山間部-002 王都の警邏達と共に、土手を歩いた

ランレルが籠を抱えて桟橋の端に来ると、川の男に待ってもらった礼を言って、軽く船べりに飛び乗った。川船は海と違った波が緩い。海へ行く船には帆もついていて、屋根のある客室が乗っているようだったが、向こう岸へ行く船には櫓と櫂があるあけで、屋根もなかった。ただ、船底が平たく舷側が丸く取られていて大きい。中央のシートは、ベンチのように背もたれがあって、座りやすくなっていた。


桟橋から移って、細い人一人立てるかどうかと言う甲板に立って振り返ると、ちょうどトチ医師が箱のカバンを肩掛けしていたのだが、箱を背中に回して、用心深く船に渡って来ていた。ランレルと目が合うと、「何回か乗っていても、揺れるからね」と軽快に渡ったランレルに比べて用心深く見えと思ったのだろう、言い訳のようなことをつぶやいたのだった。ランレルはにこっとして、「私は海辺の育ちですから」と答えたのだが、鉦のせいで、やはりトチ医師には聞こえなかった。ただ、何か返事をしてくれたという事は分かったのだろう。頷いて、「転ばなくなったのだよ」と苦笑いして言い足した。


船の先には川の男が、その脇には警邏の男が乗っていた。川の男たちの指示の下、ランレルとトチ医師は、前の方に腰かけているサテンとアヤノ皇子の後ろに座った。一列に4席もある広い船で、両舷近くに警邏の男たちがいた。


対岸を見ながらの船旅になるのだ、と気が付いて、ランレルは大きく息を吸った。水の香りが胸いっぱいに広がって、潮風では無いが、何か懐かしいような気持になる。そして、海面近くに座ったせいか、岸がかなり遠く見えた。船は男たちの掛け声で、簡単に岸を離れて漕ぎだされた。風が無い。横揺れを感じるが、上下の揺れはほとんどなくて、船先は川上に向きながら進み始めた。


ランレルは、座って船が動き出したのを確認すると、手早く籠の布を外して、中のチーズやハムが挟んであるパンを、中に入っていた小さな布でくるみながら取り出した。そして、声を掛けながら、前に座るサテンに一つ、横に座るアヤノ皇子に一つ渡して、最後に同じように包みながらトチ医師に渡すと、

「飲み物もございますから。お食べになる前に必要でしたら教えください」

と声をかけた。


ランレル達の後ろにも、警邏の男たちが乗っていた。トルンは最後に来るのだろう、岸でまだ誰かに指示を飛ばしているのが見えた。副官だ、とランレルが思った男が後ろに同じように座って、前を見ながら縁を掴んでいるのが見えた。厳しい顔を見て、これは遊覧船じゃない、と感じたのだが、周囲をぐるりと眺めてから、自分のパンを素手でつかむと、アヤノ皇子が口を付けたのを確かめてから、自分もしっかりとかぶりついた。「うまい」と思わず声が出た。トチ医師が横で同じようにうなずいていた。サテンはと言うと手にしたパンを包み込んだまま、のんびりと光り輝く川面を眺めていた。アヤノ皇子へ「食べて英気をやしないなさい」と言って、アヤノ皇子が食べ始めたところで、パンに興味が失せたかのように見えた。


ちょうどパンを食べ終わって、果物に葦の管を刺したさっぱりした飲み物を、サテン達に配っていた時の事だ。


船は川の中央に出ていて、同じように2艘の船が対岸に向かっていた。平原に日が差しはじめ、背後の港は随分遠くなっていた。屋根が三角でせり出した川の上の建物が日差しをはじいて光っていた。王都の入口ともいえる小さいが優雅な港になっていた。


川上は、空と並木が見えるばかりで人影はなく、対岸は鬱蒼とした低木の向こうに青空と山の峰が見えた。ペルシール地歩から始まる山岳街道は、山の中ほどに有名な景勝地があって、王都の夏には避暑に人々が涼みに行くほどだった。この港が、避暑への一歩で、川を渡る有名な歌もあった。夢いっぱいの夏のアバンチュールを歌う歌で、広場や街角で歌うたいたちが歌っていた。対岸の港は、もう少し川下にあったはずで、冬を前にしていたとしても、日ごろはもっと船も人の行き来も多くある場所のはずだった。それが、今は、川がきれいん見えるだけで、人気が無い。ランレルが、隣のトチ医師に飲み物の果実を手渡し、サテンが珍しくも口をつけて飲み始めるのを確かめてから、自分も一口すする。故郷にいた時によく飲んだ、岸辺の木になる実だが、軽い甘味があってすっきいりしていた。水に浸していたのか冷えていて美味しい。王都の濃い味の飲み物に比べたら、がっかりするかもしれない、と思ってサテンやアヤノ皇子を見たが、二人とも水を飲むかの如く飲んでいた。アヤノ皇子が少し戸惑ったような顔をしたのだが、サテンの飲み方を見てすぐにまねた。表情までまねたように見えた。トチ医師は嬉しそうな声を出して喉を潤していた。


