イドラ 後編

〈中華人民連合、某省〉

 中華連陸軍第778機械化歩兵旅団はソールおよびソール配下の特殊部隊により、壊滅的な被害を受けていた。ソールによるりゅうだんの雨は一気に地上兵力をぎ、りょく偵察中隊と機甲大隊は全滅。UCGでの味方死亡表示は数え切れない。


「衛生兵! 衛生兵はいないか!」


 負傷者をかかえた兵士が衛生兵を必死に呼び求める。あちこちで銃声が鳴り響き、ときおりソールによる爆撃が行われ、人間が肉片に変わっていった。まさに地獄絵といっていい。


「アハハハッ! 誰も私を止めらない! もっと戦争を! もっとさつりつを!」


 狂気に満ちたその笑みはおさない容姿に似つかわしくない。対空砲や対空ミサイルが散発的に飛来してくるが、それらを全て難なく回避した。


「天にあだなす者にはてっついを」


 レールガンUxE‐07から発射された弾頭は着弾前にさくれつし、地上を炎のうずで覆いくした。


『アクィラ4、こちらホークアイ。空軍の無人要撃機が60秒後に到着予定』

「問題ない。全て落とす」


 各国の軍事ネットワークをしょうあくしている電子戦指揮官〈ホークアイ〉に間違いはない。空軍はソールげいげきのために無人戦闘機JQ‐13を十二機投入した。


「これでさらにげきつい数が増える」


 JQ‐13は中華連の次世代対無人機用試作無人戦闘機。バイオ素材を含む新素材をふんだんに盛り込んだこの戦闘機は従来の航空機概念を打ち壊す機体で、急せんかいや急上下の際、鳥のばたきのように主翼と尾翼が曲がる。この特徴的な翼により全方位機動を実現するとともに、敵機に予測されにくい変則的な機動をえがくことが可能となった。なおステルス性能は重視されていない。


「ホークアイ、こちらアクィラ4。敵機視認エネミータリホー接敵エンゲージ


 ただでさえ動きが奇抜でやっかいだが、JQ‐13は小型戦闘機のため通常の有人戦闘機が相手にするのは至難のわざだ。というより事実上不可能だろう。


「イガルトリック社製の人工知能みたいだけど、全然たいしたことない」


 驚異的な機動力をほこるJQ‐13だが、小回りで言えばソールにかなうわけもなく、さらにソール自身が手を下す必要もなかった。彼女を守る遠隔支援ユニット〝イビルアイ〟によって、JQ‐13はただの鉄くずと化す。


「へえ。あきらめないんだ。バカみたい。ま、降伏しても止めないけどね」


 JQ‐13の増援部隊だ。その数8。


 ‐Tally-ho

 ‐Select Weapon

 ‐Supersonic Omnidirectional Cluster Missile

 ‐Lock on

 ‐Launch missiles


 ソールをターゲットとし、JQ‐13から超音速全方位多弾頭ミサイル(SOCM)が二発ずつ発射された。SOCMは対高機動無人機用として開発された近中距離空対空ミサイルである。専用の発射装置と高い誘導性により、全方位に対応可能。発射されたミサイルは標的付近で無数の小型爆弾(だん)へと分裂し、子弾は標的の予測機動を塞ぎながら、標的をげきついまたは損傷を与える。これによりJQ‐13と同様の性能を持つ無人機でも容易に相手にすることができる。ただしソールは無人戦闘機ではない。アンドロイドだ。


「つまんない」


 その言葉通り、このような反撃はソールの想定範囲内であった。レクイエム計画における各国の対応はどれも歯ごたえの無いもので、彼女は退屈極まりない。


 イビルアイを事前に自身の周辺に展開させておき、シールドを展開させることで回避することもなく、SOCMの猛攻を防いだ。


『アクィラ4、接近するロシア軍機あり』


 義眼のディスプレイには拡大表示されたロシア空軍のFI‐3sが十五機映し出されている。FI‐3sは第四世代光学迷彩を搭載したステルス戦闘機。サイボーグ兵士専用の一撃離脱特化機体で、他にるいを見ない静音性とスーパークルーズ性能の実現に成功している。


「ロシアもしつこいね」


〝Select Warhead〟

〝High-Explosive Multi-Purpose(HE-MP)

