Harbinger

ハービンジャー 前編

〈時刻2413時。インド、ムンバイ〉

 直樹達は戦闘準備を開始した。防弾強化された車に乗り込む三人。運転手席には珠子、助手席には直樹。後部座席には由恵がとうじょうしている。さらに由恵がプログラムしたHXヘクス‐5アンドロイド十二体が四体ずつ、車両三台に分乗していた。車両は計四台。


「まさか俺達がテロリストになるとはな」


 直樹、珠子、由恵はブラックレインボー・スペード兵士とまったく同じかっこうをし、装備もスペードにじゅんじたものを携行している。主武器はMK‐74C(CRカービンライフル)。予備武器としてはCQN‐8D(PDWパーソナル・ディフェンス・ウェポン)。CQN‐8Dは専用弾薬と専用付属ホロサイトを使用し、装弾数は40+1発。片手でもフルオート射撃でき、ブラックレインボー・スペード部隊で主に使用される。

 零課の特徴である光学迷彩機能付き戦闘スーツやNXF‐09、NXA‐05等は一切装備していない。三人はスペード兵士にふんしていた。


「衛星からの映像は正常。標的車両をロック。基地内のセキュリティシステム、監視カメラ、ドローン、ジャマーも全てハッキング済み」


 由恵が人工衛星および監視カメラから標的車両と基地内部を監視。さらに、サンタクルズ空軍基地、アフリカのツシェム空軍基地、フィセム・アフリカ社も念のため人工衛星でそれぞれ見張っていた。由恵の得た情報はすぐさま戦術解析がほどこされ、直樹と珠子のUCGに同期された。

 標的車両の位置が赤い丸で囲まれ、きょうとなるものは対象頭上に赤い点が表示される。


「由恵、情報リンクを確認したわ」


 珠子は同期した情報がUCGに正しく反映されていることを確認した。


「了解。はあ、私なんかが海外任務に参加することになるとは……」


 由恵がそういうのも無理はなかった。彼女は元々、民間人。警察官でもなければ軍人でもない。しかし彼女がただの民間人というと少々へいがあるかもしれない。


「伝説のハッカー〝レインマン〟が何言ってるの」


 現に今、由恵はクローバー・グローバル・トランスポート、アリュエット・スペース・システムズ、インド軍、アメリカ軍の人工衛星をハッキングしていた。これはブラックレインボーや第三勢力への情報伝達たいを目的としたものである。


「いや、それは昔の話だし」

「ちょっと待て。レインマンって、あの雨男レインマン事件のレインマンか?」



《レインマン事件》

 八年前、とあるハッカーが世界をせっけんした。国際刑事警察機構(インターポール)、零課を含む各国ちょうほう機関、政府ちゅうすう、大企業へハッキングし、機密情報を洗いざらい盗み取っていったのだ。それもわずか二日で。そして、ここからが本題だ。通常のハッカーとは違い、スタンドアローン型コンピュータ内や紙ばいたいの最高機密情報までも盗み去った。後の捜査で、所内アンドロイドや警備ロボット、情報処理型サイボーグ等にハッキングをかけ、彼らに情報を盗ませたことが判明。いわゆる間接的なハッキング攻撃も実施されていたのだ。

 その後、そのハッカーは身代わりアンドロイド(アバター)をもちいて、メディアや市民の前に現れるようになる。「見えぬ闇が世界をむしばんでいる」と。事件名の由来は必ず雨の日に現れることから。これは由恵なりの光学迷彩対処だった。由恵はブラックレインボーに関する機密情報を手に入れたことで、ブラックレインボーに命を狙われることになり、結果、零課が保護することとなった。これは由恵の持つハッキング能力と情報が零課にとって有益なものになるという判断からである。



