スカベンジャー 後編

〈時刻1402時。日本、東京都・埼玉県〉

 国防陸軍あさちゅうとん。現地部隊と一時間以上こう着状態が続いており、ときおり銃声が聞こえる。相手が特殊部隊ということもあり、軍の手の内は知られている。そのため軍は思い切った行動が取れないでいた。下手をすれば攻撃隊が全滅することも考えられる。このことをかんがみ、現地の対策本部はさいしんの注意を払いながら、第803特戦中隊がしき外へ逃げないよう守備隊を展開させていた。


 メディアや一般人の写真撮影、インターネットへの情報拡散を避けるため、ちゅうとん上空は民間ヘリコプターやドローン等、航空機の飛行が規制されている。それでも万全とは言えないため、しき内に無許可で侵入した機体は対空レーザー機銃でげいげきされるか、武装警備ドローンによりかくあるいはげきついされる。


 今現在、各報道機関やネットニュースに基地の情報は上がっていない。仮に上がったとしても国防省は屋外特別訓練とでも言い訳するだろう。問題は負傷あるいは死亡した隊員についてだ。どう事後処理するのか、それが難しい問題になるはずだ。訓練中の事故死が可能性としてはとうか。当然遺族は納得できない。万が一、事件のいんぺいがていした場合、国防省の信用は大きくしっついすることは間違いない。


「相手は軍のとらの子、第803特戦中隊か。しかもちゅうとん内で戦闘。ぜんだいもんだわ」


 C‐MATV(Compact high mobility Multipurpose All-Terrain Vehicle:全地形対応小型高機動多用途車)に乗って、零課のメンバーはあさちゅうとんに向かっていた。

 C‐MATVは4×4どうの対赤外線ステルス性能を有する国産軍用兵員輸送車両である。次世代燃料電池を搭載しているだけでなく、サテライト太陽光発電による充電および蓄電を実現しているため、想像している以上にせいおんで長時間走行できるのがとくちょうだ。不測の事態のそなえとしては人工光合成が可能な予備バッテリーが用意されている。


「隊長、結構やばい件ですよね? もし国民に知られたら反政府、反国防軍運動がさいねんしますよ」


 C‐MATVを運転している直樹。彼は自分の思ったことを助手席の零に言った。

 直樹は広島県警HRT(Hostage Rescue Team:人質救出チーム)の出身であり、零にさそわれて零課に転属することとなった。つまりきっすいの零課員ではない。零課には他の組織から引き抜かれたメンバーと、最初から零課に所属しているさんメンバーがいる。直樹が知っているさんメンバーは武佐、零の二人だけだ。

 その零はいつもと変わらない表情でUCGのマップ情報を見ている。


「そうならないようにするのが我々の仕事。それに、ブレインシェイカーのどころを調べなければならない。軍は信用するな」


 軍から出動要請を受けているのに、軍を信用するなというのはどういう意味なのか。直樹はすぐに理解できず、零に尋ねた。


「それって、どういうことですか?」


 二人の会話は後部座席の珠子、しんかわすすむの二名、後ろからついてきている、もう一台のC‐MATVに乗っているメンバーにもヘッドセットを通じて聞こえている。二台目には一、響、ブライアン、ふじさきけんの四名がとうじょうしている。


「ブレインシェイカーの国内まんえんかんしているかもしれない。どうもおかしい。特戦は他の部隊よりもとくせいが高く、規律も厳しいはず。それなのに特戦でブレインシェイカーがまんえんした。普通に考えて変でしょう。そして、気になる点がもう一つ。あさちゅうとんの前司令官がということだ」

「言われてみれば確かに。隊長の言う通りですね。特戦の身に何か起こったんでしょうか……不気味ですね」



 零課の車両二台があさちゅうとん第二北ゲート前で止まった。


「公安零課だ」


 零は窓を下ろし、守衛に国家特別公安局の手帳を見せる。手帳といってもぞくしょうであり、アメリカ警察のバッジケースとほとんど変わらない。身分証明書と国家特別公安局記章があるだけで、手帳としての機能はない。国家特別公安局手帳の色は八課も含めかついろのうこんしょく)であるが、零課の手帳だけは他の課とは異なりごくいろだった。黒に極めて近い色だが、完全な黒色ではなく深い赤紫色で、こきむらさきと呼ばれることもある。この手帳を目にする人間は基本いない。理由は単純で〝国家最高機密組織たる零課〟が、身分を明かすことがまずないからだ。


「お待ちしておりました。伊波隊長」


 UCGのスキャンでデジタルデータがインターフェイスに表示される。



〈国家特別公安局 第零課〉

 National Special Security Agency Section 0


・役職:国家最上級特務情報調査官

    Chief special officer of National intelligence and research

・氏名:伊波 零

    INAMI Rei



「ゲートを開けろ」


 小銃を肩からぶら下げている守衛はもう一人の守衛にゲートを開けるよう伝える。

 テロリストによる車両突入を想定された防壁ゲートが右にスライドしていく。それと連動して地面からえている侵入車両防止ポールが収納された。


 車両が通れるようになると、守衛が中へ入るようにうながした。

 基地内から発砲音は聞こえない。零課の車両はそのまま降車地点に向かう。


 零は窓の外を見た。いくつかの道路や小道は防弾盾を持った兵士達、陸戦支援ドローン、装甲車などによって完全に封鎖されている。また敵の狙撃位置を特定するための集音マイクと狙撃手位置解析装置が要所に設置され、自動哨戒機銃セントリーガンも三台見えた。その全てが破壊されている。地面にはけっこんらしき染みがあちらこちらに飛び散っている。出血量からいって負傷者は重傷だ。死者もいることだろう。


 基地の中は別世界だ。

 日本とは不釣り合いな戦場、日本人の嫌いな死の臭い。

 生きるか死ぬか。

 強いものが生き残り、弱いものは死ぬだけ。

 皮肉なことにここは一番命のとうとさを味わえる場所になってしまった。


『おいおい、基地内で戦争かよ』


 響が静かに声をらした。彼の言葉通り、本格的な戦闘が今まで行われていたようだ。バリケード代わりに並べられた装甲車。負傷者を治療する衛生兵。倒れて動かない兵士が多数見えた。


「あそこが降車地点だ」


 降車地点には武装した味方兵士が四人。零課は彼らから最新の情報を得ることになっていた。事はいっこくを争う。


「よし、降りるぞ」


 零課員は周囲をけいかいしながら降車した。


「状況は?」


 UCGには味方兵士の名前が水色で表示されている。零は一番階級が高いこう少尉に状況を尋ねた。彼らは国防陸軍制式多用途カービンライフル、こう137式小銃を手にしている。バレル下部にはグリップとしてもきゃくとしても使用できる可変型フォアグリップを装着し、スレヴィス社製射撃補助サイトを倍率可変照準器として取り付けていた。


「現在、敵の総数は54人です。こちらの負傷者数は58。死者37。十二分前には攻撃隊にてっ退たい命令が出ました。激しい銃撃が続いていましたが、今は比較的落ち着いています。しかし、油断はできません。敵には狙撃手がいるため、遠距離からの狙撃に注意する必要があります。狙撃手が最後に目撃された地点をUCGに表示します」


 三か所、赤い三角マークがUCGの立体マップに表示される。屋内に二つ、屋外に一つ。通常、国防軍の観測手は狙撃手のそばにいるはずだが、今回は離れた場所にいる可能性もこうりょすべきだろう。狙撃手は恐ろしい相手だ。彼らは特段、目が良い。視力だけではなく、視界の広さ、しん、動体視力、どうさつりょくしきさい識別能力、形状識別能力、直感。そのどれもが優れている。


「やはりスナイパーがいるのか。攻撃隊がてっ退たいするのも無理はない。特戦の狙撃手は高度な狙撃訓練を受けている。観測手もいるだろうな。敵の主力は今どこに?」


「現在、第803特戦中隊はここより南南西250メートル先、第四訓練棟に本部を構え、防御陣をいていると思われます」


 さらにホログラムマップには大体の敵位置が表示される。相手は中隊ということもあり、兵士の数は多い。ほとんど死角のない配置になっている。


「待て、本部? 本部だと?」


 零が言いたかったことを一がだいべんした。


「はい。通信機器と武器、弾薬を集めているのが目撃されています。さらに基地内には敵の電波妨害装置、広域ドローンジャマー、対光学迷彩用の超音波反響式自動機銃が展開されています。おそらく、他にも対光学迷彩兵器やトラップが仕掛けられているかと」


 黙って話を聞いていた直樹がここで口をはさむ。


「相手はブレインシェイカーにおかされたヤク中だと聞いている。いくら特戦中隊とはいえ、そこまでとうそつが取れているのはおかしくないか?」

しょうかんもそう思いました。ただ、ブレインシェイカー中毒者は快楽行動時、行動自体はいつだつしていますが、健常者と変わらない思考判断力と身体能力をはっするそうです」


