アンダーグラウンド 後編

〈時刻0245時。ナミビア、ウィントフック(フィセム社)〉

 深夜のナミビア。治安は昔より良くなったとはいえ、夜の不必要な外出はひかえた方が良い。暴走族や不良グループが幅をかせ、それに対応すべく警察が出動する。このような光景は日常はんであり、警察のキャパシティはとっくに超えていた。多国籍企業が武装グループに狙われることもめずらしくないため、会社は自前の警察組織を有しているのが普通だ。フィセム社もその例外ではない。


「こちら伊波。アンドロイド兵を確認。ドローンは四台飛んでいる。マーク」


 零は小高いおかで戦闘スーツによる光学迷彩で姿を消しながら、UCGを通してフィセム社の様子をのぞいていた。

 人間の保安員もじゅんかいしているが、夜間ということもあって、ほとんどのじゅんかいいんはアンドロイドだ。彼らはVE‐88Pアサルトライフルを携行し、ドローンにも小型機銃が装着されている。不法侵入者に対して射殺権限があるのは間違いない。


『こちら井凪。マークを確認。アンドロイドはMP‐2か』

「いや、あれはEC‐8だ。カラーリングや外装はMP‐2にそっくりだけど、主眼レンズの幅が違う」

『となると、お値段はMP‐2の三倍以上か。俺の給料で足りるかな』


 EC‐8はとおから見てもロボットと分かるふうぼうだ。人間のこんにあたるしょには単眼レンズがあり主に視覚情報を収集している。動きは人間とほとんどそんしょくない。


「ステルス・スキャナーは付いていないはずだ。光学迷彩でやり過ごせる」

「敵拠点への潜入任務か。久しぶりだ」


 一が零の左横に来て、零と同じようにフィセム社の様子を見る。


「そうね。昔、貴方あなた香港ホンコンでやり合ったことがなつかしいわ」

「はっ。いい思い出か? それ」

「ええ。そろそろ行くわよ」


 フィセム社ナノマシン研究開発棟および生産工場。ナノマシン製造に関する情報は社内の最高機密情報であり国際特許である。一般社員だけでなく研究者に対しても厳しい情報規制がかれている。


「一、こっちだ。ここから侵入する」


 零の前には扉がある。扉には大きく〝B〟と書かれ、その下には〝LEVELレベル 3〟とあった。研究開発棟のBゲートだ。テロリストの襲撃を想定した三重装甲扉になっており、パスワードとIDカードによる身分証明が必要になっている。


「セキュリティの解除は?」

「任せておけ」


 零は左腕の端末を操作し、フィセム・アフリカ支社のセキュリティとうかつシステムに侵入。メインフレームへ侵入することで、セキュリティレベル5までの電子マスターキーを入手した。さらに、ドアの認証システム、監視カメラ、監視ドローンの映像・音声記録や人物認証記録を書き換え、透明な人間が扉を開閉しても問題ないように設定。これで、侵入者記録に残ることはない。そして、零の指令コマンドがあれば、今回の書き換え内容は元に戻される。セキュリティとうかつシステムに侵入した形跡も完全に無くなる。


「よし、解除した。ついでにカメラも無力化してある」

「速いな」

「由恵ほどではないけどね」


 扉が開くとろうが続いている。ろうの天井には半球型監視カメラがあり、扉を出入りする者を確実にとらえられるようになっていた。零が監視カメラの設定を変更していなかったら、今ので確実に侵入がばれていたはずだ。


 二人は反動抑制グリップを付けたNXF‐09を構え、じゅんかいしている保安員がいないかを確認する。


「クリア」

「やはり監視カメラはあったか」

「目標地点は地下だよな。でも社内ホロマップに地下はない」

「当然、秘密階層でしょうね。由恵のハッキングで得たこのホロマップにはちゃんと地下がある。一部だけだけど」


 UCGにはフィセム・アフリカ支社ナノマシン研究開発棟の立体マップが表示され、目標地点が赤いサークルで強調表示されていた。目標地点は地下655メートル。一般社員向けの社内ホログラムマップや二次元マップには地下が存在しないことになっているが、現実、地下は存在している。フィセム社があやしい研究をしているのはまず間違いないだろう。


「専用エレベーターはこの先、55メートル」


 アンドロイドや人間の保安員がじゅんかいしているルートは分かっているため、二人は簡単にろうを進んでいく。地下に行くためには専用のエレベーターでなければならない。


ろうクリア」


 先頭を歩く零は予備倉庫と書かれた扉を開ける。本来電子ロックされているはずだが、電子マスターキーを持つ零の手ですぐに開錠された。


「誰もいないようだ。よし、こっちだ」


 右の通路を進み、さらに扉を開けた。薬品棚が並べられているが、奥にはエレベーターがある。一見、はんしゅつようのエレベーターにも思えるが、このエレベーターが地下へ続く専用のエレベーターだった。ここ、予備倉庫は一般社員が入ることを許されていない。一般社員向けマップ上では〝第三予備薬品室〟ということになっている。

 エレベーターのボタンを押すと扉が開いた。二人は光学迷彩をつけたまま、エレベーターに乗り込む。


「ここからマスターキーは使えない。カメラとしょうへいに気を付けろ、独自のセキュリティだ。パスワードは6f82R。タイムパスはCsW7。セキュリティコードは2150」


 零が入力したコードは間違っていなかった。

 エレベーターが閉まり、地下研究所へ下り始める。

 未知の世界への入り口、しんえんへの入り口だ。


「地下の極秘研究所か。まるでゾンビ映画にありそうだな。てか、あったよな」


 一はUCGに映る自分達の位置情報を見ながらそういった。ホロマップは途中から情報がけつじょしている。地下の情報がない。どんなにフィセム社内部の情報をさぐっても、地下研究所の全体像が分からない。おそらく地下研発所にはセキュリティレベル6以上のレベル設定がされており、深い階層の情報はここを直接管理しているブラックレインボー幹部しか知らないのだろう。


「レーザーグリッドに用心だな。バラバラにされるぞ」


 一のネタに対し、零も対応するネタで返した。


 エレベーターが着くと、長い一本のろうが目の前に続いていた。天井には上の階と同様の半球型監視カメラが埋め込まれている。それ以外に装飾はない。非常にかんな通路だ。


(カメラか。ステルス・スキャナーはない)


 UCGでスキャニングしているが、トラップらしき反応はない。ちょうやく地雷もレーザーもないようだ。しかし、油断はできない。ここから先、独自のセキュリティシステムがかれていることは、先のセキュリティとうかつシステム侵入で分かっている。

 監視カメラには集音マイクが搭載されている可能性があるため、声や足音は消さなければならない。ここに侵入者はいないのだ。


(気圧が少し高い。それに風の流れが上から下へ。空気中のちりを施設内に入れないための工夫だな)


 ろうを渡り終えると、床の重量感知センサーで扉が開いた。


(人がいる!?)


