ハービンジャー 後編

〈某国、某所〉

 ボスはシヴが倒されたことに驚きを隠せなかった。まさに想定外の事態だ。


「レインマンは、というわけか。実にいまいましい」


 ボスの想定外を引き起こしたのは由恵の存在。八年前、レインマンの名で世界をしんかんさせた伝説のハッカーである。ブラックレインボーでもレインマンを超えるハッカーを見つけ出すことは出来ず、そして育成することも出来なかった。


「《新秩序ニュー・オーダー》への障害は必ず排除する。サイファーもだ」


 プルルッ。


そうすい、BCO副局長ラリー・C・ベア氏と同エージェントのサム・クライン氏がお見えになりました』


 近衛このえ兵であるアンドロイド兵ASN‐5Gがデスク上にホログラム映像として表示される。来客の知らせだ。


「分かった。ここに通しなさい」


 予測通りだった。国連軍総司令官ニンバスはこの二人が来るのを待っていた。



〈国連軍 総司令官しつしつ

 サムとハワードの調査報告を受け、事態を重く見たBCO局長は国連軍総司令部に副局長とサムを派遣した。軍ちゅうすうや政府関係者にブラックレインボーの内通者がいるとなれば、もはやアメリカだけで解決できる事態ではない。その判断は当然といえた。


 総司令官しつしつまねき入れられたラリーとサムはさっそく本題に入る。


「アルヴェーンそうすいそっちょくに申し上げます。アメリカ軍はブラックレインボーによって裏から操られている可能性があります。このところ、MTF214の失態が続いていますが、これも彼らによる手のものかと思われます」


 ラリーはMTF214に関する報告書をニンバスに手渡し、さらにホログラム映像でシャドウ・リーパーに関するデータも表示した。


「そして、彼らの次の目的はシャドウ・リーパーの壊滅と推測されます」

「確かにこれは重要な問題だ。まさか、ブラックレインボーがここまで深く入り込んでいるとは。エージェント・クライン、ブラックレインボーが次にどのような手段を取るのか、君のそっちょくな意見を聞かせてはもらえないだろうか」


 ニンバスにうながされ、サムは自分の思っていることを述べることにした。


「アメリカ軍を操ることで国連軍の弱体化を狙っているのは間違いありません。最悪の想定としては国連軍がブラックレインボーの手に落ちることです。内通者がいる可能性は捨てきれませんし、BCOの調査では世界企業連盟がブラックレインボーとつながっているとの報告もあります。人々の生活を支えている大企業がもしも国家や国際社会にはんひるがえせば、その影響は想像もできません。さらに、国連軍までしょうあくされてしまっては、世界はブラックレインボーの意のままに操られることでしょう。私はブラックレインボーがただの犯罪組織だと思っていません。彼らは最初から世界をてんぷくさせるつもりで、長年活動してきたと思っています」


 サムの意見はこの場にいないエージェント、ハワードと一致していた。ブラックレインボーはやみくもにテロ行為や戦闘行為をしているわけではない。世論を、世界を上手く誘導していた。全ては計算なのだ。


とっぴょうもない話に聞こえるが、ここまでデータがそろっている。貴方あなた達の言う通り、ブラックレインボーはことごとく我々をあざむいてきた。無視するわけにはいかない。まずは裏切り者をあぶり出さなければ……衛兵」


 ニンバスの言葉に合わせて、アンドロイド兵ASN‐5G二体がしつしつに入って来た。


「一体、これは!」


 ラリーのさけびもむなしく、彼はアンドロイド兵のスタンバトンで気絶させられてしまった。

 一方、サムはすぐに気絶しなかった。しかし、それは偶然の数秒に過ぎない。うっっすらと、かすみがかった意識がかろうじて残っていた。


 プルルル……


 ニンバスはたくじょうのホットラインを使って、誰かと連絡を取り始める。


「大統領、裏切り者は貴方あなたの身内だったようだ。分かるな? すべきことをしたまえ。は無用。BCOをしゅくせいせよ」


 ニンバスの相手はアメリカ合衆国大統領。元々、BCOはニンバスのさいそくを受け、現大統領が創設したものだ。狙い通り、アメリカとブラックレインボーの戦いは激化した。これにより世界企業連盟の利益は右肩上がり。特にぐんじゅ産業大手であるアリュエット・セキュリティ・サービス、アダマス・ハイ・インダストリーズ、ウィドー・ファイア・アームズはばくだいな利益を上げた。対ブラックレインボーを名目とし、国連軍が編成され、国連常備軍は軍事費が二倍以上になった。BCOは。期待通りの成果だ。


 そう、もはや彼にとってBCOは用済みとなっていた。

 アメリカにはブラックレインボーの用意した偽装資料が提供され、まもなくBCO関係者は全員、生死問わず国際指名手配となるだろう。


(まさか貴方あなたが……)


 意識が完全になくなる頃にはアンドロイド兵によって、二人は総司令官しつしつから連れ出された。


 そして、二秒後。

 隣の部屋から二発の銃声が響いた。


 ブラックレインボーのボス、ニンバス・アルヴェーン。彼は国連軍および国連常備軍の総司令官であり、世界企業連盟を影から操る事実上の指導者フィクサーでもある。地球上、最も恐ろしい頭脳の持ち主だろう。その証拠に今、この世界で最も権力を握っているのは彼であった。

 ニンバスは義眼からブラックレインボー幹部達を呼び出した。


「機はじゅくした。〝レクイエム〟を実行せよ」


 キングやクイーンを含む各地全ての幹部らに〝レクイエム〟の実行命令を下した。



〈パキスタン、ISI本部〉

 ブレインシェイカーによる洗脳戦闘兵や内通者の工作もあって、パキスタン政府、軍、警察は大きく混乱していた。さらに交通システムの停止とそれにいんする交通じゅうたいによって、警察や軍の到着もままならず、政府は非常事態宣言を行うのがやっとであった。加えて報道機関やネットニュースもブラックレインボーにより、正確な情報のあくが困難になっている。

