔術師特有の黒いローブを身につけた優男の姿があった。
髪も肌も白く、なんとなく病弱そうな雰囲気にも見えるが、髪が黒い点を除くとセシリアも似たような感じなので、魔術師系のジョブに就いている者自体にそういう傾向があるのかもしれない。
初対面の相手に、どのように話せば良いか迷っていると、リカルドが最初に口を開いた。
「お前、エルネストか?」
目の前にいるこの青年のものと思われる名前を呼ぶ。
面識があるということだろうか。
「ああ、誰かと思えばリカルドじゃないか。国王陛下からの使いかな?」
エルネストと呼ばれた青年が、リカルドの名を呼んだことではっきりした。二人は知り合いだ。
「いや、そもそもお前がここに住んでいるということすら知らなかった。今はこいつらと邪神討伐の旅をしているところだ」
リカルドが、エルネストに現在の状況を一通り説明すると、彼は穏やかな笑顔で自己紹介をしてくれた。
「僕はエルネスト。以前王宮に仕えていた召喚士さ。君があのセシリア王女だったなんてね」
「召喚士のエルネスト様……!」
セシリアもその名前は聞いたことがあった。
かつて邪神の脅威が迫った時に異世界から、勇者・キサラギを召喚して世界を救ったと伝え聞いている。
召喚士は、黒魔術士の上級ジョブにあたるもので、魔界の外にある物質やエネルギー、人間といったものを自身のそばに呼び出す召喚魔法を使うことができ、また、通常の攻撃・回復魔法も使える。
王宮に仕えていたということは、同じ城の中にいたはずなのだが、セシリアは自室に籠っていたため、顔を合わせたことがなかったのだ。
彼は、邪神討伐に多大な貢献をしたため、莫大な褒賞金を王家から与えられ、退任後はこの豪邸で暮らしていたらしい。
「追い出されたとはかわいそうに。城に戻れないなら僕の屋敷で暮らすといい。生活に必要なものはすべて揃っているから、好きなだけ寝ていられるよ」
「いいんですか!? ぜひお願いします!!」
儚げな笑みを浮かべるエルネストの提案に飛びつくセシリア。
その瞳には、今までにない希望の光が宿っている。
「おい、せっかく最近まともになってきていたのに逆戻りする気か」
リカルドの怒気をはらんだ声が飛んでくる。
その言葉は、セシリアの成長を認めているが故のものではあるのだが。
「わたしはずっと働きたくないと言い続けていたじゃないですか」
「確かに言っていたがな……」
セシリアとリカルドがそのようなやり取りをしている最中も、エルネストは愛おしそうにセシリアの頭を撫でていた。
そして、セシリアもまんざらではなさそうな顔をしている。
「君のような子が家にいてくれると、とても癒されると思うんだ。どうだい本気で考えてくれないか?」
「はい! わたしもエルネスト様のような方の家なら大歓迎です!」
会ったばかりだというのに意気投合している二人。
セシリアが働かなくていい環境を好むのはともかく、エルネストもセシリアを妙に気に入っているようである。でなければこんな甘やかすようなことは言わないだろう。
「そんなにその男がいいのか……?」
地底から響くような低い声。
リカルドの声は元々低い方だが、いつも以上に重圧を感じさせる声が投げかけられた。
「ひっ……」
エルネストの甘い言葉に、地獄から天国へ引き上げてもらえたかのようなうれしそうな表情を浮かべていたセシリアだったが、リカルドの声を聞いて凍りついた。
ぎこちない動きで振り返り、リカルドの顔を見ると、彼の表情に怒りの色は見受けられない。ただ、薄氷を貼りつけたような冷たさだけがそこにある。
逆鱗に触れるようなことをしてしまっただろうか。
セシリアがなまけたがるのは今に始まったことではない。
『働きたくない』『勉強をしたくない』と繰り返した時に向けられる眼差しは怒りを帯びてはいたし、冷たい視線を向けられることもあった。
だが、今よりは優しさが感じられたような気がする。
「あ、あの……、リカルド様……?」
「そんなに俺たちとの旅が嫌なら仕方ない。邪神は俺一人で倒す。お前の力など必要ない」