 ここはどうやら地下の中央オフィスのようで、多くの職員とアンドロイドが働いている。

 これは想定外だ。

 オフィスは円状構造をしており、その中央にはガラスで仕切られた大部屋が、周囲には同じくガラスで仕切られた小部屋が多数見える。


(ばれたか?)


 いくら光学迷彩とはいえ、重量感知しなければ開かないはずの扉が開いたのだ。零と一の侵入が勘付く可能性は否定できない。

 と、早速一人の男性職員がこちらに視線を向けた。扉が閉まるところをはっきり見ている。


「はあ、扉がまた故障したみたいだ」


 男は隣の女性職員にそういって、メガネ型ウェアラブル端末(スマートグラス)で誰かと通信を始めた。


「やあ。マットだ。セキュリティチーフのジェームズにつなげてくれ。またファーストゲートが故障したようだ」


 零と一の侵入に気が付いている職員はいないようだ。じゅんかいしている警備アンドロイドも異常を検知していない。このまま職員が変に勘ぐる事がないよう、零達は職員やじゅんかいのアンドロイドを避け、さらに下の階層を目指す。


 途中、零は職員がいないデスクを見つけ、そこから情報を得ることにした。左腕の端末から光学迷彩機能があるケーブルを伸ばし、スリープモードにあるラップトップへつなげた。一気に個人設定を解読し、パソコン内にある情報をコピーした。


(地下研究所のホロマップだ。これで全体の構造が分かる。ミストの保管庫は最下層か)



 地下研究所のセキュリティチーフであるジェームズは、マットからの報告を受け、監視カメラの録画映像データと重量感知のれきデータを確認した。


「故障ではなさそうだ」


 彼は急いで椅子から立ち上がりチーフ室を出る。

 プルルルル……

 ろうを歩きながらUCGで支社長のイリーナに電話をかける。社内緊急回線だ。


『ジェームズ、こんな時間に何?』

「侵入者です。おそらくですが」

『おそらく?』

「はい。監視カメラには姿が映っていません。熱センサーにも反応はありません。しかし、重量感知センサーは二人の人間を検出しています」

『……故障の可能性もあるけど侵入者と考えるべきね。貴方あなたはクイーン・イズンへ報告を。地上からはスペードの増援部隊を派遣する。あと、ボスには私から報告するわ』

「分かりました」


 ジェームズは大きく赤いハートマークが書かれた部屋の前に着いた。しょうもん認証やIDカードの読み取り装置があるが、それらには一切触れず、扉を二回ノックする。


「入りなさい」


 女性の声がして扉が開いた。部屋の中に入るジェームズ。

 部屋には地下研究所のホロマップが大きく映し出されており、それを一人の女性が見ていた。


「クイーン・イズン、侵入者がいると思われます」

「そのようね。可能性としては二名」


 女性の右手の甲には〝ハート〟のマーク、左手の甲には〝Q〟の文字が描かれている。この女性こそがハートのクイーン、イズンであった。彼女はこの地下研究所をとうかつしている最高責任者でもある。


「抜き打ち火災訓練として全職員を研究区画から生活区画へ誘導。以後、研究区画と生活区画の連絡通路を全て閉鎖する。所内ネットワークも制限をかけ、知的財産の保護を実施。また、侵入者は光学迷彩を使用しているため、消火用スプリンクラーを開栓し、床を水でひたします」

「人員の配置はどうしますか?」

「人間である貴方あなたの部下は第四層、第五層に配置。先発二個分隊は上層のクリアリングを。特に連絡通路とエレベーターシャフト、非常階段をけいかいしなさい。第四層から下の階層のエレベーターは全て停止。基本戦術としては待ち伏せを行い、追撃は必ず複数人で行うこと。私の部下は第六層、第七層に配備する。侵入者は可能ならば生け捕りにし、無理なら殺しなさい」

「分かりました。クイーン、貴方あなたは?」

「私は第八層の中央ナノマシンこうしょう前室で待機する。まあ、私のところまで来ることはないでしょう」



〈フィセム社・地下研究所第三層〉

 零が得た地下研究所のホロマップは一にも転送され、二人のUCGには立体マップ、二次元マップともに使用することができるようになっていた。


「不気味なほど静かだな」


 小声で一はつぶやいた。研究所内は空調やパソコン等の機械音以外に音がしない。

五分前、職員らのスマートグラスには〝火災訓練〟の緊急通達がいっせい送信され、すみやかに職員達は避難プロトコルに従った。つまり今、研究所内はもぬけのからということだ。


「そして水びたしだ」


 おまけに、天井からはフッ素系不活性液体がふんしゃされ、床が水びたしになっていた。不活性液体は本来、電子機器を冷却するために開発された絶縁性を有する液体であるが、この研究所内では火災時の液体消火剤としても使用されている。


「侵入がばれたようね。これは光学迷彩への対抗策だ」


 光学迷彩の弱点はいくつかあるが、床を水でひたすのはその一つだ。忘れてはいけないのは姿を見せない相手であっても、身体は存在しているということ。床を水でひたしておけば歩くたびに水が跳ね、乾いた床に移ったとしても足跡が残る。


