【第二章】明朗冒険者
冒険の初日、セシリアの修練が終わった後のことだが、城に戻ることは許されていないため、二人は城下町の宿屋に泊まった。
そして二日目の朝を迎えたのだが――。
「おい。セシリア。起きているか?」
セシリアの部屋の扉をノックするリカルド。
中から返事はない。まだ寝ているということだろう。
「おい、起きろ」
先ほどより強くノックするが、他の客もいるため、あまりうるさくする訳にもいかない。
だが、このまま放っておいたら夕方まで寝続けるかもしれない。あるいは、起きているのに部屋に立て籠もるつもりか。
業を煮やしたリカルドは、一つの魔法を行使することに。
掌を扉に差し向ける。
その魔法が発動した瞬間、中から声が聞こえた。
「わっ! か、火事ですか!?」
声に続いて、寝間着姿のセシリアが慌てて部屋から出てきた。
寝癖のついたままのセシリアの頭を見て、つい先ほどまで寝ていたのだと知る。
「神聖魔法・ヴィジョンリアマ。今の炎は幻だ」
「え……。でも今確かに熱かったような……」
「仮にも白魔法の上位となる神聖魔法だ。ただ幻を見せるだけではない。実際に火傷こそしないが、熱さは普通の炎同様に感じる」
「ひ、ひどいじゃないですか。わたしはただ寝てただけなのに」
涙目で抗議するセシリアだが、リカルドは彼女を甘やかさない。
「お前の場合は、それが一番たちが悪い。俺が起こさなければ一日中寝ているつもりだったのだろう」
「う……」
見透かされている。
セシリアの考えとしては、昨日、一生分は言いすぎだとしても数日分は働いたつもりだったので、今日は丸一日寝ていたかった。
ちなみに昨日多数の傷を負ったセシリアだったが、眠っている最中は魔力の回復が速く、またその魔力のほぼすべてが自身の回復にあてられるため、現在は全くの無傷である。
「昨日ある程度戦えるようになったのだから、次は依頼を受けて金も稼ぐぞ」
「働くのは嫌です! というかお父様は、邪神の眷属と戦えと言いながら、なんでほとんどお金をくれなかったんですか」
「働いて賃金を得るということも含めてお前への試練ということなのだろう」
昨日の戦闘は単に自分の能力を高めていただけで、狭義の『労働』にはあたらない。王はやはりセシリアに働いてほしいのだと思われる。
なにはともあれセシリアが起きてきたので、リカルドは彼女を連れてギルドに向かった。
「楽なもの……、楽なもの……」
ギルドの掲示板を眺めながらブツブツとつぶやくセシリア。
一見条件が良さそうな依頼を見つけては、案外難しそうだと悟って一喜一憂している。
「まずはその思考をなんとかしろ」
セシリアの希望を聞いていたら、いつまで経っても決まらないと考えたリカルドは、適当に依頼内容の書かれた用紙をはがしてセシリアに手渡す。
「鉱石の採掘……? 重労働じゃないですか……」
「報酬額はそれなりだ。この町で稼いで武器を買い替えたら次の町に進むぞ」
「えー……。せめてずっとこの町で時々活動する程度にしてくださいよ……」
「邪神の復活を阻止するためには、今潜んでいる場所を探し当てる必要がある。戦闘経験を積む、金を稼いで装備を充実させる、邪神の居場所に向かう、それらすべてが今回の旅の目的だ。あと『時々』では話にならん」
邪神の復活を阻止するということは、その復活を狙う魔物と戦う必要があるし、力が戻ってはいないにしても邪神そのものも相手にする必要がある。
リカルドとしても、数年ぶりに外に出たこの少女には荷が重いだろうと考えていない訳ではない。
しかし、彼は昨日のセシリアの戦いぶりを見て意外なものを感じていた。
本人は気付いていないのだろうが、戦った敵の数のわりに魔力の上昇量がかなり高かったのだ。
才能がないということはない。やる気さえ出せば、いずれは強力な魔物とも対等に戦えるようになろう。
セシリアが城から追い出されて数日間、城下町を拠点にしていくつもの依頼をこなしていった。