初めから邪神討伐に自分の力が必要だとは考えていなかった。旅をしなくて済むならそれがいいと思っていた。
しかし、いざそう告げられると、何か捨てられてしまったかのように心細いような感情が湧き起こっている。
「えっと……、あたしはどうすれば……。っていうか、セシリャん、本当に旅をやめちゃったりしないよね……?」
蚊帳の外になってしまっていたアルマが、張り詰めた空気に耐えられずおそるおそる言葉を吐き出す。
セシリアはというと、誰にどう答えればいいか分からなくなりおろおろしている。
「ふむ……。僕は出遅れてしまったかな?」
エルネストは、よく分からないことをつぶやいたあと、別の提案をしてきた。
「邪神が倒しきれていないというなら、勇者を召喚した僕にも責任がある。僕も旅の仲間に入れてくれないか? 足手まといにはならないと思うよ」
エルネストとしても、リカルドの機嫌を損ねるのは本意ではないのだろう。
「確かにお前がいれば戦力としては心強いな。どうするセシリア、旅を続けるか? それともこいつの屋敷で一生遊んで暮らすか?」
以前のセシリアなら、仕事も勉強もせずに暮らせるという魅力的な選択肢を捨てることはしなかっただろう。
だが、リカルドとアルマと共に旅をして二人に対して好意に似たなんらかの感情を抱くようになったセシリアの答えは違った。
「邪神を討伐したら莫大な報酬をいただけるんですよね? じゃあ、この旅だけはなんとか終えて、それから遊んで暮らすことにします」
この期に及んで『遊んで暮らす』という言葉が出てくるのがセシリアらしくはあるが、少しはやる気があると示した。
旅を経て成長したというだけではなく、先ほどのリカルドの様子を見たことも影響しているかもしれない。
何が彼にそのような態度を取らせたのかは分からないが、あの時胸が苦しくなったことは覚えている。
「よし! それじゃあ、これからは四人旅だね! 前衛二人に後衛二人でバランスもいいし、このまま邪神なんてやっつけちゃおう!」
アルマはそう言って手を打ち鳴らし、場の雰囲気を明るい方向に向けさせた。
「ありがとう。僕も邪神討伐に貢献できるよう尽力するよ。ただ、今日はもう日も暮れかけているし、みんなでこの屋敷に泊まるといいだろう」
当初の目的通り、屋敷に宿泊できることとなり一安心。
仲間も一人増えて旅は続いていく。
屋敷に入ってしばらくの間は、皆、居間でくつろぎながらそれぞれ話をしていた。
そこで、勇者・キサラギの召喚についていくつか聞くことができた。
「キサラギ様というのはどういった方だったのでしょう? やっぱり正義感が強くて高潔な方だったのでしょうか?」
リカルドは当時から騎士団にいたので当然召喚された勇者のこともある程度知っているが、セシリアとアルマは会ったことがないので、興味津々といった様子だ。
「高潔っていうとちょっとイメージと違うかな。もっと気さくで面白い人だったよ。ただ、持っている力はとてつもなかった。なにしろ、たった一人で邪神を倒して、しかもほとんど無傷だったぐらいだからね」
「ほとんど無傷!? 無敵じゃん! だったらその人をもう一回召喚すれば、簡単に邪神を倒してもらえるんじゃない?」
アルマは初めて知らされたキサラギの実力に驚きを隠せない。
召喚をもう一度行えばいいのでは、という考えはセシリアも持っていたが、その期待は否定される。
「召喚魔法は魔界から近い空間にあるものしか呼び出せないんだ。キサラギさんが元いた世界はここからはけっこう遠いらしくて、たまたま異世界に向かう途中魔界に近い場所を通っていたから召喚が成功したんだよ」
世界と世界の間には『狭界』と呼ばれる何もない空間が広がっている。そこにいくつもの世界が点在している訳だが、近くにある異世界もあれば遠くにある異世界もある。
キサラギ以外にも召喚できる強者がいれば良かったのだが、今のところちょうどいい存在は見つかっていないらしい。
「そっかー、残念。それじゃあ、他にキサラギさんに関して面白い話とかない?」