「認めたくないが相手の指揮官は優秀だ。すでげいげき部隊を送ってきているだろう。上と下からのきょうげきは想像したくないものだ」


 チャプン、チャプン


「もう来てるぞ……後ろから」

「ふむ。かくを決めよう」

「了解」


 振り向きざまに零と一はNXF‐09を撃った。

 放たれた銃弾は一人の武装した保安員に命中。その保安員は倒れ込んだ。残りの保安員はろうの角に隠れ、こちらの様子をうかがっている。


 ―クイーン、こちらスペード2‐1。第三層のD(デルタ)2通路に侵入者。敵は光学迷彩を使用。

『スペード2‐1、了解した。ハート9が下から向かっている。そのままきょうげきせよ』

 ―スペード2‐1、了解。


「私が行く。フラバン、投げるぞ」


 零は状況打開のため、フラッシュバンをとうてきした。


「カバー!」


 一瞬のひるみを逃さず、零は戦闘スーツの力を利用して、またたに敵との距離を詰めた。背中にNXF‐09を回して固定していることから、近接格闘戦で敵を仕留めるつもりだろう。

 通路の角に隠れていた敵は、突然突進して来た零にきょうがくした。銃を零に向けようとしたが、すぐに銃をり飛ばされ、さらに零のかかと落としで完全にせきついと神経を破壊された。

 零がいているユニバーサル・コンバットブーツのつま先部分とかかと部分には、任意のタイミングで飛び出るえいな隠し刃が仕込まれており、かかと落としや回しりといった攻撃タイミングと合わすことで、敵に致命傷を与えることができるようになっていた。


「遅い」


 背後の敵を見ることなくナイフの突きを避け、後ろりでそのままひたいきょうれつりを食らわせた。戦闘スーツによる身体能力強化もあり、顔面にりを受けた保安員はその場で即死した。

 残る敵は二人。零の右手そでしたから左手で隠しナイフを引き抜き、残る二人のけいどうみゃくをかき切った。

 零は右のだいたいホルスターから、右手でNXA‐05を素早く抜き、応援に現れた二人の保安員の頭に一発ずつ弾を放った。


「クリア」


 隠しナイフとNXA‐05を収め直し、背中にあるNXF‐09を再び構える。


「おお、さすが隊長。やるな」


 一の出番はなかった。



「スペード2‐1が全滅か」


 先ほどまでホロマップに表示されていたスペード2‐1分隊の反応が消滅。

 これくらいは別に問題ないが、イズンは気になることがあった。


「ファーストゲートの監視カメラ映像に姿は映っていなかった。となると、侵入者は光学迷彩を使用している。重量感知センサーのれきを見る限り、サイボーグとは考えにくい。二人とも生身ナチュラル……全身透明ということは第四世代の光学迷彩を使用しているということになる。そんなことが……」


 イズンは第四世代の個人用光学迷彩を実用化した国や組織を知らない。仮に実用化した組織があれば恐るべき相手だ。赤外線スキャンはあてにならないし、通常のレーダー波による生体スキャンも意味はない。武器や装備を含めて全身の姿を消すことができる。

 配下のアンドロイド部隊は対光学迷彩戦を想定し、ステルス・スキャナーが内蔵されている。しかし、ジェームズの部隊にスキャナーはない。被害は大きくなりそうだ。


「……ボスに連絡しておこう」



〈フィセム社・地下研究所第三‐四層〉

 第三層から第四層の非常階段。今度はこのせまい空間で銃撃戦が繰り広げられていた。

 上層からの保安部隊はスペード2‐1の他に、スペード2‐2がいたが、そのいずれも零達の返り討ちにあった。


「くそっ。今度は下からか」


 一の援護射撃を受けながら、零はNXF‐09のマガジンを交換する。

 保安部隊全員の銃にタクティカル・ライトが装着されているが、これも古典的な光学迷彩対策の一つだ。光学迷彩で姿は消えているが、物体としての存在はあるため、ライトに照らされれば当然影ができる。UCGの自動へんこう機能でさして問題にはならないが、もしUCGが無ければライトのまぶしさもやっかいだ。


「後ろからも来てるぞ。四人だ」

「私が下をやる。一、お前は後ろを相手にしろ」

「大丈夫か、これ」

「問題ない」


 零はおどり場に出てきた一人の頭をヘッドショット、さらにカバーで出てきたもう一人もヘッドショットした。


「こっちも二人やった。隊長、リロードのカバーしてくれ」

「了解」


 スライサーディスクが左手のガントレットにある射出器から二つ放たれた。スライサーディスクは角裏に隠れた相手を認識しており、ちゅうで小さくえがいて、一つは左、一つは右の角の裏にいる敵をようしゃなく切り裂いた。


「最初からそうすれば良かったんじゃないか?」

「そうかも。貴方あなたも装備する?」

「いや、使うタイミングが分からないから、やめとくわ」

「あらそう。便利なのに」



 ホロマップを見ながらイズンは侵入者が何者かをすいそくしていた。当初の予測より被害が深刻だ。


「どうなっている? 相手は光学迷彩を使っているとはいえ、生身の人間二人。こちらのじろであるにも関わらず、移動が制限された閉所で、ここまで戦える人間がいるなんて。どこの組織? BCO? いや、BCOがここに来るのはあり得ない。ならばゼニスか505?」


 ゼニスはイギリスのちょうほう機関で〝秘密情報局軍事情報とうかつ部危機管理室〟を指す。各イギリスちょうほう機関や軍、警察が得た情報をとうかつし、情報解析するだけでなく、それらをもとに、独自のちょうほう活動を行っている。ゼニスのエージェントは国外における人的諜報活動ヒューミントも行っており、国家危機をいくも回避してきた。


「いずれにしろ、このきょうのレベルは無視できない。輸送プランはBに移行しておこう」


 ここでイズンに通信が入る。


『クイーン、問題が』


 ジェームズからだった。声から判断するに、良くないことが起こったようだ。


「ジェームズ、どうした?」


『このままでは第四階層が突破されるのは確実です』


 予想よりも早い。この報告を受けてイズンは部隊の再配置を決めた。ジェームズはイギリス軍特殊部隊出身で、状況あく能力に優れている。自身が置かれている状況をかんてきかつ冷静に判断できる。イズンともあいしょうがいい。