依頼を受ける度、『こんな重労働はしたくない』とごねるセシリアだったが、いざ動き始めると常人よりよほど効率良く仕事をこなしていた。
それは、なるべく楽をしたいという願望を反映してのものだったのかもしれないが、『効率』というものはそうした考えが根底にあって上がるものなのかもしれない。
いくつもの戦いを経たセシリアは、いつしかリカルドが全くの無傷では倒せない魔物との戦いでも後方支援ぐらいはできるようになっていた。
十分な資金が貯まった頃合いに二人は武器屋を訪れる。
「色々な種類の武器があるんですね。ジョブの数と一緒で五種類ぐらいかと思ってました」
棚に陳列された武器の数々を見て、セシリアは少し興味を引かれているようだ。
魔界の人間が扱う武器は、使い手がその魔力を一旦武器の中に注ぎ込み改めて放出することで効果を高めるという、ブースターとでも呼ぶべきものである。
異世界の住人が使う武器の中には、それ自体が魂を持っているものなどもあり、そのような武器は、非常に強力でかつ使い手と共に成長するため買い替える必要もないらしい。
この武器屋にそのような武器はないが、それでもラインナップは豊富である。
ロングソード・レイピア・ダガー・斧・刀・弓・槍・ハルバード・黒魔術士用のロッド・白魔術士用の杖など。
ロッドと杖は、形状はほとんど同じだが、中の構造に違いがあり黒魔法と白魔法それぞれの強化にされているとのことだ。
「とりあえず一番軽くて扱いが楽な杖をください」
「ブレないなお前は……」
リカルドは元々市販品より強力な騎士剣を持っているので、セシリア用の杖だけ購入して、店を出る。
そして、装備が整ったことで、いよいよ別の町まで向かう本格的な旅が始まるのだった。
旅は始まったのだが。
「疲れました休ませてください。地面の上でいいので寝させてください」
「魔物のエサになりたいならそうしろ。腑抜けたことを言っていないでキビキビ歩け」
旅路においてことあるごとにぼやくセシリアを、リカルドが叱咤し、時には剣の鞘を叩きつけるなどして無理矢理歩かせて進んでいた。
荒野のような地形が続いているが、この周辺の魔物はまだリカルドが苦戦するほどの相手ではない。
リカルド近づく魔物を倒し続けていれば、セシリアがしばらく眠ることはできなくもないだろう。
しかし、泣き言はやたらと繰り返す一方で、『自分は王女だから騎士として自分を守れ』とは言わなかった点についてはリカルドも感心していた。
リカルドが、耳にタコができるほどの『疲れた』『休みたい』『寝たい』を聞き続けた果てに、ようやく目的地の町に着いた。
城下町に比べると少々田舎じみているが、そこそこの人通りのある町。ここが、セシリアが城下町以外で初めて訪れた町だ。
「ふあぁ、ここも人が多いですね。もっとさびれた人の少ない町はなかったんですか」
セシリアは、対人恐怖症というほどではないが、人と会うのがあまり好きではない。
会って話をする訳でなくても人混みなども苦手だ。
「お前の愚痴は道中で聞き飽きた。人は多い方が依頼の数も多く、武器の種類も豊富で、戦力を増強しやすい。それに――新たな仲間を見つけられるかもしれん」
城を出る前に王は、旅先で仲間を作るのも良いと言っていた。
とはいえ、セシリアは、城と関係のない人間との付き合いがほとんどなく、一般の国民と寝食を共にすることは嫌というよりイメージがあまり湧かなかった。
「新しい町に着いたなら、まずはそこの冒険者ギルドに行くべきだろう。さっさと行くぞ」
「え? まずは宿屋で寝るのでは?」
休むことしか頭にないセシリアを引っ張って、リカルドはギルドに入っていった。
やはり酒場のような雰囲気の場所だ。どんちゃん騒ぎをしている者もいる。
リカルドは、さっそく依頼の貼り出された掲示板を見にいく。