「ああ、そういえば、彼女は異世界人だけあって少し変わった言葉を使ってたな。チートとかなんとか。それからなまりもあるのかOKをおkって発音してたり……」
「彼女? キサラギ様というのは女性だったのですか?」
世界の危機にも関わらず部屋に籠りきりだったセシリアは王宮で召喚された勇者の性別すら知らなかった。勇者という響きから勝手に男性を想像していたのだが。
「ああ、そうだよ。だからって訳じゃないけど、セシリアやアルマが邪神を倒すことだってできると思うよ」
あまり期待されても困るが、エルネストの言葉は希望にもなった。
初めは無理に決まっていると思っていた邪神討伐だが、経験を積み、仲間が増えていく中で、できるかもしれないと思えるようになってきていた。
「服は? 異世界人ってどんな服着てるの?」
「異世界にしかない服って訳じゃなかったね。この国ではあまり見かけないけど、『着物』だったよ。金色の着物に金色の刀を差していて、服装はけっこう豪華な感じだったね」
それまであまり会話に参加していなかったリカルドが、エルネストに一つの疑問を投げかける。
「お前から見てどうだ? 俺たちはキサラギに追いつけそうか?」
仮に邪神が完全に復活してしまったら、万全の状態の邪神を倒したキサラギに近いレベルの力が必要となる。
キサラギ本人は、余裕で邪神を倒したらしいので、完全に追いつく必要まではないと思われるが、それでも一つの指標となるだろう。
「追いつくのは無理だろうね。本人も言っていたけれど、彼女の才能は常人とはかけ離れたものだった。いわゆる天才って奴さ。僕たちがどれだけ努力しても、対等の存在にはなりえないだろう」
「そうか」
リカルドは特に気落ちするでもなく、事実をすんなりと受け入れた。
やはり邪神の復活は阻止しなければならない。
力が戻っていない邪神を今のうちに叩いて、今度こそ消滅させるのが自分たちの使命だ。
各々が、キサラギについて気になっていたことを聞き終え、夜も更けてきたので、用意された部屋に入り眠ることになった。
明日からは、四人パーティでの旅となる。
ちょうど一般的な冒険者が組むパーティと同じ人数だ。
可能であれば、このあと早急に邪神を発見して倒してしまいたい。
少なくとも、邪神の力が回復するのが、こちらの成長を上回ってしまってはいけない。
それぞれ希望と不安を抱きながら眠り、朝を迎えることになった。
例によってベッドから出たくないとごねるセシリアをリカルドが叩き起こして、四人は町に出た。
「エルネストが加わったことで俺たちの戦力はかなり増強されたと思っていいだろう。そろそろ本格的に邪神の居場所を探すことにする」
ギルドに入ったところで、リカルドが今後の方針を示す。
そして、ギルドに寄せられている依頼の中から、単なる魔物ではなく知性の高い魔人を討伐するというもの選んだ。
魔人であれば、現在の邪神の状態や居場所について知っている可能性が高い。
戦いの中でそれを聞き出すのが狙いだ。
「異存のある者はいるか?」
「いいや。僕の力を買ってくれているなら、その期待に応えられるよう全力を尽くすよ」
「あたしも大丈夫。これでもけっこう強くなった実感があるからね。このまま一気に邪神を倒しちゃおう!」
「わたしとしても、早く旅を終わらせて寝たいので異論はありません」
約一名、動機が不純のような気がするが、皆思いは同じのようだった。
依頼を受注したセシリアたちは、町を出て道中の魔物を倒しつつ魔人の拠点があるという沼地を目指した。
沼地に足を踏み入れる前に、多数の雑魚に囲まれる事態が発生してしまう。
「わっ、どうしましょう!? まずい状況では!?」
アルマが大剣を全方位に振り回してしまえば味方にまで当たる。
リカルドの聖剣技にも全方位に対して攻撃できるものはない。
回復魔法しか使えないセシリアは論外。
どうしたものかと危機感を募らせていたが、エルネストは落ち着いているようだった。
「敵の攻撃だけしばらく防いでいてくれ。魔力を組み上げる時間さえあれば僕の魔法攻撃で一掃できるはずだ」