 そんな彼がこんなことを言うのだから、このままではいたずらに人的被害を増やすだけだろう。人間の部隊が侵入者を相手にするのは誤りだ。侵入者の戦闘能力は突出している。並のエージェントや特殊部隊ではないだろう。


「分かった。人間とアンドロイドの配置を逆にしよう。すぐに私の部隊を向かわせる。後退しなさい」

『了解。後退します』

「全ユニットへ。こちらハート・クイーン。命令を射殺に変更、侵入者をまっさつせよ」



〈フィセム社・地下研究所第五層〉


「これは罠か? 今度は敵が出てこなくなったぞ」


 先ほどの銃撃戦が嘘のように、せいじゃくの世界が広がっていた。まるできつねにでも化かされているようだ。


じんを変えているんじゃない? あれだけ人的被害が出たんだから。アンドロイドを主体とする攻撃フォーメーションに移行するでしょう」


 一のカバーを受けながら零は敵のマガジンを三本回収した。そのうちの二本を一に手渡す。「これを使え」という意味だ。

 NXF‐09は標準的なアサルトライフル弾(無薬莢ケースレス弾薬を含む)を口径問わず全て使用できる。これは孤立無援の戦場でも戦い抜けるよう、弾の現地調達をようにすること、潜入任務時に敵の弾を奪うことで使用済みやっきょうから自分達の正体をさとられないように偽装ができること、が主な利点として挙げられる。


「敵の指揮官はかなり優秀そうだな」

「そうね。相当頭が切れる。そこら辺の政治家や背広組よりも優秀」

「だな。問題は何が来るかだ」

「来たわよ。正面!」


 左腕に小型の盾を装備した戦闘アンドロイドEC‐8Qナイトが二体、腰をかがめた体勢で廊下を前進してきた。その背後には二体のアンドロイドEC‐8Qポーンが銃を構えている。EC‐8QはEC‐8をベースに全体的な性能を向上させた特別モデルで、クイーン・イズンの直属部隊。銃はMK‐74Cを装備している。


「侵入者だ! 撃て!」


 アンドロイド兵は二人を確認すると、躊躇ためらうことなく銃の引き金を引いた。アンドロイドは標的までの正確な距離を認識するとともに、銃の特性をこうりょし、発砲時の反動をよくせいすることで、人間にはできない高精度射撃を行うことができる。


 零と一はそれぞれ左右に分かれた。零は電子ロックされている部屋の扉を体当たりで破り、その中へ。一は目の前に置かれていた実験用机を倒し、弾けとした。


「ステルス・スキャナー内蔵式だ。EC‐8をベースにしているようだけど、屋内戦を意識した改造がされている。閉所での戦闘に特化しているようね」

「これじゃ、光学迷彩の意味がないな」


 二人とも光学迷彩を解き、その姿を現した。これは無駄に光学迷彩のバッテリーを消費しないためでもある。ステルス・スキャナーは光学迷彩対策として開発された最先端機器だ。例え第四世代光学迷彩であっても誤魔化せない。閉所・屋内で使用すれば超高感度で光学迷彩を検出できる。


「隊長、ブラインドグレネードを使うか?」

「いや、どうせまだ来る。取っておいた方がいい」

「はあ。身体が持つか心配だ」


 一と零が同時に顔を出し、アンドロイド兵へ撃とうとしたがすぐにとらえられ、逆に制圧射撃を受ける。


「やはり見ているか……」


 銃弾が止めどなく飛んで来るため、二人はかつに動くことができない。


「閉所でアンドロイドを相手にするのはきつい。不利過ぎる。サーマルでいこう」


 そういって一はT4熱爆発サーマル手榴弾グレネードをユーティリティベルトから取り出した。サーマルグレネードは標準的なグレネードである破片フラグ手榴弾グレネードとは異なり、爆発時に広がる高熱そのもので標的を無力化するグレネードである。


「分かった。援護する」


 零はこぶしで軽く壁をたたいて銃口ののぞき穴を作り、その穴を使ってアンドロイド兵へ撃つ。アンドロイド兵達は零の思わぬ反撃に気を取られ、一へのけいかいゆるんだ。

 そのすきかさない手はない。


「サーマル行くぞ!」


 その掛け声とともに一はサーマルグレネードを投げた。

 一と距離が近いナイトとポーンは飛来するサーマルグレネードに反応し、グレネードを狙い撃とうとする。アンドロイドだからこそ可能な反応だった。

 だが、それを零は見逃さなかった。グレネードを撃ち抜こうとしているナイトとポーンの腕に一発ずつ銃弾を撃ち込んだ。

 ナイトとポーンは着弾による衝撃で手が大きく揺れ、サーマルグレネードは一の狙い通りにナイトとポーンの足下へ転がった。


キュイン、ドッバーン!


 グレネードは爆発し、その熱と爆風でナイトとポーンの身体は大きく損傷した。全てのアンドロイド兵が両脚を失っており、四体のうち三体は両腕も消えていた。残る一体は片腕が残っていたが、地をうように動こうとするのがやっとだ。その個体に一は銃弾を三発撃って、完全に機能を停止させた。


「まだだ。動くな」


 奥から増援部隊のはいを感じ、零は一に動かないように伝える。


むなさわぎがする……)


「あれは……くそっ」


 黒色にうごめく小さな虫の群れが地面をせまって来る。ただの虫ではない。昆虫型無人機〝ナーク〟だ。体長1センチほどの大きさで、主にアメリカやオランダ、ベルギー、ドイツ、フランスの警察が使用している。違法薬物や爆発物を探知するために使われているだけでなく、盗聴器としても使用されている。