依頼の中には貴族や富豪の出したものもあり、通常の武器屋や道具屋では入手できない貴重な品が報酬となっている場合があるのだ。
そうした依頼は、冒険者の間で取り合いになるため、早めに確認しておいた方がいい。
セシリアが、なるべく楽な依頼を選んでくれるよう祈っていると、背後から扉が開く音と共に元気な声が聞こえてきた。
「依頼達成の報告にきましたー!」
あまりの元気の良さに、思わず振り返ったセシリア。
すると、目の前には、大剣を背負った赤毛の少女が立っていた。
巨大な剣とは不釣り合いなほど柔和そうな面立ちが特徴的だ。セシリアも雰囲気は柔和な方だが、元気の良さという点では対照的ともいえる。
「いらっしゃい、アルマさん。最近大活躍ですね」
カウンターの男性が呼びかけに応え、アルマと呼ばれた少女もそちらに歩み寄ろうとしたが。
「あれ? あなたもしかして……」
アルマはセシリアの顔をのぞき込んで目をパチパチさせる。
「な、なんでしょう……?」
「あ、やっぱり! この国のお姫様の――」
『姫』という単語が出た瞬間、セシリアはそれまでとは比較にならない俊敏さでアルマの口を塞ぎ、ギルドの外へ出ていった。
セシリアは誰にも話を聞かれないようにと、ギルドの建物の裏へと回る。そこでようやくアルマから手を離した。
「どうしたの? あなた、王女のセシリア様だよね?」
「ひ、人違いです」
そう言ってセシリアは目をそらす。
だが、アルマはなおも食い下がる。
「間違いないよ! あたしお城のパーティーに行った時見たことあるもん! あ、それとも言葉遣いが悪かったかな? あたしは冒険者のアルマです。セシリア姫様ですよね?」
「いえ、言葉遣いはどうでもいいのですが……」
セシリアがパーティーなどというものに出席したのは何年も前のことなのだが、アルマはその時のことを覚えているようだ。
当時とは容姿が変わっていそうなものだが、成長していないということだろうか。
「おい、何をやっている」
セシリアを追ってリカルドもやってきた。
セシリアに対してかアルマに対してか分からないが、こちらをいぶかしむように見ている。
「リカルド様からも言ってやってください! わたしのような貧相な小娘が王女のはずがないって!」
すがるように言うセシリアだが、リカルドは首を縦に振らない。
「いい加減王女という立場から逃げるのはやめろ。平民が貴族になれないのと同じように、王族が平民になることもできん。それとも自分の方が上の立場だから、下にさがるのは自由だとでも思っているのか?」
「い、いえ……、そういう訳では……」
痛いところを突かれて口ごもるセシリア。セシリアとしては、自分が王女だからといって平民より優れているなどとは考えていないが、その立場に甘えると共に逃げてもいるというのは事実だった。
王族としての務めは何も果たしておらず、にも関わらず何もしなくても食うに困らないのは王女という身分のおかげだ。
今のやり取りを見てアルマは、セシリアが王女であることを確信する。
「やっぱりお姫様なんだ。大丈夫、他の人に言ったりなんかしないから安心して」
アルマは子供を諭すような優しい口調でそう言ってくれた。
「まあ、それはいいだろう」
リカルドも無理に身分を明かせとは言わなかったので、旅の最中王女扱いされることは避けられそうだ。
「ところでセシリア様はなんでこんなところにいるの? 冒険者ギルドなんて王家の人とあんまり関係なさそうだけど」
「実は城を追い出されてしまいまして……」
「そんな! ひどい!」
「ひどいのはこいつの生活態度だ。こいつは今、王族としての責務を果たすために、邪神の眷属を討伐する旅をしている。それまで何もしてこなかったツケだな」
セシリアの扱いに対して憤るアルマに、リカルドは詳細な事情を説明する。
話を聞いてアルマは怒りを静め、今度はセシリアを尊敬の眼差しで見つめてきた。
「お姫様自ら魔物と戦うなんてすごい! すごく立派だよ!」