 そのような情報を零課は聞いたことがない。もしその情報が本当だとしたら、ブレインシェイカー中毒者達は犯罪行為を働いているあいだ、責任能力があるということになる。今までのブレインシェイカー犯罪者は従来の薬物乱用者と同様、身体および精神に異常を来たし、その結果、犯罪をしていると考えられていた。


「その話を誰から聞いた?」


 疑問に思った一は少尉にうた。


がわ中佐です。ただ、がわ中佐は今日の戦闘で亡くなりました……」


 後でがわ中佐についてくわしく調べる必要があるだろう。中佐は特戦中隊の創設者でどう中隊長だ。薬物中毒とはいえ、ある意味クーデターをやらかしてくれた。調査しないわけにはいかない。中華連の第505機関とつながっていた井口少将も一枚噛んでいたかもしれない。


「それはまことに残念だ。少尉、あとは我々に任せてくれ」


 中佐へのおやみを伝え、零は置かれている状況を整理する。


「ドローンジャマーがあるうちはクロウが使えない。ステルス・スキャナーもあると考え、光学迷彩の使用はひかえよう。相手は特戦だ。サイボーグを中心として構成されている。油断するな。我々は二手に分かれて第四訓練棟を目指す。第一班は西から、第二班は東から攻める。場合によっては軍の部隊を動かしても良い。しかし、原則我々だけで対処する。スナイパーには十分に注意しろ。対象は全て排除だ。いいな」

「了解!」


 零以外のメンバーが答えた。全員始末というのは任務としてめずらしいことではない。

 戦場では相手を生かすということが、殺すということよりもはるかに難しい。まして相手は国防陸軍の対テロ特殊部隊で装備もじゅうじつしている。ブレインシェイカー中毒者ということもあり、射殺するのがとうだろう。


「こちら滝、前方40メートル先、交差点にAWセントリーガン一台とサイボーグ兵四人を確認」


 珠子の偵察報告がヘッドセットから聞こえる。UCG上でも敵の位置情報が更新され、セントリーガンの予測有効射程と探知範囲が表示された。セントリーガンは各種センサーにより敵を自動で、正確に、はちにすることができる拠点防衛兵器である。有効射程は約50メートルから約120メートル。この範囲内に足を踏み入れば六砲身の銃身が回転し始め、一瞬でこまれ肉にされてしまう。

 サイボーグ兵は特戦の兵士達だ。彼らは全身義体化がされており、高密度の人工筋肉で生身の肉体をりょうする身体能力を実現している。また、フルフェイス・ヘルメット一体型HMDヘッド・マウント・ディスプレイにより、UCGと同じく様々な情報がARインターフェイスに表示される。ここには敵味方の位置情報、立体マップ、ミニマップ、目的地までの距離といった兵士に必要な情報が拡張現実(AR)情報で提供される。


のうと盾、死体で即席のトーチカか。珠子、直線路に何か仕掛けられていないか?」


 交差点のど真ん中でしょうが立っているのはあまりにも不自然だ。確かにセントリーガンとサイボーグ兵士はそれぞれ生身の人よりも強力だが、それでも兵士やセントリーガンが身をさらけ出しているのは理解できない。遠方から狙撃される可能性があるからだ。セントリーガンなんて有効射程外から狙撃してしまえば怖くはない。そのような危険性をおかしてでも、あのような配置をしているには訳があるはずだ。


「いえ、今のところありませんが、待ってください」


 建物の陰に隠れながら、珠子は光学迷彩機能がある光ファイバースコープを使っていた。ファイバースコープは地面をうように交差点に向かっていく。セントリーガンはファイバースコープに反応しない。

 これは対人・対ドローン用に開発されたセントリーガンの弱点でもあった。セントリーガンはセンサー得られた様々な情報を処理して、自身が狙うべき標的かどうかを判断する。特に大きさ、りんかくは標的判断への大きな要素である。一定の大きさを満たさないものや、事前にプログラムされている小動物等の生き物には反応しない。


「やはり何もないです」

「とすると交差点よりも奥にふくへいがいる可能性が高い」


 狙撃手がいそうな建物はいくつもある。確かめたいのは山々だが、狙撃手を探すため、今隠れている建物の陰から顔を出せば撃ち抜かれる可能性もある。回り込んだとしても同じことだろう。向江少尉の情報では前線防衛としてサイボーグ、セントリーガン、対人トラップが、後方支援要員としてスナイパーがひかえている。


「穴がないな。うかつに動くことはできない。空中からの陽動か奇襲でもできれば、話は違うんだが。一、そっちはどうだ? ドローンジャマーを見つけられないか?」


『第二かくのうにジャマーは見つけた。が……やはり、警備はげんじゅうだ。格納庫内部にはサイボーグが二人、外には三人。AWセントリーガン三台。セントリーガンにはシールドが付いている』

「シールドか。こっちのセントリーガンにも付いているだろうな」


 とおから見たら分かりにくいが、実はAWセントリーガンの前面には敵の銃撃を防ぐ高性能防弾プレート(シールド)が展開している。このプレートは発砲時に開く仕組みになっているため、前方向に限っていえば遠距離から狙撃して破壊するのは困難である。


『隊長、敵には死角がない。このままじゃらちが明かない。状況打開でちょっと陽動を仕掛けるわ。じゃなセントリーガンをどうにかしないとな。藤崎、デコイの準備』


 健は一に言われ、すぐにDf‐3デコイを手にした。Df‐3デコイは見た目がただのしゅりゅうだんのように見えるが、まったく違うものだ。Df‐3デコイは敵のUCGやセンサー類に偽の反応を表示させる。またセントリーガンもデコイに反応するため、標的を自分達かららすことにも使用できる。


『了解。デコイの準備よし』

『俺はスモークを張る。ブライ、お前のタイミングでいくぞ』


 ブライの愛称で呼ばれるのは零課狙撃担当のブライアン。彼の祖父はフランス人、祖母は日系アメリカ人、父親が日本人だ。ブライアンは零課実動部隊の中では狙撃手を担当し、その狙撃の腕前は零にぐ。

 彼はマークスマンライフル仕様のNXF‐09を構え、熱源感知モードに切り替えた。スコープ内の映像がサーモ表示へと変わり、周囲よりも温度が高いものは黄色、赤色で強調される。熱を持つセントリーガンやサイボーグの姿は黄色。いちもくりょうぜんだ。


『了解。スリーカウントでいく。3、2、1、ゴー』


 一の手からQ22スモークグレネードが、健の手からDf‐3デコイが投げられた。

 スモークグレネードが爆発し、またたく間に白い煙が広がる。計算通り、セントリーガンは計算通りデコイに砲身を向け射撃を開始した。デコイは人間と比べ小さく弾が当たりにくい。だが撃たれ続ければいずれ命中する。特戦隊員も通常の人間とは異なり、義眼に熱源感知モードがある。奇襲としてデコイとスモークに期待できるのはほんの一瞬だけ。

 ブライアンはセントリーガンをそれぞれ二発で確実に無力化し、それを確認した一と健がツーマンセルで、一気にかくのうに突入する。UCGの熱源感知モードでサイボーグの姿は見えるが、相手もこちらが見えている。健が右にいた二人の胴体を撃ち抜き、一は左にいた敵のひたいを撃ち抜いた。


 ―敵だ! 敵がいるぞ!


 かくのう内部の敵二人は物陰に隠れ撃ってくる。


 ―戦闘司令所CP、こちらエコー2。接敵した。増援を要請する。


 一と健はかんいっぱつのところで、格納庫前のコンテナの陰に転がり込んだ。


「くそ、撃ちまくりやがって。どうしようもねえな。しょうがない、こいつでいくか」


 一は右手に持ったN3特殊せんこうだん、通称フラッシュバンを健に見せ、健はその意味を理解しうなずいた。

 フラッシュバンは敵を傷付けることなく、じんそくに無力化することを目的とした非殺傷兵器である。起爆すればきょうれつな爆音とせんこうが発生、これにより相手は目のくらみ、難聴、耳鳴りなどを一時的に引き起こす。サイボーグの場合、それらの症状はおさえられるが、今は周囲にただよう白煙により、相手は熱源感知モードを使用している。フラッシュバンは起爆時、相当の熱量が生じるため、熱源感知モードなら起爆時の熱で視界は真っ白になるはずだ。例え相手がサイボーグでも目はくらむだろう。


「いくぞ」


 一がフラッシュバンの安全ピンを引き抜き、奥に投げ入れる。


 バンッ!


