Black-rainbow

ブラックレインボー 前編

〈時刻1035時。日本、県(国防省)〉

 首都けん一極集中を解消するため、県に庁舎を移した国防省。しき内にはA棟、B棟、C棟、D棟の四つの庁舎ビルがそびえ立つ。これら四つの棟の中で中心的な役割をになっているのがA棟だ。

 地上30階、地下3階の国防省庁舎A棟。対テロを想定し、国防省の正門と裏門には武装警察官の守衛が立ち、三重の侵入車両防止ポールがもうけられている。ちゅうにはテーザーとうさいドローンが常時じゅんかいし、隠し監視カメラを含む多くの監視カメラが訪れる者達をとらえている。なお監視カメラは映る来訪者の情報を犯罪者データベースと照合し、危険人物がいないかを常時識別している。


「特戦の医療記録はこれか」


 一は零課の権限を使い、国防省のとある個室で機密情報をえつらんしていた。この個室に入れるのは国防省のごく限られた人間だけ。部屋に置かれている端末は国防省の膨大なデータにアクセスすることができ、最高機密文書でさええつらんすることが可能だ。ナノマシンそのものがブレインシェイカーである可能性が浮上したことから、一は零の命令で第803特別戦術こうせい中隊に投与されたナノマシンを調べに来たのだ。

 正直、敵対する可能性が高い国防省がこうもあっさりと情報開示したことに、一は内心驚いていた。協力されることよりも反発されることをかくしていた。そのため国防省の機密情報にアクセスできたことは零課として収穫といえる。ただ欲しい情報があるとは限らない。井口少将や香川中佐の独断による機密情報のまっしょうや、国防省そのものによる機密隠ぺいもあり得た。


「はあ、こんなところ早くおさらばしてえ。まったく隊長も人使いあらいぜ」


 ここは国防省。軍のちゅうすうだ。軍上層部がもし黒だった場合、一は敵陣のど真ん中に足を踏み入れていることになる。周りは全員敵で襲われる最悪の想定をすると、生きた心地がしなかった。嫌なところだ。


「ナノマシンの投与記録は、っと」


 マウスを使い、画面を下へスクロールさせていく。


「これか」


 特戦中隊には身体能力の向上、環境ストレスのかん、精神安定、めんえき機能強化を目的として、様々なナノマシンが複数回投与されていた。申請を出したのはいずれも中隊長の香川中佐。この件は機密あつかいであり、国防省の中でも上層部しか知られていない。


「おいおい、これはどういうことだ?」


 ナノマシンが特戦に投与された最新の日付は井口少将暗殺の。投与されたナノマシンはフィセム社製のものだ。一はすぐに投与された日付、投与されたナノマシン一覧、各ナノマシンの機能についての一覧をコピーし、自身の持つ携帯端末へデータを転送した。


「井口暗殺の二日前? 通信記録も二日前だった。ここで何かあった可能性は高いな。第三の組織と会談でもしたのか? そこでこうしょうが上手くいかず、井口は命を狙われるハメになったとか……」


 井口少将に関する情報を検索する。


「505との直接関係を示すものはないか……そりゃそうか。うん?」


 一が目についたのは井口少将が十五年前から和歌山に行っていることだった。


「プライベートで和歌山か。確か十八年前にリゾート型カジノができたんだっけな。それにしても井口のやつ、毎年四回は和歌山に行っている。そんなに和歌山が好きなのか。カジノがよいか?」


 井口が和歌山県をたびたび訪れていることに一は興味を持った。井口が和歌山に行った回数と日付をさらに調べてみる。


「全部で62回。多いな。ギャンブル好きという話もないし、温泉好きという話もない。これはちょっとにおうな。しかも、和歌山に行った日は必ずといっていいほど香川と電話やメールをしている」


 軍の秘密回線で井口はプライベートでも香川と連絡を取り合っていたようだ。そもそも軍の回線を私的で使用することは国防法に反する。軍の機密回線記録が零課にのぞかれるということを井口は知らなかったようだ。


「二人はこんなにひんぱんに連絡を取り合っていたのか。まさか零課に隠し事とはねぇ。俺らも仮想敵ってことか。信用ないなあ。必要な時は俺らをこき使うくせに」


 最高機密を他の組織に知られたくないというのは分かるが、さすがに国内組織であり、国家のちつじょを裏から支えている零課ぐらいにはオープンにして欲しかった、というのが一の気持ちである。そもそも零課には全ての公的機関の最高機密をあくする権限が相手の許可を得ずともある。国防省の最高機密でも零課には明らかにしなければならない。


「さて、井口は和歌山のどこに行っていたんだ? 通信時の位置情報を検索。どれどれ。ここは白波マリンポートか。なんでこんなところに井口は寄っていたんだ。ただのきゅうか、それともカジノか。はたまた密談か」


 白波マリンポートはカジノゆうを前提に開発された人工島であり、今では日本で最も巨大なリゾート型カジノ島として知られている。ただ犯罪組織がカジノ運営に関与し、彼らの資金源になっている可能性が多方面からてきされている。現実、海外の犯罪組織が進出してきていることが確認されており、このことに関しては公安も見過ごすわけにはいかず、八課が五年にもわたり捜査している。