 ジョーカーはスペード第七中隊、第十中隊、第二無人兵器群をひきいてISI(Directorate for Inter-Services Intelligence:軍統合情報局)本部を襲撃。それは一方的なぎゃくさつといってもいい。その時間、その瞬間、ISI本部にいた職員を次々とまっさつしていった。戦闘員、非戦闘員を問わず、てっていてきさつりくし、ぎわには建物に火を放った。


「こちらジョーカー、ISI本部はかんらく。これよりインドへ向かう」



〈ウクライナ、某所〉

 ロシアちょうほう機関の一つSVR。略称としてはエスヴェーエルとも呼ばれる。本来、SVRはCIS(Commonwealth of Independent States:独立国家共同体)諸国でのちょうほう活動は協定により禁止されている。ゆえにCIS諸国でのちょうほう活動はFSB(Federal Security Service of the Russian Federation:ロシア連邦保安庁)またはGRU(Glavnoye Razvedyvatelnoye Upravleniye:ロシア連邦軍さんぼう本部情報総局)のかんかつである。しかしながら現在、ウクライナとロシアの関係はブラックレインボーのぼうりゃくもあって悪化し、ロシアは協定を事実上白紙化。強硬姿勢を崩さないロシアは自国の安全保障問題解決のため、ウクライナへSVRれいの特殊部隊ザスローンを秘密裏に派遣した。

 問題なのはウクライナへのザスローン部隊派遣をさせたのもブラックレインボーであり、ソールはザスローン部隊のせんめつという任務をすですいこうし終えていた。


「いよいようたげの時間だ」


 戦闘部門スペードのクイーン、ソール。彼女は強襲および掃討用として開発されたアンドロイドである。他のクイーンと異なり、おさない女の子の姿をしているが、これは主に三つの効果を期待している。一つ目は戦場において相手を油断させるため。二つ目は被弾面積を減らすため。三つ目は重量軽量化のためである。


 主兵装は携行式多用途レールガンUxE‐07。りゅうだんてっこうだんせんこうだんしょうだん、EMP弾といった各種弾頭を使用可能。全長1.52メートル、重量12.7キログラム。連続射撃することを前提に大型給弾箱と専用給弾ベルトを装備している。副兵装は両だいたいホルスターのガンブレードおよびイビルアイ(遠隔支援ユニット。デッドアイよりも小型であり、自己防衛シールド、ステルス・スキャナーを内蔵)七基。さらに補助兵装としてハイマニューバ・フロートスラスター(空戦特化型フロートウイング。通常型を上回るせんかいりょくすいしんりょく、航続時間、レーダー非探知を実現)、広域ストラテジック・ジャマーを装備している。


 ソールはハイマニューバ・フロートスラスターを使用し、空をしょう。低高度を維持したままウクライナ対外情報庁に到着した。彼女は空中で止まり、UxE‐07を構える。


「これは私からのおくり物だ」


 ソールのな笑み。UxE‐07の引き金が引かれ、弾頭が超音速で発射された。


 発射された弾頭は〝エリミネーター〟

 完全そうとう用として開発されたついしょうめつ弾頭で核兵器に代わる新世代戦略兵器〈反物質兵器〉である。

 ウクライナ対外情報庁に命中した〝エリミネーター〟は着弾地点からうずを巻くよう球状に拡がっていき、ついしょうめつが進行。建物は見る見るうちに消えていく。最終的には地面までえぐり、小さなクレーターが形成された。


 そこに生き物の姿はない。


「次はウクライナ保安庁と国防省情報総局」


 ソールは続けざまにウクライナのちょうほう機関へエリミネーターを放った。


「あぁ、実にらしい光景。これからが本番だ」



 ベラルーシ共和国に侵入したソールはベラルーシ国家保安委員会のちゅうすうビルをエリミネーターで消去。さらにロシア領土へ進み、SVR、FSB、GRUの各本部へエリミネーターを撃ち込み、ロシアのきょう勢力を一掃した。その後、スロバキア共和国の「情報庁」「国防軍情報部」「国防省情報本部」、ハンガリー共和国の「軍事情報局」「国家保安庁」「特殊国家公安庁」、チェコ共和国の「保安・情報庁」「国防省軍事情報部」、ドイツの「連邦情報局」「軍事保安局」、オランダの「総合情報保安局」「軍情報保安局」、ベルギー王国の「さんぼう本部情報部」「国家公安庁」、フランスの「対外治安総局」、イギリスの「ゼニス」「秘密情報部」を襲撃。UxE‐07によるEMP攻撃で電子機器を無効化し、抵抗する人間全てをりゅうだんで引き飛ばし、建物をれきの山と化した。


「イーグルアイ、こちらアクィラ4。欧州での任務は達成。これよりアジアへ移動する」



〈アメリカ、某州(BCO本部)〉

 午後2時、BCO本部の上空にはアメリカ軍のティルトローター機Rz‐72三機がホバリング飛行していた。地上には八輪式兵員輸送装甲車UAT‐30が六台、本部を取り囲むように停まっており、ちゅうにはジャマー・ドローンやスカウト・ドローンが複数展開していた。情報統制もねて周辺の道路は交通規制が陸軍によりかれている。そのため一般市民がBCO本部に近寄ることは不可能となっていた。これはCIAエージェントや警察でも例外ではなく、この情報規制は最高レベルである。