「いえ……わたしはそんな……」
今までが立派でなさすぎただけだ。
今回の件も自ら決意したことではなく、強引にやらされているだけである。
「ねえねえ、今何人で旅してるの?」
「今のところ二人だけですが」
「二人!? お姫様の護衛が一人だけなんて危険じゃない!? あ、そうだ。良かったらあたしもパーティに加えてくれないかな? これでも冒険者としてはちょっと有名になってきてるんだよ」
意外な提案を受けることになった。
ちょうど仲間を増やすべきではないかと話していたところではあるので、受け入れるのもアリかもしれない。
「強い冒険者の方が仲間になれば、わたしの労働時間は短く……」
「なる訳がないだろう。活動量を増やすだけだ」
セシリアの淡い希望は、あっさり切り捨てられた。
「ですよねー……。じゃあ、どっちでもいいかな……」
「どっちでもいいって……」
いまひとつ歓迎されていないことにアルマは肩を落としつつも、すぐ元気を取り戻した。
「どっちでもいいなら、あたしの一存で入っていいってことだよね? じゃあ、これからよろしくお願いします!」
「あ、はい。こちらこそ……」
目を輝かせるアルマに気おされながらも、それほど気を使わなくて良さそうな仲間ができたことは素直にうれしいセシリアだった。
三人パーティとなったセシリアたちは、依頼を確認するため、再びギルドの建物内に向かう。
その途中、アルマはセシリアに城での暮らしのことを尋ねてきた。
「そっかー、セシリア様はあんまり部屋の外には出てなかったんだー」
「あの……、その呼び方なんですけど……」
「ん? どうしたの?」
「できれば呼び捨てにしていただけたらと……。尊敬されるような人間でもないですし、身分もできれば伏せておきたいので……」
申し訳なさそうにおずおずと頼むセシリア。
「そう? それでいいならその方があたしもうれしいかな。あ! そうだ! だったらセシリャんって呼んでもいい!?」
「はい。構いませんけど」
そう言うと、アルマはより一層目をキラキラと輝かせた。
自分などをあだ名で呼べることが、そんなに喜ばしいことだろうか。
王女という立場を実感していないセシリアにしてみれば、よく分からない感情だった。
「人数も増えたことだ。今回の依頼はダークゴブリン百体討伐でいくか」
一足早く掲示板の前に着いたリカルドが、そこに貼り出されている用紙の一枚をめくり取る。
「百体!? 桁が二つ多いのでは!?」
「二桁も減らしたら一体になっちゃうよ、セシリャん……」
白魔術士のセシリアの役目は後方支援なので、アタッカーが二人もいれば直接敵に斬られる機会は少なそうだが、それでも百体もの敵に囲まれたらそうもいっていられないだろう。
涙目で『もっと楽な依頼にしてください』と懇願するセシリアをよそに、リカルドはギルドの外へ出ていった。
セシリアは全く気乗りしないが、どこかへ逃げたりすれば、後でどんな仕置きが待っているか分からないので、しぶしぶついていく。
「お姫様と一緒に冒険できるなんてうれしいなぁ」
アルマは一人上機嫌だ。
三人揃って町を出たところでリカルドが今回の依頼について確認する。
「正確な依頼内容はダークゴブリン百体分の角素材を集めること。道の安全を確保する場合と違い、魔物を倒す場所はどこでもいい。そして、セシリアはまだ知らんだろうが、依頼の報告はどの町のギルドで行っても構わないからな。次の町へと移動しながら狩っていくぞ」
リカルドの口振りからすると、百体もの魔物を同時に相手取る必要はないようだ。
それなら後衛の自分は比較的安全そうだと、セシリアほっと胸を撫でおろす。
「そういえばアルマさんのソウルジョブはって何なんですか? 大剣を使うのは見れば分かりますが」
「あたしは戦士。中級ジョブにクラスチェンジしてもいいんだけど、魔法とか使うのは性に合わないかなって。あと、あたしのことも呼び捨てでいいよ、セシリャん」