「白波マリンポートでは八課が犯罪組織にさぐりを入れているはず。八課の連中何してるんだまったくよ。この犯罪組織が井口と裏でつながっていた組織の正体という可能性が出てきたぞ。もしそうなら相手は国際犯罪シンジケートになる。中華連の特務機関すらも相手にできるとなると、相当やばい連中だな。そんなことができる組織といえば……」


 そのような犯罪組織に一は心当たりがあった。


「ブラックレインボーだ」


 世界最大の犯罪シンジケート〝ブラックレインボー〟

 各国政府、軍、警察との癒着が強くその活動実態のほとんどが闇に包まれている。巨大な密輸ネットワークをかし、武器や薬物の密輸、そして人身売買や臓器売買を百か国以上で行っているが、彼らの犯罪行為をよくせいできる者はいない。裏の世界でもブラックレインボーは急成長しているきょうなのだが、彼らの誇る組織力の前にはなんぴとも生きて帰ることはできない。


「ブラックレインボーとかじょうだんじゃねえ。ブラックレインボーが日本への進出に力を入れているとなると、政治家どもは一気にはいする。二日ともたないな。間違いない。あーやだやだ」


 今まで調べたデータを全て自身の端末に転送する一。


「さて、ついでに香川も見ておくか」


 今度は香川中佐の情報を検索する。


 ガワテルマサ、43歳。男性。階級は中佐。イギリス海軍特殊部隊SCSやアメリカ統合軍特殊部隊MTF214で研修を積み、日本にも最先端の装備とサイボーグからなる特殊部隊が必要であると国防省にうったえた。彼は国防強化を推進する井口少将の後ろ盾を得て、特殊部隊〝第803特別戦術こうせい中隊〟を創設、どう中隊長に就任。その後、第四課とともに海外で秘密作戦に従事。


 記録上はちゅうとん内に現れたテロリスト(謎の武装勢力)により、殺害されじゅんしょく、二階級特進あつかいとなっている。もちろんこの記録は虚偽であり、実際はブレインシェイカー中毒による暴走で警務隊に射殺されている。


「なるほどね。軍はとつじょ現れた武装集団に全部責任を押し付けたのか。これぞ情報操作。まあ仕方のないことだな、こればっかりは」


 香川中佐の情報を一通り見たが、井口少将ほどおもしろい情報はなかった。念のため彼の情報も自身の端末に転送し、一は零にれんらくする。


「こちら井凪、隊長、必要な情報は得た。井口について興味深い情報がある」

『そうか。国防省にわざわざ足を運んだ意味はあったということね。データは零課のネットワークを使って送信して』

「了解。今からデータを送信する」

『データを受信した。特戦のナノマシン情報と井口、香川の情報だな。ほう、和歌山の白波マリンポートか……ブラックレインボー、我々の相手はブラックレインボーの可能性大ね。よくやった。得た情報はケナンと由恵が喜ぶだろう。我々にとって非常に価値があるものだ。課長への報告は私がしておく。任務は完了。状況をかんがみ、貴方あなた達は大阪のセーフハウスで待機しなさい。のちに大阪で合流する』

「了解。これより大阪のセーフハウスに向かう」



 一は駐車場に停めてあるしんのスポーツセダンに向かって歩く。車の運転席には直樹が車内で待機していた。助手席ドアを開け、席に腰を下ろす。


「無事帰ってきたぞ。俺達は先に大阪行きだ」

「お帰りなさい。国防省がここまで協力的とは意外だな」

「ほんと。集団リンチされるかと思っていたからな」


 車のエンジンを掛け、直樹は車を駐車場から出した。そのまま正門のセキュリティゲートを通過し、車は国道に出た。


「黒幕がブラックレインボーの可能性が出てきた。ほぼ間違いない。かなーり、やっかいだな」

「ブラックレインボー? まさか、あのブラックレインボー?! CIAやSVR、ゼニス、モサド他、世界各国の情報機関がその壊滅を望み挑み続けているが、滅びることなく成長を続ける謎の犯罪シンジケート。三課や六課も追いかけているそうで」

「ああそうだ。多くの国がその影を追い続けているが、切り続けているのはトカゲのしっ。いつまで経っても本体には辿たどり着けず、トカゲはでかくなるばかり。そのせいで各国の情報機関はどこかの国の情報機関がブラックレインボーのバックにいるのではないかと疑い始めた。何せおたがい変なことしてきたからなあ」


 ブラックレインボーの恐ろしさはその勢力範囲だ。ユーラシア大陸にある国々はブラックレインボーの息がかかっている。その上、アメリカ、アフリカ、オセアニア、オーストラリア……ちょうほう機関がその名を聞いて十年も待たないうちに、ブラックレインボーは地球全土にその規模を拡大した。ブラックレインボーの急拡大は各国ちょうほう機関の危機感をあおり、その壊滅を目論もくろむ者、ろうらく目論もくろむ者と様々なぼうりゃくが張りめぐらされた。が、それらがとなってしまった。結果としてブラックレインボーの組織基盤はよりばんじゃくに、よりしんえんに、より強大になってしまった。


