Overhaul

オーバーホール 前編

アメリカ大統領ちょっかつの対ブラックレインボー専門組織として創設されたBCO(Black-rainbow Countermeasure Office)。ブラックレインボーの強大さ、自国だけでなく、世界ちつじょに対する危機をいだいたアメリカはいまだかつてない大掛かりな組織改革を行った。自国内にある多種多様のちょうほう機関、公安機関、軍からブラックレインボーにたずさわる部門やエースを統合し、それを万全に支える体系を整備した。〈ブラックレインボー対策局〉の誕生である。


《BCO創設にたずさわった主な関係機関》

 CIA(中央情報局)

 NSA(国家安全保障局)

 NGA(国家地球空間情報局)

 NRO(国家偵察局)

 DTRA(国防きょうさくげん局)

 DIA(国防情報局)

 DISA(国防情報システム局)

 NSB(FBIの公安警察)

 DARPA(国防高等研究計画局)

 DCMA(国防契約管理局)

 DLA(国防へいたん局)

 CYBERCOM(サイバー軍)

 SOCOM(特殊作戦軍)


 BCOにおいて、ブラックレインボーに対する軍事的かいにゅうになうのは特殊作戦軍(SOCOM)の第214機装化任務部隊(MTF214)である。全身サイボーグ兵士によって構成される最精鋭特殊部隊でアメリカ軍最強と名高い。なお、特殊作戦軍とは統合軍のうちアメリカ軍の特殊作戦を担当する機能別統合軍を指す。


《アメリカ統合軍 第214機装化任務部隊》

 チーム1(北アメリカ担当)

 チーム2(南アメリカ担当)

 チーム3(中東アジア担当)

 チーム4(アジア太平洋担当)

 チーム5(ヨーロッパ担当)

 チーム6(アフリカ担当)

 チーム7(アフリカ担当)


 しかし、MTFはここのところ状況がかんばしくない。おおやけにされてはいないが、ブラックレインボー拠点の制圧作戦や幹部の暗殺あるいはかく作戦で失敗続きだ。特に、ブラックレインボー拠点への奇襲作戦では初期に比べていちじるしく成功率、生存率が低下している。信じられないことにアメリカ最強といわれるMTFはすでにチーム3、チーム5、チーム7を失っていた。

 これらの事実に対し、軍上層部は長期にわたる対ブラックレインボー作戦でMTFへの負担が増加したためだとした。さらにくわしく述べるならば、MTFは長きにわたるこくな任務が続いたことで、十分な装備や情報が得られず、ベテラン兵士の死亡によるMTF全体の質の低下が起きているということだった。その証拠にMTFのだいたい部隊では多くのブラックレインボー拠点を制圧することに成功している。いずれ統合さんぼう本部はMTFを前線から下げることになるだろう。


 一方、BCO上層部はMTFの実力不足よりも別の要因を強く疑っていた。それは「情報漏えい」である。BCOあるいは軍内部に、ブラックレインボーのスパイがいる可能性を真剣に疑い始めていた。組織にとって軍事的きょうになりうるMTFを、ブラックレインボーは消し去りたいのだ。ブラックレインボーから見た場合、MTFを相手にするには最高幹部ジョーカーやクイーンでなければ話にならない。それほどMTFの戦闘能力は高い。しかし逆にいえば、ピンポイントでジョーカーやクイーンがMTFを相手にすることができれば、ブラックレインボーにとってMTFはきょうではない。



〈アメリカ、某州(BCO本部)〉


「中東に派遣されていたチーム5に引き続き、チーム3が全滅。軍はチーム3の命令違反によるものだとしているが、俺は納得できない。命令違反だけならまだしも、チーム3は全滅した。例え相手がエト・アッリで大規模編成だったとしても、MTFの隊員が全滅するのは普通に考えてあり得ない。それに、世界に散らばる多くのエージェントが行方不明。ブラックレインボーへの情報漏えいが原因なら最悪の状況だ」


 BCO本部。エージェントであるハワード・クルツは自身のデスクでMTFに関する資料を集めていた。彼は〈マスターキーパー〉と呼ばれる、最高レベルのセキュリティ・クリアランス有資格者であり、最高機密情報のえつらんが許可されている。なお、マスターキーパーは国家情報長官、CIA長官、国防総省長官、国土安全保障省長官の四人全員から指定された者を指す。