 まばゆいせんこうまくをつんざくようなきょうれつな爆音。

 フラッシュバンが起爆したと同時に二人は奥へ進み、目がくらんでよろめく敵を難なく射殺した。


 ―エコー2、どうした? 応答しろ。こちらCP。エコー2、応答せよ。


「増援が来るぞ。急げ」


 ドローンジャマーに向かって一は銃に残っていた弾を全て撃ち、マガジンを交換する。


「隊長、ジャマーは破壊した。これより移動する」


「よくやったぞ、一。スフル、ビル。偵察を開始しろ。特に狙撃手スナイパー観測手スポッターを探し出せ」


 一の報告を聞いた零はすぐにクロウ達を呼んだ。


『了解。いくぞ、ビル』

『僕は初仕事だ。わくわくする』


 とある建物屋上のさくから、二匹のカラスがあさちゅうとんしき内に飛んでいく。二匹は飛びながら別れ、狙撃手と観測手を索敵する。低い高度で飛ぶこともあれば、建物の屋上に止まることもある。彼らはときおり「カァー」と鳴き声を発し、自身がカラスであることも忘れずアピールしていた。


 ビルの言葉を聞いた時、零は違和感があった。AIである彼らにという感情があるのだろうかという疑問だ。機械に感情が分かるのだろうか。零はよく分からない。彼らは機械であり、そもそも兵器だ。開発者のケナンは兵器に感情を持たせたいということなのか。面白い事をたくらむ男だ。


『隊長、偵察完了しました。スナイパーとスポッターの位置を黄色で表示します』

「よし、いいぞ。やはり、奥の建物にスナイパーとスポッターいるのか」

『隊長、ブライがポイント・デルタ3の連中を始末した。そちらに増援が向かっている』

「了解。真川、ポイント・チャーリー1のスナイパーとスポッターを。菅田、珠子、二人は二時の方向から来る増援部隊をやれ。私が前のセントリーガンと兵士を相手にする」


 零は背中の収納スペースに銃を固定し、近接戦闘の準備を行う。


「こちら伊波。出るぞ」


 零が物陰から飛び出した瞬間、セントリーガンの砲身が高速回転を始め、毎秒百発という速度で弾が発射される。それを零は戦闘スーツによる身体強化、持ち前の反射神経をかして大きく左右に回避していく。


 ―何だ!


 サイボーグ四人も零に気付き、発砲を開始するが、すでに零はセントリーガンのふところに入り込み、超高周波ナイフで本体をれいに切断していた。

 零の両手首の下には小型の超高周波ナイフが備えられている。隠しナイフだ。


 零はセントリーガンに接近した後、まるで抜刀するかのように左手首下のナイフで一気にセントリーガンを切断したのだった。予想をはるかに上回る零のしゅんびん性に、サイボーグ兵もすぐには対応できなかった。サイボーグの情報処理能力を超えていた。

 射撃から近接格闘戦へ移行しようとするサイボーグ兵士達。彼らのその判断は間違ってはいなかったが、零の上段回転りによって全員が倒れた。その後、零は両手を地面につけて、後方へ飛び下がった。これは体勢立て直しと回避行動の意味があった。


 二時の方向から敵の増援部隊。直樹と珠子が抑えていたのだが、どうやら更なる増援が来たようだ。弾丸が次々と飛来する。


「菅田、珠子、ポイント・ブラボー7から敵をむかえ撃て。私は上から援護する。スフル、ビルは偵察を継続」


 そういうと零はちょうやくして倉庫の上に上がった。敵の増援がよく見える。もなく直樹と珠子が交戦するだろう。相手の規模は二個分隊。全員サイボーグだ。


 ―CP、こちらオスカー4。倉庫屋上に敵を発見。

 ―撃て。やつらを逃がすな。

 ―くそっ。三時の方向に新手だ。後退しろ。


 零の姿を視認した敵部隊は銃を撃ち始めるが、進と珠子が別の場所から射撃してきたため、敵部隊は即座に後退する。


「山彦、そちらに敵が回る。私が追い立てるから対処しろ」

『了解』


 敵の銃撃をものともせず、零は倉庫の上から撃ち続ける。彼女の射撃はけんせい目的だったが、全てサイボーグに命中した。それでも動じることなく彼らは撃つことを止めない。サイボーグに恐怖も痛みもない。彼らが後退しているのは戦術的なものだ。クロウ達よりも彼らの方が機械のようだ。

 問題なのは、やはりブレインシェイカー中毒者らが正常な思考と判断力を有している。さらに気になるのは、サイボーグでもブレインシェイカーの中毒症状が出るということだ。根本的な話で、そもそも特戦が本当にブレインシェイカーにおかされているのか疑わしい。


『第四訓練所からウルフが五体来ます』


 スフルからの報告。皆のUCG情報が更新される。明らかに今までの移動速度と違うものが五つ。自律機動型陸戦支援ユニット・ブルータルウルフG3だ。閉所での偵察および屋外戦闘を想定して開発されたおおかみ型の無人兵器で、口の中には収納式の二連砲身(25mmグレネードランチャー、対人用火炎放射器)を内蔵、背中には小型チェーンガン(.40S&W弾)をとうさいしている。また尾は姿勢制御の役割だけでなく、自身の位置を味方へと送信するアンテナとしても機能している。


『ちっ』


 響は銃の引き金を引き、接近するウルフのまえあしを撃ち抜いた。彼は曲がり角から出てきたところを上手く狙えたが、ウルフの戦闘能力は伊達だてじゃない。すぐに立ち直ろうとするウルフの頭部に銃弾を追加で五発見舞った。


『おいおい、ウルフかよ。そんなのアリか?』


 ウルフのチェーンガンによる猛攻を避けるため、とっさに一は第二兵舎へ窓から飛び込んだ。正面からやり合って勝てる相手ではない。機動力はサイボーグをも上回る。次にウルフが取る行動はおそらくグレネードランチャーで兵舎を吹き飛ばす。それを理解していた一はすぐに裏口へ向かった。ここにとどまるのは危険だ。


(ん? あれ? 来ないな?)


 が、爆発は予想に反して起こらなかった。


なぎ、大丈夫か?』


 グレネードランチャーをまさに撃とうとしていたウルフに向かって、健は撃ちまくり、ウルフは穴だらけになる。一を狙っていたウルフは機能を停止し、くずれるようにその場に倒れた。


『藤崎か。サンキュ。危うくケツの穴が増えるかと思ったぜ』



「ウルフ……ロックはしていたんじゃないのか。いや、連中が中身を書き換えたのか。さすがだな」


 軍は特戦が基地内の無人機を使用しないようにロックし、起動パスコードを変更、敵味方の識別情報も更新済み。そのままウルフを特戦が使用できるはずがない。しかし、特戦は軍の対抗を当然のごとく突破したということだ。

 ウルフが二体、倉庫の上に飛び上がって来た。二体来たということは特戦にとって零は危険度が高い、優先目標ということだろう。


「犬にはしつけが必要だ」


 チェーンガンをせいしゃしてくるが、零は大きく跳躍し、弾丸の波をかわした。次の瞬間、右手ガントレットの射出装置から左のウルフにワイヤーが撃ち込まれる。ワイヤーはまるで零を引っ張るように射出装置に巻き戻され、零は一気にウルフとの距離を詰めた。カーバインとバグワームシルク・グラフェンを主繊維とする複合繊維でみ込まれた特殊ワイヤーは象の体重でもちぎれやしない。

 零は身体を一回転させながら、左手で右手首の隠しナイフを引き抜き、ワイヤーが刺さったウルフの首を切り落とした。と同時に右隣のウルフに、左腕が向いた瞬間、にぶかがやきを持つ小物体がそのウルフの胴体を切り裂いていた。


「さて、あと一体はどこかしら」


 床に刺さっている銀色の小物体を回収する。零の暗器は隠しナイフ、ワイヤーだけでない。左手ガントレットにはスライサーディスクと呼ばれる、小型の超高周波手裏剣を射出する装置が装着されている。スライサーディスクはUCGとリンクしており、標的を個別にとらえることが可能。また、独自のバランサーとフロートシステムがとうさいされているため、一度追尾されてしまうと振り切ることは困難だ。


『こちら滝。隊長、最後のウルフを撃破しました』

「了解。これでウルフは全滅した。敵のきょうレベルは低下。前進だ」



 第四訓練所。三階建ての訓練施設で、内部は立てもり犯の制圧を想定したセットになっている。VRモードでの訓練にも対応している比較的新しい訓練施設で、本番さながらの緊張感を持った厳しい実戦経験を積むことができる。


「タンゴダウン」


 零達第一班は第四訓練所の一階エントランス前のしょう三人、屋上の狙撃手と観測手を始末した。それにおうするかのように、エントランスから盾を持った兵士二人が、右手でサブマシンガンを構えながら出てくる。

 零と進は銃を構えている右腕を正確にそれぞれ射抜き、痛みでひるんだ二人を珠子がれいにヘッドショット。これで正面はクリアだ。新たな敵影は見えない。


「よし、正面クリア。真川は私と一緒に来い。菅田と珠子はここで周囲けいかい。私達は屋上から突入する。第二班は一階から突入しろ」

『了解。位置に付く』


 基地兵士の情報によると、第803特別戦術こうせい中隊は午前中、各訓練施設で実弾を用いたVR訓練を行っていたらしい。その中で、彼らはちゅうとん内の他の部隊員に次々と銃撃を加え、ちゅうとんを血みどろの戦場へと変えていった。最初、銃声と悲鳴を聞いた職員や隊員達は単なる誤射、事故だと思ったが、実際は一方的なぎゃくさつだったという。