「イーグルアイ、こちらシャドウ・リーダー。これよりレクイエムを実行する」


 Rz‐72の後部ランプと側面ドアが開放され、機体からは次々と第6特殊作戦群の隊員達が降下。隊員達は皆、戦闘スーツを着用しており、空中で停止しているRz‐72から直接跳び下りていた。同時刻、UAT‐30の後部ハッチも開放され、同じく第6特殊作戦群の隊員が降車する。彼らの左肩にはアメリカ国旗と第6特殊作戦群を表す二つのパッチがられていた。第6特殊作戦群の部隊章は黒いスペードにうっっすらと黄色の6がえがかれており、スペードマークは部隊標語である〝RIGHTEOUS DARKNESS〟で囲まれている。隊員達を降ろしたRz‐72は輸送任務を終え、この場をただちに去った。


 彼らの装備は最新のフルフェイス型防弾ヘッド・マウント・ディスプレイヘルメット、第五世代光学迷彩付き戦闘スーツ、FF‐3Mユニバーサル・コンバット・ライフル、N3特殊せんこうだん。FF‐3Mの装弾数は34+1発で、セミオートおよび三点バースト射撃での運用を想定して開発されている。ただしフルオート射撃も可能である。特筆すべきはその耐久性。みつな構造をしているにも関わらず、あらゆる環境下で正常に動作するため、第6特殊作戦群の制式銃となっている。アリュエット&ウィドー社製。

 しかし最も恐ろしい装備は第五世代光学迷彩であろう。ブラックレインボーによって試験開発されたこの光学迷彩は第四世代の欠点が一つこくふくされている。それは使が出ないこと。正確に表現すれば影を表面の一部としてまんしている。この技術はもはやオーバーテクノロジーの領域であるが、量子工学の応用であるとすいそくされる。


 第6特殊作戦群シャドウ・リーパーひきいるのはアインス・グレイ。海兵隊の出身で階級は大佐。そしてブラックレインボー・スペードの最精鋭部隊〈スペード・エース〉の


「これは一体、何事かご説明願えますか。グレイ大佐」


 守衛の一人がアインスに近寄って来た。守衛らは軍から何も連絡を受けていない。守衛達のどうようをよそに、兵士達は素早く展開し、本部を完全封鎖していた。


「国連軍総司令官アルヴェーンそうすいの緊急命令が我々に下された。『裏切り者であるBCOをしゅくせいせよ』とな」


 その瞬間、一斉にアインスの部下達が銃を構えて、守衛全員へ向けて発砲。

 突然の事態に守衛は銃を引き抜くひまもなく、その場に倒れた。


「全隊、一人残らずそうとうせよ」


 アインスの命令で各隊はBCO本部への突入を開始した。


『全職員へ通達! コード・オメガ! 繰り返す! コード・オメガ! 非戦闘員は緊急避難プロトコルB7Rに従い避難せよ!』


 本部内ではBCOとシャドウ・リーパーの戦闘が繰り広げられていた。BCOは国から捨てられ、りつえんの状態である。BCO内にも武器庫はあるが、相手はアメリカ最強とうたわれたMTF214のオポージング・フォース。いくら戦闘技能が優れているとはいえ、BCOエージェントらではちできるはずがない。ゆえにBCOは戦闘に勝つことを捨て、一人でも多くの仲間を逃がすことに専念していた。


 BCO本部は国防総省本庁舎ペンタゴンを参考に建設された地上4階、地下2階建ての三角形状ビルで、外部からのテロ攻撃だけでなく、内部からのテロ攻撃も想定されている。そのため、建物内部は高度な情報セキュリティと防御システムで防護されている。階層単位、セクター単位、ブロック単位、個室単位でセキュリティ制御が可能。防御かくへき、自動機銃、レーザートラップの他、ワイヤートラップ、落とし穴といった古典的な罠まで用意されていた。


「コード・オメガだって?!」


 ハワードはアナウンスを聞くやいなや、机の引き出しから自動拳銃CrF‐3100を取り出しマガジンをそう填した。次に銃のスライドを引き、初弾をそうてんする。彼のCrF‐3100は拡張マガジンを装着できるように改造されており、装弾数は17発+1の計18発。


「一体どうなってんだよ! クソが!」


 コード・オメガはBCOが国から見捨てられたことを表す非常事態コードだ。それも〝国家のてんぷくはかった裏切り者〟のらくいんである。もう後がないのだ。どういう事情でそうなったのかは分からない。だが、副局長とサムのしょうそくが分からないことから、国連軍総司令部で何かが起こったのは間違いないだろう。


 ハワードはUCGを着用し、情報を収集する。


「相手はシャドウ・リーパーか。最悪の状況だな。サム、お前の身に何があったんだ」


 汚れ仕事を専門とするシャドウ・リーパーが派遣されたということは、BCO関係者の皆殺しは確定事項だ。かげものが昼に堂々と動いていることから、今回の作戦は統合さんぼう本部の独断ではない。政府にも話が通っているはずだ。


「皆の援護に行かないと」


 すでにシャドウ・リーパーは比較的防御の薄い二階と三階を制圧していた。とりあえずハワードは自室から出て一階にある作戦本部に向かう。


「ん?」


 UCGに表示された情報に目を通す。これは国連軍総司令部から各国政府、ちょうほう機関、軍、警察へ向けたものだ。本来、この情報はBCOには送られていない。しかし《オヴニル》を名乗る者からBCOに情報が送られてきていた。



《緊急 アルヴェーンそうすい暗殺すいについて》

 先ほど、総司令官しつしつにてBCO副局長ラリー・C・ベア、同エージェントのサム・クラインの二人により、国連軍および国連常備軍総司令官であるニンバス・アルヴェーンそうすいの命が狙われました。さいわい、アルヴェーンそうすいは軽いで済み、犯人二人は衛兵によってそく射殺されました。なお、事件の経緯としては以下の通りです。以前からブラックレインボーとBCOの関係を疑っていたアルヴェーンそうすいはBCOに不審点を指摘し、それらに対するはんしょうをBCOへ求めていました。このため、副局長と代表エージェントが本日、らいほう。そして、ブラックレインボーとの関係を隠せないと判断した二名は犯行におよびました。