そう言ってエルネストは、奇妙な形をした剣を取り出した。
それはコリシュマルドと呼ばれる種類の剣であり、刀身が途中から細くなっている。
形状からすると刺突に適した武器だが、エルネストのそれは物理攻撃を行うためのものではない。
むしろ、セシリアが使っているような杖と同じ役割の武器だ。
つまり魔法の効果を高めるものである。
エルネストが剣に魔力を込め始めると、魔物たちは魔法の発動を阻止しようと彼に狙いを定めて攻撃してきた。
鳥のような姿をした魔物のくちばしによる一撃をアルマが大剣で受け止める。
「はあ!」
敵を倒すためではなく、牽制するために大剣で横に薙いだ。
「神聖魔法・サントエクスド」
アルマが時間を稼いでいるうちに、リカルドが、比較的短時間で組み上げられる魔法を使ってエルネストの周囲に光の盾を展開させる。
円柱状に形作られたそれは、聖なる力を放っており、もし敵が邪気をはらむものであったならば触れただけでダメージを受けるものだ。通常の魔物であっても簡単には破れない。
「痛い! 痛いです!」
前衛の二人がエルネストを守ることに専念しているため、セシリアが突かれたり叩かれたりして傷を負っているが、背に腹は代えられない。
仕方がないので、セシリアは自分に白魔法をかけながら、なんとか持ちこたえた。
「よし。いけるよ。黒魔法・フエルテトルナド」
エルネストが剣を掲げると、自分たちを中心として竜巻が発生し、取り囲んできていた魔物をすべて吹き飛ばす。
ただ単に吹き飛ばすだけでなく、風の刃で敵の全身を斬り裂いており、地面に叩きつけられた時には、魔物たちは絶命していた。
「す、すごい……。これがエルネスト様の魔法……」
セシリアが使っているのは攻撃魔法ではないが、それでも自分の魔法とは格が違うと感じた。
エルネストの魔法で敵は全滅した。
セシリアは以前習得した広範囲回復魔法で、皆の傷を癒そうとするが、エルネストに制止される。
「今のように僕の魔法は発動に時間がかかる。回復役の君は魔力を温存しておいてくれ」
言うと共に、エルネストが回復魔法を発動し、仲間たちの立つ地面に魔法陣が現れた。
淡い光に包まれて傷口が塞がっていく。
「エルネスト様は、回復魔法も使えるのですね」
「専門の白魔術士には及ばないけどね」
魔力を温存する必要があるのはエルネストも同じだが、そもそも魔力の総量がセシリアと違う。
戦闘後の回復を、常にセシリアが担当していては、魔人と戦うまでに魔力が底をついてしまうだろう。
一つの危機を脱して、一行は先に進む。
「浮遊魔法って便利ですね。てっきり泥だらけになるかと思って鬱な気分になってました」
魔人の拠点は沼地に囲まれているらしいので、どうあっても沼は通らなくてはならないのだが、エルネストの魔法のおかげでその上を通行できている。
途中、何度か魔物に襲われたが、先ほどのように囲まれることもなく、アルマの大剣とリカルドの聖剣技で難なく倒せていた。
問題はこの先にいる魔人だ。
魔人は知性が高く人語を操るだけでなく、魔力も相当に高い。
彼らは人間の魂を喰らって魔力を集めているので、対象の魔人がどれだけの人間を喰っているか次第で、四対一でも苦戦することになるかもしれない。
というよりも、複数の人間の魂と融合している時点で、敵は一体ではないともいえる。四対四か四対八か、正確には分からないが、有利な条件で戦えるとは思わない方がいいだろう。
(この先に魔人が……。魔人は人間の敵……。でも、魔人は人間を喰らわないと生きていけない……)
今さらながら、少し感傷的になる。
自分が生きるために他の生物を殺して食糧とする――ある意味で人間もやっていることだ。
獣に過ぎない魔物相手のときはそれほど意識しなかったことだが、人間と同じ姿をし、言葉も通じる相手を殺すというのは、どちらが正しいのか分からないような気がする。
セシリアはこれまで城に籠っていたので、そんな葛藤とは無縁でいられたが、いざ戦いに向かうとなると胸が苦しくなる。
騎士や魔術師、冒険者として活動していたリカルドたちは、常にこうした苦悩を抱えていたのだろうか。