 実におぞましい光景だ。

 その場にいた兵士達は意味が分からなかったはずだ。

 疑問はきなかっただろう。

 なぜ、味方を撃つのかと。

 なぜ、同士を撃つのかと。

 なぜ、信じていた者に撃たれなければならないのかと。

 なぜ、味方を撃たなければならないのかと。



 建物の壁に辿たどり着いた零と真川は右腕を上に向け、ワイヤーを射出した。ワイヤーの返しが上手く屋上の柵に引っかかる。二人はワイヤーを巻き取りながら静かに壁を歩き、屋上に到達した。


「真川、このマガジンを使え。私はこっちでやる」


 零は進にNXF‐09のマガジンを一つ渡した。彼女はCQB(近接接近戦闘)にそなえ、左右両方のだいたいホルスターからサイドアームのNXA‐05ハンドガンを引き抜く。ハンドガンの二丁持ちだ。

 NXA‐05はNXF‐09の副武装サイドアームとして開発された零課用自動拳銃。銃はセミオート射撃だけでなく、二点バースト射撃も可能。さらに対サイボーグ用の強装弾やショック弾といった特殊弾薬が使用可能な強化ナノフレームで作られている。零用NXF‐09は全てのパーツが零自身でぎんされ、アイアンサイトはCQBでの使用を重視しゴーストリングサイトを採用。ただ、彼女にとってアイアンサイトはおまけのようなものである。装弾数は12発+1。


「こちら伊波。屋上に到達した」

『了解。こちら井凪、第二班。いつでも突入できる』

「クロウの偵察情報によると、内部に対人トラップはない。両班ともブラインドグレネードとうてき後、光学迷彩で突入する」


 スフルは建物の上を飛び、ビルは屋上の柵に止まることで建物内のスキャンを実行している。心配事だった対人トラップ類は確認できない。


「総員、光学迷彩を起動。よし、突入!」


 第一班、第二班ともにE4ブラインドグレネードを中にとうてきした。ブレインドグレネードは別名EMP(Electromagnetic Pulse:電磁パルス)グレネードであり、EMP対策がほどこされていない電子機器を無力化するために使用される。サイボーグ兵士を無力化するには非常に優れた武器である。ブラインドグレネードは非常に高価で効果範囲も狭いため、戦場で使用されることはそう多くない。仮にEMP対策されたサイボーグであっても、完全にE4ブラインドグレネードを防ぐことはできない。


 ピュイン


 ―ぐっああ……

 ―E、EMPだと……


 ブラインドグレネードによって、突入口付近の待ち伏せ部隊は倒れ込み、抵抗するすべもなく、頭や胴体に次々と穴が開いていった。

 サイボーグの身体からは半透明の血液が流れ出る。軍用の人工血液だ。これには色素ヘムが含まれていない。長期保存が可能で、なおかつ血液型に左右されない。ナノマシンが赤血球のだいたいを行うことで、血中酸素濃度および二酸化炭素濃度の調整をようにし、さらに各種栄養素のうんぱんを高速化することで、身体機能の向上に繋げている。自己修復用ナノマシン群も含まれており、ある程度の傷ならば瞬時に修復される。そうはいっても銃弾を至近距離で撃たれては意味もない。


 ―何者だ! うっ……

 ―光学迷彩!?


「次」


 零は二丁拳銃をまるで自分の手足のごとく、かろやかに使いこなす。サイトを全くと言っていいほど使っていない。それでも零は確実に狙ったしょへ銃弾を命中させる。それも敵の射撃をかみひとでかわしながら。


 ろうを歩き、目の前の二人をそれぞれ頭に二発ずつ。左右の部屋から同時に出てきた敵の頭に三発ずつ撃ち込んだ。


「真川、左だ!」


 進が左の部屋の残党を、零が右の部屋の残党を始末。


「この階にはあと五人」


 クロウのスキャンにより敵の位置情報がUCGに表示されている。


「二つ先、右の部屋だ」

「了解」


 進の右手から部屋の中にブラインドグレネードが投げ込まれた。


「行くぞ」


 部屋にはブラインドグレネードで身体の動きがぎこちない、五人のサイボーグ兵。彼らは何とかして銃を構えようとするが、それは不可能だった。


 ―お、お前達は……


 目の前に立つ人間のはいを感じ取った特戦隊員。

 フルフェイスで相手の顔は分からないが、零ははっきりと目が合ったのを感じた。


「悪いが仕事だ」


 サイボーグ兵のひたいに強装弾を撃った。この一撃で彼の意識は完全に消えたことだろう。

 その証拠に彼の頭が再び上がってくることはなかった。


「こちら零。三階クリア」

『こちら一。一階クリア』


 一からの一階制圧の報告が入る。


「残りは二階か……」


 敵の残りは二階のCQB(Close Quarters Battle:近接戦闘)訓練室。動きはない。


「一、私達が先行する。真川、カバーしろ」

「ラジャー」


 周囲を確認後、零はNXA‐05のマガジンを新しいものと交換し、古いマガジンを弾薬ポーチに入れた。


「こちら伊波、前進を再開する」


 目的地のすぐ近くまで来た零と進。ハンドジェスチャーで後方の進に「止まれ」と伝えた。それに従い、後ろの進は足を止めた。中から殺気が伝わって来る。UCGには敵の姿がはっきり映っていた。敵は銃を構え、引き金に指をかけて待っている。このまま行けばはちだ。

 そこで零は「フラッシュバン」の合図を進に出した。それを視認した進が部屋の中へフラッシュバンを投げ入れる。


 起爆後、二人はかんはつれず突入。

 部屋にはSMGを構えた盾兵三人が中央前列に、後列左右にはこう137式小銃を構えた兵士二人ずつ。

 銃弾が飛びう中、零が両手の拳銃で左右の兵士をなぎ払い、進が盾持ちの右腕を正確に撃ち抜いていく。倒れた盾持ち兵士は零が直接顔を見ることなく、頭に銃弾を撃ち込み、全員のとどめを刺した。


「二階クリア。敵の全滅を確認。生存者なし。真川、怪我けがはないか?」

「大丈夫です。どこも撃たれてはいません」

「そうか。それは何よりだ」


 零は何か情報を得られないか、周囲を見渡した。


「本当に彼らは汚染されていたのか……クロウ、特戦の死体から血液サンプルと生体組織片を回収しろ。もしかしたら、何か分かるかもしれない。本部で調べよう」

『了解。それでは回収してきます』

『採血、行ってきます』


 建物の外にいたスフルとビルは近くの死体に寄り、それぞれ大きく自分の口を開けた。口の中には注射針のような、長く鋭い採血用の針があり、その針を死体に突き刺す。針に半透明の血液が吸引され、クロウ内部の液体貯蔵庫へ流れ込む。その光景はまるでカラスが死体をあさっているかのようだ。


 特戦の隊員がブレインシェイカーの中毒者だったのかが、零には判断できなかった。先に述べたようにブレインシェイカーは体内から検出されない。検出する方法がない。そこが従来のドラッグと大きく異なる点だ。戦った限り、彼らはいたって正常だ。


「こいつはもらっていこう」


 部屋のすみに設置されている映像送受信装置から、記憶媒体であるメモリーカードを取り出した。この装置には特戦隊員が見た視覚情報を記録してある。戦闘司令所では各隊員の視覚情報をリアルタイムで見ながら、指示を出すのが普通だ。このメモリーカードには特戦の隊員達が見た記録が残っている。今回の事件のほったんが分かるかもしれない。突入時にブラインドグレネードを投げ入れなかったのは正解だ。


「隊長、これを」


 一が零に携帯端末を渡した。画面が薄黒い血で汚れている。


「これは?」

「香川中佐のだ。中身はまだ生きている」


 そう。この端末は戦死した香川中佐の端末だった。パスワードにより電子ロックされているが、本体は生きている。


「ということは、中にブレインシェイカーの情報があるかもしれない。課長、映像データの入ったメモリーカードと香川中佐の携帯端末を入手。本部で解析します」

『了解だ。後始末は軍に任せて戻ってこい。今回の事件、何か裏がありそうでな。どうも嫌な予感がする』

「井口少将と香川中佐の裏を調べれば何か出てくると思います。全員、車に戻るぞ。菅田、珠子、今から建物を出る。撃つなよ」



 ちゅうとん内では軍による死傷者の確認と現場調査が行われ、野戦病院では負傷者の応急手当てが行われていた。衛生兵を示す赤十字の腕章を付けた兵士達が、負傷兵の重傷度合をトリアージし、重傷者を処置テントへ移送していく。

 その光景を見ながら零達はC‐MATVに乗り込む。座席は来た時と同じだ。さいわいなことに零課員は負傷していない。ただしちゅうとん内の被害は深刻だ。それをまじまじと見せつけられている。何も感じないわけがなかった。