 ただ、ナークは軍事利用もされている。内容としては地雷やトラップ等の調査、テロリスト拠点の盗聴、毒物を用いた暗殺だ。アメリカや中華連で実際に採用されている。


 ナークを一掃するため、零はブラインドグレネードをとうてきした。起爆時間をこうりょし、少し手前にブラインドグレネードを落とす。

 群れでせまるナーク。おそらく脚部か口部のきばに神経毒が仕込まれている。刺されたり、まれたりすれば死にいたることだろう。


 ピュイン


 ブラインドグレネードは正常に起爆した。周囲に電磁パルスが発生し、電子機器を破壊する。EMP対策がされていないナークも当然機能を停止。ナークの群れが一瞬で動きを止めた。


「ナークを無力化」


 NXF‐09を構えながらしんちょうに先へ進んでいく零。どうやらこの階層の敵は全て倒したようだ。


「クリア」

「やばいな、完全に向こうは殺しにきている」

「そうだな。ナークをこんな所で見るとは思ってもいなかった」

「目的地はまだ下なんだろ。次はゾンビか化け物でも出てくるんじゃないか?」

「ならばそいつらも殺すだけだ。先を急ぐぞ」


 二人はそれでも進むことはあきらめない。ここでてっ退たいすればナノマシン兵器ミストがインドで使用される。これは日本にとっても無視できない問題だ。先に進むしかない。

 より深く、もっと先へ。



 第八層中央ナノマシンこうしょう前室。

 床にはコンテナはんにゅうようのレールが敷かれ、天井にも物資移送用のレールが埋め込まれている。

 広大な部屋には予備のナノマシン製造用タンク、予備のナノデザイン3Dプリンター等が並べられている。左右には実験器具やコンテナ、タンクを保管してある大型かくのうもあり、アンドロイド保安員が緊急出動できるようにアンドロイド兵待機室もある。

 ここから奥はミストおよびブレインシェイカーの設計、開発、生産プラント。ブラックレインボーにとっては最重要研究施設である。そのため、ハートのクイーンがじょうちゅうして管理している。この階層に来るにはハートのキング、ハートのクイーン、セキュリティチーフ全員の許可が必要で、さらにレベル9の権限を持つ保安員又は責任者の同伴が必要である。


「ナークが全滅。さらに第六、第七層の守備隊も全滅……いよいよこの二人はただ者ではない」


 人間相手にこれほどまで危機感をいだいたのは初めてだった。このままハート部門の守護者として相手を生かすわけにはいかない。ハートだけでなく、組織にとっても大きなきょうだ。

 イズンは部下のアンドロイド兵が見ている視覚情報とリンクし、零と一の顔を確認した。


「この顔、見たことある。ジョーカーの報告にあった日本の公安だ。まさか日本が動いているのか。あの島国、組織の影響が薄いことをいいことに、我々にみ付いてくるとは。身の程知らずめ」



〈フィセム社・地下研究所第七層〉

 第八層へ通ずる専用エレベーターに辿たどり着いた零達。後ろの床には倒された保安部隊の隊員が転がっている。その中で息をしている者は誰もいなかった。


「この下が目的地だ」


 このエレベーターはゆいいつ、第八層につながっているエレベーターで、これを使わずして第八層へ行くことはできない。


「エレベーターは止められている。シャフト内を伝って下りるしかないな」


 研究所内のエレベーターは全てイズンにより停止させられている。仮にエレベーターの呼び出しボタンを押しても意味はない。

 UCGの視覚モードを透過モードに切り替え、零はエレベーターを見渡した。トラップやセンサー類はどこにも仕掛けられていない。シャフト内に待ち伏せドローンの姿もない。


「トラップはなさそうだ。ドアを開けよう」


 零はドアの中央に手をかけ、力を入れる。戦闘スーツの身体強化もあって、さほどドアの重さを感じることなくきれいに開けることができた。ただ、無理やりロックされている扉を開けたので、このエレベーターに電源が入ってもちゃんと動くかは不明だ。

 シャフト内をのぞき込む零。UCGを通してシャフト内を見ているが、やはりトラップやセンサー類は探知されなかった。直接見た感じでも異常は感じられない。


(ドローンを置いてないのか。それはそれでありがたい)


 零が一番していたのはシャフト内に武装ドローンが配置されていることだった。

 止められたエレベーターシャフトというのはドローンを忍ばせておくのにうってつけで、例を挙げればテロリストがビルを占拠した時に効果をはっする。実際にこれはポルトガルとスイスであった話だ。警察特殊部隊がシャフト内から上層階に向かおうとして、武装ドローンにそうぐう。テロリスト側に動きがばれただけでなく、警察側にも多大な被害が出た。


「このくらいの高さなら、そのまま落ちても問題ないな。そこでお前は待っていろ。私が先に行く」


 下には動いていない昇降する部屋部分〝かご〟が見えた。

 ワイヤーロープを使うことなく、零はそのままかごに跳び下りた。衝撃はあるものの、戦闘スーツの補正もあり、生身の身体に負荷はほとんどない。

 零は銃を右手で構え、かごの天井にある点検用の戸をゆっくり左手で開けた。


「まだ下りて来るなよ」


 かごの中の安全を確認し、その中へ静かに零は入った。

 一が下りて来ないようくぎを刺し、UCGで先ほどと同様、しんちょうにかごの中を確認した。トラップは存在しない。ドローンの待ち伏せもない。


「トラップが一つもない。みょうだな」


 てっきり、対人トラップがあると思っていた零は、何も仕掛けられていないことに違和感をいだいた。これまで各階層の要所要々にはトラップがあった。いずれも致命傷になるものではないが、警報器や敵味方識別動体センサー爆弾、電気ショックダート等のトラップはあったのだ。


「隊長、下りていいか?」


 待たされている一は背後をけいかいしつつ、零に下りるタイミングをうかがう。

敵指揮官の能力をこうりょした場合、ここだけトラップが無いわけがない。


「いや、待て」


 零はかご天井すみに透明なカメラを見つけた。正しくいえば光学迷彩機能を有した球状の特殊カメラだ。UCGの透過モードや熱源感知モードでは見抜けない。それを零は自身の感覚だけで見つけ出した。


(やはり仕掛けていたか)