船を漕ぐ川の男たちはもちろん漕ぐだけだったのだが、前に備えた警邏の男たちや、後ろに座っている警邏や副官たちは、固い干し肉を一つ二つかじっているようだった。飲み物も懐から細い筒を出して一口二口飲んで終わらせていた。同じように船の時間を食事に当てていて、ランレルは少しほっとしていた。彼らの分の食事の用意をしていなかったので、ここはハーレーン商会としては用意して、親交を深めるところだっただろうか、それとも、それはやりすぎだろうか、はたまた彼らが食事をしなかったとして、ロンラレソルから走り続けて休憩や食事はどうするのだろうか、と考えて、食事の用意をしていなかったことに、深く後悔していた。サテンも誰も気にしていないが、疲れて食料が無い中、美味しそうなモノを食べているのを見て、気分が良くなる人はいない、と焦ってもいた。それが、警邏の人々の食事を見て、兵や警邏の食事の心配は、やはりやりすぎなのだ、と言う気がしてきた。次に機会があったら用意をしようとするかもしれないのだが、今はちょっと救われたような気になった。


ランレルが飲み物の最後の一口をずっと吸って飲むと、川の男が声を上げた。


それと同時に、すぐ後ろからすごい鐘の音が聞こえ始めた。振り返ると、後方の警邏の一人が、両腕を上げて、小さな鐘を吊り下げて槌でがんがんたたき始めていた。また、対岸の方からもカンカンと鐘の音が響きはじめた。川の中ほどで、背後の町の鐘の音が遠くになって、静かになりだしたところが、酷い音が再び始まっていた。

「さっきの舟でさぁ!」

船の先で櫂を握っていた川の男が、大声を上げていた。横の警邏が顔を寄せて声を聴き、それを後ろの警邏に大声で伝え、さらに、後ろを向いてサテンとランレル達を越えて、後ろの副官に伝えていた。

「距離は?!」

と言う問いに、聞かれる前に分かっていたのか、副官の声に重なるようにして、

「あの葦の向こう、せり出した大きな木の下で草が揺れてまさぁ!」

との声がした。ランレルが見ると葦も水草も同じように川や風に揺れているように見えるのだが、いつもと様子が違うのだろう。川の男はそう言いながらも、船の先に目を細めていいた。後方の櫓を握る男が、立っているからさらに良く見えるのか、

「吃水が浅い。空じゃないか」

と声を上げる。これは副官に直接聞こえたらしい。

「寄ってくれ」

と言う声と共に、船の先が川上に向かいはじめた。


ちょうど先に岸に上がっていた警邏達が、同じように気づいて動き出したのだろう。船が川を渡りランレル達にも見えるくらい小舟の近くに来る頃には、木に捕まるようにして川の中へ降りて行く男達の姿が見えた。小舟を覗き込んで飛び乗ったのだろう。葦が大きく揺れたのだが、それだけだった。戦いの音もしなければ、叫び声も聞こえてこない。もちろん、鉦の音は響き続けていたのだが。


副官の船が葦を割って近づくと、飛び乗った男が布を手に立ち上がった。

「これがあっただけです。ゼセロ副官!」

声はランレルにはよく聞こえたが、他の人間には聞こえていなかった。ただ、言いたいことはすぐにわかったのだろう。

「持って上がれ。どこの船だ!」

この問いは、すぐ後ろの櫓を握る川の男が知ってたようで、

「地元の渡り舟でさ」

と言われ、ゼセロ副官と言われた髭の男は、

「小舟は向こうの港へ引いて行ってくれ。こっちに舟を残すな」

と初めの部分は川の男へ、最後の部分は自分の部下へ言っていた。岸に声が届いたかどうか分からなかったのだが、後で動くのだろう。そばの警邏が「はっ」と答えていた。


ランレル達は、川岸の土がせり出て木の根が水に浸かっている岸に、船をつけて、川の男たちに手で押さえてもらって岸に上がった。


ランレルが、彼らに礼を言いながら、籠を胸に抱えて軽く飛び上がって、木の枝を掴んで土手の上へあがって行くと、そこは、畑の土手だった。


なだらかに広がる畑が見えた。畑の向こうには小さな水車が見え、農耕地だ、と思ったのだが、ランレルは首を傾げた。畑は雑草に埋もれていた。畑の中にぽつりぽつりと雑木林があるのだが、そこに行き着く土手も、草が丈高く生えて埋もれるように見えた。


ランレルは、王都の警邏達と共に、土手を歩いた。川沿いに馬を集めてある方へと行く。街道が川下にある港から伸びていて、広い道に行きついた。警邏が見張っていたのだが、馬はあちこちの並木の枝に手綱を掛けられ大人しく草を食んでいた。


街道の向こうには村があるのか家がぽつりぽつりと見えた。その背後には雑木林がある。雑木林はそのまま続いて、いつしか山へと変わっている。


ランレルは、村を見て、それぞれの家を見た。板に茅を乗せた屋根で煉瓦の煙突が見えた。一つ一つの家は、低い煉瓦で囲まれていて、裏には農具小屋や農夫小屋のようながあって立派なモノだった。大きな農家で大勢がこの農耕地で働いているのだろう、と思うのだが、朝だというのに、外に出ている人影がない。煙一本上がっていなかった。


※すいません。修正中で、この先は前の話とつながっていません。どうぞどうぞ、急いで更新していきますので、少々お待ちくださいませ。(By るるる)

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