ロンラレソル-016 医師がアヤノ皇子に指示を出す

バイゼンが、ポンプで水を汲んで、盆の水をこぼさないように部屋へ戻ってくると、医師がアヤノ皇子に指示を出しながら、準備をしていた。はじめはトチ医師は丁寧に話しかけていたのかもしれない。しかし、アヤノ皇子がタオルを持ったまま、使うまでそのまま立ちつくすつもりかもしれない、と気づいたところから、言葉ははっきりした分かりやすい、聞きようによっては厳しい声に変わって行った。アヤノ皇子は、何を言われているのか、もしかしたら、半分も分かっていないのかもしれない。しかし、トチ医師が、

「違う違う! そんな柔らかいソファーで人体を固定して縫うなんてことができるか!」

と声を上げると、アヤノ皇子は頷いて、腰を落としてソファーを押してどかしはじめる。トチ医師はうろうろしながら、店の中のものをあれこれ見て、

「屈まなきゃならないような台はダメだ。立って作業ができる台だ。人間一人を寝かせられる固い台だ」

とつぶやきながら見て回っていると、アヤノ皇子はソファーをぐっと端へ押しやり、ぱっと立ち上がった途端にデスクへ向かって歩き出した。そして、デスクの上にのったモノに手を掛ける。バイゼンは、慌てて、窓際の棚に、珍しい扇子や刺繍の施された毬や、レースの手袋など、王都土産を買い忘れた人用に商品を揃えて飾ってあったのだが、それを肘でざっと端へ寄せてから、水盥を乗せ、デスクの傍に駆け寄った。


おかげで、アヤノ皇子が、デスクの上のブックエンドで建てられた冊子や、ガラスの呼び鈴やインク壺を、勢いで下へ落とそうとする前にたどり着き、デスクの上のモノを慌ててそばの椅子に乗せれた。そして、アヤノ皇子と一緒に壁を蹴って、デスクを部屋の真ん中に押し出した。トチ医師は、それを見ながら、

「これでは狭い。もう一つ台だ」

と言って周囲を見回す。バイゼンは、慌ててその視線の先を見つけ、窓際の台から、さっき乗せた水盥を出窓に乗せ、飾り棚のレースの手袋や珍しい刺繍の毬をソファーの上へ避難をさせて、アヤノ皇子と一緒に、部屋の中央に押しだすのだった。

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