ランレル-005 シーツはどこだ。タオルと同じ場所にあるのか

静かにサテンは見守っていた。目を開けたランレルは当惑したような顔をして、術台の上に腰かけていた。


ランレルは蹲って声を殺して泣く男を見て、緑の服に、この人が医師だ、と気が付いた。そして、自分を直してくれた人だ、と気づいたところで腕を上げた。肩から腕にかけて白い布がまかれていてガサガサしている。少しひきつったような感覚があるが、それほど痛みは感じない。

「素晴らしい治療だ」

と口の中でつぶやくと、サテンが、

「幸運を引き当てたな」

と静かに答えた。医療とは、ここまですごいモノだったのだ、とランレルは素直に感動して、

「ありがとうございます。ほとんど痛みもありません」

と術台の上から、足をぶらぶらさせないように、几帳面に動きを止めて言うと、医師はゆっくりと顔を起こした。ソファーの前でうずくまっていた医師は、そのまま立ち上がると、足取りもおぼつかない様子でランレルの傍に来て、腕を取った。そして白い布を見ながら、ゆっくりとした手で、布をほどき始めた。


ランレルが不思議そうに見ていると、

「血が止まるはずがない。こんなに早く止まるのはおかしい。目を覚ましても、動けるはずがない。痛みがないはずがない」

と口の中で呟きながら、布の下の油紙を剥がして、縫合した傷跡がほとんど筋のようになってふさがっているのを見つめていた。


その姿を見て、サテンが言った。

「健康で、エネルギーに溢れ、傷を負った瞬間から時を止めて、疲労を止めて、的確な止血と縫合を得て、補強をするエネルギーを注いだからだ」

とゆっくりと丁寧な口調で言った。医師が手を掴んだまま顔を上げると、その目を見て、

「龍の奇跡ではない。運が良かったのだ。すべてが間に合ったからだ」

「いいや違う。見てたんだ。龍神の力があったからだ。あなたが胸に手を置いて、血を止めて傷を治していたからだ」

と言う医師の固い声に、サテンが苦い笑みを返して、

「そんな魔法があれば、医師など探さず、とっくに直していたさ」

と言って、思い出したように振り返り、じっとそばで立ち続けているアヤノ皇子に向かって、

「よくやった。おまえのおかげで救えた命だ」

とねぎらった。アヤノ皇子は一瞬目を見開いて頬がかっと蒸気して感動したように打ちう震えた。しかし、ランレルに目を向けた途端に、静かな目の色に変わり、

「この者は、私の代わりに刃を受けたのです。陛下のお礼などもったいない。なすべきことをなせたのは、陛下のご命令のおかげです。ありがとうございました」

と逆に礼を言って、腕を自分の腰に回して丁寧な礼の姿をしたのだった。そして、アヤノ皇子は顔を上げると、ランレルに向け、

「大儀であった。傷が早く治るには寝ているのが良いようだ。シーツを変えよう」

とこれまでの様子しか知らないランレルにとっては、驚きの発言をした。ボタン一つ自分では止めれない人間の言葉とは思えなくて、ランレルが、驚きに目を見開いていたのだが、アヤノ皇子は全く気付かず、奥の扉へ向かって歩きだし、扉を開けると、

「店の者。シーツはどこだ。タオルと同じ場所にあるのか」

と言いながら、奥の廊下に姿を消してしまうのだった。

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