「ある意味、情報機関のだ。そして、情報機関が集まればそこで情報戦が広がっていく」

「でしょうね。きっと意図したこと、意図していなかったことが複雑にからみ合い、もはや相手がブラックレインボーなのか、他国情報機関なのかも分からなくなるはずだ」

鹿だよな。おたがいが手を結べばいいのに、なおに手を結べない。初動を間違った世界のミスだ。ブラックレインボーにえさを与えたのはまぎれもない、世界の方だ。嘘だらけの世界は嫌になるよまったく。エージェントの報告だと、最近アメリカがFBI、CIA、NSA、NGA、DTRA等の職員を集めて対ブラックレインボー専門組織を作ったそうだ。名前はBCO。ブラックレインボー・カウンターメジャー・オフィス。自前の特殊部隊も持っているらしい」

「いつになくアメリカも本気ですね」

「だな。俺らは日本からブラックレインボーをちゃちゃっと追い出さないとな」



〈時刻2325時。日本、和歌山県〉


「こちら伊波。課長、白波マリンポートに到着した」


 のうこんしょくのセダンの運転席には直樹、助手席には零、後部座席には一と進がいる。場所は白波マリンポートの駐車場。

 闇夜を盛大に照らすカジノのまばゆい光が、この場所に来る人々を異国の地にいるようなさっかくおちいらせる。お客の大半が訪日外国人だが、国から認められた日本人資産家もカジノに訪れており、勝負の世界にいっいちゆうしてそのスリルを楽しんでいた。

 ブレインシェイカーとは違うが、スリルも麻薬に似たようなものである。人によっては依存してしまい、その身を滅ぼすことになる。勝負に勝った時の快感、興奮を脳にきざんだ者達はその経験を忘れられない。脳内麻薬の作用ともいえる。それは危険な誘惑だ。再び勝ちを味わおうと勝負の世界へいざなわれる。何度でも、何度でも。


『こちら宮川。零、八課の報告によるとブラックレインボーの関係者四人が白波マリンホテルの三階にいるそうだ。彼らを生けりにし、情報を聞き出せ。やむを得ない場合は対象および民間人の殺害を許可する。また抵抗勢力は実力をもって排除せよ』

「了解。これより作戦を開始。白波マリンホテルに向かう。由恵の情報では作戦区域付近にBCOがいるらしい。やつらよりも先に目標を回収するわよ」

「「「了解」」」


 四人は拳銃のマガジンを確認し車から降りた。今回、一達は戦闘スーツではなく、公安六課のエージェントを意識してのうこんの上下でととのえていた。ぼうだんじんチョッキとかんタクティカルベストを着用しているが、やはり機能上の話でいえば戦闘スーツの方が圧倒的に優秀である。しかしいつでも戦闘スーツや光学迷彩に頼れるとも限らず、今回のように戦闘任務が主ではない場合、戦闘スーツを着用しないこともある。またアイウェアとしてはいつもの両目用UCGではなく、片目モノクル型のUCGを左目側に付けている。


「俺、和歌山に来るの初めてなんですけど、和歌山のイメージ全然違いますね」


 そういって直樹は周りを見渡した。カジノ客の歓声が中から響いて来る。


「観光は後だ。それにここが特別なだけよ。ラスベガスみたいなもの。油断していると飲まれるぞ」


 零はぬれいろのトレンチコートを着用していた。はたから見ればただのコートかもしれないが、もちろんただのコートではない。フード付きであるこのコートは第四世代光学迷彩の機能を持ち、優れた防汚性、はっすいせい、耐火性、耐熱性を有している。そのぬれいろのコートが直樹の目の前でなびいている。


 前に進んでいく零の後ろには一、進が続く。それを見つめる直樹。


「おい、菅田。どうした? 行くぞ」

「あ、はい。すいません」


 零に呼ばれて我に返った直樹は小走りで三人の後を追った。



 白波マリンホテル。ここは地下の水族館が大きな目玉であり、ホテル宿泊者は無料で入館することができる。また、てん風呂や屋内プール、カクテルバーなどもあるというごうホテルだ。

 消音器サプレッサー付きハンドガンを手に持ち、零達はエントランスに入った。アンドロイドの受付はいるが、一般人の姿はない。これは事前に警察を通じ、宿泊者を部屋から出さないように電子ロックしているからだった。