 この非常事態に対して、アルヴェーンそうすいはBCO関係者全員を国際指名手配し、各国へ逮捕または殺害の協力を要請。さらに、ブラックレインボーへの攻勢を強めるため、国連常備軍は四個師団を増設し、サイバー軍の再編を実施することが決定しました。



「アルヴェーンそうすい暗殺すい!? 犯人はBCO副局長ラリー・C・ベア、同エージェントのサム・クライン……なんだこれは!」


 さらに、オヴニルを名乗る者からBCOへ別の情報が送信されていた。次の内容はアメリカ国内組織へ送信された緊急暗号通信である。



《大統領V2を発令》

 本日、13時48分、大統領命令〝V2〟が発令された。BCOの全権は停止され、軍よるBCOしゅくせい作戦アウターヘブンが実行される。関係部署は協力せよ。なお、特殊作戦軍の全権は国連軍総司令部へ移行される。



「あまりにも話が出来過ぎている」


 中央棟一階の作戦本部に到着したハワードは作戦指揮を行っているレイモンド局長に話しかけた。


「局長、状況は?」

「ハワードか。無事でよかった。相手はシャドウ・リーパーだ。戦況としては非常に厳しい。やむをないが最終防壁を下ろす。我々が殿しんがりだ。あと何分耐えられるか。上は私達を一人残らず消したいようだな」

「情報を我々に提供したオヴニルは一体何者なんですか? 敵の可能性は?」


 その質問に対し、局長は即答した。


「敵ではない。心配するな。それにこの名前に関してはモータル・シークレットだ。忘れたまえ」

「分かりました」


 局長からモータル・シークレットという単語が出てきたため、ハワードはせんさくすることを止めた。


「V2発令のためどこに連絡しても意味はない。協力してくれる組織はかいだろう。世界企業連盟、国連軍、ブラックレインボーがつながっていたのだ。国内の情報操作など大したことではない。最初からやつらのシナリオ通りだった。我々はしゅくせいされるために組織されたというわけだ」

「せめて、我々のデータが外部に伝われば……」

「ああ。それがせめてもの願いだ」


 シャドウ・リーパーの制圧はじんそくかつ的確。かつての味方を殺すことにまよいはなく、淡々と任務をすいこうしていた。負傷して息がある者には確実にとどめを刺し、必要ならばBCO職員を人間の盾として使うこともいとわない。彼らはブラックレインボーのスペード・エース隊であり、そもそも国家に対してちゅうせいちかってはいない。彼らはニンバス・アルヴェーンの意思の延長であり、それ以外のなにものでもなかった。


 アインスと彼の部下は作戦本部手前の防衛部隊と交戦していた。事実上のBCO最終防衛線だが、抵抗はほぼちんあつされていた。殺害したBCO職員は自動的に電子名簿と照合され、HMDに名前と顔写真が表示される。その後、名前が赤色の二重取り消し線により消され、顔写真にはEliminated(排除済み)のいんが押された。

 防衛部隊を排除すると、シャドウ・リーパーの隊員は入り口を閉じている最終防壁の爆破作業へ移る。彼らは突入用爆薬のBP3を用意し、防壁へ張り付けていた。


「この先が作戦本部だ。爆破後、アルファ分隊が突入、ブラボー分隊はバックアップにつけ。最重要ターゲットはレイモンド局長とマスターキーパー・クルツの二名」


 アインスが突入命令を出そうとしたその瞬間、部下から通信が入った。


『シャドウ・リーダー、こちらシャドウ4! シールズと接敵、交戦中!』


 BCO本部の外をけいかいしているシャドウ・リーパー第一中隊〝シャドウ〟の第四小隊長からの報告だ。


「シールズだと? どういうことだ?」


 今や特殊作戦軍の全権は国連軍総司令部が有している。海軍特殊部隊であるSEALsシールズが統合さんぼう本部ちょっかつのシャドウ・リーパーと敵対するなどありない。しかし、万が一、海軍が独自にことを起こしたとなると話が非常にやっかいだ。海軍内部のどこからどこまでということになる。SEALsシールズを動かしていることから海軍上層部はたまたSEALsシールズの独断か。まったく想像がつかない、しき事態だった。


『それが! うっ……』


 ここで通信が途切れた。


「シャドウ3、シャドウ2はシールズを相手にしろ。チャーリー分隊は後方けいかいで待機。我々はこのまま突入準備。光学迷彩を起動」


 防弾盾を構えたアルファ分隊が前衛をにない、その後ろに続くブラボー分隊が後衛である。


「突入!」


 アルファ分隊員がBP3を爆破し、防壁に大きな穴を開けた。続いてN3特殊せんこうだんを中へとうてきした。



 BCO本部を包囲しているシャドウ・リーパー第一中隊第四小隊。彼らはヘッド・マウント・ディスプレイ上で友軍接近のシグナルを確認していた。所属は海軍、装甲車UAT‐30二両。


「なぜ海軍が?」


 第四小隊長、コールサイン〝シャドウ4〟は海軍突然のらいほうを不審に思い、識別信号をさらにくわしく調べる。だが、画面上には〈アクセス拒否 極秘事項〉と出るだけで、何もできなかった。


「どうやら特殊部隊のようだな。だが、アクセス拒否とはどういうことだ」


 特殊部隊の中には確かに極秘部隊も存在するが、シャドウ・リーパー隊員でもアクセスできないというのは今まで存在しなかった。そのため、シャドウ4はすみやかにアインスへ報告することにした。