「そうよ。由恵って超オー級ハッカーなの。公安の中では有名」


 珠子は警察庁警備局警備企画課(第八課)の出身。世間ではゼロの異名で知られている公安だ。レインマン事件当時、珠子はレインマンである由恵を追っていた。


「そうだったのか。知らなかったな」


 一方、直樹は広島県警の特殊部隊HRT出身である。公安警察官ではない。そのためレインマン事件にそれほど関与していなかった。


「あの時、結果として零課にハッキングしておいて良かった。いい加減、私もブラックレインボーとお別れしたい」


 レインマン事件当時に由恵が入手した情報を元に、今回ナミビアのブラックレインボー・ハート部門地下研究所を特定。零、一、響の三人がナミビアに派遣されたのだった。現状、由恵のハッキング能力は零課一である。


「それじゃ、行くよ」


 珠子の言葉を合図に、四台の車がいっせいにサンタクルズ空軍基地へ発進した。



〈サンタクルズ空軍基地〉

 インド空軍基地の一つであるが、無人航空機の発展により有人機の離着陸訓練は減少。さらに、スクランブル発進もほとんどが無人機にうって変わっていた。そのため、サンタクルズ空軍基地では政府による承認と空軍との契約により、民間企業でもかっそうかくのうの使用が可能である。ただし、利用のためには空軍側が提示した条件および多額の契約金が必要である。なお、このような民間企業の空軍基地利用は他の国でも少数ではあるが見られる。

 世界一の輸送企業クローバー・グローバル・トランスポート(CGT)は自前の空輸網に空軍基地を組み込んでいる。また、輸送機の護送任務は世界一の民間軍事警備企業アリュエット・セキュリティ・サービス(ASS)へたくされており、その様子はさながら本物の空軍のようだ。CGTの顧客としてフィセム社やトクロス社が挙げられる。


「こちらシヴ。サンタクルズ空軍基地に到着。入国手続きと各車両のメンテナンスが終了次第しだい、トクロス社ムンバイ支社へ移動を開始する」


 ブラックレインボーの輸送をになうクラブ部門のクイーン、シヴ。彼女は直属のアンドロイド兵AS‐5Qとクラブの人間精鋭部隊〈クラブ・エース〉隊を引き連れ、周囲をけいかいしていた。彼女達は表向きASS社員であるが、フィセム・アフリカ社の荷物を輸送しているのは間違いない。まさか、ASSやCGTが国際犯罪シンジケート〝ブラックレインボー〟とつながっているなんて、インド政府、インド空軍は想像もしていないだろう。


『シヴ、気を付けろ。サイファーは間違いなく我々のじゃをしてくるはずだ』


 通信相手はクラブのキングにして、CGTのCEOミラー・レッドフィールド。ブラックレインボーの巨大な密輸ネットワークを支え、同時に国際社会の物流ネットワークを支えている。そう。ブラックレインボーはすでに表世界を、人々が暮らしている世界を大きく侵食していた。


「……うわさをすれば。お客さんが来た」


『総員にぐ、テロリストの襲撃だ!これは演習ではない!繰り返す!これは演習ではない!』


 基地内に響き渡る襲撃アナウンスと激しい銃声。


「イズンのかたきは私が取らせてもらう。やつらは私のものだ。通信終了」



〈サンタクルズ空軍基地(ゲート付近)〉


「滝、左から2、右から3だ!」

「了解!」


 基地ゲートを車でそのまま突き破り、直樹達は任務を開始した。

 侵入者を止めるべく守衛が小銃を構えるが、そのひたいに直樹が銃弾を命中させた。零課は本来、インド軍と敵対する必要はない。しかし、零課の存在はとくされるべきものであり、なおかつ、どこまでブラックレインボーが浸透しているのか分からない。


 そのため、相手の意表を突くべく、直樹達はブラックレインボーの犯行として事に当たることにしたのだった。元々、直樹達がインドに訪れた理由はアダマス・ハイ・インダストリーズのアンドロイド工場への侵入および工作任務。この任務は零達がナミビアで行動をしていた時刻とほぼ同時刻に実施され、かんすいされた。