 → Electromagnetic Pulse(EMP)〟

〝Lock and load〟


 UxE‐07の弾頭をりゅうだんからEMP弾へ変更。


「これで消えろ」


 空へ発射された弾は高度爆発を起こし、発生した電磁パルスによりJQ‐13とFI‐3sは制御を失い全てあっけなくついらくした。


「シグナス・リーダー、こちらアクィラ4。きょうとなる敵航空戦力は排除した。地上部隊を進めろ」

『了解』

「ホークアイ、私は弾薬補給のためポイントジュリエット1まで後退する」


 ソールは落ちていった敵機のざんがいを見ることもなく、補給地点へ引き返した。



〈ブラックレインボー補給地点ジュリエット1〉

 ソール用に設営された補給地点の一つ、ポイントジュリエット1。


「イビルアイの起動停止。メンテナンスモード」


 ソールはUxE‐07をスタンドに置き、部下が給弾箱を取り外した。

 ここにはアンドロイドから構成される整備班と通信班、守備隊がちゅうとんしており、UxE‐07専用の各種弾頭と予備ハイマニューバ・フロートスラスターが用意されている。


「あまり使い込んでいないけど、ついでに交換しておこうか」


 そういってソールは背中のハイマニューバ・フロートスラスターを外す。

 ハイマニューバ・フロートスラスターは同じ空を飛ぶ装置であるフロートウイングと比べ、エネルギー消費が激しく部品れっが早い。そのため激しい戦闘や長時間航行の終わりには交換する必要があった。


「クイーン、敵歩兵が接近中」


 守備隊のHXヘクス‐8Qアンドロイド兵が銃を構え、けいかいモードに入った。


「おかしい。ここをぎ付けられるにしても早すぎる」


 中華連が展開している部隊情報は全て手の中にある。他の国に関しても同様だ。通常のデータベースにないということは独立した特殊部隊であろう。それも友軍にすら位置情報を共有していないことになる。下手をすれば同士討ち。それでもここに来た。かなりのれだ。


 ヒュン……バシャッン!


 ソールの背後から弾丸が飛来、装着前の予備ハイマニューバ・フロートスラスターを貫通した。


 ガッシャッン!


 続けざまにもう一発。

 スタンドに置かれていたUxE‐07が吹き飛んだ。


「ふざけたマネを。よほど死にたいようだな!」


 ガンブレードを両手に持ち敵からの銃撃に備えるソール。

 三発の弾丸がソールに向かって飛んで来た。それらを正確にガンブレードではじき、同時に狙撃手の位置を解析。HXヘクス‐8Qへ位置情報を送信した。


「まさかげんの生き残りがいたとはね」


 げん部隊。彼らは陸軍対外情報局第505機関の最精鋭戦闘部隊だ。ロシア(GRU)のスミルノフ部隊と並んで、その恐ろしさは一言では語れない。


「いいだろう。サイファーの前に片付けてあげる。クソ虫どもめ」


 部下達がやられていく中、ソールは大きく跳躍後転し、背後にせまっていたげん隊員の首を左手のガンブレードで切り裂いた。あふれ出すせんけつが顔にかかったが、そのまま息つくひまもなく右のガンブレードの引き金を引き、三人のげん隊員を射殺。ハイマニューバ・フロートスラスターに頼らずともソールのびんしょうせいは健在だった。


 全方位からの射撃を受けてもソールが動じることはない。空を飛べない分、三次元的戦闘能力は低下しているが、彼女の小さいよう姿からは想像もつかない跳躍力と瞬発力でげん部隊を圧倒していた。

 絶望的な状況の中、げん部隊もただやられている訳ではなかった。彼らの相当量の腐食性ナノマシンが投与されており、ガンブレードで殺された時、その腐食性ナノマシンはガンブレードを少しずつではあるが、着実にしんしょくしていた。ガンブレードだけではない。ソールの身体もむしばまれていた。


「こいつら体内に腐食ナノマシンを。チイッ!」


 ガンブレードを胸に刺されたげん隊員が口を開く。


「我らは祖国のために、人間の誇りのために命をささげるのだ。断じて貴様に殺された訳ではない」


 この言葉にソールは怒りを覚えた。実に腹立たしい話だった。げんはソールを止める気でいたが、同時に死ぬつもりでもいたのだ。腐食性ナノマシンは人体にとって猛毒であり、致死性が高い。おまけに一度体内へ侵入したナノマシンを完全に取り除くのは困難を極める。


