Harbinger
ハービンジャー 前編
〈時刻2413時。インド、ムンバイ〉
直樹達は戦闘準備を開始した。防弾強化された車に乗り込む三人。運転手席には珠子、助手席には直樹。後部座席には由恵が
「まさか俺達がテロリストになるとはな」
直樹、珠子、由恵はブラックレインボー・スペード兵士と
零課の特徴である光学迷彩機能付き戦闘スーツやNXF‐09、NXA‐05等は一切装備していない。三人はスペード兵士に
「衛星からの映像は正常。標的車両をロック。基地内のセキュリティシステム、監視カメラ、ドローン、ジャマーも全てハッキング済み」
由恵が人工衛星
標的車両の位置が赤い丸で囲まれ、
「由恵、情報リンクを確認したわ」
珠子は同期した情報がUCGに正しく反映されていることを確認した。
「了解。はあ、私なんかが海外任務に参加することになるとは……」
由恵がそういうのも無理はなかった。彼女は元々、民間人。警察官でもなければ軍人でもない。しかし彼女がただの民間人というと少々
「伝説のハッカー〝レインマン〟が何言ってるの」
現に今、由恵はクローバー・グローバル・トランスポート、アリュエット・スペース・システムズ、インド軍、アメリカ軍の人工衛星をハッキングしていた。これはブラックレインボーや第三勢力への情報伝達
「いや、それは昔の話だし」
「ちょっと待て。レインマンって、あの
《レインマン事件》
八年前、とあるハッカーが世界を
その後、そのハッカーは身代わりアンドロイド(アバター)を
「そうよ。由恵って超
珠子は警察庁警備局警備企画課(第八課)の出身。世間ではゼロの異名で知られている公安だ。レインマン事件当時、珠子はレインマンである由恵を追っていた。
「そうだったのか。知らなかったな」
一方、直樹は広島県警の特殊部隊HRT出身である。公安警察官ではない。そのためレインマン事件にそれほど関与していなかった。
「あの時、結果として零課にハッキングしておいて良かった。いい加減、私もブラックレインボーとお別れしたい」
レインマン事件当時に由恵が入手した情報を元に、今回ナミビアのブラックレインボー・ハート部門地下研究所を特定。零、一、響の三人がナミビアに派遣されたのだった。現状、由恵のハッキング能力は零課一である。
「それじゃ、行くよ」
珠子の言葉を合図に、四台の車が
〈サンタクルズ空軍基地〉
インド空軍基地の一つであるが、無人航空機の発展により有人機の離着陸訓練は減少。さらに、スクランブル発進もほとんどが無人機にうって変わっていた。そのため、サンタクルズ空軍基地では政府による承認と空軍との契約により、民間企業でも
世界一の輸送企業クローバー・グローバル・トランスポート(CGT)は自前の空輸網に空軍基地を組み込んでいる。また、輸送機の護送任務は世界一の民間軍事警備企業アリュエット・セキュリティ・サービス(ASS)へ
「こちらシヴ。サンタクルズ空軍基地に到着。入国手続きと各車両のメンテナンスが終了
ブラックレインボーの輸送を
『シヴ、気を付けろ。サイファーは間違いなく我々の
通信相手はクラブのキングにして、CGTのCEOミラー・レッドフィールド。ブラックレインボーの巨大な密輸ネットワークを支え、同時に国際社会の物流ネットワークを支えている。そう。ブラックレインボーは
「……
『総員に
基地内に響き渡る襲撃アナウンスと激しい銃声。
「イズンの
〈サンタクルズ空軍基地(ゲート付近)〉
「滝、左から2、右から3だ!」
「了解!」
基地ゲートを車でそのまま突き破り、直樹達は任務を開始した。
侵入者を止めるべく守衛が小銃を構えるが、その
そのため、相手の意表を突くべく、直樹達はブラックレインボーの犯行として事に当たることにしたのだった。元々、直樹達がインドに訪れた理由はアダマス・ハイ・インダストリーズのアンドロイド工場への侵入
「よし、由恵! ヘクスを展開して!」
「了解。行っけ。私のヘクス達!」
後続の車両にいる
「そろそろ俺らも降りるぞ。相手はどうやらクイーンのようだからな」
「カバーする。由恵そっちは?」
「大丈夫。降車済み」
直樹と珠子は前衛を務めながら、障害となるインド兵とASS兵を排除していく。
「敵
後衛には由恵が
「来たか、サイファー。クラブ精鋭のエース隊とインド兵の両方を相手しながら、それでもなお向かってくる。やはり人間は