 ハワードは局長命令で、過去に実行された全ての対ブラックレインボー作戦について調査している。特にMTF関連のものを重点的に調べていた。近頃の対ブラックレインボー作戦は満足いく成功がほとんどない。成功したとしても重要なターゲットに逃げられたり、情報を事前にまっしょうされたりしていることが判明している。掃討作戦においてはMTFの被害も予想をはるかに超え、三つのチームは全滅という最悪の結果に終わっていた。


「ハワード。何も、全部が全部ブラックレインボーのせいではないだろう。中には〈エト・アッリ〉のようなテロリストによるものもあるはずだ。それに情報漏えいとまだ決まったわけじゃない」


 ハワードの向かいの席には、同じくエージェントのサム・クラインが座っている。この部屋にはハワードとサムしかいない。完全に封鎖された空間だ。彼もハワードと同様、マスターキーパーでMTFが実施した数々の作戦について調査中だ。だが、調査といっても紙ばいたい、電子ばいたい問わず膨大な資料が存在しており、加えて兵士の視点映像記録まである。


「確かにエト・アッリとの交戦記録もある。ただし、俺達には本物のエト・アッリかどうかを区別する方法はない。それに、エト・アッリが各地で謎の勢力と戦闘していたという報告もある。エト・アッリが交戦していたのはブラックレインボーかもしれない。ただ、その報告には物的証拠がない。情報を持ち帰ろうとしたエージェントが残念なことに死亡している」


 ハワードの言葉を聞いて、すぐにサムが別の資料をディスプレイに表示する。


「ブラックレインボーによる敵対勢力のせんめつ、組織の乗っ取り……あり得ない話ではないな。実際、過去にブラックレインボーが〈ヴィーデ〉や〈新アフリカ民族解放戦線〉といったテロリストを掃除してくれたからな。こちらとしてはテロ組織の壊滅自体は非常にありがたい。問題なのはテロリスト達の持っていた情報を回収され、潜入していたエージェントが皆殺された。BCOやCIAにとっては大きな痛手だ」


 BCOはブラックレインボーの下部組織だけでなく、ブラックレインボーの敵対組織にもエージェントを潜入させている。これは「敵の敵は味方」の考え方に近い。敵をよく知るのはその敵。じゃの道はへびということだ。

 アメリカはBCOに膨大な予算と人員を投じてはいるが、ブラックレインボーのちゅうすう情報はいまつかめていない。幹部達の本名も、ボスの存在も、組織の命令系統も、資金源も、何もかも。ありとあらゆる手段を使って、BCOはブラックレインボーをさぐっているのだが、客観的に見て成果はとぼしいと言わざるを得ない。その上、失われた人員の命は決して少なくない。


 最近では政府ちゅうすうから「大統領がBCOに対し、いらちを見せ始めている」との声が漏れ始めている。そもそもBCOは現大統領の強い意志によって創設された。考えられないほどの特権と予算を付けたのも現大統領の熱意によるものである。

 当然、BCO職員達のあせりともどかしさはつのる一方だった。



《ブラックレインボー構成》

・ダイヤ(資源開発部門)

・スペード(保安・戦闘部門)

・ハート(研究開発部門)

・クラブ(物流管理部門)


《ブラックレインボー最高幹部》

・ボス(本名不明。実在するのかも不明)

・ジョーカー(本名不明。男性サイボーグ。目撃情報が多数あり)

・ダイヤK(本名不明)

・ダイヤQ(本名不明。女性サイボーグと推測される)

・スペードK(本名不明)

・スペードQ(本名不明。女性サイボーグとの目撃情報あり)

・ハートK(本名不明)

・ハートQ(本名不明。女性サイボーグと推測される)

・クラブK(本名不明。男性)

・クラブQ(本名不明。女性サイボーグと推測される)

*K=キング、Q=クイーン



「どうもブラックレインボーに近づくと、情報が手に入らないというか、きりがかかったように見通しがかない。かんじんなところでミスが続く。変な感じだ。BCOは上手く誘導されているんじゃないか?」

「違和感は俺もある。ただ、それが情報漏えいとは言い切れない。情報伝達のミス、作戦のアクシデント、装備の不足。いくらでも現実的な課題は出てくる。現場はそういう風に報告書に書くしかないだろうよ」

「そうだな……サム、今度はそっちの資料を見てくれ」

「これか?」


 サムは持っていた資料の束を机に置き、新しい資料を手にした。


「ああ、それだ。それはMTFチーム5、イランでの記録映像だ。オペレーション・レゾリューション。軍の報告では〈ジョーカー〉が映っているそうだ」


 自動的に部屋の照明が弱まり、横の壁に記録映像が投影される。撮影者はMTFチーム5(プレデター隊)隊長、アンドリュー・シェイファー少尉。サイボーグ義眼による一人称視点撮影だ。