「よし、由恵! ヘクスを展開して!」

「了解。行っけ。私のヘクス達!」


 後続の車両にいるHXヘクス‐5を車両から降車させ、おっのインド兵を相手させる。


「そろそろ俺らも降りるぞ。相手はどうやらクイーンのようだからな」

「カバーする。由恵そっちは?」

「大丈夫。降車済み」


 直樹と珠子は前衛を務めながら、障害となるインド兵とASS兵を排除していく。


「敵選抜射手マークスマンを排除する」


 後衛には由恵がひかえている。彼女の手足であるアンドロイド兵HXヘクス‐5は高度な連携を取りつつ、確実に周囲を制圧していた。由恵も自身のMK‐74Cで降りかかる火のを払い、前進していた。由恵が放った弾丸は二人のASSの選抜射手マークスマンを撃ち抜いた。


「来たか、サイファー。クラブ精鋭のエース隊とインド兵の両方を相手しながら、それでもなお向かってくる。やはり人間はおもしろい」


 シヴは配下のAS‐5Qを護送車両中心に散開させつつ、エース隊を前線に上げ、さらにインド政府へ支援を要請していた。名目は〝サンタクルズ空軍基地を襲撃しているブラックレインボーの武力制圧〟である。


。この私がめっしてくれる」


 彼女の手にはウィドー・ファイア・アームズが開発したUxE‐03が握られている。

 UxE‐03はクイーン用の兵器として開発された、携行式多用途可変型高出力レーザーキャノン。収納された銃身を延長することで射程とりょくを向上させることができる。最小長1.25メートル、最大長1.87メートル、重量29.3キログラム。付属品は距離測定器、不可視レーザーサイト、出力調整タッチパネル。

 銃本体上前部に取り付けられたキャリングハンドルと上後部のレバー式エルゴノミックグリップを持ち使用する。通常時は連射式レーザー銃として使用でき、さらにレーザーを放射し続けることでレーザーブレードとしても使用可能。レーザーキャノン時には銃身がレールガンのように上下に展開し、エネルギーの増幅と収束を行う。最大出力で使用すれば対光学装甲を持つ戦車ですらただでは済まない。

 すぐそこで由恵のHXヘクス‐5二体が見るもざんにバラバラになった。


「くそっ! レーザー機銃か! すげえもん出して来たな!」

「当たれば一瞬であの世行きだ」


 直樹の言葉に対し、珠子がつぶやいた。

 レーザー機銃の光速射撃を避けるため、三人はそれぞれかくのうや基地内に置かれた戦闘機の背後に隠れた。


「隠れ続けることはできないぞ。逃げ場などない。ここがお前達の墓場となる」


 対ブラックレインボー戦闘というめいもくとはいえ、シヴであってもインド空軍所有物である戦闘機や攻撃機、無人機をやみくもに破壊するわけにはいかない。表向きはASS社員なのだ。もし、これらを損壊すればインド空軍と責任問題やばいしょうきん問題に発展する可能性が高い。


「私が試してみる」


 由恵のHXヘクス‐5四体がシヴに対し、左右から同時攻撃を仕掛ける。

 だが、シヴはその場を動かなかった。


「甘い」


 シヴの周囲をシールドが覆い、HXヘクス‐5からの銃撃をへんこう、無力化した。

 それだけではない。シヴはシールドを展開したまま、UxE‐03によるレーザー射撃を行い、全てのHXヘクス‐5をはちにした。


「おおっと、まさかの非対称透過シールド。これは予想外」


 由恵が驚いたのも無理はない。ブラックレインボーが非対称透過シールドを実用化していたのは想定外だった。通常、シールドを展開した場合、相手からの攻撃を防ぐだけでなく、使用者の攻撃もさえぎってしまう。対照的に、非対称透過シールドは〝相手の攻撃を防ぎながら、使用者の攻撃を通すシールド〟を指す。使用者からの攻撃を透過し、敵からの攻撃を防ぐ。この非対称性が非対称透過シールドの強さである。


「どうする? このままだとインド軍やASSの増援が来てしまう」


 直樹は用心のため、ゲート付近に高性能爆薬P3を四つ設置しているが、本格的な応援部隊が来れば足止めにもならないだろう。それにサイボーグ兵やアンドロイド兵がいれば爆薬を見破られる可能性が高い。