「さて、着いたね。あの小屋がそうみたいだよ」
魔人が拠点としている場所というと、もっと堅牢な城かと思っていたが、そうでもなかった。
おそらく、あまり裕福な暮らしができていた訳でもないのだろう。
こちらの気配を察知したのか、中から一人の男が出てきた。
彼の服は、小屋同様ところどころボロくなっており、露出した腕や胸元にはいくつかの傷が見える。
人間を喰らうことでしか生きられないが故の戦いを経てきたことは容易に想像できる。
「なんだてめえらは?」
「ギルドの依頼を受けてきた。お前を斬る」
リカルドは魔人の問いに端的に答えた。
「まあ、そうなるわな……」
件の魔人は特に怒りを見せることもなく、後ろ頭を掻いている。
「それから、邪神の居場所についても聞いておきたいところだね。何か知っているんじゃないかい?」
エルネストはもう一つの用件を口にしたが。
「見逃してくれるってんなら教えてやってもいいぜ」
これから自分を斬ろうという相手に、素直に情報を渡すはずはなかった。
魔人とはいえ、彼に知り合いや友人を殺された訳ではなく、直接の恨みはない。
それでも、この付近の平和を守るためには倒さなければならない。
「人間を喰らう魔人を見逃す訳にはいかないね。ここは、拷問でもして吐かせるしかないかな?」
優美な面持ちのまま、物騒なことを言い出すエルネスト。
「あたしは、そういうのはやめときたいなー」
アルマは、相手が敵といえども過剰に痛めつけることには反対のようだった。
セシリアも同意見だ。非道なことをして情報を得るぐらいなら、自力で探した方がいいと思った。
もし、エルネストたちが拷問をして情報を得れば、自分は楽をできるとも考えられる。
だが、いくらなまけ者のセシリアでも、そこまで非情になることはできなかった。
普通に殺すだけでも十分非情だが、人間の命がかかっている以上、その点については譲れない。戦うことは避けられなかった。
交渉は決裂と判断した魔人は、剣を抜く。
魔人が扱う武器は、基本的に人間が扱うものと同じだ。使い手の魔力をいったん吸収して、強化して撃ち出す。
魔人が正面を剣で薙ぐと、その太刀筋から四本の魔力の槍が放たれた。
四本の槍は、セシリア・リカルド・アルマ・エルネストにそれぞれ一本ずつ差し向けられている。
「ふん!」
リカルドは縦に振った剣で打ち落とし、
「はあっ!」
アルマは大剣を横に振りきり、弾き飛ばし、
「黒魔法・リアマ」
エルネストは魔法で生み出した炎で焼き尽くし、
「白魔法・ブランコエスクド!」
セシリアは防御系の白魔法で、純白の盾を形成して受け止めた。
この魔人は邪神の眷属という訳ではないようで、放たれた魔力から邪気は感じられない。
「ホーリーブレイド」
リカルドは剣から白き魔力の刃を放つ。
多数の敵を相手取るときには複数に分けて撃ち出す技だが、今回は敵が一人であるため、力のすべてが一本に集約されている。
聖剣技をまともに受けるのは危険と見たのか、魔人は大きく跳び上がってかわす。
アルマは、自分の跳躍力では届かないと守りに入っている。
エルネストは――。
「黒魔法・エクスプロシオン」
魔力を上空へと昇らせることで大爆発を引き起こした。
空を黒煙が埋め尽くす。
魔力構築の時間が短かったため、先ほどの竜巻より実際の威力は低いと思われるが、それでも相当な破壊力を持っていることは明らかな光景だ。
「くっ……」
煙を突き破るようにして魔人が飛び出してきて着地する。
あれだけの爆発に巻き込まれていながら、腕や服が少し焦げている程度で致命傷にはほど遠い。
魔人が地面に降りてきたことで、今度はアルマが斬りかかる。
その斬撃を軽くいなした魔人は反撃としてアルマの横腹を斬り裂く。
「アルマ!」
セシリアが叫ぶのとほぼ同時にアルマは後方に飛び退いた。
セシリアはすぐに回復魔法を使おうとするが、それを阻止しようと魔人が動く。
セシリアたちが集まっている場所の上空に跳び上がった魔人は、その剣から嵐のごとき魔力を放出した。