「シャドウ・リーダー、こちらシャドウ4。接近する海軍部隊の反応有り。詳細は不明。どうしますか?」

『そのまま様子を見ろ。万が一、しき内に入るようなら下がるように言え。それでも引き下がらないようなら発砲を許可する』

「ラジャー」


 周辺の道路は陸軍による交通規制がかれており、BCO本部まで海軍が到着するはずがない。シャドウ4含め、シャドウ・リーパー隊員はそう考えていた。


 だが、その予想は大きく外れた。

 海軍の車両は陸軍による制止を受けることなく進行。このことに関し、陸軍からシャドウ・リーパーへの連絡は何もない。おまけに車両はすぐ目の前まで来ていた。


「止まれ! この先へのたちいりは禁ずる!」


 シャドウ4の部下達は銃を構え、海軍部隊をけんせいしている。

 そんな中、先頭のUAT‐30の上部ハッチが開き、一人の水兵がシャドウ4の前に降りてきた。


「私はヘカティア・ブリューゲル中佐。ネイビーシールズ・チーム0の指揮官だ」


 顔は目出し帽バラクラバで見えないが、声は女性のようだ。しかし、そこは問題ではない。


(チーム0だと……そのような部隊は


 シャドウ・リーパーはあらゆる極秘部隊の存在を知っている。そしてシールズに極秘部隊があるのは知っていたが、まさか永久欠番あつかいであるチーム9以外にチーム0があるというのは初耳だった。合衆国における最高機密部隊はシャドウ・リーパーである。シャドウ・リーパーを超える秘密部隊があるとはにわかには信じがたい。


「中佐、情報の開示を願います」

「そちらにアクセスコードおよび機密情報ナンバーを送信する。確認しろ」


《アクセスコード:29eaFU4ri8》

《機密情報ナンバー:N0000‐0NN‐00》

《タイムパス:50aPn5d1R》


 シャドウ4はヘッド・マウント・ディスプレイを使って軍の機密情報ファイルにアクセス。相手の指示通りにアクセスコード、機密情報ナンバー、タイムパスを入力する。


〈アクセス承認〉

《アメリカ海軍SEALシール チームゼロ

 指揮官:ヘカティア・ブリューゲル中佐

 所属:Navy SEALs, アメリカ海軍特殊戦コマンド(特殊作戦軍)

 標語:WE'RE NOWHERE, EVERYWHERE

 誕生:想定外の国家危機に即応する〈ワイルドファイア〉計画にもとづき創設。

 状態:現在、大統領命令〝XYZ〟に従い、オペレーション・ワイルドファイアをすいこう中。

 以下、アクセス拒否。



鹿な。大統領が独自にことを起こしただと?)


 シャドウ4は少なくとも大統領が統合さんぼう本部と国連軍に大人しく従うつもりがないことを理解した。何者かが大統領に入れしたのは間違いない。推測だがSEALシールチームゼロは〝XYZ〟の発令にともない、メンバーが緊急招集され、結成された。そうでなければ統合さんぼう本部とシャドウ・リーパーの目をかいくぐれるはずがない。


「中佐殿、V2が発令されています。この先はお通しできません」

「そんなことは知っている」

「ではお引き取りを」

「我々にはXYZが発令されている。まさかこの命令コードを貴隊が知らないわけあるまい」



 極秘命令コード〝XYZ〟


 ・この命令は想定外の国家的あるいは世界的危機に直面した場合のみ、合衆国大統領の名のもとに極秘で発令される。


 ・この命令は担当部隊に対し、危機打開のため必要なあらゆる超法規的権限を認める。ただし、この命令を利用して合衆国憲法の改正、司法機関、立法機関、行政機関の私物化および解体等は認められない。あくまでも一時的な命令である。


 ・大統領は事態収拾後に命令の必要性をとくした機関へ必ず説明しなければならず、必要性が認められなかった場合、大統領はただちにその地位を失う。場合により罪に問われ、その身を拘束される。


 ・この命令が発令された場合、合衆国軍、インテリジェンス・コミュニティー、全ての警察機関および行政機関は任にあたる担当部隊の協力要請に全面的かつ最優先で応じなければならない。この時、秘密を知る者は極力少なくなるようにつとめなければならない。なお、協力を拒否した場合、しかるべき処置が担当部隊より下される。


 ・事後、発令に関する全ての記録および書類は48時間以内で完全に消去される。直接的、間接的を問わず関係者は決して他言してはならない。そうえいしゃおよびその親族の生命は保証されない。



「……上官に話を通しますので、少々お待ちください」


 そう言いつつも、シャドウ4はシールズを通すつもりはまったくなかった。この場を離れ、味方のUAT‐30〝バジャー〟のそばに寄る。

 UAT‐30は八輪式軽戦闘装甲車両であり、車体上部には対人用機銃MG‐322一門と対歩兵・対車両用可変型機関砲MA‐44B一門をとうさい。機銃は車内から操作可能で周囲360度をけいかい、状況に応じて手動操作も行える。軽装甲車とはいえ、兵員の輸送能力と歩兵支援能力は折り紙付きだ。


「こちらシャドウ4。各車両長へ。砲撃準備。合図で砲撃開始」


 この命令を受けてシャドウ・リーパーの各UAT‐30はMA‐44Bの砲弾を装填。さすがに砲塔を回転させるという露骨なことはしなかったが、シャドウ4の合図で砲撃する用意は整った。また、第四小隊員達も小隊長の意向をくみ、いつでも零達へ銃を撃つ心構えをしていた。


 しかし、シャドウ4は相手を甘く見過ぎていた。


 零から超高周波ダガーナイフが二本、左右の手から放たれ、シャドウ・リーパー隊員二名の胸部に命中。刃は戦闘スーツを貫通し、心臓まで届いていた。

 さらに零はいつの間にかCQN‐8Fを二丁持ちしており、自分へ銃を向けていたシャドウ・リーパー隊員をなぎ払うように次々と頭を射抜いていった。

 それを合図にシャドウ・リーパーのUAT‐30六台全てが爆散。第五世代光学迷彩で隠れていたシャドウ・リーパー隊員も、同じく第五世代光学迷彩で隠れていたシールズ隊員によって射殺されていく。まるで最初からそこにいることが分かっていたかのような正確さだ。