シヴは配下のAS‐5Qを護送車両中心に散開させつつ、エース隊を前線に上げ、さらにインド政府へ支援を要請していた。名目は〝サンタクルズ空軍基地を襲撃しているブラックレインボーの武力制圧〟である。
「
彼女の手にはウィドー・ファイア・アームズが開発したUxE‐03が握られている。
UxE‐03はクイーン用の兵器として開発された、携行式多用途可変型高出力レーザーキャノン。収納された銃身を延長することで射程と
銃本体上前部に取り付けられたキャリングハンドルと上後部のレバー式エルゴノミックグリップを持ち使用する。通常時は連射式レーザー銃として使用でき、さらにレーザーを放射し続けることでレーザーブレードとしても使用可能。レーザーキャノン時には銃身がレールガンのように上下に展開し、エネルギーの増幅と収束を行う。最大出力で使用すれば対光学装甲を持つ戦車ですらただでは済まない。
すぐそこで由恵の
「くそっ! レーザー機銃か! すげえもん出して来たな!」
「当たれば一瞬であの世行きだ」
直樹の言葉に対し、珠子がつぶやいた。
レーザー機銃の光速射撃を避けるため、三人はそれぞれ
「隠れ続けることはできないぞ。逃げ場などない。ここがお前達の墓場となる」
対ブラックレインボー戦闘という
「私が試してみる」
由恵の
だが、シヴはその場を動かなかった。
「甘い」
シヴの周囲をシールドが覆い、
それだけではない。シヴはシールドを展開したまま、UxE‐03によるレーザー射撃を行い、全ての
「おおっと、まさかの非対称透過シールド。これは予想外」
由恵が驚いたのも無理はない。ブラックレインボーが非対称透過シールドを実用化していたのは想定外だった。通常、シールドを展開した場合、相手からの攻撃を防ぐだけでなく、使用者の攻撃も
「どうする? このままだとインド軍やASSの増援が来てしまう」
直樹は用心のため、ゲート付近に高性能爆薬P3を四つ設置しているが、本格的な応援部隊が来れば足止めにもならないだろう。それにサイボーグ兵やアンドロイド兵がいれば爆薬を見破られる可能性が高い。
「どうにかしてあのシールドを取り除かないと。由恵、何か方法はない?」
「直接は取り除けないけど、間接的になら除けるかもしれない。おそらくレーザーもシールドもエネルギー供給源として、サテライト太陽光発電システムにかなり依存している。発電衛星をハッキングすればエネルギー供給が停止し、シールドが消えるかもしれない。ただそうなったとしても、あいつは内蔵されたパワージェネレーターで対応してくると思う。油断は
由恵が注目したのはシヴのエネルギー源。高出力レーザー兵器やシールドを使用するには膨大なエネルギーが必要である。通常、携行式レーザー機銃やパーソナル・シールドを安定的かつ持続的に使用するには背中に大容量パワーセルを背負うか、サテライト太陽光発電システムによる遠隔高速充電が必要だった。
見たところシヴの背中にはパワーセルではなく、予備武器と思われる実弾銃VE‐94U(
「二人にはハッキングの時間
「分かった」
「任せておいて」
直樹と珠子はASS兵を排除しつつ、標的車両へ前進。シヴの気をこちらに誘導する。
「そこか。もはや後はない」
直樹がシヴに見つかった。レーザー
「お前は私の
直樹の元に
しかし、それはあまりにも苦しい選択だった。
その行動はシヴに見透かされていた。
シヴはUxE‐03によるレーザー照射で、SC‐3の胴体部を垂直方向に切断し、直樹を見つけた。
「見つけたぞ」
由恵はシヴに電力を供給している人工衛星を探し始めた。各国軍事衛星、世界企業連盟、それら以外の衛星。無数にある候補の中からインドのサンタクルズ空軍基地に供給座標を合わせているものを
「これだ」
ASSの人工衛星〝ASS2245M〟とCGTの人工衛星〝CGT3F55H4P〟の二つが見事ヒット。この二つはシヴに向けて電力を供給していた。
「早くこの二つを停止させないと。くっ、想像以上にセキュリティが強固だね」
衛星のセキュリティシステムは
「これは人工知能が構成したプログラム。人間が組めるはずがない」
電子戦特化型サイボーグである由恵であっても、即座に突破できない。これほどのセキュリティシステムを見たのは
「国連の人工知能プロビデンスによる国連軍次世代電子防衛構想……それに
彼女は以前、これと似た防衛プログラムを見たことがある。国連軍の電子防衛網だ。八年前、国連軍にハッキングした時に見た。