「見るのはあまり気が進まないな」

「これも仕事だ」


 この記録は部下が全滅する様子をとらえた、アンドリュー少尉視点の映像だった。つまり、登場する味方は皆、殺される運命にある。彼らはもうこの世にいないのだ。



《記録映像の再生》

 アフヴァーズ、イラン・イスラム共和国 1300時(晴天)

 MTF214 チーム5(プレデター小隊)


「アンドリュー・シェイファー少尉(プレデター01)」


 オペレーション

「レゾリューション・イラン」


 ミッション

「ブラックレインボー戦略拠点の完全制圧」


 友軍(全て国連軍総司令部の指揮下)

「第214機装化任務部隊(統合特殊作戦コマンド)」

「海兵隊フォース・リーコン(海兵隊)」

「海兵襲撃連隊(海兵隊特殊作戦コマンド)」

「陸軍第75レンジャー連隊(陸軍特殊作戦コマンド)」

「陸軍第160特殊作戦飛行連隊ナイトストーカーズ(陸軍特殊作戦コマンド)」

「BCOエージェント(特殊作戦軍)」

「イラン革命防衛隊 コッズ部隊」

「国連常備軍(無人統合軍)」

*アメリカ特殊作戦軍の下に「アメリカ海兵隊特殊作戦コマンド」「アメリカ陸軍特殊作戦コマンド」「アメリカ海軍特殊作戦コマンド」「アメリカ空軍特殊作戦コマンド」「統合特殊作戦コマンド」が置かれている。


 オペレーション「レゾリューション」はアメリカ軍を主導とする、国連の対ブラックレインボー軍事作戦である。

 この作戦では世界各地に存在する、ブラックレインボーの軍事的かつ密輸ネットワークの中心拠点〈戦略拠点〉を武力により完全制圧することを目的としている。解放作戦ではない。これは支配地域の解放というよりも、ブラックレインボーにに重きを置いていることを暗に示していた。仕方のないことだった。なぜなら、ブラックレインボーに対する和平交渉は単なる時間かせぎにしか過ぎず、根本的な解決にはいたらない。また、一般人の中にもブラックレインボー内通者が多数おり、その者らはブラックレインボーのえきでもあった。民間人のフリをして、警察や治安維持部隊を襲うのはじょうとう手段であった。


 〈戦略拠点〉は世界中に点在するブラックレインボー拠点の中でも極めてがんきょうな拠点である。戦闘をつかさどるスペード部隊が常駐し、スペードのクイーン〈ソール〉とクラブのクイーン〈シヴ〉、両クイーン配下のアンドロイド部隊まで配備されている。その上、ブレインシェイカーによって洗脳された、かつてのライバル勢力や各地テロ組織の人間を使い捨て兵士として使用している。戦力規模としてはかなりのものだ。


 国際関係でいえばアメリカとイランの関係は2028年からいちじるしく悪い。歴史上最悪といっても言い程だ。一昔前の人から見れば、アメリカとイランが手を結ぶなんて考えもしなかっただろう。だが、急速するブラックレインボーのきょうはイランにとっても、アメリカにとっても見過ごせない問題だった。国連でもブラックレインボーの台頭はたびたび議題に上がっている。ブラックレインボーによる支配領域は減少するどころか、増加するばかり。これにともない、世界的に反ブラックレインボーの機運が上がっていった。今、ここで国同士が意地を張っている時ではなかった。


 そもそも、ブラックレインボー強大化は、世界各国がそれぞれのわくを隠し、ブラックレインボーの力を過小評価したことにある。国際社会が早くから危機感と情報を共有し、下すべき判断を下していれば、こんなことにはならなかった。複雑で長引く協議、中身のない対応策、買収とわい蔓延はびこる自国主義、内部から腐敗し切った「国際連合」は世界にとってもはや無用の長物と化していたのである。そこで、国連は共同体としての中立性と安全保障機構を一新するため、2025年に改革をじっした。組織要所に人工知能を組み込み、運営の合理化と人材不足の解消。さらに同年、対テロ戦や紛争の武力解決手段として、無人兵器やアンドロイド兵からなる「国連常備軍(無人統合軍)」を新設した。