「私と直樹は右から、一と真川は左から。スフルは屋上を、ビルは入り口をけいかいしつつ、安全な場所で待機」

『了解』

『アイアイサー』


 敵の襲撃をけいかいしつつ、階段へ向かう。目的地は三階だ。


「あの部屋だ」


 三階に辿たどり着くと零達はUCGで目的の部屋を再度確認。中にはブラックレインボーと関わりがある人物が四人いるはずだ。


 直樹、零、一、進の順で部屋の扉前に移動する。

 そして零が先頭にいる直樹の左肩を左手でたたいた。

 突入の合図だ。

 直樹は扉の鍵を銃で撃ち開錠。一気に部屋の部屋へ入る。


「公安だ! 全員動くな!」


「なんだ!」

「くそっ! 公安だとっ」

「うそだろ! なんで公安が!」


「両手を頭の上に乗せて、床に伏せろ!」


 突然やって来た零達に四人の男達はすべはなかった。

銃口を向けられた彼らはすぐに両手を挙げ、抵抗する意志がないことを示し、そのまま床にうつ伏せになった。ただ表情からは本心で協力するつもりがないことも同時に読み取れた。何かやましいことがあるということだ。その証拠にテーブルの上には大量のへいと金貨、電子端末が積まれている。


「本部、四人とも確保した」

『よくやった』

「進、追跡リングと手錠をかけろ」


 進が四人の右足に追跡用リングを装着した。その後、手錠を全員にはめた。これで彼らが逃げることはほぼ不可能だ。


「さて、質問だ。お前達はブラックレインボーの一員だろう? 日本で何をしている?」


 零は一番体格の良い男に銃を突きつけ、尋問を開始する。


「ブラックレインボー? 何のことだ?」


 尋ねられてから答えるまでにわずかながあり、表情からどうようが読み取れる。明らかに嘘をついていた。


「いいか? お前達がブラックレインボーと関わりがないのなら、我々はお前達に用がない。証人ならば保護する義理もあるが、ただのゴロツキに興味はない。これがどういう意味か教えてやろう」


 銃口を男のひたいにぴったりとつけた。男は冷たい感触がひたいから伝わって来るのを感じる。零のてつく視線から目が離せない。視界が貼り付いたかのようだ。


「罪のない市民を殺すのか?」

「罪のない市民? 笑わせるな。この世界のどこに罪のない市民がいる? 逆に教えてくれないか? 我々もひまじゃない。お前達が我々にとって有益でないのなら、ここでお別れだ」


 零の言葉に嘘はない。彼らが仮に一般市民であろうと零は殺すつもりだ。用もない相手に国家特別公安局の動きを知られるのは大変もったいない。零課としては目撃者の口を封じるのが正解だ。


「待て……ブラックレインボーの何が知りたい?」


 男は観念して口を開いた。


「まず、お前達は何者だ? ここで何をしている?」

「俺達はブラックレインボーの末端さ。カジノでカモになりそうな金持ちを探し、資金を集めている。あと、カジノの売り上げの一部を巻き上げる。俺達は資金調達班の一つだ」

「いつからブラックレインボーは日本に上陸した?」

「十五年前だと聞いている」


(十五年前、井口が和歌山に定期的に来るようになったのも十五年前。ブラックレインボーが日本で十五年間も活動していたとはな)


「井口という日本人男性は知っているか?」

「いや、知らない。聞いたこともない」


(末端の連中は知らない。ということはやはり幹部クラスに聞くしかない)


「なぜ日本に来た?」

「ドラッグの新しい市場を拡大させるのが目的だとタルゴは言っていた。ただ俺らは薬をあつかっていない」


(ブレインシェイカーはブラックレインボーが持ち込んだのかもしれないわね)


「タルゴとは何者だ?」

「資金調達部門ダイヤのリーダーだ」


(資金調達部門か)


「今タルゴはどこにいる?」

「それは知らない。彼を見ることなんてほとんどない」

「嘘をつくな」

「本当だ。俺が見たのは一回だけ。しかも中華連にいた時だ。こっちに来てから見たことはない。そもそも末端の人間は組織に信用されていない。だから仕事以外のことは知らされない」


 早口でしゃべる男。どうやら本当にタルゴのしょは知らないようだ。


「他のお前達も知らないか?」


 一応、零は他の三人の男にも話を振ってみた。だが、全員が首を横に振り、知らないとジェスチャーした。


「他に仲間は?」

「知らない。他の班や部門のことは分からない」

「そうか。とりあえず今聞きたいことは終わった」

「隊長、どうやらお客さんのようだ」


 一は左腕にある端末の画面を指でトントンたたいて見せた。端末には階段の様子が映っている。これはろう天井に設置されたホテル監視カメラからの映像だった。


「右階段だ。上の階から来たようだな。敵は四人」


 VE‐88Pアサルトライフルをたずさえた四人組が上階から下りてきた。かっこうは一般市民のよそおいだが、銃を持っている時点で普通ではない。


 一は部屋から少しだけ身体をかたむけて、階段の方に銃口を向ける。そして、敵の姿がろうに出てきた瞬間、ハンドガンの引き金を引いた。銃弾は敵に当たらず、相手はすぐに身体を引っ込めた。


 ―こちらダイヤ3‐2、スペードへ。例の連中が白波マリンホテルに来ている。デニス達がつかまった。応援を。

 ―了解、ダイヤ3‐2。。デニス達にはせいになってもらう。スペード8とジョーカーがそちらにもなく到着する。

 ―ジョーカーが!?