その攻撃を受けて四人は散り散りになってしまう。
アルマだけでなく他の三人も傷を負うことになった。
それぞれの距離が離れてしまったために、全員をまとめて回復させることができないので、誰を治療すべきか迷ったが、一番傷が深いと思われるアルマに白魔法をかけることに。
「白魔法・クラル」
回復役を先につぶすべきと判断したのか、魔人はセシリアの方へと向かってくる。
「ひっ」
アルマにかける回復魔法を構築中なので、防御系の魔法を使う余裕がない。
思わず目を瞑ってしまったセシリアだが、魔人の剣はエルネストの魔法によって阻まれた。
「白魔法・エスクド!」
急いで組み上げたものであるため、その強度は低く、一撃受けただけでその盾は砕け散る。
逃げる暇もなく、身を守る盾もなくなり絶体絶命かと思われたが。
「……!」
セシリアは後退せず、逆に踏み込んで、杖で魔人の刃を受け止めた。
その行動は魔人にも予想外だったらしく、驚きに目を見開く。
刃が食い込み、杖にヒビが入るが――。
「よくやった、セシリア」
魔人の剣は、セシリアの杖が少しだけまとっている魔力を絡められており、振りが微妙に遅くなった。
その隙を突いてリカルドが聖剣技を叩き込む。
「ホーリーレイド」
神聖な魔力が吹きすさぶ風のように放たれ、魔人を背後から斬り裂いた。
「ぐ……はっ……」
リカルドは元々騎士団で指折りの実力者。不意打ちなら魔人を一発で倒せるだけの攻撃力を持っている。
重傷を負った魔人は、その場に膝から崩れ落ちる。
――勝った。
この近辺で人間を喰らっていた魔人は無事討伐することができたのだ。
念のため魔人から距離を取りつつ、四人は再び集まった。
そして、セシリアが今度こそ広範囲回復魔法を使う。
「白魔法・グランデクラル」
円蓋状の魔力の膜に包まれ、その内部を清浄な光が満たす。
これでこちらの傷は回復した。魔人が、ギリギリの状態で立ち上がったとしても、もう危険はないだろう。
しかし、トドメは刺さなければならない。
リカルドが歩み寄ると、満身創痍の魔人はゆっくりと口を開いた。
「邪神の居場所を知りたがっていたな……。西だ。西にある森と山を抜けた先の遺跡に邪神は潜んでいると聞く」
「どういうつもりだ?」
瀕死となった魔人は、自ら邪神の居所を教えてきた。
嘘である可能性もあるが、どちらにせよ意味のある行動とは思えない。
「俺は別に邪神を崇拝している訳じゃないからな……。どうせ死ぬならお前らに情報を渡しても問題はない。その代わりと言っちゃなんだが、なるべく一思いに殺してくれないか?」
魔人は、自らの死を受け入れた。
もしかしたら、人間を喰らって生き続ける中で、いつかは人間に討ち取られると悟っていたのかもしれない。
「分かった。礼を言う」
短く答えたリカルドは、剣を振りかぶる。
聖剣技は、邪気をはらむものに対して特効であると同時に、斬ったものが持つ穢れを祓うものでもある。
それはつまり、罪を重ねた者であっても聖なる力によって浄化され、地獄に落ちることを避けられるということを意味する。
天国にいったとしても、転生を果たすまでには試練があるのだが、地獄に比べればはるかに救いがある。
リカルドは、刃に神聖な力をまとわせ、静かに、だが、力強く剣を振り下ろした。
肉体と霊体を一気に両断された魔人は、風に吹かれた砂塵のごとく崩れて消え去った。
「この人も好きで戦っていた訳じゃないんですよね……」
仲間たちと連携することで敵を撃破したが、セシリアは感傷的になっていた。
「あんまり思いつめない方がいいよ、セシリャん」
アルマが先輩の冒険者として告げる。
冒険者でも騎士でも魔術師でも、戦いに身を置く者は皆、この悲しみと付き合っていかなければならないのだ。
その悲しみにつぶされないように心を強く持たなければならない。
一つの重要な依頼を達成し、邪神の居場所もおおまかに知ることができた。
ここからが旅の本番であろう。
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