 カメラへ零は手を伸ばし、そのまま粉々に握りつぶした。

「なんだ? カメラか?」

「ええ。もう下りてきていいわよ」


 UCGを透過モードから通常モードに切り替える零。


 ゴンッ


 にぶい金属音がかごの内部に響いた。

 一が着地した音だった。一も零と同じく上からそのまま跳び下り、かごに着地、中に入って来た。


「ようやくここまで来たぜ。この先が最下層か……ゾンビとか出ないよな」


 正直、一はまだ本気でゾンビか化け物が出るのではないかと思っており、不安を感じている。心なしか空気も冷たく、死者の国にさそわれているようだ。


黄泉よみの国なら私は大歓迎」


 対照的に零はゾンビが来ようが、それはそれで敵であることに変わりない。最深部には強大な相手が待ち構えているはずだ。


「よし、開けるぞ」


 零はドアを力で無理やりこじ開けた。



 〝ゴーストアイ〟からの映像が途絶えた。


「ここまで侵入者が来るのはあり得ない。それにゴーストアイを見抜くって」


 イズンはドローンをシャフト内に仕掛けることを確かに考えたが、過去の事例を踏まえ、それを止めた。代わりにブラックレインボーで開発された小型特殊カメラ〝ゴーストアイ〟を仕掛け、エレベーターに侵入してきた二人の動きを見ていたのだ。ただ、予想外にも零の手で破壊されてしまったが。


「ジェームズは優秀な人間だけど、侵入者に勝てる見込みは無い」


 ゴーストアイの映像を再確認するイズン。


「困ったことに、ひさしぶりの戦いになりそうだ」



〈フィセム社・地下研究所第八層〉

 最下層の第八層はブラックレインボー・ハート部門の管理下にあることを示すように、ハートのシンボルマークが床にえがかれている。

また、通路の横壁には最高セキュリティレベルを表す〝RESTRICTED AREA LEVEL9(制限区域レベル9)〟の文字が大きく描かれ、その下には


 《WARNING》(警告)

 《UNAUTHORIZED ENTRY IS SHOT BY SECURITY》(許可なき者は保安員により射殺される)


 との警告文がある。

 しかし、そんな警告文お構いなしに進む男女二人組。


 セキュリティチーフ・ジェームズひきいる最後の人間保安部隊と交戦中だ。保安部隊は銃に付けているライトを点灯させ、零達の動きをけんせいしていた。


「クイーン、こちらジェームズ。連絡ホールに侵入者。対象を視認、二名」


 中央ゲート前には人間の守備隊だけなく、AWT(陸戦支援ドローン)が三台設置されている。対光学迷彩を想定した布陣だ。光学迷彩でのごり押しはできない。


『ジェームズ、相手は人間か?』

「はい。間違いなく人間です」

『そうか。今、スペードとクラブの増援部隊が地上から向かっている。持ちこたえろ』

「お任せを。我々の命に代えてもゲートは死守します」


 クイーンの手前、ジェームズはそういったが現実は厳しい。何せ、侵入者はたった二人でここまで来ている。そして、クイーン配下であるアンドロイド部隊も撃退している。戦闘スーツの性能を差し引いたとしても、侵入者二人の技量が相当高いことはように想像がつく。

 ここでのジェームズの仕事は侵入者を倒すことではなく、ナノマシン工場に入るまでの時間をかせぐことだ。イズンもジェームズが侵入者を倒せるとは思っていない。今、クイーン・イズンにとっての最優先事項は輸送プランBの時間をかせぐことであって、侵入者を始末することではない。任務における内容の優先順位は大きく変更されていた。



「AWT三台は厳しいな……」


 NXF‐09のマガジンを新しいものに交換しながら、一は状況打開の方法を考えている。AWTは移動用の無限どうと戦術情報共有システムおよび狙撃手位置予測解析システムを一体化させた高性能AWセントリーガン。自律走行型自動機銃あるいは軽陸戦支援ユニットと呼ばれる。戦車のように無限どうで移動できる分、通常のセントリーガンよりもやっかいだ。


「目的地は目の前だっていうのに。隊長、これどうするよ。連中、弾はくさるほどあるし、このままだとジリ貧だぞ」


 予備のブラインドグレネードやフラッシュバンはあるが、投げたところでAWTが起爆する前に撃ち抜くだろう。


「スライサーディスクが一つだけある。これでAWTを黙らせよう」

「了解。あとはなるようになるだけだな」


 UCG透過モードで隔壁越しにAWTをマーキング。


「よし、行くわよ」


 零の左甲部から放たれたスライサーディスクは飛びながら弧をえがくように曲がり、AWT目がけて低空飛行する。最短距離のAWTに向かって正確に飛び、その高度を徐々に上げていた。

スライサーディスクがAWTの砲身を真っ二つに切り裂き、次の目標へと急せんかい。二台目、三台目とAWTを破壊した。


「何だ!? どうした!?」


 AWTが壊れた音に保安部隊は一瞬とはいえ、気を取られてしまった。それを狙っていた一が隠れていた隔壁から姿を出し、反撃を開始する。

 保安部隊はいっせいに一へ攻撃を加えようとするが、次々と倒れていく。


(敵は二人いるはずだ……もう一人はどこだ?)