「イーグルアイ、こちらプレデター01。セクター3にてスペードと接敵。これより掃討を開始する」

『プレデター01。了解した。クイーン配下のアンドロイド部隊がセクター5で確認されている。そちらもけいかいせよ』

「プレデター01、了解」


 プレデター小隊は七名分隊の三個分隊から構成される。なお、本部分隊はプレデター01ことプレデター隊長アンドリュー少尉がひきいる第一分隊である。主装備はS‐2カービンライフル。特殊部隊向けにショート・ダブルマガジン、アンダーバレル・ショットガン(マスターキー)が装着され、銃自体は冷却強化バレルと軽量型折りたたみ多段ストックが採用されている。


「敵を捕捉。散開しろ」


 アンドリューは部下に命令した。

 敵はスペード部隊。仲間と連携した高度な戦術を取ることから、訓練された者達なのは間違いない。元特殊部隊出身者だろうか。射撃技術も高く、生身の兵士としては優秀な部類だ。しかし、サイボーグからなるMTFの敵ではない。それにMTF214は対テロ特殊部隊だ。練度はMTFの方がはるかに上である。


「タンゴダウン」


 MTF隊員はスペード兵が目に入った瞬間、即座に心臓か頭部に銃弾を撃ち込んだ。彼らは民間人か敵かの判断を瞬時に下し、射殺した。その正確さは軍用サイボーグの驚異的な情報処理能力と身体能力を示していた。


「クリア」

「イーグルアイ、セクター3の敵を倒した。周囲はクリア」

『いいぞ、プレデター01。そのまま敵の掃討を続行せよ。セクター2はレンジャーが掃討中。貴隊はセクター7を確保せよ』

「了解、イーグルアイ。これよりセクター7に向かう」


 〈イーグルアイ〉は国連軍総司令部の総司令官を表すコールサインである。立場上、非常に強大な権限を持ち、各国政府、警察、軍、情報機関との連携もになう。無人兵器からなる国連常備軍(無人統合軍)の新設をとなえ、アメリカへ対ブラックレインボー組織設立のかんこくを行ったのもイーグルアイだった。


「隊長、セクター2から敵の増援。その数十六」


 副隊長のレベッカから報告を受ける。生体反応がないことからクイーン配下のアンドロイド兵だろう。


「レベッカ、ゲイリーとダニエルを連れていけ。セクター7で落ち合おう。我々はこのままセクター7へ向かう」

「了解。ゲイリー、ダニエル、行くぞ」


 レベッカはゲイリーとダニエルの二人を引き連れ、別行動に移る。一般人の感覚で言えば、たった三人で十六体のアンドロイドを相手にするのはぼうだろう。

「おっと、こっちにもお客さんだ」


 建物からの銃撃。

 敵の待ち伏せだ。

 窓だけでなく、壁に穴を開けてそこから銃を撃っている。

 さらに、地上には正面と両側面から三体ずつ、敵の突撃部隊が展開した。

 だが、それだけではない。


 ヒュン!


 後方支援要員として狙撃手がひかえていた。


「向かいの建物にスナイパー!」


 相手はスペードのクイーン〈ソール〉配下のアンドロイド兵。フィセム・サイバネティクス社製HXヘクス‐7をモデルにした特別仕様だ。HXヘクス‐7は姿や動きが最も人間に近いとされる高性能軍用アンドロイドで、待ち伏せや挟撃、陽動、狙撃、破壊工作等あらゆる戦術を実行する。


 ただ、どんなに優れた戦術でも計算違いはある。

 事実、プレデター隊は奇襲を受けても被害を受けていなかった。

 プレデター隊員らは難なく敵を返り討ちにし、逃げようとするスナイパーをアンドリューが三発で確実に射抜いた。距離は335メートル。


 一発目は左脚。逃げ足をふさいだ。

 二発目は胴体。運動ちゅうすうを破壊。

 そして三発目は頭部。制御ちゅうすうを吹き飛ばした。


『こちらレベッカ。隊長、そちらは大丈夫ですか?』

「この程度、問題ない。レベッカ、そちらは?」

『問題ありません。いつも通りで』

「了解だ。だが、油断はするなよ」


 MTF隊員達にすきはなかった。数え切れないほどの対ブラックレインボー訓練と実戦を行ってきた。

 あえて言うなれば、彼らはこのような奇襲にはもう飽きていた。

 アンドロイドがやることは結局、生身の兵士をベースにした戦術であり、人間のほうでしかない。自爆プログラムもあるが、HXヘクスシリーズは自己保身能力に優れているため、よほどの理由がない限り、自ら自爆を行うこともない。MTFにとってアンドロイド兵は生身の兵士と大差なかった。ただし、アンドロイド兵には機械であるがゆえの利点がある。「じゅうじゅんであり、感情がない」「均一化され、量産が可能」。この二点だけは生身の人間兵士が超えることはできない、越えてはならない境界線でもあろう。