「どうにかしてあのシールドを取り除かないと。由恵、何か方法はない?」

「直接は取り除けないけど、間接的になら除けるかもしれない。おそらくレーザーもシールドもエネルギー供給源として、サテライト太陽光発電システムにかなり依存している。発電衛星をハッキングすればエネルギー供給が停止し、シールドが消えるかもしれない。ただそうなったとしても、あいつは内蔵されたパワージェネレーターで対応してくると思う。油断はきんもつ


 由恵が注目したのはシヴのエネルギー源。高出力レーザー兵器やシールドを使用するには膨大なエネルギーが必要である。通常、携行式レーザー機銃やパーソナル・シールドを安定的かつ持続的に使用するには背中に大容量パワーセルを背負うか、サテライト太陽光発電システムによる遠隔高速充電が必要だった。

 見たところシヴの背中にはパワーセルではなく、予備武器と思われる実弾銃VE‐94U(PDWパーソナル・ディフェンス・ウェポン)二丁が確認できる。一方、UxE‐03の上部にはサテライト太陽光発電システムからの電気エネルギーを受容する小型パネルとアンテナが付いていた。


「二人にはハッキングの時間かせぎをお願い」

「分かった」

「任せておいて」


 直樹と珠子はASS兵を排除しつつ、標的車両へ前進。シヴの気をこちらに誘導する。


「そこか。もはや後はない」


 直樹がシヴに見つかった。レーザーそうしゃかんいっぱつぱつローリングでかわし、大型輸送機SC‐3の陰に隠れることに成功。だが、シヴがこのまま距離を詰めてくれば命は助からない。しゃへいぶつは何もなく、走って逃げられるような相手ではない。


「お前は私のものだ」


 直樹の元にせまるシヴ。直樹は反対周りに移動しながら距離を取ることにした。

 しかし、それはあまりにも苦しい選択だった。

 その行動はシヴに見透かされていた。


 シヴはUxE‐03によるレーザー照射で、SC‐3の胴体部を垂直方向に切断し、直樹を見つけた。


「見つけたぞ」



 由恵はシヴに電力を供給している人工衛星を探し始めた。各国軍事衛星、世界企業連盟、それら以外の衛星。無数にある候補の中からインドのサンタクルズ空軍基地に供給座標を合わせているものをしぼっていく。


「これだ」


 ASSの人工衛星〝ASS2245M〟とCGTの人工衛星〝CGT3F55H4P〟の二つが見事ヒット。この二つはシヴに向けて電力を供給していた。


「早くこの二つを停止させないと。くっ、想像以上にセキュリティが強固だね」


 衛星のセキュリティシステムはなみたいていのハッカーが突破できるようなしろものではなかった。


「これは人工知能が構成したプログラム。人間が組めるはずがない」


 電子戦特化型サイボーグである由恵であっても、即座に突破できない。これほどのセキュリティシステムを見たのはひさしぶりだ。


「国連の人工知能プロビデンスによる国連軍次世代電子防衛構想……それにもとづいた新世代セキュリティだ」


 彼女は以前、これと似た防衛プログラムを見たことがある。国連軍の電子防衛網だ。八年前、国連軍にハッキングした時に見た。


「間違いない。このプログラムはプロビデンスのものだ。だけど、今はそんなことどうでもいい。これでシャットダウン!」


 人工衛星〝ASS2245M〟と〝CGT3F55H4P〟の機能は完全に停止した。加えて、由恵はシヴへ他の人工衛星が電力供給を行わないよう、サテライト太陽光発電システムに関連する全ての人工衛星にじゃっかんの細工をほどこした。



「見つけたぞ」


 シヴのれいてつな眼光。相手は標的を目の前にして、みすみす逃すような存在ではない。


(ここまでか……)


