山間部

山間部-001 今だけの効果のようです。少し得をしました

ランレルは、大きな袋を手に、サテン達の方へ走って行った。トルンと共に桟橋近くに向かっていて、警邏の男たちも街道から続々と現れるのだが、すぐに馬を船に乗せようと川の男達と大声で話しあいはじめていた。


鐘の音は相変わらずで、いったん家に寝に帰っていたはずの町の人々が、朝だからか、寝れないからか、通りに面した家は、外を掃き始めたり、裏から煮炊きの薪を運びだしたり、いつの間に畑へ行っていたのか野菜を積んだ大きな籠をもって家へ向かっていたりと、町へ出てきはじめていた。


港の広場に警邏達が集まりだすと、荷車を引っ張ってきて、食べ物や飲み物を売り出す人たちも現れだした。警邏達は馬を馬つなぎに止めると、トルンの方や、柱に結ばれた兵へと散って、さらに、岸を見る為か、町の長に聞いたのか、港の広場の屋根へと上ってった。


川沿いの宿屋も、道沿いの板戸をあけ放って、並木の下にテーブルを出し始めた。朝の客用なのか、椅子やテーブルを拭くと大きな籠にパンを入れてテーブルに置いていく。一人二人と、宿の客が現れて、朝食の椅子に座りはじめると、湯気の立ったスープ皿や飲み物のコップを、トレイに乗せた給仕たちが、のんびりした顔で配り始めていた。


ランレルは、朝食をどうにかして用意しないと、と思いながら、サテンのところに走って行った。すると、そのわきで、ちょうどトルンが、馬から飛び降りた警邏に、

「ロンラレソルの信者は2名だったか。それ以上はなしか」

と確認していた。

「ちょうど町の門番と、売れっ子の楽師の女が染まっていて、『今に龍神様のご時世になる』と声を上げ続けていました」

「いつ洗脳されたのか、分かったか?」

「二人は付き合っているようですが、ちょうど4か月ほど前に楽師の妹が夫とやって来た辺りからおかしくなったようでした」

「妹夫婦は、王都へ行った、と言う事か?」

「ええその通りです」

「4か月前からか。長いな」

二人は、声を潜める事はできなかったのだが、人に聞こえない距離で声を上げて話していた。調べてから、トルン達を追いかけてきたのだ、とランレルは気がついた。三騎だけが先行したんだ、とやっとわかった。あの時が緩くなっている時にすれ違った、必死に駆けて行った騎馬は、今は警邏と共にいるか、王都へ警邏と共に走ったか、どちらかだろうと考えた。


馬から降り立った警邏は、トルンより年が上で、肩幅も背もあり、色が黒く顎ひげも濃く、警邏と言うより兵や軍曹のように見えのだが、トルンに対する言葉遣いや視線には丁寧で敬意が見えた。副官のようだった。

「申し訳ありません。15騎がせいぜいでした。それ以上は、一般警邏が良いと思いますが、間に合いません」

副官は、街道をちらりと見てからトルンへ言った。馬が到着しただけで、街道は空っぽで、向こうの草原の中を突き抜けている。トルンもちらりと目を向けた後、頷きながら、

「問題ない。先行隊だ。情報収取が主になるだろう」

と答えていた。


ランレルはそこまで聞くともなく聞いていたのだが、サテンの斜め前に立つと、かrく会釈をして、

「サテン様。宿は無理でも、朝の食事だけでもしていきませんか?」

と聞いた。サンテは、トルン達をちらりと見た。ランレルも、警邏達に目を向けた。馬は船に乗りはじめていて、一艘に一頭を載せると、ゆっくりと岸を離れ始めていた。船の数からすると、人間を入れて四往復くらいにはなろうだろう。

「ここで食べよう」

サテンが簡潔に答えると、ランレルは、

「かしこまりました」

と声を上げて、慌てて広場に出ている、荷車の方へ駆けて行った。立ちながら、簡単に食べれる、巻物的なモノが無いか、飲み物はそのまま船に乗って持っていけるモノが良いか、と思いながら、馬と警邏の間を縫って近づいて行く。荷車を見ると、半分に割った汁気の多い果物と、朝の煮物に使う根菜が積まれていて、そのまま食べれるものは無かった。ランレルは、果物を4つもらううと、今度はテーブルを出し始めた宿屋の方へ走って行った。パンを分けてもらって、できれば中に何か挟んでもらえないかと駆けていく。