「隊長、敵の増援が急速に接近中」


 義眼のマップには敵がもうれつな勢いで、四方から接近している。

 その数は五。生命反応無し。


「次はおそらく接近戦か陽動戦だろう。油断するな」


 アンドロイドの近接格闘戦は銃撃戦よりもやっかいだ。まず身体能力から考えて生身の人間にほとんど勝ち目はない。言語による意思つうに頼らずとも、情報共有することが可能なため連携にも優れている。それに軍用アンドロイドは人間ベースのサイボーグと異なり暗器を全身に組み込みやすい。


「隊長! 第二分隊と第三分隊のシグナルをロスト!」


 当然の報告。それは部下十四名を失ったというざんこくな知らせだった。


「何?! 一体何事だ!」


『プレデター01、聞こえるか!? そちらにブラックレインボーのジョーカーが向かっている! けいかいせよ!』

「ジョーカー!?」


 義眼に映るミニマップと3Dマーカーに赤い点が一つ。飛び抜けて速い。


「隊長、来ます!」


 ジョーカーの強襲はまさにせんこうごとく、一瞬だった。


 視界にとらえた時にはふところに入られていた。

 それと同時に視界がゆがむ。

 ジョーカーのタクティカル・ジャマーだ。

 こちらの電子機器が妨害されている。


 しかし、特筆すべきはそこではない。

 ジョーカーはすでに部下二人をり倒していた。

 信じられないことに、アンドリューが捉えたのは残像だった。


(なん……だと……)


 身体が追いつかない。

 周囲の時間が遅すぎる。

 まるで時間を操られているかのようだ。


「隊長!」


 アンドリューの危機を素早く察知し、レベッカ達が援護にけつけた。

 だが、それでもジョーカーの勢いが止まることはない。


 近寄るレベッカ達を右手のレーザーSMGサブマシンガンけんせいしたかと思うと彼女達の背後へ。ようしゃなく左手の高周波ナイフでけいを切り裂いた。


「レベッカ!」


 反撃をしようとアンドリューは銃の引き金を引いた。

 極限まで反動を抑制し、一発一発が計算された弾道をえがく。

 ジョーカーは飛んで来る銃弾、その全てをナイフで切り捨てた。

 マガジンが空になり、銃声が止む。


「これでプレデター隊は終わりか」


 そのままジョーカーはアンドリューに背を向ける。


 すると、アンドリューの身体が崩れた。

 彼の右手から銃がすべり落ちていった。

 力が入らない。

 全身の感覚が消えていく。


(な……んだ……)


 胸に右手を当てるとナイフが深く刺さっていた。

 胸から人間と同じ赤色の人工血液が流れ出ている。

 間違いなく、ナイフの刃は人工心臓に到達していた。


 長くは持たないだろう。

 例えナイフを抜いたとしても出血死はまぬかれない。


『プレデター01、応答せよ! 聞こえるか!? こちらイーグルアイ!』

「ぁ……」


 必死に声を出そうとするが、口からも鮮血があふれ出ていた。


『ユニコーン隊、こちらイーグルアイだ! すぐにプレデター隊の救援に向かえ!』


 彼が見ているのは今にも雨が降り出しそうななまりいろどんてん

 それがアンドリューさいの光景だった。



「これがブラックレインボーの〈ジョーカー〉か。規格外の強さだな」


 ハワードは添付されているレゾリューション作戦の資料を読み始めた。


ゆいいつ、これがMTFチーム5視点で残っていた戦闘記録映像だ。この後、チーム5のユニコーン隊、キマイラ隊、セイレーン隊が続けて全滅。さらに、国連軍全体への影響もじんだいだ。ジョーカー一人によって、作戦継続は困難になり、国連軍はCラインまで撤退している」