「シャドウ・リーダー、こちらシャドウ4! シールズと接敵、交戦中!」

『シールズだと? どういうことだ?』

「それが! うっ……」


 シャドウ4の頭部を零が撃ち抜いた。


「これよりBCO職員の救出および機密データの回収を行う。敵はなるべく生かせ」


 光学迷彩を解いたシールズ隊員。やはり彼らの正体は零課員だった。


「おいおい隊長、あれだけ派手にやっておいて今度は生け捕りか?」


 一はMK‐54Fのマガジンを交換し、次の戦闘に備える。


「そうだ」


 チーム0のスペクター小隊第一分隊は零、直樹、珠子、由恵の四名。第二分隊は一、響、ブライアン、進、健の五名で構成されている。彼らの最優先任務はBCO職員の救出。副次任務としては国連軍、ブラックレインボー、特殊作戦軍のつながりを示す証拠の入手およびブラックレインボー幹部のたいである。また、零課としての情報収集任務もびていた。

 空にはスフルとビルが飛び、超高感度広域ファジースキャンを実施していた。この二体のクロウは敵の第五世代光学迷彩を見破るためにひっだった。もしクロウでなければ対光学迷彩装備としてステルス・スキャナーが必要となる。スキャナーは多人数かつ閉所で使用しなければ精度が低い。そして最大の欠点が発動中に〝特徴的な音〟を発してしまう。人間には聞こえないが、この音は標準的なUCGや無人兵器で簡単にかんされる。ゆえにステルス・スキャナーの使用は対光学迷彩戦闘において基本的に避けられていた。



《SEALチーム0 スペクター小隊》

〈第一分隊〉

 ・ナミレイ

   偽名:ヘカティア・ブリューゲル

   コールサイン:スペクター・ゼロ

   コードネーム:オヴニル


 ・ナオ

   偽名:ヴィンセント・マーティン

   コールサイン:スペクター・ツー

   コードネーム:アーネスト


 ・タキタマ

   偽名:ナスターシャ・フラックス

   コールサイン:スペクター・スリー

   コードネーム:クーガー


 ・ツルヨシ

   偽名:ベアトリクス・クロフト

   コールサイン:スペクター・フォー

   コードネーム:ドクター


〈第二分隊〉

 ・ナギハジメ

   偽名:アレックス・マクレーン

   コールサイン:スペクター・ワン

   コードネーム:トワイライト


 ・ヤマヒコヒビキ

   偽名:エイジス・フォッカー

   コールサイン:スペクター・ファイブ

   コードネーム:スケアクロウ


 ・ブライアン

   偽名:ジョン・ライバック

   コールサイン:スペクター・シックス

   コードネーム:アーチャー


 ・シンカワススム

   偽名:ピーター・ランボー

   コールサイン:スペクター・セブン

   コードネーム:ギーク


 ・フジサキケン

   偽名:アルヴィン・バウアー

   コールサイン:スペクター・エイト

   コードネーム:ソーズマン



「ドクター、こいつらを手当してやれ。アーネスト、クーガー、そちらの状況は?」

『こちらA棟二階クリア。二階はオールクリア』

「よし。トワイライト、そっちはどうだ?」

『そうだな。三階でちょっとしたトラブルだ。防衛用セントリーガンが起動している。だが問題ない。オヴニル、お前の方はどうなんだ?』

「セントラルゲートを突破した。これよりセントラルホールを強襲する」


 足元にはシャドウ・リーパー第一小隊デルタ分隊六名が倒れていた。全員が動けない程に痛めつけられていたが、しゅうそうは一切ない。零はCQN‐8F二丁を使わず、彼女は自分の命令を自身でかんぺきすいこうしていた。


『おい、一人でか』

「そうだ。時間がない」


 零は両方のだいたいホルスターから愛銃であるNXA‐05を引き抜き、作戦本部のある中央棟に侵入した。


 侵入者を確認したシャドウ・リーパー第一小隊チャーリー分隊は二人の隊員だけが射撃を開始。他の隊員は銃を構えているものの、すぐに撃たなかった。これはシャドウ・リーパーが同一の標的に対し、必要以上の攻撃はしないという戦闘規則をじゅんしゅしている証拠であった。それに彼らは生身の兵士にも関わらず、一人でMTF一個分隊を相手に勝つほどの優れた戦闘技能を有している。

 だが今回に限っていえばシャドウ・リーパーの自信と戦術は彼ら自身を大きく苦しめていた。シャドウ・リーパーの戦術は彼らが圧倒的優位であることを前提としたものであり、彼らを上回る相手との戦闘はそもそも想定されていない。彼らシャドウ・リーパーを超える人間部隊など存在せず、シャドウ・リーパーで手に負えない相手はクイーンが相手にすることになっていたからだ。


 零の存在を一言で表すと〈超人〉。人を超える者。肉体こそ人間といううつわであるが、反射速度や空間あく能力、状況推察能力といったあらゆる能力がサイボーグやアンドロイドを圧倒している。それらの能力はもはや超能力の域といってもいい。シャドウ・リーパーが放った弾丸全てを軽々と避け、敵の回避行動を予測した上での正確な射撃。これは果たして未来予知能力なのだろうか。シャドウ・リーパーのヘッド・マウント・ディスプレイには〈Unpredictable〉と表示され、敵の行動予測が不可能であることを表していた。しかし零はだんじて超能力者ではない。長生きし過ぎたただの人間である。


(あれがアイリーンか!?)