 これはけだ。

 全てはソールを止めるため。

 げんはそう簡単にソールを倒せないことを十分理解している。完全に倒せないまでも、今後の弱体化を狙ったものだった。


 数分後、げん部隊は全滅。


「こちらアクィラ4。げん部隊と交戦、掃討した。だが、腐食ナノマシンによる汚染有り。除染チームを要求する」

『了解した。300秒後に除染チームが到着』

忌々いまいましいめい土産みやげだ」


 この戦いが表の歴史にきざまれることはない。

 しかしこうせいに最後まで命をけた彼らをたたえる者達がいることもまた事実であった。



〈時刻1720時。日本、広島県〉

 西さい市グランドさくらガーデン。ここは複合らく施設であり、オープンテラスの飲食店や自然公園、図書館、温泉施設、コンサートホールがへいせつされている。なおテロ対策のため、危険物の持ち込み並びにドローンの持ち込み、使用は禁止。当然だがしき内におけるめいわくこうも禁止である。


 今日の目玉イベントはアンドロイド・アイドルグループ〝シスター・ダイヤモンド〟による広島ライブ。会場はグランドさくらホール。最大収容人数は三千人。開演時刻は午後7時、開場時刻は午後六時半から。

 シスター・ダイヤモンドは三人の女性アンドロイドからなるアイドルユニットで、日本だけでなく世界にもねっきょう的なファンがおり、彼女達のライブは基本的に満員だ。ユニットの中心となっているのはイリス。冷静さとお茶目さをあわせ持つ、知的天然系だ。イリスの右に立つのはアイグレー。お姉さん系で黒ぶちがねをかけているのが特徴だ。一方、イリスの左に立つのはスキュラ。妹系キャラのはずだが、少々口が悪い。

 彼女達はアンドロイドのためけることもなく、歌唱力はへんげんざい。本当の意味で永遠の〝アイドル〟と言えよう。


 そしてである。

 シスター・ダイヤモンドのイリスはブラックレインボー・ダイヤのクイーン〈ラーン〉ということだ。シスター・ダイヤモンドの所属事務所もブラックレインボーの所有物であることから、アイドル活動を資金かせぎに利用しているのは間違いない。加えて新たな拠点の増設、新たな部下の開発をあわせて行っていた。



 一人でガーデン内を散策している一。見た目では分からないが、ガーデン内には私服の公安警察官が多数じゅんかいしており、きたるべき時に備えていた。


『八課がブラックレインボーの動きをとらえた』


 左耳のワイヤレスマイクから課長の声が届く。


「おおよその数は?」

『広島だけでも300。海や空からも含めると400以上だ。全国では二千以上』

「連中、ずいぶんと大きく動いたな。スリーパーセルについては?」


 世界企業連盟の生産したアンドロイドは世界各地で使用されており、日本も多くのアンドロイドが稼働している。そして世界企業連盟はブラックレインボーの表の顔であることから、世界企業連盟のアンドロイドがテロを起こす可能性はおおいにある。つまりアンドロイドの潜伏工作員スリーパーセルだ。


『アンドロイドに関しては五課が、他については二課、四課、WDUが対応する予定。ただし、相手もこちらの動きを分かっていると考えるべきだろう。すでに全国でようどうと思われる事件が多発している。ミストやブレインシェイカーのきょうも去ったわけではない』

「まさかアイドルがテロリストなんてファンは夢にも思ってないだろうな」

『事はしんちょうに進めなければならんぞ』

「分かっている」


 周囲の動きに注意しながら、一はガーデン内を進んでいく。



 菅田と珠子の二人はカップルをよそおいながら、コンサートホールへ向かっていた。


「アイドルがブラックレインボーのクイーンとはねぇ」

「国連も、大企業も、そしてアイドルも。世の人がどれだけこの事実を知っているのかしらね」


 ブラックレインボーは犯罪組織であるとともに、国連であり、世界企業連盟という三面の顔を持つ。治安維持の名目で国連常備軍を派遣し、ライバル過激派組織をほうむり、大企業の力で国連を操る。大企業を隠れみのにし、違法活動を行い、世界情勢をあおる。有名アイドルすらブラックレインボーの手先というのは公安として非常に困った話だ。あまりにも堂々と世間の目を集め過ぎている。すなわちシスター・ダイヤモンドの対応を誤れば社会の混乱と日本警察の信頼しっついまぬかれないということだ。