中級以上のジョブになると多くの場合、補助的に魔法を使えるようになるが、魔法は物理攻撃と異なり複雑な構成式に基づいて魔力を組み上げなければならない。
セシリアが使う白魔法もそうなのだが、今まで勉強をなまけていたはずだというのに彼女は初歩的な白魔法は難なく使うことができていた。
つまり頭の出来自体は悪くないのだ。
平原を歩いていくと、魔物の群れを発見した。
ちょうど今回の討伐目標であるダークゴブリンだ。
ダークゴブリンは、通常のゴブリンが邪神の加護を受けて進化したもの。邪神の眷属の一部だといえる。
知能は低く、一体一体はそこまで強大な力を持っている訳ではないが、人類の絶滅を狙う邪神の配下だけあって攻撃的だ。
しかし、この旅の目的を考えれば、こうした魔物を多数倒していかなければならない。
邪神の眷属を放置しておけば、彼らが邪神に人間の魂を捧げて復活の時が近づくことになる。
(邪神の眷属を倒して復活を遅らせて、どこかに潜んでいる力が戻る前の邪神を見つけ出して倒す……。わたしなんかにできるとは思えないけど……)
旅の目的を心の中で再確認して嘆息するセシリア。
「何をしている。いくぞ」
「いこう、セシリャん」
見れば二人は既に魔物の群れに向かって駆け出している。
走るのは好きではないが、二人がケガをしたらそれを治さなければならないので、急いで後を追う。
黒く染まった小鬼の数体が人間の存在に気付いて向かってくる。武器として小型のナイフを握っているようだ。
セシリアたち三人は、十数体いる魔物たちとの戦闘を開始した。
まずはアルマが先陣を切って群れの中に飛び込み、大剣を大きく振り回す。
刀身に魔力をまとわせたその一撃で数体のダークゴブリンの腹が斬り裂かれる。
アルマが行うのは物理攻撃だが、物理といっても実際には特殊な組み立て方をせずそのまま使うというだけで、魔力を行使する点では魔法と変わらない。
この世界の住人は、魔力を帯びていない完全な『物理』攻撃ではそうそう絶命しない。魔力の高さこそが、冒険者としてのステータスだ。
アルマに斬られてもなお死んでいない敵に、リカルドが追い打ちとして聖剣技を放つ。
「ホーリーブレイド」
縦に振りきった剣の軌道から、神聖さを感じさせる純白の光が三叉に分かれて撃ち出され戦場を駆ける。
うまい具合にアルマを避けて駆け抜けた光の刃が弱っていた数体の魔物にトドメを刺した。
仲間がやられたことで敵意を増した残りの魔物が踊るような動きでナイフを振り回し、その刃でアルマの足を斬りつける。
「何をやっている! 回復魔法だ!」
浅くではあるがアルマが傷を負ったのを確認したリカルドは、セリシアに指示を出す。
「白魔法・クラル!」
セシリアが魔法を発動すると、アルマの足元から淡い光の粒が湧き上がり、それに触れた傷は瞬時に塞がる。
その後も、アルマの大剣による直接の斬撃とリカルドが剣から放つ浄化の光で攻撃を続け、その場にいたダークゴブリンは全滅させることができた。
通常のゴブリンは全くの雑魚というイメージだが、今回戦った敵は邪神の加護を受けているだけあってそれなりには強く、リカルドたちもいくらか傷を負っている。
セシリアはどちらから回復させるべきか迷ったが、最初から一緒にいたリカルドの傷を治すことにした。
「いちいち一人ずつ治していたのでは、もっと強い敵と戦うときに困るな……。セシリア、広範囲の回復魔法も覚えろ」
治療中にリカルドが命令してくるが。
「勉強は嫌いです!」
セシリアはいつもの調子で返す。
「セシリャん、勉強嫌いなの? 頭良さそうなのに」
どこがだろう、と首をかしげているセシリアだが、リカルドは容赦しない。
「回復魔法を覚える気がないなら、前衛で剣を振り回してもらおうか」
「それはもっと嫌です!」
結局勉強をさせられるハメになってしまった。