 直樹はシヴと正面と対面し、死をかくした。

 自力ではどうにもならない状況。

 さいわいなことに死をかくしたのは人生でこれが最初ではない。

 恐怖はそこまで感じなかった。


「ここで死ぬがいい、サイファー」


 シヴのUxE‐03ががんぜんせまる。

 しかし突然、シヴの非対称透過シールドが消失した。


「何だ!?」


 この異常事態にシヴは驚きを隠せなかった。


「今だ!」


 直樹は左へサイドステップし、その後ろで隠れていた珠子がタイミングよくシヴを狙撃した。


「くっ、サブシールド起動!」


 非対称透過シールドを失ったシヴは内蔵パワージェネレーターからエネルギーを流用し、予備シールドを展開。珠子の狙撃を無効化した。


「この私にあいたいしたことを後悔しろ!」


 サブシールドを解除し、報復として珠子へレーザーを連射した。


「ご機嫌斜めな女王様だ」


 体勢を立て直した直樹はすぐにシヴへ狙いを定め、MK‐74Cの引き金を引いた。またしても攻撃を避けるはいのないシヴ。


(まだ何か隠しているのか?)


 直樹の不安をよそに、シヴは銃弾をまともに受けた。計十六発。撃った全弾が命中したのだ。それでも彼女は物ともせず、珠子への攻撃を続けた。彼女は機動性をせいにし、火力と防御力に特化したクイーン。全身は重装甲多用途戦車にも採用されるエレクスド・カーバイン複合装甲で構成されており、関節部はバイオ・ナノ複合素材であるプロテオ・フェゲムミックスが使用されている。ライフルの銃撃ぐらいでは彼女に十分なダメージを与えることができない。


「おいおい、シールド無くてもずいぶんがんじょうじゃないか女王様」


 直樹はMK‐74Cのダブルマガジンを交換。片方を対重サイボーグ用てっこうだん、もう片方を対人用さくれつだんのマガジンにした。


「これならいけるか」


『シヴ、聞こえるか』

「はい、ボス。現在、サンタクルズ空軍基地で戦闘中です」

『手こずっているようだな』

「いえ、そんなことはありません」

えんりょしなくてもよい。基地が炎上しようが、インド兵が死のうがかまうことはない。

「イエス・ユア・マジェスティ。フィンブルヴェト・モード」


 ボスの命令を受け、シヴはUxE‐03の銃身を伸長させた。これにより、UxE‐03の射程とりょくおよびレーザーキャノンじゅうてん時のエネルギー収束速度が向上することとなった。彼女は早速レーザーの収束を開始。UxE‐03にじゅうてんされたエネルギーのかがやきが徐々に強くなっていく。


「何だか嫌な予感がする。鶴間! そっちは無事か!?」

「えぇ、何とかね。あいつは基地ごと吹き飛ばすつもり?」

「多分、私達〝ブラックレインボー〟のせいにするつもり」


 三人の考えていることは全て当たっていた。

 シヴはレーザーキャノンを直樹に向ける。


「嘘だろ」


 直樹はそばで倒れていたASS戦闘員のコンバットベストからA1ソニック・エクスプローダーを取り出し、自身の前へとうてきした。


 A1ソニック・エクスプローダーが空中で起動。一瞬にして周囲の大気を圧縮したかと思うと高圧縮された大気が即座に解放され、広範囲にしょうげきを発生させた。しょうげきはレーザーキャノンのどうらし、直樹とは関係のない場所に着弾した。外れたレーザーキャノンは地面に大きな穴を開けており、その強力なりょくを物語っていた。


「危ないところだったな」

しょうげきどうらすとは味な真似まねを」


 ソニック・エクスプローダーは小型しょうげき爆弾。きょうれつしょうげきによって敵を無力化するじゅん非殺傷兵器である。完全な非殺傷兵器ではなく、爆心地に近ければ近いほど、しょうげきが強いため、人間ならばろっこつを折る可能性があった。


「直樹、離れて!」


 由恵の声に直樹はすぐさま反応した。シヴから距離を取る。特徴のある爆音が空に響いていた。


「ん? この音は……」


 シヴは接近してくるエンジン音を拾った。この音は軍用ジェット機のものである。


「まさか無人機か」


 上空にはインド空軍の無人多用途戦闘機UM‐22が三機。これらの無人機は由恵が完全にシステムをしょうあくしている。インド空軍防空網もだ。つまり全てハッキング済み。由恵はUM‐22の火器管制システムを遠隔操作し、使用兵装として無誘導爆弾BK‐8vを選択した。