ランレルが駆けて行くのを見て、アヤノ皇子が、

「私が代わりに用意をして参りましょう」

と言ってゆったりとサテンへ会釈をしていた。ランレルが先ほど倒れていた、という事を気にしての事だったようだ。しかし、サテンは首を横に振って、

「日常の時間に戻って身体が慣れ始めている。問題あるまい」

と答えた。


トチ医師も同じようにランレルを気にしていたようだが、サテンの言葉を聞いてほっと息を吐いた。そして、それよりも疲れがたまっていたのだろう、桟橋脇にあったベンチへ行くとそこへ腰かけて、あわただしく走り回る警邏や川の男たちを眺めた。さて、自分はどこへ行くべきか、と思っているようだった。警邏の捕縛がないなら、このままロンラレソルの町に帰っても問題がない。サテンが問題ないのなら、自分も問題が無いはずだ、これはこのまま戻るかな、と思っているようだった。


トチ医師が対岸を眺めると、ちょうど朝日が川面に当たって、金色に光始めていた。山すそはまだまだ夜の中のよで、暗く影になっていたが、光がさらに明るくなって美しく見える。あの、山すそであった治療の事が嘘のようにのどかに見えた。自分が治療をしたのは、信者だったはずだ、と思いながら、馬を載せた船が葦の間に入り岸へ見えなくなるのを見る。空になった船が葦の間から顔を出し、再びこちら岸へと漕ぎだしてくる。


向こう岸には誰もいなかったのか、対岸で細いのろしのようなモノが上がっていいた。馬より前に渡った男たちが上げたのだろう。それを見てトルンがほっと息をつく。副官に、

「ここには伝令と、国軍か領軍か分からぬが、兵が来た時の指揮官を置く」

「軍への指揮はちと無理では」

と言いう言葉に、トルンが苦い声で、

「ばらばらの軍に任せれば、伝令だけで小隊がいる」

副官は笑って、

「ハーベイに任せましょう。軍は貴族に頭が上がらないモノですから」

と言うと、

「任せる」

とだけ言って、再び岸と船を眺めだした。


ランレルは、先ほどのトズサムの宿屋に行くと、女将に朝食用にバケットと間にハムやチーズを挟んだモノを貰えないかと交渉していた。女将はちょっと楽しそうな顔をしたのだが、すぐに用意をさせてくれた。「今度はちゃんと支払いをさせていただきます」とランレルが言うと女将は「ありがとうございます」と豪快は笑顔で言ってくれた。


ランレルが、籠に朝食を入れて抱えて走って戻ってくると、ちょうど、トルンがサテン達に、

「あの船にお乗りください。向こう岸も無事なようだが、何かあった時に、幻を解く人間にいて欲しい」

と言っていた。サテンが頷いて、そのまま、ランレルが来ているかどうか、トチ医師が自分の動きに気付いているかどうか、まったく気にせず、言われるがままに、桟橋の船に向かって歩き始めた。ランレルは間に合った、とホッとして後に続こうとして、座り込んでいるトチ医師に気づく。声を上げて、

「医師様、食事は船でになりそうです。どうぞ、お急ぎください」

と言ったのだが、医師は対岸を見たままこちらを向かない。そこで、ランレルは、鉦の音で聞こえずらくなっている、と言う事を思い出して、籠を持ったまま走って行って、トチ医師に、

「船が出るそうです。海に出る船はここからは出ませんが、対岸に行けば、雇いの船が出せるかもしれません。ただ、サテン様はこのまま警邏に同道されるようなので、ハーレーン商会は船のお手配しかできませんが。海からの船の手配も必ずさせてただきます」

とランレルは気張って言った。と、ランレルが走って離れたのを見ていたトルンが、サテンに向かって、

「あの若者も連れて行って欲しいのだが」

と声をかけていた。サテンが頷いたかどうか、ランレルは分からなかったのだが、自分を見ていると気が付いて、トルンへ会釈を返して、もちろん同道させていただきいます、と分かるように動いて見せた。トチ医師が、怪訝な顔をするので、

「隊長さんが、私の同道を気にされていたのです」

と答えると、

「聞こえるのか? この中で、あの距離からの声が?」

と言われ、ランレルはちょっと困ったような顔をしたのだが、素直にうなずいて、

「今だけの効果のようです。少し得をしました」

と言って笑った。トチ医師は考え込むような顔でランレルを見上げていいた。そして、ゆっくりと腰を上げると、

「同道しよう。海への手配はいらんよ」

と言った。ランレルはちょっと驚いた顔をしたのだが、すぐにうなずいて、

「かしこまりました。できる限り快適になるようにさせていただきます」

と言ってにこりとした。そして、さあ、と言うように手を広げて桟橋を指す。


ちょうど、船べりを掴んで川の男が船を抑えている所を、サテンが飛び乗り、アヤノ皇子がよろめきながら船べりを超えたところだった。

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