「状況は芳(かんば)しくないな。このままいけば国連軍の勢いが死ぬ。特殊作戦軍は長期戦を避けるため、MTFに代わるだいたい部隊の派遣を検討中らしい」


 サムの手で卓上に戦略ホログラムマップが表示される。加えて、特殊作戦軍の極秘資料も開示された。これはマスターキーパーの権限によるものだった。


「おいおい、軍が言っているだいたい部隊というのは、まさかシャドウ・リーパーのことか? 嘘だろ?」

「いや、おそらく〈第6特殊作戦群シャドウ・リーパー〉だ。今までも試験的にMTFが失敗した秘密作戦へ派遣されているからな」


 驚きを隠せないハワードに対し、サムが冷静に答えた。


「シャドウ・リーパーはMTFのオポージング・フォースだ。それこそMTFのように失ったら軍はどうする気なんだろうな。いや、待て。シャドウ・リーパーが担当した対ブラックレインボーの生存率、任務完遂率が100%だ」


 シャドウ・リーパーに関する最高機密文書をえつらんする二人。


「だから上は派遣する気満々なんだろう。失敗しない特殊部隊だ。国家としての立場もある。ただ……」

「このデータには裏がありそうだな」

「ああ。軍はそれほど気にしていないようだが」

がしてきたぞ」

「相当、まずい状況になっているかもしれん」



《アメリカ統合軍 第6特殊作戦群》

 通称:Shadow Reapers

 別称:Digamma Force

 所属:統合さんぼう本部(特殊作戦軍)

 標語:RIGHTEOUS DARKNESS

 誕生:特殊作戦軍の極秘作戦部隊〈ディガンマ・フォース〉創設計画に基づき創設。

 特徴:存在しないはずの統合さんぼう本部ちょっかつ部隊。最大の特徴は統合さんぼう本部ちょっかつでありながら、大統領への作戦報告義務が無い。これは第6特殊作戦群が公的に存在せず、非常時には使い捨てされることを示している。全ての将兵は人工授精で誕生し、遺伝子操作によって身体能力が強化されている。さらに、軍による非人道的な研究と実験のさんぶつとされ、死の恐怖をこくふくしながらも、死への驚異的なけいかいしんあわせ持つことに成功している。他の特殊部隊が失敗した作戦や極秘作戦に派遣され、MTF214のオポージング・フォース(Opposing force:OPFOR)である。また、とくせんたいとしても機能し、脱走兵および裏切り者のまっさつ、敵に捕まった味方の口封じ等も行う。

 備考:オポージング・フォースとは空軍でいうアグレッサー部隊のことである。軍事演習における仮想敵部隊として、他の部隊の教官役となる部隊を指す。



 BCOは軍内部にブラックレインボーのスパイがいると考えている。

 ここ最近、ブラックレインボー最高幹部による待ち伏せを受けているのはほぼ確実なのだ。MTFの正確な作戦情報を一番把握しているのは当然軍だ。それも特殊作戦軍だろう。その内部にスパイがいる可能性が高い。


「相手が俺達の先を行っているのではなく、俺達が相手のいたレールの上を走っている。やつらの次の標的はシャドウ・リーパーだ」

「ハワード、お前が考えていることは俺と同じようだな」

「多分な。このままだとシャドウ・リーパーもやられる」


 つまり、BCOはスパイによって軍の動きが誘導されていることをけいかいしていた。

 シャドウ・リーパーは確かに生存率、任務完遂率ともに100%である。しかし細かいデータの背景を見ていくと、どうもその数字をみにするのはしょうそうだろう。敵の規模やスペード部門、幹部達の有無。敵地の地理的状況や人数配置、事前情報量とその信ぴょう性。敵のイレギュラー行動ととっぱつてきスペード部門のさつ等。これらの情報を戦術AIにより分析すると、MTF214に比べ、シャドウ・リーパーは任務の難易度が全体的に低くなっている。

 この状況はMTF214が対ブラックレインボー作戦に投入された初期のデータとこくしていた。


「今の今ですら、俺達はブラックレインボーを甘く見ていたのかもしれない」


 先ほど見たMTFチーム5プレデター小隊の戦闘映像から察するに、国連軍すらブラックレインボーの思い通りに操られている可能性が出てきた。相手を追い込んでいるつもりが、逆に誘われていたとしたら……非常にしき事態である。MTF214だけでなく、シャドウ・リーパーまでやられることがあればアメリカ軍は終わりだ。何かここで手を打たなければ、国連によるブラックレインボー掃討作戦が中止になるかもしれない。そうなれば今度は世界が一つになるどころか、責任の押し付け合い、国同士のみにくい外交合戦が再び始まることになるだろう。


「今心配すべきはシャドウ・リーパーの情報をブラックレインボーが得ている可能性があるということだ。局長にねん事項を全て報告しよう」

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