 チャーリー分隊は戦術を変更し、全員での応戦態勢へ移行。彼らもまた人間離れした反応速度で反撃を開始した。それでも零は止まらない。


 シャドウ・リーパーのヘッド・マウント・ディスプレイヘルメットには零の放った弾が命中し、ディスプレイには小さな傷が付いた。。NXA‐05にそうてんされている弾は全て非殺傷性ショック弾。命中すれば対象の身体に電気が走り、一時的に神経をさせる。ただし貫通性がほとんどなく、ボディ・アーマーや戦闘スーツをつらぬくことはできない。そして電子機器をダウンさせる力もない。零はショック弾をかく程度のものとして考えており、ショック弾のストッピングパワーにそもそも期待していなかった。

 だが零のかく射撃は並ではない。チャーリー分隊全員のひたいへショック弾を命中させたのだ。三方からの銃撃をかわしながら二丁拳銃で敵を撃つ。この動作に相手を見る必要はない。接近してくる隊員は足技による返り討ちが待ち受けており、接近した味方隊員ごと零をこうとした隊員にはフックショットによる奇襲があった。足に刺さったワイヤーは強力な力で巻き戻され、他の隊員を巻き込むように零は跳躍する。ある程度ワイヤーで敵をあしらった後、ワイヤーをカット。身動き取れない敵を一気に強襲する。


「お前達には色々と聞きたいことがある。嫌でも話してもらうぞ。こちらオヴニル。セントラルホールはクリア。ドクター、後でりょには例のものを使用しろ」

『了解』

「スペクター・ゼロから各員、私はこのまま作戦本部へ向かう。アーネスト、クーガー両名はセントラルホールを封鎖せよ」



〈BCO本部中央棟 作戦本部〉

 最終防壁が爆発し、N3特殊せんこうだんが中へ投げ込まれた。特殊閃光弾フラッシュバンのまばゆいせんこうと耳をつんざく爆音が室内を襲い、光学迷彩を起動したシャドウ・リーパーが次々と攻め込んで来る。

 しかしシャドウ・リーパーの突入は思ったようにいかなかった。BCOの戦闘員達は耳当てイヤーパフ付きUCGを着用しており、UCGの自動へんこう機能とステルス・スキャナーでシャドウ・リーパーの突入に動じることはなかった。その上、作戦本部にはステルス・スキャナーを内蔵した小型セントリーガンが二基設置されている。このため防弾盾を構えたシャドウ・リーパー兵はセントリーガンを防ぐことでほとんど前進できない。


「足元に気を付けろ。複数個所にトラップだ。無駄なことを」


 アインスはBCOのあきらめの悪さに驚いていた。どのみち彼らは死ぬのだ。それに次の手はすでに用意している。ここから避難した連中も全て始末する。一人残らず。これまで退職したCIA職員やNSA職員を事故死として処分し、統合特殊作戦部隊ストライクドッグを影で始末したのもアインス率いるシャドウ・リーパーであった。


「隊長! 後方から生体反応! さらにチャーリー分隊が全滅!」

「シールズか。生体反応1。何者だ。ブラボー分隊、げいげきするぞ」


 シールズが追ってきているのは知っていたが、予想以上の早さだ。シャドウ・リーパーがここまで被害を受けたのは初めてである。


 セントラルホールを突破してきた零を見て、アインスはスペード・キングからの報告を思い出した。


「あの女は……アイリーン! アイリーンだ! 撃て!」


 アイリーンの恐ろしさはデータから理解している。彼女はしょうしんしょうめいの化け物。人間と呼ぶにはあまりにもいつだつしている女性。ブラックレインボーのボスであり、国連軍総司令官であるニンバスがゆいいつ、その存在を認めたくない存在だった。


(サイファーめ! ここでもじゃをするか!)


 ここでアインスはシールズの正体がサイファー(零課)であることに気が付いた。必死の抵抗にも関わらず、ブラボー分隊はふところに入られる。ブラボー分隊はすぐに格闘戦へ移行とするが、零の速さにはかなわない。

 零は相手の武器を手で払いのけ、回転しそのまま首元へ手刀を入れた。さらに隣の隊員による右ストレートを受け流し、その右腕へ勢いよく左ひじを入れる。シャドウ・リーパーは零の動きが読めない。それは速さだけの問題ではなかった。


 零に関する戦闘データはあまりにも膨大であり、油断ならない。一手一手が相手を確実に追い詰める。誰もが使える格闘術だけでなく、道具や現場にあるものを利用しての機転。零という存在をアインスが消化するには時間が無さ過ぎた。


 ブラボー分隊員四人目、五人目は同時に無力化され、最後の六人目が間もなく倒された。


「お前がグレイか。我々と来てもらうぞ」

「それは無理だな。お前達もBCOも全て始末する。我々は任務をまっとうする」


 ここで零が不敵な笑みを浮かべる。


「ああ、もしかしてミストのこと?」

「なにっ……」

「悪いけど仕掛けていたミストは全部こちらで回収済み。散布できないから。それとこれは我々からのお返しだ」


 零は一気にアインスへ詰め寄り、アインスの反撃を難なく避けた。彼を締め上げて地面へたたきつける。隊長の異変にアルファ分隊は気付いたが、BCOとの交戦で助けに行くことができなかった。


鹿な」


 彼を守っているはずの戦闘スーツは右腕の一部が切られている。


「おい、まさかそれは……」


 零の左手には医療用注射銃インジェクションガンが握られており、アインスの右腕へ注射した。


「心配するな。ちゃんと完成させている」


 注射銃の中身は容易たやすく体内へ侵入した。めんえき機構にとらわれることなく、血流に乗って全身へ回る。ブレインシェイカーは複数種類のナノマシン群で構成され、神経細胞だけでなく多種多様な細胞へ急速に浸透していった。分子レベルで本来あるべき身体の基礎をむしばんでいく。やがてブレインシェイカーが脳へ到達すると、神経系は完全にナノマシンの支配下に置かれることとなった。