「今回の任務、きつかったな」

まったくだ……』


 直樹と一がそういうのも無理はない。本来は軍の最精鋭部隊を相手にした。精神的にも肉体的にも厳しい。少し休息が必要だ。


「全員乗ったな。よし、車を出せ」


 皆が乗車したのを確認すると、零は直樹に発車するよう命令した。C‐MATVが動き出し、来た道を引き返す。


「スフル、ビル、帰るわよ」

『了解』


 クロウ達は空を飛びながら、車の後をつけて来る。クロウはサテライト太陽光発電によるワイヤレス充電、体毛での太陽光発電・太陽熱発電を行うことができるため、長時間起動していても問題はない。


「隊長、俺は彼らが汚染されているようにはとうてい思えませんでした……」


 車を運転している直樹の声はいつもよりも小さかった。疲労もあるだろうが、精神的なダメージの方が大きいだろう。


「ああ、同感だ。少尉が言っていた話をこうりょしたとしても。彼らはサイボーグ。体内には医療用ナノマシンも注入されているはずだ。ブレインシェイカーの影響を受けるとは考えにくい」


 医療用ナノマシンにはめんえき系統に作用するナノマシン群が存在する。人体にとっての異物(有害な化学物質や病原体など)に分子標識を付けることで、体内こうの活性化や異物の体外排出をうながす。また、ナノマシンが直接異物に結合し、分解することでめんえき機能の向上につながっている。場合によっては薬剤等をナノマシンに内包させ、注射等でナノマシンを外部から注入、体内のしゅようや傷の治療を行うこともある。民間でも広く使用されている。


「彼らは二年前に共同演習をした時と何ら変わらないように見えた。そんな彼らがちゅうとん内でぎゃくさつを行ったとは私も信じられない。だが、ブレインシェイカーとはそういうものなのかもしれない。我々はブレインシェイカーを知る必要がある」


 ちゅうとんゲート前に着き、直樹は左窓を下ろした。それに合わせて守衛が助手席の零に歩み寄る。


「公安零課だ。ゲートを開けてくれ」


 国家特別公安局の手帳を示し、守衛は本物であることを確認した。


「ハッ。ゲートを開放しろ」


 守衛は少し疲れた様子だった。

 ゲートが右にスライドしていき、侵入車両防止ポールが地面に収納されていく。本日、二度目の光景だ。少々時間がかかるがこればかりは仕方がない。


「おい、ちょっと待て!」


 しきの外側から守衛のさけぶ声。その声の意味はすぐに分かった。

 突然、前から装甲バンが突っ込んできたのだ。


「何だよ、いったい!?」


 これには直樹も驚きを隠せない。


「山彦、菅田、下がれ!」


 零が二人に車を後退させるよう即指示した。ただの暴走車という雰囲気ではない。


「いっ!?」


 直樹はさらに驚く光景を見た。不審車の窓から目出し帽バラクラバを被り、アサルトライフルを持った連中が身を乗り出してきたのだ。おまけに装甲バンはごていねいなことに二両いる。


「伏せろ!」


 零の言葉とほぼ同時に銃弾が飛んできた。敵の銃撃だ。C‐MATVのフロントガラスは防弾だが、撃たれ続ければいつかは割れる。過度に信用することはできない。


『こいつら、505を暗殺した連中と同じかっこうをしていやがる』


 一が言う通り、今撃ってきている連中は、中華連第505機関の工作員を暗殺した集団と装備がこくしている。何らかの関係があるのは確実だ。


「菅田、しっかり運転しろ。私が撃ち返す」


 零は足元のそなえ付けガンケースから予備のNXA‐05を取り出した。銃を左手で持ち、フロントガラスで敵を見た。敵のリロードタイミングをうかがう。


 零から見て左側後部座席の敵がマガジンの交換を始めた。

 その瞬間を待っていた零は窓から腕を出し、敵に向かって発砲。二発がフロントガラスに、一発が敵の頭部に、一発がタイヤに命中した。


 しかし敵車両のフロントガラスは予想通り防弾仕様。さらにタイヤも防弾仕様だ。ハンドガンではびくともしない。


「何者なんだよ、あいつらは!」

「分からない。さいわいなのは対車両火器を持ってないことね」


 バックしながら二台のC‐MATVは別々に敵の追跡を振り切ろうとこころみる。だが、相手は国防軍兵の射撃や装甲車には目もくれず、零課だけをしつように狙ってくる。

 直樹のれいなハンドルさばきでちゅうとん内をバックのまま走行しているが、逃げ切るのは無理だろう。


「クロウ、プランBを実行しろ。被害をおさえる」

『了解です』


 零の言葉を聞き、ビルは警視庁にSATの緊急出動を要請した。


『まるで俺達が特戦にやられなかったから、襲いに来たかのような登場だな』


 二班のブライアンも副武装サイドアームであるCrF‐3100で反撃を開始した。CrF‐3100は世界各国の軍隊が使用している自動拳銃である。ハンドガン用の様々な弾薬を使用することができ、直進性に優れるため、精度が非常に高い。装弾数は13発+1。


『山彦! そこの鉄塔に奴らをぶつけろ!』


 一の言葉を受けて、響はハンドルを左に切り返し、敵車両を通信塔へ突っ込ませた。


『よっしゃ。このまま反撃に出るぞ』


 通信の内容から第二班の方は状況打開に成功したようだ。続いて銃声が聞こえる。

零も何とかこの状況を打開しようと考えていた。


「菅田、このまま後退してかくのうに寄せろ。そこでむかつ。やばくなったら装甲車を使う」

「了解!」


 装甲車が収容されている第一かくのうへ、直樹は車を後退させる。第一かくのうのゲートが開いていたのは運がいい。一気に加速して、敵車両との距離を少しだけかせぎ、かくのうの中に車を急停止させた。C‐MATVはかくのうから少しだけ前部が出る形で止まっている。このまま下がればかくのう内の装甲車にぶつかるためだった。


 C‐MATVが止まるとすぐに全員がドアを最大まで開いた。銃弾が飛んで来る中、零と直樹は前部ドアの後ろに隠れ、進と珠子は後部ドアの後ろに隠れた。


「銃を構えろ!」


 零は素早く体勢をととのえると、スライサーディスクを射出するとともに、「撃て」の号令をかけた。突っ込んで来る敵装甲バンに向かって皆が発砲を始める。

 スライサーディスクが刃を回転させながら、装甲バンの右側前輪のタイヤを引き裂いた。そこでスライサーディスクの勢いはおとろえず、自律飛行で飛び続け、同様に後輪タイヤも引き裂いた。

 右側のタイヤを失ったことで装甲バンはバランスを崩し、かくのう前で大きく左にせんかいした。これにより敵は車から降りざるを得なくなった。相手はまだ全員生きているようだ。彼らは使い物にならなくなった装甲バンの物陰に隠れ、こちらの様子をうかがっている。


「まだ生きているのか。しつこい連中だ」


 距離にして約十三メートル。近距離だ。弾の残りが少ない。むやみやたらに撃つことはできない。そんな状況の中、零と珠子が顔を出した敵を二人、それぞれ一発でいた。仲間がざんにも殺されたのを目の前で目撃し、残りの敵は引き気味だ。攻めようとした直樹だったが、すぐに零がそれを止めた。


「菅田、撃たなくていいぞ。弾の無駄だ」

「分かりました」


 相手を狙っていた直樹を制止する零。珠子も、進も、直樹も、そして零も、この戦いがこちら側の勝利であることを確信した。今、この時刻をもって手を下す必要が無くなった。こちらはただ相手の気を引いておけばいい。相手は理解できていないだろう。


 もし、理解していれば両手でも挙げるに違いない。

 彼らは死ぬ。確実に死ぬ。それはもはや決定された運命だ。


 ダンッ!

 ダンッ!