「間違いない。このプログラムはプロビデンスのものだ。だけど、今はそんなことどうでもいい。これでシャットダウン!」
人工衛星〝ASS2245M〟と〝CGT3F55H4P〟の機能は完全に停止した。加えて、由恵はシヴへ他の人工衛星が電力供給を行わないよう、サテライト太陽光発電システムに関連する全ての人工衛星に
「見つけたぞ」
シヴの
(ここまでか……)
直樹はシヴと正面と対面し、死を
自力ではどうにもならない状況。
恐怖はそこまで感じなかった。
「ここで死ぬがいい、サイファー」
シヴのUxE‐03が
しかし突然、シヴの非対称透過シールドが消失した。
「何だ!?」
この異常事態にシヴは驚きを隠せなかった。
「今だ!」
直樹は左へサイドステップし、その後ろで隠れていた珠子がタイミングよくシヴを狙撃した。
「くっ、サブシールド起動!」
非対称透過シールドを失ったシヴは内蔵パワージェネレーターからエネルギーを流用し、予備シールドを展開。珠子の狙撃を無効化した。
「この私に
サブシールドを解除し、報復として珠子へレーザーを連射した。
「ご機嫌斜めな女王様だ」
体勢を立て直した直樹はすぐにシヴへ狙いを定め、MK‐74Cの引き金を引いた。またしても攻撃を避ける
(まだ何か隠しているのか?)
直樹の不安をよそに、シヴは銃弾をまともに受けた。計十六発。撃った全弾が命中したのだ。それでも彼女は物ともせず、珠子への攻撃を続けた。彼女は機動性を
「おいおい、シールド無くても
直樹はMK‐74Cのダブルマガジンを交換。片方を対重サイボーグ用
「これならいけるか」
『シヴ、聞こえるか』
「はい、ボス。現在、サンタクルズ空軍基地で戦闘中です」
『手こずっているようだな』
「いえ、そんなことはありません」
『
「イエス・ユア・マジェスティ。フィンブルヴェト・モード」
ボスの命令を受け、シヴはUxE‐03の銃身を伸長させた。これにより、UxE‐03の射程と
「何だか嫌な予感がする。鶴間! そっちは無事か!?」
「えぇ、何とかね。あいつは基地ごと吹き飛ばすつもり?」
「多分、私達〝ブラックレインボー〟のせいにするつもり」
三人の考えていることは全て当たっていた。
シヴはレーザーキャノンを直樹に向ける。
「嘘だろ」
直樹は
A1ソニック・エクスプローダーが空中で起動。一瞬にして周囲の大気を圧縮したかと思うと高圧縮された大気が即座に解放され、広範囲に
「危ないところだったな」
「
ソニック・エクスプローダーは小型
「直樹、離れて!」
由恵の声に直樹はすぐさま反応した。シヴから距離を取る。特徴のある爆音が空に響いていた。
「ん? この音は……」
シヴは接近してくるエンジン音を拾った。この音は軍用ジェット機のものである。
「まさか無人機か」
上空にはインド空軍の無人多用途戦闘機UM‐22が三機。これらの無人機は由恵が完全にシステムを
「これならどうだ」
シヴへ向けて三機の無人機が無誘導爆弾BK‐8vを投下、一気に地上を
「……やったの?」
「どうだかな」
珠子と直樹が様子をうかがう。
爆炎の中はよく見えない。
「さすがに
三人は爆炎をかき分け、歩み寄って来る影を見た。シヴだ。
「だが、私を仕留めることはできなかったようだな」
「ちっ……あれでも駄目か」
直樹は再び銃を構えた。
UM‐22による爆撃自体は成功したが、シヴはシールドによる自己防衛で爆撃の被害を軽減していた。ただシヴも無傷というわけにはいかなかった。サブシールドへのエネルギー供給で過負荷を受けた内蔵パワージェネレーターは機能が大幅に低下。シールドを安定して発動することは不可能となり、レーザーキャノンの使用も不可能となっていた。
しかし三人の持っている武器ではシヴに致命的なダメージを与えることは難しい。相手はエレクスド・カーバイン複合装甲で構成されている。つまりシヴは歩く戦車だ。火力が落ちたとはいえ、UxE‐03が恐ろしい武器であることには変わりない。
『シヴ、聞こえるか。所属不明のティルトローター機が南西からそちらに向かっている。今は空中で停止しているようだ。距離にしておよそ10キロ』
突然、クラブのキングであるミラーから通信が入った。
「
所属不明。それがシヴとミラーにとって想定外のものだった。なぜならブラックレインボーはあらゆる人工衛星と各国軍の防空レーダーを
「何者だ?」
さらに理解しがたいのが、空中で停止しているということ。Rz‐72の最大速度は時速605キロ、
ヒュン!