 ―そうだ。ジョーカーだ。やつらを逃がすな。


「ここから脱出しよう。この場にいるのは危険だ。窓から出るぞ」


 一が敵をけんせいしているあいだ、零はテラスに続く窓ガラスを開放した。下には庭園、外には海が見える。三階のため高さはそれほどでもない。


「クロウ、周囲の状況は?」

『敵性反応はありません』

「よし。一、なるべく時間をかせげ」

「了解」


 弾数と敵の動きに気を付けながら、一は制圧射撃を続ける。


「真川、菅田。先行してラぺリングだ。急げ」

「ラジャー」

「了解」


 ラペリングの準備を始める進と直樹。彼らはユーティリティベルトからワイヤーを取り出し、先端のフックをテラスの柵にかけた。何回かワイヤーを強く引っ張り、フックが外れないかを確認した。


「準備よし」

「こっちもです」

「さて、お前達」


 零はこうそくした四人の男達に向かって言う。


「ここでお友達を待つか? それとも我々と行くか? すぐに決めろ」

「……お前達と行く。どうせ組織には戻れない」


「そうか。こうな判断だ。いいだろう。一人ずつかついで下りる。残りの二人は私と一がかつぐ」

「皆、早くしてくれ。弾がもたな……くそ、裏から二人回って来る」


 リロード中、一が端末を見ると反対側の階段に二人敵が回り込んでいた。


「二人とも行け」


 零は一のカバーに行くため部屋の中に戻った。

 一方、進と直樹はりょの男をそれぞれ背負い、ラペリング降下を開始した。地上に到着すると男をそれぞれ片手で掴みながら、二人は周囲に敵がいないことを確認した。


『クリア。隊長、降りてきてください』


 銃弾が飛んで来るタイミングを考えながら、一と零はおたがいにろうの敵を射撃でけんせいする。特にリロードタイミングを誤れば、敵は一気に詰めてくるだろう。


「隊長、先に」


 一の言葉を受け、一足先に部屋へ戻る零。その後を追うように一も部屋の中へ下がった。


「来い」


 りょである男を連れ、零と一はすぐにテラスの柵にフックをかけた。そろそろ敵はかくを決めて突撃してくるはずだ。その前にここから下りなければならない。二人はテラスの柵を越え、ワイヤーを伝って降下する。男達はそれぞれ零、一の身体にしっかりとつかまり、ラペリング中に振り落とされないように気を付けていた。


 無事、地面に辿たどり着き、二人はワイヤーをベルトから外す。と、進が銃を上に構えた。


「追手だ」


 進が発砲し、敵の一人をいた。


「よし走れ。ポイント・チャーリー3に移動だ」

「ビル、車を二台こっちに持ってきてくれ」


 零達はホテルの中庭を通り抜け、地下のメンテナンス用通路を歩いていた。この通路はホテルや地下水族館の上下水道管、じょうそう、発電設備、電源設備があり、これら全てがほとんど自動で制御されている。そのため人の作業員が来ることは非常にまれだ。


『了解』

「スフル、敵の位置は?」

とらえています。UCGに位置を表示しますよ』


 UCG上には敵の位置を表す赤い三角形のマークが映っている。どうやら彼らは零達が地下に逃げたということを分かっていないようだ。


「このドアだな。クロウ、開けてくれ」


 先頭を歩く一。目の前には電子ロックされた扉がある。


 ピピッ


 暗証番号が認証され、ドアが左右に開く。大抵のセキュリティはクロウのハッキングで突破することができる。どうしてもクロウで突破できない場合は、世界最高の腕前を持つ零課電子戦要員の由恵が突破する。


「お、ちゃんと車が来てるな。あの車、どこから持ってきたんだ?」


 元々、零達が最初に乗って来た車は一台だ。もう一台の車は零課のものではない。


『近くにBCOの車があったのではいしゃくしました』

「ぷっ」

「ははっ、そいつはけっさくだ」


 思いがけないビルの返答に直樹と一が笑ってしまった。BCOのエージェントは今頃、車が盗まれたことに意気消沈しているかもしれない。そのことを想像すると笑わずにはいられない。まさか人工知能であるビルがそんな機転をかすとは。


『報告。敵の増援と思われる車両が作戦区域に接近』


 クロウからの報告。UCGのミニマップが一時的に縮小され、接近してくる車両三台が全員に映し出される。皆は銃を構え、いつでも敵のげいげきができるよう態勢をととのえた。


「反応が停止したぞ」


 敵は白波マリンホテルの前に車を停めたようだ。四つの赤い車両マークが停止する。そして一気に赤いマークの数が増えた。敵が降車したということだ。


「どうやら俺達のしょはばれていないみたいです」

「いや、すぐにばれる。行くぞ」


 確かに直樹の言う通り、敵は零達のしょを知らない。ただホテルから逃走したことは分かっている。数で広範囲を捜索するつもりだ。建物の見取り図でもあればすぐにここが分かるだろう。