 二発の銃弾が敵の胸を正確に撃ち抜いた。スナイパーライフルによる狙撃だろう。狙撃手は九時の方向、約170メートル先。

 全身黒のかっこうで登場してきたのは警視庁特殊部隊SATだ。彼らの存在はUCG上で味方の反応を示す緑色の表示になっている。


「テロリストは死亡。繰り返す、テロリストは死亡」


 SATの突撃班が一気に襲撃犯達の元に走り寄り、死亡を確認する。隊員達は黒のバリスティック・ヘルメットにのうこんのアサルトスーツ、黒のタクティカル・ブーツ、さらに黒の目出し帽バラクラバとユニバーサル・コンバット・ゴーグル(UCG)。黒基調で統一され、いかにも特殊部隊という装備だ。

 襲撃犯をいたのはSATの狙撃班。仮に彼らの狙撃が失敗したとしても、次の手段として制圧班による武力制圧が待っていた。どのみち襲撃犯達はとうこうしなければ死ぬことになっていた。


「SATだ。ふぅ」


 珠子はSATの登場に安心して思わず息をらした。


「珠子、それは違うぞ。彼らは正確にはSATではない」

「えっ? どういう意味ですか、隊長?」

「彼らもだ」


 零の言葉を理解できない珠子。珠子は警察庁警備局警備企画課(八課)の出身で、零課には比較的新しく入ってきた方だ。HRT出身で、新しい零課員である直樹も理解できていない。


「?」

「あ、本当だ。この人達は零課なんですね」


 直樹はUCGでSATの反応を確認し、零の言葉を理解した。それとは対照的に珠子はまだよく分かっていない。


「そうよ。UCG上で零課員は緑色、それ以外の味方は水色」

「え、それは分かっていますけど……どこからどう見てもSATなのに、同じ仲間なんですか?」

「紹介しよう。彼らは警視庁特殊部隊SATの第零小隊。表向きというのも変だがSATの秘密小隊で、本当の所属としては零課になる。主に国内任務の支援をし、彼が小隊長のどうけいだ」


 一人のSAT隊員が零の左横に立ち、直樹達へ敬礼した。


「はい。伊波隊長の言う通り、我々は皆さんと同じ零課に所属しています。どうです。皆さんには新しい車両を用意してあります。後始末は我々がしておきますので」


 久藤は敬礼を終え、現場の保護と警視庁への連絡を開始した。


「零課って、やっぱりすごいところだ」


 新しい車両に向かって零達は歩き出す。直樹は歩きながら、さっきの久藤の言葉を思い出していた。まさか、警視庁SATに秘密部隊がいて、さらにそれが零課の身内とは。


「確かにすごいところだわ、零課は」


 珠子も驚きから離れられない。自分がきつねに化かされているのではないか、そう思わずにはいられない。


「そういう貴方あなた達も零課なんだけどね」


 直樹と珠子に対して零が言葉を返す。進はこのことを知っていたので、二人のように驚くことはない。そのため、驚く二人の姿を見て内心楽しんでいた。零課に関する内容は例外なく最高機密事項だが、それは零課員であっても全て。零課にはまだまだ多くの秘密がある。それらを新人の直樹や珠子が知るのは先の話だろう。


「さて。一、そっちはどう?」

『こっちも終わったところだ。ただ、車がおしゃかになったのはまいったまいった』

「久藤が車両を用意している。そこで合流しよう」

『了解。足があって助かった。てっきり徒歩かと思ったぜ』

「お前だけ徒歩でもいいんだぞ」

『え、そいつはマジでかんべんしてくれ』


 零と一の会話を聞いていた皆がいっせいに笑った。二人のからみは皆が戦闘感覚から解放されるいいきっかけになった。それは非現実的な、これ以上ない現実世界からの帰還だった。



〈公安局本部〉


「隊長、香川中佐の端末からデータを取り出せたよ。これだ」


 開発室のケナンが香川中佐の端末データを取り出すことに成功した。椅子に座ったまま、ケナンは零にPCの画面を見せる。香川中佐の端末は軍用だったが、国防省の情報部よりかはセキュリティが甘かったらしい。わずか一時間でケナンは様々な記録を掘り起こしていた。


「これは?」


 零はケナンの右隣の席に座り、画面を指さした。


「香川中佐と井口少将の通話記録。軍用回線を使ったね。で、この日付の、ここを見て欲しい」


 日付は今年のもの。それも井口少将暗殺任務の二日前のものだ。


に殺されるかもしれない? これは私達のこと?」

「いえ。違います。ここにあるというのは、公安や零課のことではないですよ」


 ケナンが補足した。井口少将は中華連でも零課でもない、第三の組織から命を狙われているというしゅの会話がある。彼は中華連の第505機関に保護を要請したが、断られたという。そのため、香川中佐ひきいる第803特別戦術こうせい中隊に警護を依頼したらしい。


「それはどういうこと? 井口の背後は中華連ではなかったのか?」

「違うみたいで。多分、最初彼は505機関の保護を受けて、中華連に高跳びする算段だったんだろうね。でも、その筋道が途絶えたから身内に助けを求めたっぽい。それも上手くいかなかったようだけど」

「六課が国防省へ先にくぎを刺していたからな。軍は井口のために動くことができなかったはずだ。特戦は井口の警護に回れず、結果、井口は単独で逃走することになったというわけか。とことん残念なやつだな」

「確かに。保身に走ったおろか者のまつって感じ」

「問題は第三の組織の存在だ。その第三の組織はほぼ間違いなく、スパイの暗殺とちゅうとん襲撃事件の連中だろう。どうにかして正体をつかみたい。ブレインシェイカーの解析はどうだ?」


 ここでケナンはブレインシェイカーに関する資料を画面に表示する。


「ブレインシェイカーについてはまだ調査している。それらしい化合物とか出てきてないんだよね。念のために微生物学的検査もしている。ただ、ブレインシェイカー中毒者の脳内シナプスを調べてみると、やはり典型的なドラッグ中毒者に見られるドーパミン異常のあとが見られた。間違いなく何かが作用している」

「特戦の脳はどうだった?」

「サイボーグ化しているから、そのまま生身の人間と比較することはできないけど、やはり脳内ではドーパミンのじょう分泌が見られた。しかも、サイボーグなのにそれをよくせいした形跡がない」

「それはおかしいな」

「そうなんだよねえ。ナノマシンが投与されているはずのサイボーグで、このような神経伝達物質の異常が起こること自体、普通あり得ない。考えられる一番の要因はナノマシンが機能しなかった。ブレインシェイカーはナノマシンを破壊して、興奮作用をもたらすものかもしれない」


 零は何かが引っかかっていた。ブレインシェイカー中毒者から薬物は検出されず、おまけにサイボーグでも作用する。体内に存在するナノマシンを化合物が破壊するというのは現実的ではない。しかし現実として他のドラッグと同様、脳へ作用している。


 ここから考えだされるすいろんが一つある。


「いや、待て。がブレインシェイカーとは考えられない? 何らかの誤作動で脳に悪影響が出たという可能性は?」


 ナノマシンが根源。この考えが零には一番しっくりきた。突拍子もないことだが、ナノマシンがドラッグの正体かもしれない。ナノマシンは厳格な基準にのっとり、機械で正確に製造されている。そんなはずはないと思いたくなるが、それを白黒はっきりさせなければならない。


「ナノマシンそのものが……それはもうてんだったな。確かに、隊長の言う通り、その可能性はありますね。間違いとは言い切れません。実際、うつ病や精神しっかん等の治療用として神経伝達系に作用するナノマシンがあります。ちょっと待ってください。調べます」


 ケナンは世界中で発生したブレインシェイカー事件の情報を集め、被害者がナノマシン療法を行っていたか、あるいはサイボーグであったのかを調べる。リスト化された名簿が出来上がり、その名簿に対しデータ解析ソフトでフィルターをかけた。


「百パーセントにはなりませんが、98.8%の被害者が体内にナノマシンを有していたようです」

「今の時代、ナノマシン投与は珍しくないからな」


 この割合自体に零は驚かなかった。


「ここからさらに共通点を洗っていきます」


 ナノマシンの製造元、種類、投与年数、投与期間、投与された医療機関、投与した医師、被害者の国籍、職種、持病、性格、血液型といった、ナノマシンに関する膨大なデータをケナンは整理していく。


「おっと、これは興味深い。必ず含まれている会社が二つ」

「どことどこだ?」

「トクロス社とフィセム社です」


 その二つの会社は零も知っている。どちらもナノマシン市場で圧倒的シェアを誇っている多国籍大企業だ。


「製薬大手と軍事大手だな、両方ともここ二十年で急成長した。世界でも有数のナノマシン企業だ」


 トクロス社は医療機関向けにしっぺいの治療用として、フィセム社は軍隊や警察向けに身体強化剤として、それぞれナノマシンを開発製造している。ナノマシン量産技術も他社より早く確立し、ナノマシン関連の特許数もこの二つの企業が多く取得している。


「この二つの会社は確かに多くのナノマシンを作っていますからねぇ。けっかんナノマシンが製造された可能性は十分にありますよ」


 被害者に投与されていたナノマシンの種類について、ケナンがさらにくわしく分類していく。


「混合ナノマシンが普通だから……ふーむ」


 ナノマシンは単一種類だけを投与する事例がほとんどない。通常は数種類のナノマシンを一緒に投与する。さらに、両社のナノマシン・ラインナップは合わせて数百万を軽く超える。これらのことをまえ、ブレインシェイカーと思われるナノマシンのしぼり込みをしなければならない。ナノマシン専門家でもため息が出そうな内容だ。