「ベースにしたのはお前達が開発していたブレインシェイカーD3型。洗脳に特化したモデルだ。念のため言っておくが、お前達のアンチ・ブレインシェイカーは効かない」


 零課は由恵とケナンによって、ブレインシェイカーの試作モデルを完成させていた。それだけではない。ブラックレインボーが開発したそんのナノマシン兵器も全て解析済みである。事実上、零課はブラックレインボーと同様、ナノマシン兵器を手にした。


「グレイ、知っている限りでいい。ブラックレインボー幹部達のデータを全て渡せ」

「はい」


 先ほどまで敵だったグレイはなおに零の言葉を受け入れた。ブラックレインボーの幹部リストと詳細データを零へ転送した。幹部の名簿を確認する。


《ブラックレインボー幹部》

〈指導者〉

 ニンバス・アルヴェーン(そうすい


〈最高幹部〉

 アルベド・マイオス(ジョーカー)

 エマーソン・ブラウン(スペードK)

 ミラー・レッドフィールド(クラブK)

 タルゴ・ブルーウェル(ダイヤK)

 イリーナ・ヴァイオレット(ハートK)

 ソール(スペードQ)

 シヴ(クラブQ)

 ラーン(ダイヤQ)

 イズン(ハートQ)


〈上級幹部〉

 ウィリアム・ヴェローナ(スペードJ)

 リサ・シュベーフェル(クラブJ)

 ディーペル・シーモス(ダイヤJ)

 アレックス・アンバー(ハートJ)

 *K=キング、Q=クイーン、J=ジャック


 ここでエマーソン・ブラウンの名前が目に入った。彼はアメリカ軍特殊部隊をとうかつするアメリカ特殊作戦軍司令官である。


(スペードのキングはやはり特殊作戦軍にいたか)


 知りたい情報を手に入れた零は零課員へ情報を共有。その後、軍のオープンチャンネルを開き、BCOとシャドウ・リーパーの両者へ無線を聞こえるようにした。


「こちらネイビーシールズ・チーム0のオヴニル。第6特殊作戦群へぐ。我々は貴隊の指揮官グレイ大佐をこうそくしている。大統領命令XYZにのっとただちに武装を解除し、我々の指示に従え。従わない場合はぐんせきをはく奪し、攻撃対象とする」


 もはや状況打開の手段を持たない第一小隊アルファ分隊は零のかんこくを無視することが出来ず、武装解除を実施した。これはシャドウ・リーパーが任務を最優先とする特殊部隊であるとともに、無駄死を許されていないためだった。無駄死には人的資源の損失以外なにものでもない。


「シールズ・チーム0? それにオヴニルと言ったか?」


 ハワードは武装解除したアルファ分隊を見てまどった。シールズがシャドウ・リーパーを相手に戦っていたことも不思議であったが、オヴニルというコードネームが引っかかった。


「皆、銃を下ろせ。彼らは味方だ」


 BCO局長レイモンドがすぐに部下へ伝える。


「どうやら間に合ったようだな。こちらオヴニル、BCO作戦本部に到達。護衛対象パッケージを確保した。トワイライト、ドクター状況を報告せよ」

『こちらトワイライト。オールクリア』

『こちらドクター。全てのりょにブレインシェイカーを投与済み』

「了解。トワイライト、てっ退たい準備を開始。ブルーバード2、3の到着を待て」

『トワイライト、了解した』

「さて、BCOの皆さん。改めて自己紹介を。我々は海軍特殊部隊SEALsシールズのチームゼロ。大統領命令XYZにより貴方あなた達の救出に来ました。これより、皆さんは我々の保護下に置かれます。事態収拾まで我々が命をけて皆さんをお守りし、我々が命をけてブラックレインボーを倒します」

「大統領は本当に味方なのか? V2を発令したんだぞ?」


 ハワードがそういうのももっともだ。BCOしゅくせい命令であるV2を発令したのは大統領その人である。


「結論からいうと味方です。ブラックレインボーの息がかかった者達は政府ちゅうすうや軍内部にまで入り込んでおり、大統領はほとんど身動きできない状態なのです。また、特殊作戦軍の司令官エマーソン・ブラウンがスペードのキングであることも判明しました。我々が処理します」


 零課の想定内だったが、世界各国に散らばるシャドウ・リーパーは武装解除を行わなかった。なぜならブラックレインボーのレクイエム計画を遂行するにあたり、アメリカぐんせきは必要ない。彼らは淡々とBCOエージェントおよびMTFのしゅくせいを実行していた。


『オヴニル、こちらトワイライト。ブルーバード2、ブルーバード3がもなく到着』

「了解。皆さん、ここから退避しますよ。ブラックレインボーが貴方あなた達を探しています。すでに避難したBCO関係者も我々が保護していますのでご安心を」

「オヴニル、我々はどこに連れていかれるんだ?」


 ハワードは零に尋ねた。


「それは言えません。そして


 この言葉で零の奥底に秘められたれいてつさがBCOのみなに伝わった。

 零課はシャドウ・リーパーからBCOを救ったが、もちろん零課は零課として別の仕事もかんすいしていた。BCO内部の機密情報を洗いざらい入手し、シャドウ・リーパー隊員からもブラックレインボーの情報を得ていた。ただBCOを助けたのもちゃんと意味はある。零課はBCOを隠れみのに使うつもりでいた。ブラックレインボーの悪事全てを世界に公表するのはBCOだ。零課ではない。これで零課はその存在を隠せるとともに、アメリカへおんを売ることができる。そして、アメリカ大統領は自身のめんぼくを保つことができるだろう。


本部HQ、こちらスペクター・ゼロ。これより護衛対象パッケージの護送を開始する」

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