「ほら入れ」


 それぞれの車の後部トランクにりょを一人入れ、あとは後部座席にりょ一人、見張り役一人という乗員構成にする。一両目の運転手は直樹、後部座席は零。二両目の運転手は一、後部座席は進。つかまった男達は抵抗する意志はまったくない。彼らは抵抗しても利益がないということを冷静に判断したのだろう。事実、彼らは組織から逃げられる力も、日本にコネがあるわけでもない。


「よし、車を出せ」


 車が走り出す。


 ダダダッ

 バン、バン

 ダダダッ


「銃声?!」


 白波マリンホテルの南側で銃声だ。発砲音からするとアサルトライフルとハンドガンだろう。


「BCOと連中がやり合っているようだ」


 UCG上では他国エージェントを表す紫色のマーク(BCO)と、敵を表す赤色のマーク(ブラックレインボー)がいがみ合っていた。


『BCOめ、ざまあみやがれ』


 そうあざ笑う一の車両のタイヤに弾が命中。バランスを崩し、そのままスリップした。ある意味、いんおうほうか。


「大丈夫か?」

『くそっ。ツイてないぜ。おまけに流れ弾というわけではなさそうだ。全員降りろ! 狙われてるぞ!』


 カンカンカン……

 車にいくつも穴が開いていく。残念なことに、BCOのこの車は防弾仕様ではない一般車両のようだ。


『あれだな。三時の方向』


 進がすぐに敵へ反撃を行う。そのかん、一は低姿勢を保ちながらトランクへと移動した。


『トランクの兄ちゃん、ほらっ。出てこい。危ないぞ。頭下げておけ。やっこさんにばれたみたいだな』


 何とかトランクの中のりょを一は助け出した。ところが、そのりょの男の顔は真っ青で生気がない。車でったというわけではなさそうだ。


『あいつらは戦闘部門のスペードだ』

『スペード?』

『そうだ。きっと俺も殺される』

『死なせやしねえよ。仕事だからな』


 問題なのは敵が正確にこちらを狙っていることだ。このまま逃げ切るのは難しい。何よりりょがいる。彼らを置いて逃げることはできない。



「車を止めろ」

「はい」


 零は運転席の直樹に言った。それに従い直樹もなおに車を停める。

「私が援護に行く。お前はこのままりょを連れて行け」

「しかし隊長……」


 その後に言葉は続かなかった。


りょは生かす。これは最優先事項だ。行け」


 車を降りた零はドアを強く閉め、コートの中から二丁のNXA‐05を取り出す。


「っ、了解」


 直樹は零の言葉通り、すぐに車を発進させた。



「またあいつらか」


 見た先にいたのは中華連の505機関、あさちゅうとんを襲撃したテロリストもといブラックレインボーの戦闘部隊〝スペード〟だ。彼らは戦闘服、防弾アーマー、目出し帽バラクラバぐんを着用しており、その見た目だけでも他のテロリストとは異なる印象を受ける。元軍人なのか現ようへいなのかは知らないが、明らかに素人しろうとではない。戦闘訓練を受けた者達だ。


「ちっ、こうなるんだったらマルキュウ持ってくるんだった」


 飛んで来る銃弾を側転で回避しながら、両手のNXA‐05ハンドガンで左右こうに二回撃つ。一番近くの植え込みの陰に零は隠れ、UCGで敵の位置を確認する。


 ‐四人やられた。全てヘッドショット。

 ‐身体を出すな、あの腕前はただ者じゃないぞ。


 スペードの兵士達は車や建物の陰に身をひそめ、無闇に顔を出してこない。

 相手の武器はMK‐74C。アメリカ軍制式カービンライフルで、異なる弾薬の使用とダブルマガジンの使用を想定されて開発された。このためMK‐74Cは片方のマガジンから、あるいは両方のマガジンから弾を薬室チャンバーに供給することができ、左右異なるマガジンをそうてんすれば二種類の弾を使い分けることが可能となっている。もちろんダブルマガジン両方を同一の弾で統一して使用することもできる。


「クロウ、BCOの状況は?」

『BCOが劣勢です。このままだとBCOは全滅し、そちらに敵の全戦力が向かうと予測されます』


 ビルからの報告通りBCOは劣勢だ。彼らが全滅するとスペードはこっちに全力をそそぐことになる。


「BCOめ。何が対ブラックレインボーの専門だ」


 移動しようとした敵の頭に銃弾を当て、次に車の陰から顔を出した敵のひたいを射抜く。


「あと二人か」


 残る近くの反応は二つ。一と進が撃ちって合っている相手だ。敵の側面に回り込み、様子をうかがう。二人はそれぞれ植え込みと壁の後ろに隠れており、なかなかすきを見せない。


「一、真川、そのまま気を引け。私が回り込む」

『オッケー。任せておけ』


 敵にさとられないようしんちょうに零は移動し、壁に張り付いた。敵はこちらに気が付いていない。一と進に夢中だ。その様子をクロウによる偵察映像で確認し、零はかべぎわから狙い撃った。