「アイドルは大人しいアイドルでいて欲しいね」


 心の底から直樹は思った。



〈グランドさくらガーデン コンサートホール〉

 シスター・ダイヤモンドのスタッフ達は舞台の準備を進めていた。照明器具、音響装置、撮影機材は万全の状態で用意されており、ステージ上には黒い布に覆われた長方形の箱がある。その箱にはみょうおうとつがあるが、おそらく演出に必要な特別機材だろう。


「イーグルアイ、こちらラーン」


 イリスもといダイヤモンドのクイーン〈ラーン〉がボスへ通信をつなげる。


『ラーン、状況を報告せよ』

「ライブの準備はかんぺき。部下の配置も予定通り」

『公安の連中はどうだ?』

「相手もどうせ気が付いているでしょう。おたがい計画通りってとこね」

『油断するな。そこは日本だ』

「大丈夫。を見せてあげるよ。リハーサル無しで」



〝本日はシスター・ダイヤモンドの広島ライブにお越しいただきありがとうございます。館内の警備スタッフにご連絡事項がございます。業務連絡、業務連絡、レインボーからPSへ。レジーナがお呼びです。至急、コンサートホールまでお越しください〟


 館内アナウンスが響く。

 一般人には何も関係のないこのアナウンスだが、公安警察官達は違った。間違いなくこれはクイーンからの挑戦状だった。


せんぽうからの特別招待だな」


 一はすぐに館内を移動する。警備スタッフというのは館内の警備にあたっているスタッフということではない。館内にまぎれた警察官を意味していた。その証拠にレインボーはブラックレインボーのことで、PSというのは公安警察(Public Security:パブリック・セキュリティ)を示している。そしてレジーナはラテン語で女王。日本の公安警察を相手からさそっているのだ。


「レジーナから招待された者だ」


 スタッフ用裏口に到着した一は男性の警備員に声をかける。


「お待ちしておりました。このまま案内標識に従い、ホールへ入場してください」


 事前に話を通してあるのか、全てのスタッフは一の姿を見ても反応を示さなかった。


(一体どういうつもりだクイーン)


 ジャケットに右手を入れ、左脇のホルスターからCrF‐3100を引き抜き、ホールを目指す。



 コンサートホール一階。ステージ上には照明で照らされた三人のアイドルが観客を待ち構えていた。観客は銃を構えた一、そして続けてきた直樹、珠子の三人。


「全員その場を動くな! 公安だ!」


 一の一言で三人のアイドルは三人の観客におをした。


「シスター・ダイヤモンドの広島ライブへようこそ!」

「聞こえなかったのか? 動くなと言ったんだ!」

「皆さまに自己紹介をしていきたいと思います。私の名前はイリス。そしてブラックレインボー・ダイヤのクイーン、ラーン。今宵こよい貴方々あなたがたの命は私達がちょうだいいたします」

 舞台そでからくろが現れ、長方形の箱を覆っていた黒い布を取り払った。


「おいおい!」

「何あれ……」


 箱に並べられていたのは武器。大量の武器だ。


えんりょは要らねえな!」


 一はCrF‐3100の引き金を引いた。しかし放たれた弾丸はラーンにより全て防がれた。まさかの防御シールドだ。


「私達の舞台衣装、いかがでしょう?」


 ラーンが装備しているのは強化外骨格とEX‐10λラムダ二丁。

 アイグレーが装備しているのはLγガンマロングブレードとLγガンマショートブレードの二刀流。

 スキュラが装備しているのはB‐7μミューレーザーライフル。

 華やかな舞台衣装から戦闘衣装への大変身だった。


「さあ、始めましょう! 最高のライブを!」

 たがいの命をけたリハーサル無しの戦い。

 そして世界を舞台にしたこの物語もいよいよ終盤をむかえることになる。

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