魔法を使うための魔力の組み上げ方は、単に覚えるだけでなく、その場の気の流れや自分や対象の状態なども加味して決定することになるので、学ばなければならないことは非常に多い。広範囲に作用する魔法ならなおさら。
二人共の治療が終わると、リカルドは倒した敵の一体に歩み寄ってそばに転がっていたナイフを拾い上げ、セシリアの方へ投げてきた。
「わっ、危ないじゃないですか」
「それで、こいつらの角を切り取っていけ」
「へ?」
まぬけな声を上げているとリカルドは改めて説明する。
「依頼内容は素材の収集だ。忘れたのか」
「ああ、そうでしたね……」
セシリアは、心底面倒くさそうな態度で素材の回収作業を始める。
三人で合計十数個の角素材を集めきると、リカルドはそれらを詰めた袋をセシリアに差し出してくる。
「なんでしょう?」
「『なんでしょう?』じゃない。お前が持て」
「えー……。この中じゃわたしが一番力がないと思うのですが……」
この中どころか、一般人の集まりの中で一番非力でもおかしくないぐらいだ。
「俺たちは前衛で傷を負いながら戦っているんだぞ。荷物持ちぐらいはお前がしろ」
自分などがリカルドに逆らったところで勝ち目はないので、しぶしぶ袋を受け取る。
「セシリャん。半分あたしが持とうか?」
アルマは優しげに声をかけてくれるのだが、リカルドがそれを妨害する。
「この旅は、こいつのなまけ癖を矯正するためのものでもある。甘やかすな」
結局不気味な角の入った袋をさげて旅路を進むことになった。
(こんなの何に使うんだろう……?)
本体が死んだとはいえ、角に邪気は残っている。邪悪な力をはらんだ素材を用いてやることなどロクなことではないのではないか。
そう考えつつも、どこかの貴族や富豪が不老不死のような特殊な野望を実現させるために高額な報酬を支払って依頼している可能性も高いかと思い至る。
「おーい、セシリャん。早くいこうよー」
先を進んでいたアルマが、ブンブンとこちらに手を振ってくる。
ただでさえ足の遅いセシリアが考えごとをしていたせいで、二人との間に距離ができてしまっていた。
「は、はい、今行きます……!」
このような調子で旅は続き、町に着いて宿に泊まると新しい魔法の勉強をさせられ、町の外に出れば魔物と戦わされ、セシリアにとって地獄のような日々となった。
しかし、『勉強は嫌いだ』『もうやめたい』『休みたい』と度々ぼやくわりには、やはりあっさりと広範囲回復魔法を習得してしまった。
労働や勉強自体には苦痛を覚えるセシリアだが、楽しいこともあった。
新たな魔法を習得できた時にはそれなりに達成感があったし、何よりもアルマという友達だできたことは大きかった。
城からは数年出ておらず、ほとんどの時間を自室で寝て過ごしていたセシリアには友達らしい友達はいなかった。
アルマはセシリアにとって初めての友達といってもいいかもしれない。
アルマは、初めこそ王家に対して憧れがあると言っていたが、すぐにセシリアを王女として特別扱いすることはやめた。普通の少女同士という関係がセシリアにとっては心地よかった。
それに関係性が心地良いと感じられるようになったのは、アルマに対してだけではない。
リカルドには散々しごかれたが、そんな彼からも自分の才能を信じてくれているという気持ちが伝わってきて、悪い気はしなかった。
友達とは違うが、リカルドはセシリアにとって師のような存在といえる。
仕事と勉強の最中は確かに地獄だと感じていたはずなのだが、それらが終わってベッドに入る時には、地獄はこんなに生ぬるい場所ではないだろうと思えるようになっていた。
それもこれも仲間という存在がセシリアにとって貴重なものだったためだろう。
邪神の眷属を倒しながら町から町へと渡り歩き、そうしていく中でリカルドとアルマ、二人との間に絆のようなものが生まれていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます