ランレル-004 静かに龍神に祈っていた
あの信者達は、嘆き悲しんだ後、静かに龍神に祈っていた。彼ら自身の振る舞いが、彼らの大事な人々を追い詰めたと言うのに、それでも、祈る事で救われていた。トチ医師はつぶやく。
「龍神でも、神でも。救いがある方がまだましか」
そう言ってから、こうやって後悔だけが残って、誰も救えないよりも良い。そう思うと、ただただ身体がだるくなって、ソファーに背を持たせかけた。
そこに、
「あれ。何があったんです。大丈夫ですか」
と言う声が上がった。明るいからりとした声で、医師を探していた若者の怜悧な声とはまるで違った、温かみにある声だった。トチ医師が、顔を上げると、術台の上の若者と目があった。術台の上にいた、細い白布を腕に巻き付けていた青年が、目を開けて、身体を半分起こしていた。
さらに、周囲を見ながら、ゆっくりと身体を起こす。トチ医師を慌てて立ち上がって、
「じっとして、動かない! 傷が開く、と言うより血が止まらなくなる!」
と声を上げた。
若者は目を丸くして、まるで、今さっきの手術は嘘であったかのように、身軽に動いた。つまり、足を台から下して術台から降りようとした。
「縫い止めたばかりだ。寝ていなさい」
と落ち着いた、あの男の声が掛かった。青年の胸の上に手を置いていた。あの姿は、まるで、祈るようだった。その男が、当然だ、と言うように、若者の肩を押して、横たわらせようとする。術台のシーツが固く血が乗っていて、若者が顔をしかめると、男は軽く鼻で笑って、
「シーツを変えてからだな」
と言い足した。
と、トチ医師の中で何かが切れた。そして、声を上げていた。
「なぜ、自分の信者を助けないんだ! 大勢、龍神に祈りながら命を落とす人々を、なぜ、この青年のように助けないんだ!」
トチ医師の目からぼろぼろっと涙がこぼれた。悲しいのではない。何か、感情が競り上がって来て、もう、耐えきれなくなっていたのだ。
「あなたの名を呼んで、医師に助けを求める。龍神様がいるから自分たちは大丈夫だと、全然大丈夫じゃない怪我人たちが、歩けるはずがない人間を引きずってやってくるんだ。まだ、村で安静にしれいれば、医師を呼びつけさえすれば、助かる可能性だってあったはずの人間たちが、龍神様が都におられる、だから自分たちは大丈夫なのです、と言いながら。助けようと連れて来たのに、死にゆく家族を見送るんだぞ! あんたがいるから平気なんだと言いながら!」
トチ医師は血の付いた袖でぐっと目元を拭った。緑の上着の血が顔に赤い線を書く。まるで血の涙のような顔になった。でもそんな事には気づかなくて、さらに叫んだ。
「あんたがいるから、龍神がいるからいいんだって、間に合わなかった家族を抱きしめ、助からなかった冷たくなっていく身体にしがみついて、みんな泣きながら、それでもあんたに祈っているんだ。なんで来ない、なんで助けない、なんで奴らに姿を見せてやらないんだ! 信じているんだぞ。あんたがいるから、幸せなんだって、信じているんだ。死してもなお、信じているんだ!」
そう言ってから、ぐぐっと声を押さえて、嗚咽が漏れて、サテンを睨んで号泣していた。
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