「これならどうだ」


 シヴへ向けて三機の無人機が無誘導爆弾BK‐8vを投下、一気に地上をふんさいした。少なくとも六回の爆発が生じ、爆炎が上がる。


「……やったの?」

「どうだかな」


 珠子と直樹が様子をうかがう。

 爆炎の中はよく見えない。


「さすがに厳しかったぞ。この私に傷を付けるとは」


 三人は爆炎をかき分け、歩み寄って来る影を見た。シヴだ。


「だが、私を仕留めることはできなかったようだな」

「ちっ……あれでも駄目か」


 直樹は再び銃を構えた。

 UM‐22による爆撃自体は成功したが、シヴはシールドによる自己防衛で爆撃の被害を軽減していた。ただシヴも無傷というわけにはいかなかった。サブシールドへのエネルギー供給で過負荷を受けた内蔵パワージェネレーターは機能が大幅に低下。シールドを安定して発動することは不可能となり、レーザーキャノンの使用も不可能となっていた。


 しかし三人の持っている武器ではシヴに致命的なダメージを与えることは難しい。相手はエレクスド・カーバイン複合装甲で構成されている。つまりシヴは歩く戦車だ。火力が落ちたとはいえ、UxE‐03が恐ろしい武器であることには変わりない。


『シヴ、聞こえるか。所属不明のティルトローター機が南西からそちらに向かっている。今は空中で停止しているようだ。距離にしておよそ10キロ』


 突然、クラブのキングであるミラーから通信が入った。


?」


 所属不明。それがシヴとミラーにとって想定外のものだった。なぜならブラックレインボーはあらゆる人工衛星と各国軍の防空レーダーをしょうあくしているからだ。ASSやCGTといった大企業の私有衛星もある。これらによりブラックレインボーは組織の動きを制御し、世界を操ってきた。インド空軍の防空システムがサイファーにしょうあくされているのは先の無人機による爆撃で分かっている。だからこそ〝所属不明〟であることが問題であった。インド軍機ならばブラックレインボーの情報網に引っ掛かるはずがない。


「何者だ?」


 さらに理解しがたいのが、空中で停止しているということ。Rz‐72の最大速度は時速605キロ、じゅんこう速度は時速552キロ。この基地まで来ようとすればすぐに来れるはずだ。シヴにはまったく意味が分からなかった。


 ヒュン!


 ガシャッン!


 シヴの右腕がいきなり吹き飛び、手にしていたUxE‐03を地面に落とした。


「なっ……狙撃だと……」


 正確無比な狙撃。それも狙撃地点は約十キロ先の上空。先ほど報告のあった所属不明機からだ。間違いない。


「ふざけっ……」


 ヒュン!


 ガンッ! ドンッ……


 次はシヴの頭が胴体から離れ、地面を転がった。胴体の真ん中には大きな穴が開き、パワージェネレーターは完全に破壊されていた。身体はもはや使い物にならない。だが頭部は胴体から離れても独立して機能しており、シヴは意識を保っていた。彼女はアンドロイド。そのためサイボーグ以上の完全性を有していた。にも関わらず、人間相手にこのざまだ。


「ボス、相手はやはりひとすじなわではいかないようです」


 ヒュン!


 最期の刹那せつな、シヴは自身へ飛来してくる弾丸を見た。

 文字通り、自身へのとどめを刺すためのもの。

 とても人間わざとは思えない。

 それでもこの弾はまぎれもなく人間が放ったものだ。


「おのれ……」


 バシャッン!