しぼれそう?」


 解析ソフトとナノマシンデータベースを使っているとはいえ、対象となるナノマシンは百万種類を超えているのだ。すぐに答えが出るとは零も思っていない。


「ちょっと時間がかかりますね。データの詳細と事件の全容もまとめたいので十二時間ほどもらえますか?」

「時間は明後日あさっての十七時までやる。気が済むまでやってちょうだい。ケナン、頼んだわよ」

「任せてください。いざとなったら助手を山ほど付けます」



 開発室を出て、零は射撃演習場に向かっていた。これは射撃の練習と気分晴らしをねてのことだ。少し時間を潰したいということもある。


「ナノマシンか……」


 ナノマシン、それは零課員にも投与されている。全員ではないが、戦闘スーツを着用する者は例外なく投与されている。これは義務付けられている事項だ。なお零課のナノマシンは既製品ではなく、零課独自のものである。


 零課が戦闘スーツ着用者を対象にナノマシンを投与する理由は簡単だ。戦闘スーツを着用すると、徐々に身体がスーツに頼ってしまう。これをおぎなうためにナノマシンを投与している。もう少しくわしく説明すれば、戦闘スーツ着用者は筋肉への負荷が戦闘スーツの補助により少ない。このため、せっかく身体についている筋肉量が落ちてしまう。これを防ぐため、ナノマシンが筋肉の破壊と再生をうながし、筋肉トレーニングの効率を高めるとともに、普段の生活で筋肉が失われることを防いでいる。


 もちろん零課員は自分に合ったナノマシンをそれぞれ投与しており、メンテナンスも零課で行われている。ナノマシンは無くてはならない時代だ。ナノマシンの大量生産、短時間生産の実現は、またたに世にナノマシンをきゅうさせることになった。世の中、便利なものはすぐ広がる。良い意味でも、悪い意味でも。それは長生きしていれば分かること。時間がてば、新しい技術であっても当たり前となり、新しい世代にとっては普通の技術、あるいは古い技術になっていく。技術の発展。


 そう、技術の発展だ。

 世界は上書きされていく。


 そんな中、ふと思うのは人類がどこまで突き進むのか、ということだ。

 生きることを〈時計の針〉で考える人がいる。時計を進むことは不可逆的な進行(老化)を表し、刻んだ時が人生であるということだ。針が止まった時は死を表している。では今の人々の時計はどうなっているのだろう。


 再生医療の発展は人類に新しい時計をもたらした。寿命の延長だ。今まで以上に時針の速度は遅い。そして有機生命体である人類はサイボーグ技術も手に入れた。つまり無機生命体への扉を開いたということだ。このままいけばヒトは情報生命体になるかもしれない。記憶のダウンロード技術や複製技術の研究はいまだかつてない速度で進んでいる。


 改めて生きるということ考えよう。生きることを〈時計の針〉ととらえた場合、不老不死はどう表現すればよいのだろうか。〈時針を止める〉のか、それとも〈永遠に時をきざむ〉のか。それは時を進める、この意味をどう見ているかによって答えが変わってくる。


 そもそも今日における《生きている》の定義は何か?

 人工心臓が高性能になった今日こんにちでは、心臓が脈打つことを《生きている》と定義することはできない。


 では、脳活動があることだろうか?

 それも無理がある。


 脳死の場合、心臓は動いているからだ。加えてサイボーグ技術あるいはクローン技術を用いれば、脳死、肉体死での死という概念にとらわれることはない。


 おもしろい話を聞いたことがある。宇宙を研究しているある研究者の話によると、「宇宙人は存在するのだが、彼らに会うことはできない。なぜなら彼らはすでに肉体という器を捨て、デジタルの世界にその精神を移したからだ」という。この話を聞いて思うことは、やはり《生きる、生きている》の定義は何なのかということだ。


 では《人間として生きる》とは何なんだろうか。ただ生物として生きることと、人間として生きるということには大きな差があるのも事実だろう。人間は人間としてのプライドがあるからだ。変なプライドだが、そのプライドは人間を語る上では欠かせない。人間は地球で最もはんえいしてきたという自負が少なからずある。


 生物にとって《生》は始まりであり、《死》は終わりである。不老不死との呼び声も高い、ベニクラゲは生物としての寿命はないといわれる。成熟した自身の身体を自分で退行させ、未成熟な状態へ若返させる。老化した身体を若い身体にリセットするのだ。だがベニクラゲは被食者である。ベニクラゲにも天敵はいる。そのためげんみつにいえば《永遠の命》ではない。


 一方、人類は医療の発達によって寿命を伸ばしてきたが、それは《死》へ抵抗するために見える。知識と知恵を武器に、自然を操り、他の生物種を研究し、さらに人類は発展する。天敵と呼ばれる種もいない。しかし《死》への恐怖は別だ。《死》は人類につきまとうことを決して止めない。クローン技術、サイボーグ技術、再生医療、人類はあらゆる手段をくして《死》をこくふくしようとしている。《死》は人類の天敵だ。


 生物が生きていく上で《死》への恐怖は不可欠だ。有機生命体では進化の過程で手に入れたものだろう。《死》があるからこそ、《生》にしっちゃくする。極めて分かりやすい話だ。不老不死を手に入れるということはどういう意味か。それは《死》をこくふくすること。同時に生物としてのプライドを捨てることになるのではないか。《生》と《死》は対になっている。《死》なくして《生》はあり得ないし、《生》なくして《死》はあり得ない。《死》を捨てた瞬間、《生》の価値は無に帰してしまうのではないか。再生医療やサイボーグ技術の発展を別に否定するわけではない。そうはいっても生命を考えるにあたって、手放しに喜ぶこともできない。


 現在の地球人口は約87億人。それに対して、食料も住居も労働も何もかもが有限だ。各地では内乱や戦闘が発生し、難民問題について目に触れない日はない。現実は甘くない。少し前まで死んでいた者が生きられる世界……それを無条件に喜ぶことはできないのだ。まさに、今、人類はおのれが築き上げてきた技術と矛盾むじゅんによりむしばまれている。


 どこかで清算することになるかもしれない。そのことから皆は目をらしている。だから人類はつらいのかもしれない。分かってはいるが避けられない問題。タブーの領域は誰も触れたくはない。人類は《永遠の命》を求めてはならないだろう。


 そういえば似たような話を国連でべた科学者がいた。彼はかったる信念を持って演説していた。おそらく人口推移に関する問題提言だった気がする。彼いわく「今、手を打たなければ後戻りできなくなる」と。世界で中継されたわけではなかったため、一般人はほとんど知るまい。彼は自分の主張にしんを持つ、なかなかおもしろい科学者だった。彼の目にはけものにも似た、他者をあつし、他者をみ殺すかのような強い意志が宿やどっており、自身の考えを曲げることは百パーセントないだろう。


「……私は長く生き過ぎたな」



 零が射撃演習場に入ると先客がいた。射撃レーンから発砲音が聞こえる。一人だ。

 おそらく一がいるのだろう。CrF‐3100を愛用しているのは一とブライアンの二人だ。


「お、隊長。ぐうだな」


 零の予想通り、二番レーンに実弾射撃中の一がいた。彼は訓練用のUCGを身に付けており、零に気が付くと一は銃のセーフティをかけて射撃台に置き、耳当てを外した。零の方を見る。


「隊長も射撃訓練か?」


「ええ、そうよ。ケナンの解析結果を待っているの。時間つぶしよ」


 射撃演習場ではVR空間による疑似射撃演習と実空間における実弾演習の両方が行える。仮想訓練では高度な環境設定を行うことが可能だ。通常の演習場では難しい気圧、重力、風向、風速、高度、気温、路面温度、湿度、粉じん量等の詳細設定が行える他、水中での射撃、車両搭乗中等の設定も行える。ただ、ここで行えるのは射撃の訓練であり、さらに高度で専門的な仮想訓練はVR訓練場で行う。


 一の後ろを通り抜け、零は一のレーンより奥の五番レーンへ入る。


「そうか。結果次第では零課も大きく動くことになるな」


 彼が使用している銃はCrF‐3100。特殊部隊向けハンドガンで、サイボーグやアンドロイドの使用もこうりょされている。このため、イギリス海軍特殊部隊SCS(Special Cyborged Service:特殊機装化部隊)やアメリカ統合軍特殊部隊MTF214(Mechanized Task Force 214:第214機装化任務部隊)の他、イスラエル国防軍特殊部隊サイェレット・マトカル、ドイツ連邦捜査局GSG‐9といった世界各国の特殊部隊で幅広く使用されている。



《CrF‐3100》

〈概要〉

 世界各国の特殊部隊が使用しているストライカー式自動拳銃。ハンドガン用の様々な弾薬を使用することが可能で直進性に優れるため精度が非常に高い。装弾数は13発+1。

 パーツ数は極力少ないように開発されており、けんろうな銃に仕上がっている。また、特別な工具がなくとも簡単に分解、メンテナンス、組み立て、拡張パーツの取り付けが可能である。標準仕様であるアンダーレイルには「統合捕捉モジュール(レンジファインダー、可視レーザーサイト、不可視レーザーサイト、フラッシュライトが一体化したもの)」を装着することができ、銃口には任務に応じてサプレッサーを装着することも可能。