 ジェームズはワイヤーで天井に張り付き、こちらを狙う零を見つけた。


「上だ! 上にいるぞ!」


 すぐに零を撃とうと銃を構えたが、零の方が速かった。

 彼女が放った弾丸はジェームズのけんを貫き、彼の意識を完全に奪った。

即死だった。


 ここから先、いよいよしんえんの終着点である。



〈フィセム社・第八層地下研究所 中央ナノマシンこうしょう前室〉

 目の前に立っているのはすらりとした長身の女性。その女性の右手の甲には〝ハート〟のマークが、左手の甲には〝Q〟がえがかれている。彼女こそがブラックレインボー研究開発部門のクイーン、イズン。


「ここまで来たのは貴方あなた達が初めてよ」


 そういってイズンは銃を構える二人を前にし、軽く拍手をした。


「でも、貴方あなた達はここで死ぬ」


 イズンの上腕部には折りたたみ式のブレードが装着されているのが見える。また、彼女の周囲には球状の物体が六個、ちゅうに浮かんだままゆっくりと周回している。


「何か言い残すことはある?」

「どうせ殺されるなら、いくつか質問させてもらおうかしら」

めい土産みやげということ? 人間の考えることは分からないわね。まあいいわ。どうせ死ぬんだし」


 簡単に二人はそういうが、実際はおたがいがいつ奇襲されてもいいよう、決してすきは見せない。会話で注意を逸らしたり、不意打ちを狙ったりというのはむしろ合理的な判断だ。命をける殺し合いなら、どんな手段でも勝とうとするのが普通だろう。


「ブレインシェイカーを開発した理由は? 貴方あなた達、ブラックレインボーはミストの開発だけで十分なはずじゃない?」

「そんなことを聞きたいの? どうせある程度知っているくせに。ま、いいわ」


 しかし現状として、この会話が不意打ちにつながることが無い事は零がよく分かっていた。

 相手のゆうな表情からしてイズンはサイボーグ。こちらがどんな奇襲をしたとしても、その全てを防ぐ自信があるはずだ。逆にこちらは攻めに関しては圧倒的に不利。相手の手の内が分からない。下手に手を出すことは許されない。


「簡単な話よ。第一に資金集め。第二に実験。ドラッグはお金になる。そして、人間を洗脳できる。上手く使えばブレインシェイカーは人間を思い通りに操ることができるわ。例えば一般人を死も恐れない兵士にしたり、あるいは中毒者に任意のきっかけを与えて暴走させたり。ブレインシェイカーは非致死性兵器。その分、ミストよりも幅広い方法で社会に混乱を与えることができる」

「ミストとブレインシェイカーを使って、ブラックレインボーは何をしようとしている? 何が目的?」

「我々ブラックレインボーはに動いている」

「世界平和のためだと? 笑わすぜ。ヤク売って、大量さつりく兵器まで開発してな」


 黙って聞いていた一だが、さすがに今のイズンの言葉には突っ込まずにいられなかった。


「全ては平和のため、人類のために……ボスの思想は永遠なり。誰にもボスの邪魔はさせない。さあ、始めましょう。殺し合いを。人間ども」


 イズンを取り巻いていた六個の球状物体〝デッドアイ〟は横一列に並び、その中央部からレーザーを照射した。零と一はたがいに被らないよう大きく横に跳躍し、難なくレーザーを回避した。戦闘スーツのなせる技だが、そんなことなどイズンは予測済み。


 一の目の前にイズンはブレードを突き出し、心臓への一撃を決めようとする。

 その危険な一撃を防ぐため、一はさらに横へステップした。


「くそっ!」


 せまり来るイズンに対し、一がNXF‐09で反撃する。

 しかし、デッドアイが個別にシールドを張り、一の射撃を全て無力化した。


「シールドも張れるのか?!」

「クイーンをめてもらっては困る」


 そのままイズンは一に襲いかかろうとする。


「こっちも見ろ。引きこもり女」


 零がイズンの背後から銃を撃った。


「いい度胸ね、侵入者」


 デッドアイのうち三個がイズンの背中に回り込み、シールドを展開。


「いくらやっても無駄よ。携帯武器でこのシールドは突破できない」


 イズンの言う通り、デッドアイは非常に優秀な遠隔支援ユニットだった。攻撃手段としても防御手段としても用いることができる。デッドアイにはフロートシステム(ヒッグス場かんしょうによる浮力制御機構)がとうさいされており、くうりきがなくとも飛行することが可能である。そのため、気流のない屋内でも問題なく飛行する。


貴方あなた達に私は倒せない。大人しく死になさい」


 今度はイズンの前面に二個のデッドアイが配置に着き、シールドを展開するとともに、別のデッドアイ四個が零と一へ向けてレーザー攻撃を行う。

 もちろん、こんな手段でイズンは二人を始末できると思ってはいない。ただ、二人の体力と集中力を奪うには最適だった。それにレーザー攻撃には、二人に状況打破のための行動をうながすという意味もあった。

 イズンとしては突っ込んできた二人を返り討ちにしようという算段だ。


 一方、零と一もそう簡単に突っ込むことはしない。デッドアイがある限り、イズンの優位は変わらない。遠近、攻守ともにデッドアイのサポートは強力だ。

 言い換えればデッドアイを封じることで、イズンに対抗することができる。


(確かにあのユニットはやっかいだ。近づいてもシールドがある。だが、チャンスはある。ブラインドグレネードを上手く決めることができれば……)


 一はデッドアイのレーザーを最小限の動きで避けながら、ブラインドグレネードを使う機会を待っていた。ブラインドグレネードは残り一つ。爆発範囲は半径約1.4メートル。デッドアイ六個をまとめて仕留めることができれば、イズンの優位性を奪うことができる。


「なかなか貴方あなた達しぶといわね」


 イズンはレーザー攻撃をしているデッドアイのどうを変え、徐々に零達との距離を詰めていく。


どうを変えてきたか! くそっ!)


 くるくると飛び回るデッドアイは目で追うだけでも非常に難しいが、さらにレーザーの発射タイミングもこうりょする必要がある。


「あまり人間をめない方がいいわよ」


 零は断続的に飛んで来る近距離のレーザーをかみひとで避け、あろうことかフックショットでレーザー発射前のデッドアイを一個破壊した。そのまま流れるように、ワイヤーを回収しながら側転。そして、もう一つのデッドアイもレーザー発射前を狙い、ブーツ先端の隠し刃を刺し込んだ。


 それはあまりにも一瞬の出来事だった。

 デッドアイを破壊した者は今まで一人もいなかった。


 しかし、零はデッドアイを破壊した。それも二個。


「そんな鹿な。シールドを展開できないすきを狙うだと……」


 イズンでも正直、意味が分からなかった。あり得なかった。

 デッドアイは自己防衛のためにシールドを発動することができるのだが、シールドをどうしても発動できない時間がある。それはレーザーを発射する時だ。レーザーを発射する前後だけはシールドを展開できない。理論的にはそうだ。理論的にはそうなのだが、その隙は0.01秒もない。0.001秒あるかないかだ。


