ランレル-013 宿を手配をして参ります

夜が明けようとしていた。


ランレルは、宿を探す事にした。


サテンとアヤノ皇子は、雨の中、ハーレーン商会にやってきて、そのままほとんど休まず、夜を開けてしまっていた。ランレルが、商会に来る前はどうしていたのですか、と聞くと、アヤノ皇子は寝て起きた、とだけ答えてくれた。サテンは何も答えず、ランレルはどこかの宿に泊まってきたのだろう、と検討を付けた。その前はどしていたのですか、とさらにアヤノ皇子に聞くと、龍の影を追っていた、と答えてくれて、さらにその前は、と聞いたところで、アヤノ皇子の困惑した目に出会った。聞く方がおかしい、と思っているような目で見返していた。サテンはと言うと、トルンが桟橋で捉えた男たちを中へ運ぶように、人々に指示を出していたのだが、静かにその様子を眺めていた。


鐘の音は相変わらずやかましく、隣に立つ人の声を聴くのも一苦労、と言う状況だったが、人々の顔には笑顔が戻っていた。


トルンが桟橋っから戻り、捉えた男たちを広場の柱に結ぶようにして固定させると、サテンの方へ大股でやってきた。サテンはただ、その姿に向かって、

「兵は止めた」

と事実を述べた。トルンは、

「ご助力かたじけなく。深謝する」

と固い声で言った。あの状況で、何かしたのはこのサテンだ、と信じているようで、

「王都からの兵が来て港の守りが万全になりしだい、川を渡る。良ければ、ご同道願えまいか」

と再び言った。ランレルは、サテンはこのまま、すぐにでも対岸に行く、と言うのでは、と思っていたのだが、軽くうなずいて、

「人には休息が必要だ」

とだけ言った。ランレルを見て言ったのだが、ランレルは気づかずに、その声を聴いて、はっと、アヤノ皇子とトチ医師を見た。ハーレーン商会から、休みなく歩き続けたアヤノ皇子は何事もないかのように立っているが、ロンラレソルの町からここまでも歩き通しだったはずだ。自分は馬に揺られていたが、と思ったところで、トチ医師を見る。自分の治療をしてから、あの血だらけなシーツになるような手術をしてから、まったく休まず、アヤノ皇子と同じように歩き通しで、寝ずに朝が来ようとしている。ランレルは、自分は馬に揺られてここまで来た上、さっきは横になって休ませてもらっている、と思ったところで、周りを見た。宿は川沿いにありそうだ、と思うと、元気に、

「宿を手配をして参りますので、お待ちください」

と言って駆けだした。先ほどまで、動けない程のめまいがあったのがウソのように元気になっていた。アヤノ皇子がサテンの傍で、側仕えのように立ち尽くし、走り出したランレルを見つめていた。自分も、と動くような気配はなく、ただ、次のサテンの命令に備えているようだった。


ランレルは、広場の板敷きを走り、通りに立った。宿屋は川岸にずらりと並び、その前に女性や子供が、思い思いに立っていた。宿の人も船に関わる人が多いのか、戦いに出ていたようで、背の高いショールを巻き付けて立っていた女性が、ほっとしたような目を川へ向けていた。その傍に赤子を抱えた若い小柄な女性が立っていて嬉しそうに、女性へ話かけていた。


ランレルが、宿屋に近づきながら周りを見回すと、そろそろ空が明るくなりだしていたのだが、人々があくびを噛み殺すようにして、のんきに家に向かっている姿が見えた。対岸に渡っていた船は、中の兵が固まてしまっているのか、兵を乗せたままこちら岸へと漕ぎ出していた。あまり力を入れずにのんびり漕いでいるようで、到着するのは随分と川下の岸辺になりそうだった。荷車を、町の長の事務官のような人物が指示を出して、川沿いに迎えを送ろうとしはじめていた。


サテンが「兵を止めた」と言った通り、向こうから来ていた兵士は、陸から梯子を渡って走り出していた人々も姿が見えず、岸は静かなモノだった。その対岸をサテンは目を細めながら眺めていた。何かが見えていたのかもしれないが、結局何もいわずに見ているだけだった。


トルンは、サテンの傍から町の長へと向かい、大声を掛ける。

「鐘は、しばらくは鳴らし続けて欲しい。兵は来るが、その後も、鳴らせ続けなければならない。向こうの様子が分かってから、この警戒を解いてほしい」

と話していた。町の長も同じように思っていたようで、頷きながら、

「それは問題ありません。兵はいつ頃でしょう?」

「まずは、警邏が来る。その後になるだろう。警邏の数によっては、我々はすぐに向こうへ出立する。その時には船を頼みたい。そして」

とトルンは言葉を止めて、周囲を見ると、捉えた兵士の様子を見ていた仲間の警邏がトルンの方へ戻ってくるのを見た。そして、町の長に、

「しばらく、ここに船は来ない。ロンラレソルからも人は来ない。この川沿いの港はみな封鎖になる」

と言った。町の長が「船はいつでもご用意しましょう」と言ってから、仕方がなさそうな顔をして、「砦跡に備蓄と警備を備えておかなければならなさそうですな」とあきらめたように答えた。この鐘が止まるまでは仕方がない、と思っているようだった。


トルンは、仲間が来ると、

「この港は封鎖する。隣の港に馬で行って、こちらの封鎖を伝えてくれ。向こう岸から船が来たら、受け入れず、まずは鐘を鳴らせと伝えてくれ。こっちの鐘が聞こえていただろう。中央大陸の侵略兵だと伝えて良い。港の長のみになるだろうが。封鎖は嫌だと言っても従わせろ。それから、港の男たちに、海までの全港へ伝えさせてくれ」

「はっ。トルン隊長、あの兵たちはいかがしましょう?」

と柱の縛られた男たちを視線で示しながら聞いた。

「ロンラレソルからの人間の任せる。先行隊が来るだろう」

と答えていた。


ランレルが、桟橋に近い宿に向かって、走り、背の高い女性へ声を掛けに行くと、女性はショールを解いて、隣の女性に宿へ戻れと声をかけていた。聞き取れたのはランレルくらいだっただろうが、宿の入口にいた老やは見ていてわかったのだろう、入口の大きな開き扉を開けて、女性が入るのを待っていた。


「すいません。宿をお願いしたいのですが」

ランレルが、側に立って女性に丁寧に声をかけた。背の高い貫禄のある女性は、目線一つで指示が出せる。ランレルは、この女性が宿の主かもしれない、と思いながら、腰低く頼んでみると、女性は良く日に焼けた、口が大きくぱっと開く女性だったのだが、大きな笑顔を作ると、

「朝一番に、お客が来るとは幸先の良い一日になりそうだ」

と言うと、

「喜んで。ご用意しましょう。メロー! お客様だよ!」

と中に向かって大声で怒鳴っていた。中に入りかけていた女性が慌てて振り返り、

「ただいま!」

と声を上げたのだが、その声が聞こえていたかどうか分からなかったのだが、動きが見えたからだろう。長身の女性は、

「さあ、さ、中へ」

と言って片手を広げて、宿の両開きになった玄関へと誘うのだった。

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