「タンゴダウン」

『隊長、まずいです。BCOが全滅しました。そちらに増援が向かっています』


 周辺の敵を全滅させたと思ったらスフルからの通信だ。


「分かった」

『あと気になる敵がいます。敵の中に一人、サイボーグがいるのですが』

「それがどうした?」

『そのサイボーグによってBCOが全滅しました』

「何!?」

『隊長の方に向かっています。HVTを指定。注意してください』


 UCG上に接近してくる黄色マークがある。黄色マークはHVT(High Value Target:ハイバリューターゲット)。危険性が極めて高く、味方に多大な損害をおよぼした、あるいは多大な損害をおよぼす可能性があるため、優先して撃破するべき相手を意味する。


「後ろか」


 接近するHVTが背後から。それも速い。これは並のサイボーグではなさそうだ。

 銃を構え、敵の襲撃にそなえようとした瞬間、零のひだりほほぎりぎりを青いせんこうが通り過ぎた。


(レーザー銃だと……)


 こうせい高出力レーザー・サブマシンガン。携行できるように小型化された、最先端のレーザー(Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation:LASER)兵器だ。この時代で光学兵器自体はそこまでめずらしいものではない。そうはいっても一兵士が持てるサイズまでレーザー兵器を小型化し、銃として携行できるようになったのはここ数年の話だ。そこらの人間が手に入れられるはずがない。


「何者だ?」


 HVT表示が目の前の男に付いている。零は右手のNXA‐05ハンドガンをその目の前の男に向けた。


「それはこっちの質問だ。答えてもらおう」


 サイボーグの男は右手にレーザー・サブマシンガン、左手に高周波ナイフを持っている。


(こいつ、暗殺者アサシンタイプか)


 ただのサイボーグでないのは間違いない。おそらくアサシンタイプでも高性能な部類。格闘戦の武器であるナイフを今持っているということはそういう意味だ。高機動サイボーグはその速さをかした近接格闘戦が強い。ゆうな表情からも相手は身体能力に相当の自信があるということだ。


「私は正義のしっこうしゃだ。これで満足か?」

「ほう。そんなおもしろくもない回答をしたのはお前が初めてだ。こちらジョーカー、スペード8全隊員へ。エネミー3以外は全員抹殺。エネミー3は俺がやる」


 一瞬のうちにジョーカーは間合いを詰め、ナイフで首をかき切ろうとした。


(何!?)


 驚異的なしゅんぱつりょくに零は驚きを隠せない。何とか首を左にかたむけ、ジョーカーの攻撃をかわしたが、すぐに次の一振りが来る。


「いい反応だ。こうでなくてはつまらない」


 ジョーカーは零の反応速度を試しているのか、するどいナイフ攻撃を次々と繰り出してくる。それらをかみひとで確実に避けていく零。だがジョーカーはり技も混ぜており、その攻撃の速さは常人が長い間耐えられるものではない。


「お前、本当に生身ナチュラルか? ここまで素早いやつとは思わなかったぞ。さきほどの連中よりも実戦経験がある。射撃の腕といい、ただの警察官ではないな」


 彼は零の身体能力に興味を持ち始めていた。サイボーグのため会話するゆうがあるようだが、零にそのようなゆうはない。コンマ以下の時間世界、ミリ秒単位の戦いだ。

 圧倒的な情報処理能力と情報伝達能力を持つサイボーグの肉体はそれだけで生身の人間をりょうしている。その中でも機動力に特化しているのがジョーカーだ。戦場における高機動型戦闘用サイボーグは全自動戦車並みに高価であるが、それに見合う切り札的戦力として運用できる。


(このまま避け続けるのは難しい)


 攻撃され続けていては勝機がない。反撃するチャンスを待つ。


(ここだ!)


ジョーカーの下段回転りを同じくりで受け止め、それと同時に左手のNXA‐05ハンドガンをジョーカーへ撃った。


「おっと危ない。こいつを食らいな」


 軽口をたたいてジョーカーは至近距離の射撃をすらりと回避し、カウンターとしてレーザーSMGを連射する。サイボーグは銃の反動をよくせいする能力が優れているため、高速連射レート銃であっても片手で反動なく使用することができる。


 正確無比な射撃を回避するため、零は対面の壁に右ガントレットの射出器からワイヤーを打ち込み、空を飛ぶように移動する。このわずかなあいだ、彼女はジョーカーに向かって三発撃った。


「へえ、フックショットか。おもしろいもん持ってるな」


 しかしジョーカーに攻撃は当たっていない。それどころか零の着地地点を予測し、すでにナイフで背後から切りかかっていた。


(くそっ、速い!)