「ブライもそうだけど、どうしてマルを使わないの?」


 一方、零はNXA‐05を使用する。この銃は零課用に零課で開発されたハンドガンであり、零課員は任務に応じてNXA‐05を携行している。言い換えればNXA‐05を持つ者は零課員だ。



《NXA‐05》

〈概要〉

 零課用としてケナンが設計したストライカー式UCP(Universal Combat Pistol:万能戦闘ピストル)。課員に合わせたカスタマイズがほどこされ、課員ごとのモデルで細部が異なる。

 セミオート射撃だけでなく、二点バースト射撃も可能な「クィナズ強化ナノフレーム」で作られている。あらゆる環境下での使用を想定され、初弾速度は当然だが次弾以降も弾速は安定維持されており、高精度な連続射撃を実現化。装弾数は12発+1。対サイボーグ用強装弾、ショック弾、さくれつ弾、せんこう弾、無薬莢ケースレス弾といった特殊弾薬も使用可能である。加えて、本銃は金属探知器や危険物探知機で検知されない。サプレッサーの装着可。



「そうだなぁ。俺の場合、別にマルが嫌ってわけじゃないんだが、重さがしっくりこない。軽いくせに反動もなく、扱いやすいっていうのが、何だかなじまないんだよ。六課の頃からのなごりだろうな。CFの方がしっくりくる」


 一は元々、国家特別公安局第六課「内閣かんぼう国家安全保障局高等戦略情報室」の出身。零課を知らない一般人や警察、軍関係者にとって六課は最強のちょうほうぼうちょう機関として知られている。事実、六課は零課を除いて、他の課よりも非常に強力な権限が与えられている。零課ほどではないが秘密のかたまりのような組織で、公安局幹部らは六課をと呼ぶ者もいる。


「隊長、勝負しないか?」

「勝負?」

「そうさ。勝った方がばんめしをおごる。モードはクイックBのナチュラル。どうだ?」

「いいだろう。お前の財布を破産させてやる」


 ゆうの表情で零はその勝負を受けた。零がそういうのも当然だ。射撃勝負は今のところ343試合中、零が341勝していた。


「おおう、おっかねえ」


 一は耳当てを再び付け直し、銃のマガジンを交換した。


 零もUCGと耳当てを付け、自分のIDカードを射撃台のカードリーダーに通した。射撃台の下にある弾薬ボックスから予備のマガジンを四つ取り出し、射撃台の上に並べる。続けて右サイ・ホルスターから銃を抜き、マンターゲットへ銃口を向けた。


 よく警察や軍の演習場で見られる人型の的だが、使用した銃の口径と弾薬、発砲位置からの距離、命中しょにより敵の状態判定〝軽傷〟〝重傷〟〝歩行困難〟〝歩行不可〟〝気絶〟〝死亡〟〝部位破壊〟〝貫通〟〝機能停止〟の記号をマンターゲット頭上に表示させることができる。また、マンターゲットにも種類があり、ナチュラル(生身)、サイボーグ、アンドロイドの三種類で切り替えができる。当然、生身よりもサイボーグやアンドロイドの方が耐久力は高い。


「準備はいいか?」

「いいぞ」

「よし」


 一が射撃台仕切りに埋め込まれたタッチパネルを操作する。メニュー画面を開き、〝射撃訓練|(ハンドガン)〟の項目を選択。続いて自分のいるレーンと零がいるレーンを選択した。

 モードは実弾演習のクイックB(ナチュラル)。このモードでの全ターゲット数は60、満点は600、基準スコアは500。リロードタイミングは使用している銃が弾切れになった時点で、わずかな時間自動的に用意される。リロードの回数で減点されることはないが、リロード回数が多いほどリロードミスにつながるため、リロード回数は少ない方が良い。リロードに手間取ればリロード時間を超え、ターゲットを大量に見逃すことになる。単純な話、基準スコアを超えるためにはリロードの成功がひっ条件ということだ。


 両者のUCGにモード名とカウントダウンが表示される。


『クイックB(ナチュラル)』

『レーン設定完了。開始まで』

『3』

『2』

『1』


 零と一は高速で出現するマンターゲットを順に撃っていく。見たところ両者ともにヘッドショットを連続で決めているように思える。


 クイックモードB(ナチュラル)では三つのレーンを同時使用する。ターゲットの出現タイミングは一定だが、ターゲットの切り替え間隔が非常に短い。文字通り一瞬だ。あっという間に次のターゲットへ変わるため、挑戦者は広い視野を持ち、すきの無い早撃ちを心掛けなければならない。ターゲットの出現場所はランダムである。

 いきなり目の前に出てくることもあれば、奥の方に出ることもあり、同じ場所に出てくることもある。またターゲットが常に真ん中に出てくるとは限らず、左右レーンに現れることもあり、場合によってはマンターゲットが上下反転して出現することもある。


 ターゲットの採点については次の通りである。生身ならばヘッドショット判定又はハートショット判定で、サイボーグならばヘッドショット判定またせきつい(動力の中枢伝達系)破壊判定で、アンドロイドならばCPU(Central Processing Unit:中央処理装置)破壊判定または中央動力部破壊判定で、満点の10点を獲得することができる。それ以外のしょについてはターゲットの外側に行くほど、スコアが低くなり、的に当たらなかった場合は0点となる。スコアは小数点以下3桁まで採点される。


 装弾数が1発少ない零がわずか先に一回目のマガジン交換を行い、一息つくもなく、射撃を再開する。一も最初のリロードは成功し、落ち着いた様子で淡々と引き金を引き続ける。上下反転のターゲットや連続同じ位置のターゲットが出てきても二人は冷静に、動じることなく対応していた。

 一度のミスも許されないクイックモード。機械のごとく、二回目のリロードを両者は成功させる。モードBではターゲットの出現間隔は変わらないため、最初から最後まで一貫して同じことを繰り返せばいい。しかしそれが極めて難しい。クイックモードBの基準スコアである500というスコアも、目指す目標としては非常に高いものだ。

 そうはいっても零と一の様子を見ていては、その難しさも伝わってはこない。見ることと実際にやることにはうんでいの差があるのだが、この二人を見ていると何もかもが簡単そうに思えてしまう。

 両者三回目のリロード。コース中盤。やはり二人にリロードでのミスはない。そのリロードテクニックはれいの一言。まるで芸術のようだ。二人は滑らかに、正確にマガジンを交換した。このことは彼らの実戦経験の豊富さを物語っている。

 四回目のリロード。これが最終リロードであり、挑戦者の踏ん張りどころである。クイック終盤は本人達が意識していなくても集中力が落ちてくるため、終盤にスコアの差が開きやすい。一瞬の判断ミスがその後に大きく響いてしまうのだ。


 最後のターゲットが現れる。

 二人は今までいてきたターゲットと同じように弾丸を放った。


『終了』

『採点結果』


『井凪 一:582.797 Excellent』

『伊波 零:600.000 Perfect』


『勝者:伊波 零』


 射撃レーンのちゅうに大きく採点結果と勝者の名前が表示された。勝者は零。スコアは


 そもそも銃の性質上、満点を取ることは普通できない。銃は短時間に撃ち続けることで銃口が高熱をびてしまうからだ。熱膨張によりライフリングにわずかなゆがみが生じ、結果として発射された弾の軌道がその分狙いよりもずれる……はずなのだが、零は満点を当たり前のように取っていた。

 一も負けたとはいえ、基準スコアの500点を82点以上上回る超高得点だ。普通の警察官や軍人ではこのような成績は出せない。加えて零課の中央スコア576.496を上回っている。このことから一の射撃技術も十分たくえつしていることが分かる。ちなみに彼のスコアを上回るのは零とブライアンの二人だけである。


 採点結果を見た一は「ヒュー」と口笛をいた。


「マジかよ。はあじょうだんだろ」


 このスコアに一は驚くしかなかった。他の射撃訓練モードでも満点スコアを取った者は零以外におらず、いかに零の射撃技術が正確無比なのかを客観的に示していた。


「くっそ、あり得ねえ。毎度毎度、よく満点を取るよな。今回も俺のおごりだ。隊長、何をごしょもうで?」


 完全無欠にして人間の域を超えた存在、一が零に対して持つそっちょくなイメージだった。


「そうね。寿司がいい」


 しかし、同時にこんなくだらない勝負に毎回付き合ってくれる零は人間だとも感じていた。ばんはんをおごるという、小さなけ事が、ちっぽけでありきたりな現実を映し出すのだ。零という人間は空想でもなければ、夢でもまぼろしでもない。


「寿司か。いつものとこでいいか?」

「ええ。ごちそうになるわ」


 銃をホルスターにしまい、耳当てを外した零は左手を振りながら射撃演習場を後にした。

 追いつけない背中だと見せつけられながらも、なぜかその背中に一は追いつけそうな気がした。根拠はまるで無いのだが。追いつけそうな気がするからこそ。一はその背中を目指し、いつか必ず追い抜いてやると胸に秘めていた。

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