「人間ごとき、私の手で!」


 いつもは冷静さを心掛けるイズンも、この時ばかりは感情を出さずにはいられなかった。至近距離のレーザーをかわし、さらにデッドアイも破壊した。そんな人間の存在を認めるわけにはいかなかった。

 デッドアイ二個とともに、ブレードを展開したイズンが零にせまる。


「クイーンだからって、動き過ぎるのはよくないわ」


 NXA‐05二丁持ちに切り替え、零は大きく跳んだ。右手の銃でイズンを撃ちながら、左手の銃で一のデッドアイを狙い撃つ。

 一をつけ狙い、動き回る二個のデッドアイを、直接見ることなく、しかも二丁持ちの状態でいた。まさにかみわざを零はやってのけた。


 イズンは零が自身の頭上を飛び越えていくのを見、即振り返った。

 ただし零の先ほどの言葉が引っかかり、そのまま突っ込もうという気は起きない。わざわざゆうのあるセリフを言ったのだ。相手には何か策があるのかもしれないと。


 零と一の二人がこちらに銃口を向けている。


「チェックメイトだ。女王様」


 一がそういった。


「チェックメイトだと?」


 一の視線は下にある。


 ハッと気づいて足下を見るイズン。

 ブラインドグレネードが転がってきた。

 いや、転がってきていたことに今気づいた。


「しまった!」


 ピュイン


 ブラインドグレネードが起爆し、電磁パルスがイズンの全身を襲う。


「E、EMP……か。身体が……くそっ」


 EMP対策はほどこされているため、完全に機能を失っていないが、それでも身体機能に相当の影響が出ていた。周囲を浮いていたデッドアイもフロートシステムを失い、地面に落ちてしまった。


「今度は動かなかったのがあだになったわね」

「男を……助けたのは……これが、本命だった……というわけね」

「さようなら。ハートの女王」

「……魔女め」


 零はT4サーマルグレネードをイズンの方へ投げた。



〈フィセム社・第八層地下研究所 中央ナノマシンこうしょう


「おいおい、これ全部がミストか」


 一の目の前には〝MIST〟と書かれた大きな貯蔵タンクがいくつもある。


「あっちは全部ブレインシェイカーみたいね」


 零は歩きながら、どこかに情報端末がないかを探す。


「ここが中央管理室か」


 管理室の中に入ると、コンソールが見えた。


「知的財産保護プログラムが起動中。無理やりこじあげるしかないわね」


 セキュリティを突破し、中にあるデータを確認する。


「一、見つけたぞ。ナノマシン兵器に関するデータファイルだ」

「ミストとブレインシェイカー、両方あるみたいだな」

「ええ。全てコピーしてケナンと由恵に送る」

「ナノマシンということあって、ばくだいな情報量だな。頭が痛くなるぞ」

「製造方法、試作モデル、作用じょ、生産コスト、試験地域。あらゆるデータがあるようね。ただ、ここにはないデータがある」

「何だ?」

「輸送経路。そしてブラックレインボーがこれらを使って、最終的に何をするのかということ。どうやら幹部達の頭にしかないようね」

「さっきの女王様も言っていたな。組織の目的は世界平和とか。だが、ここにあるのは大量さつりくに特化したナノマシンと、人々をヤク中にして、凶暴化させるナノマシンしかない。どうやって世界平和なんかが実現するんだ?」

「分からない。ただ、良くないことをするのは目に見えている。ここにあるデータによると、ブラックレインボーは2021年、初代ミストの致死性テストを日本でしようとしていたらしい。過激派グループに援助をしつつ、組織は直接関与せず。汚い連中だ」

「どうして日本を選んだんだ?」

「研究員の資料によると、国土として閉鎖的であり、国家としてテロ対策が未熟であること。ナノマシンによる環境影響を調べる点においてもごうが良かったらしい。それに、先進国であるから、他国にミストの恐怖を植え付けることもできる」

「なるほどな。絶対に許さねえ」

「とりあえず、急いでここから出よう。地上からスペードの増援部隊が接近中だ。所内全てのデータを完全消去。あとはプラント内のナノマシンを全て廃棄処理へ」

「隊長、あっちにはんしゅつようエレベーターがある。地上へ直結しているようだ」

「分かった。脱出しよう。あと十五分後にここは吹き飛ぶ」

「え? 隊長、今、なんていった?」

「急げ。証拠隠滅用の自爆シーケンスを起動した。スペード部隊には解除できないだろう。爆発規模は分からない」

「マジかよ」

「多分、地上には影響ないでしょう」



〈ホテル・ヴァルハラ〉

 シャッターが上がり、零と一の二人ははんしゅつようのエレベーターを出る。まだ深夜だが、空には明かりが見え始めていた。


「ここは見たことある景色だな」

「ホテル・ヴァルハラのVIP用ガレージのようね」

「こんなところにつながっていたとはな。驚きだ」


『隊長、聞こえるか?』


 響からの通信だ。


「山彦、どうした?」

『二十分程前に、ホテル・ヴァルハラからフィセム社の車両が四両出ていった』

「何!? それでどこに向かった?」

『ツシェム空軍基地だ。追跡中』

「なるほど。ブラックレインボーは民間機ではなく軍用機で空輸するつもりか」

『あんまり聞きたくないが、あの車両には何が積まれているんだ?』

「十中八九、ナノマシン兵器だ。ミストかブレインシェイカーのどちらか、またはその両方だろう。目的地はインドだ。衛星でマークはしている」

「どうする隊長? このままツシェムに向かっても間に合わないぞ」

「菅田達を先行させよう。ちょうどインドのショーラープルにいる。私達はソマリアに向かおう。そこで海賊対策に派遣されている海軍に拾ってもらう」

『しかし、隊長。海上輸送だと時間がかかるんじゃないか?』

「私達の侵入がばれたんだ。空港はブラックレインボーが張っているはずよ」

『なるほどね。急がば回れか』

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