「じゃあな。久しぶりにおもしろかったぞ」


 ジョーカーは勝利を確信した。こうけいに狙いを定め、高周波ナイフのえいな刃を振り下ろす。そのまま零の首を切り裂いたと思われたが、そうはならなかった。


「ちっ! 磁力フィールドか!」


 いきおい良く振り下ろされたナイフは見えない力で押し返され、首を切ることはできなかったのだ。さすがのジョーカーもこれには意表を突かれた。このすきを零は見逃さなかった。すぐさまこんしんの回しりを胴体に当てた。


「俺が攻撃を食らうだと? やるな」

「隊長!」


 一が零の援護に到着。体勢を立て直そうとしているジョーカーをようしゃなく撃っていく。


「くそっ、あいつ速すぎるだろ」


 それでもジョーカーに弾は当たらない。さすがサイボーグといったところか。尋常じゃない反応速度だ。


あらか。ということはスペード8は全滅。日本の警察がここまでできる組織だったとは」


 ピピッ


 ジョーカーの義眼に映るAR戦術インターフェイスにボスからの連絡が入る。


「はい、ジョーカーです」


 銃弾を避けながらすぐに思考通信に出るジョーカー。相手はブラックレインボーの頂点に立つ存在。戦闘中だろうが、通信に出ないわけにはいかない。緊急の呼び出しだ。


『ジョーカー、作戦は中止しろ。事が大きくなる前に引くのだ』

「よろしいので?」

『問題ない。BCOの連中を始末した。それだけでも大きな成果だ。引け』

「分かりました。これより退却します」


 思考通信を終えると、ジョーカーは後ろへ大きく跳躍していき、あっというにその姿をくらませた。


「隊長、大丈夫か!」


 一は周囲をけいかいしながら零の近くまで走り寄る。


「ああ。とりあえずはない。けい保護ベルトがなければ、今頃首を切り落とされていたかもな。今まで戦ってきたサイボーグの中で一番速かった。あれは今後もきょうになる。今までブラックリストに載っていなかったのが不思議だ」


 けい保護ベルトというのは文字通り首を守る防具だ。主な目的は首を刃物で切られないように、あるいは切られたとしても致命傷にならないようにする。この保護ベルトは厚みがなく、装着しても重さをまるで感じないが、通常のナイフならば完全なぼうじんせいはっすることができる。また、高周波ナイフによるけいへの攻撃を防ぐため、強力な磁力場を一時的に発生させることができる。この機能は保護ベルトに内蔵されたセンサーやUCGなどの戦術デバイスで敵を認識、攻撃の軌道予測、磁力場の強弱および展開範囲計算、磁力場展開という一連の動作により自動的に発動する。


「あいつ、ジョーカーと言っていたな。あれは規格外の特注義体だ。あの様子だとブラックレインボーは他にも規格外サイボーグを保有しているだろう」


 零は念のために左右両方のNXA‐05のマガジンを交換した。


「クロウ、周囲に敵はいるか?」

『こちらスフル。周囲はクリアです』

『こちらビル。同じくクリアです。さっきのサイボーグは完全に引き上げたようです』

「そうか……」

「隊長、後処理は他の連中に任せて帰ろう」

「そうだな。帰るとしよう。問題は新しい車をどこから調達するか、ということだな」

『隊長、それなら問題ありません。ブラックレインボーが乗って来た車をはいしゃくすればよいかと』

「ふっ、はははっっ!」

「ビル、お前いいセンスだぞ」


 ビルの提案にさすがの零も大きく笑ってしまった。合理的な判断をしているのだろうが、一はおもしろくて仕方がなかった。仮に直樹や進が提案してもこうはなるまい。


「よし、帰るぞ」


 誰も死んでいない。これはだ。



『ジョーカー、今回はご苦労であった。鳥かご作戦は失敗したが、我々を追う者達の姿を見ただけでも十分としよう』


 とある廃ビルの屋上。ジョーカーは思考通信でボスと連絡をしていた。


「はい。ただし、スペード8は全滅しました。日本の公安ごときにこのような失態、申し訳ございません」

『それは仕方ない。彼らでは手に負えない連中だ。すぐに欠員は補充する。あれが日本最強の組織、公安局六課か。今度相手をする時は全力でやれ、ジョーカー。ちゃんと舞台をととのえよう』

ぎょ……ただ気になることが」

『どうした?』

「私が戦ったあの女、どこかで見たような気がします」

『そうか。お前が気になるということは無視できないな。スペードに情報解析をやらせよう。何か出てくるかもしれん』

「もう一つ気がかりなことがあります。日本には六課以外に非公式組織ゼロがあるといううわさを聞いています」

『ああ、その話か。確かに井口のやつも言っていた。日本には現代のしのびたる恐ろしい組織がいるとな。だが、クイーン達によるとそれは公安局八課の異名で、井口の言うような組織ではない』

「なるほど。では気にする必要はないですね」

『井口は苦しまぎれにそういったのだろう。器の小さい男だ。例の会合の後、我々を裏切り、公安に情報を流したのかもしれん』

「そうかもしれません。あの井口という男、我々に隠れて中華連とも取引をしていたようですし」

『今後、日本の活動はひかえる。場合によっては一時的にてっ退たいもありえるだろう。ジョーカー、お前はイランへ向かえ。現地部隊の戦闘支援を行い、敵対勢力を撃滅せよ。ついでに、中華連のスパイも見つけ出せ。どうやらこの件には中華連もからんでいるようだ。我々に対して本腰を入れてきたということだろう。日本から戦闘部門であるスペードはてっ退たいさせ、アジアの戦力を再配置する』

「了解しました。それではイランへ向かいます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る