ガシャッン!
シヴの右腕がいきなり吹き飛び、手にしていたUxE‐03を地面に落とした。
「なっ……狙撃だと……」
正確無比な狙撃。それも狙撃地点は約十キロ先の上空。先ほど報告のあった所属不明機からだ。間違いない。
「ふざけっ……」
ヒュン!
ガンッ! ドンッ……
次はシヴの頭が胴体から離れ、地面を転がった。胴体の真ん中には大きな穴が開き、パワージェネレーターは完全に破壊されていた。身体はもはや使い物にならない。だが頭部は胴体から離れても独立して機能しており、シヴは意識を保っていた。彼女はアンドロイド。そのためサイボーグ以上の完全性を有していた。にも関わらず、人間相手にこの
「ボス、相手はやはり
ヒュン!
最期の
文字通り、自身へのとどめを刺すためのもの。
とても人間
それでもこの弾は
「おのれ……」
バシャッン!
シヴの頭部は見る影もない程、
「隠れろ! 狙撃だ!」
直樹は状況を飲み込めない。が、目の前に映るのは飛散したシヴ。間違いなく対物ライフルの
「ヘリの音?」
通常のヘリコプターよりは静かな音だが、高速で接近してきている機体が一つ。
「あれ見て。Rz‐72よ」
「おいおい。また敵か?」
三人は武器のマガジンを換え敵襲に備える。
『基地襲撃犯に
Rz‐72機体下部のライトに照らされた三人。状況からして逃げることも、強行突破するのも無理だろう。ここはこの場をどうにか忍ぶことの方が重要だ。直樹達は相手の要求を飲み、武器を捨て、相手に分かるよう両手を挙げた。
機体側面からロープを伝って降下してくる水兵達。
直樹は彼らの
(MK‐54F? ということはシールズか?)
MK‐54Fは水中での使用も想定して開発された特殊部隊向けカービンライフル。装弾数は25発+1の計26発。MK‐74Cと比べると有効射程が
水兵達が直樹達を取り囲み終えると、Rz‐72が完全に着陸した。後部ランプが開き、中から指揮官らしき軍服の女性がやってくる。
「私はヘカティア・ブリューゲル。
よく知っている顔を見て三人は
「どうした? さっさと乗れ」
ヘカティア、もとい零に
〈Rz‐72〝ブルーバード7〟機内〉
「おかげで助かりました」
救出された直樹達は席に座り、体力の回復に
「三人とも無事で何よりだ。今のうちに休んでおけ」
機内にはシールズ隊員の
「次の任務も
先の狙撃で使ったのだろうか。
XR‐99は零課のケナンと国防省先進技術開発局が協力して開発した次世代試作型超電磁式スナイパーライフル。超長距離の標的を正確に
「これから我々はアメリカへ向かう。作戦名はワイルドファイア。任務はBCOの救出とブラックレインボー勢力の排除。向こうには課長のツテで話が通っている。おそらくこの任務が世界の分け目になるだろう」
零は次の任務概要を皆へ話し始めた。
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