 シヴの頭部は見る影もない程、れいに、そしてざんに吹き飛んだ。


「隠れろ! 狙撃だ!」


 直樹は状況を飲み込めない。が、目の前に映るのは飛散したシヴ。間違いなく対物ライフルのたぐいだ。エレクスド・カーバイン複合装甲を貫通できる銃はそうそうない。


「ヘリの音?」


 通常のヘリコプターよりは静かな音だが、高速で接近してきている機体が一つ。


「あれ見て。Rz‐72よ」

「おいおい。また敵か?」


 三人は武器のマガジンを換え敵襲に備える。


『基地襲撃犯にぐ! 全員武器を捨ててとうこうせよ! 我々はアメリカ海軍だ! 無駄な抵抗は止めよ! 繰り返す! 全員武器を捨ててとうこうせよ! 我々はアメリカ海軍だ!』


 Rz‐72機体下部のライトに照らされた三人。状況からして逃げることも、強行突破するのも無理だろう。ここはこの場をどうにか忍ぶことの方が重要だ。直樹達は相手の要求を飲み、武器を捨て、相手に分かるよう両手を挙げた。


 機体側面からロープを伝って降下してくる水兵達。

 直樹は彼らのかっこうを確認した。特殊部隊用ヘルメットと目出し帽バラクラバ、UCG、戦闘スーツを着用し、武器としてはMK‐54Fカービンライフルを装備していた。左肩には所属部隊を表すパッチが見える。パッチには円状に〝WE'RE NOWHERE, EVERYWHERE〟と書いてあるだけで、他は何も描かれていない。目出し帽バラクラバで顔は見えないが、相手の目つきから恐るべき実力を秘めていることは伝わってきた。


(MK‐54F? ということはシールズか?)


 MK‐54Fは水中での使用も想定して開発された特殊部隊向けカービンライフル。装弾数は25発+1の計26発。MK‐74Cと比べると有効射程がじゃっかん短い。しかしながら、MK‐54Fの方が耐久性と静音性に優れている。隠密任務にはうってつけの銃だ。


 水兵達が直樹達を取り囲み終えると、Rz‐72が完全に着陸した。後部ランプが開き、中から指揮官らしき軍服の女性がやってくる。


「私はヘカティア・ブリューゲル。さま達をむかえに来た」


 よく知っている顔を見て三人はあんした。彼女ならば地平の彼方かなたにいる標的でもけそうである。すんぶんくるいもない理想的な狙撃。シヴを狙撃したのは彼女に間違いなかった。


「どうした? さっさと乗れ」


 ヘカティア、もとい零にうながされ、三人はニンマリとするしかなかった。



〈Rz‐72〝ブルーバード7〟機内〉


「おかげで助かりました」


 救出された直樹達は席に座り、体力の回復につとめていた。


「三人とも無事で何よりだ。今のうちに休んでおけ」


 機内にはシールズ隊員のかっこうをした一や響、ブライアン、進、健がいる。今は全員、ヘルメット、UCG、目出し帽バラクラバ等を外してその素顔を出していた。


「次の任務もあまくはないからな」


 先の狙撃で使ったのだろうか。すみにあるガンケースには新型のスナイパーライフルXSR‐99Lが収められている。この銃は試作銃XR‐99超電磁式スナイパーライフルをもとに誘導弾狙撃システムをはいし、狙撃手の腕を反映する長距離狙撃銃へと改造されたものだった。


 XR‐99は零課のケナンと国防省先進技術開発局が協力して開発した次世代試作型超電磁式スナイパーライフル。超長距離の標的を正確にくためのハイテク狙撃銃であり、偵察衛星、偵察ドローン等の偵察デバイスによってマーキングされた標的を専用の誘導弾で狙撃する。放たれた誘導弾は自動でどうを修正し、標的に目がけてしょうするため、非常に高い精度で標的をくことが可能。これらの最新鋭狙撃システムは狙撃手の負担を大きく軽減し、狙撃技術をとくしていない者でも超長距離狙撃を可能にさせていた。ただし欠点も多い。まず高度なシステムで費用が高額であること。次に電子攻撃耐性に難があり重量があること。最後に誘導弾そのものが妨害される可能性がある。ハイテク銃であるがゆえの弱点だ。


「これから我々はアメリカへ向かう。作戦名はワイルドファイア。任務はBCOの救出とブラックレインボー勢力の排除。向こうには課長のツテで話が通っている。おそらくこの任務が世界の分け目になるだろう」


 零は次の任務概要を皆へ話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る