ロンラレソル-014 急ぎである。怪我人の血は酷い
二階の回廊に歌やざわめきが戻り始めたころ、アヤノ皇子は階下に降りて、トチ医師
の前に立った。酒を飲む前だったからか、思ったよりも医師の動きは早く、アヤノ皇子よりも早く階段を降りると、後から降りてきたアヤノ皇子を振り返り、
「で、患者はどこだ?」
とせっかちに聞いていた。龍王がどうのとか、喉を付くほどの大けがだとか、王都でケガをして連れてきたとか、あまり信じてはいなかったのかもしれない。または、単に早く戻って飲みなおそう、と思っていただけだったのかもしれない。店の男たちが階段下で頭を下げて、
「またのお越しをお待ちしております」
と声をそろえていつもの言葉をかけるのを、手を上げてすぐに戻るというようにうなずいて見せると、再びアヤノ皇子の顔を見た。
アヤノ皇子はうなずいて手を突き出して見せた。アヤノ皇子は、医師がいる。これであの青年は助かるだろう。そう思うと心がどこか暖かくなっていた。目の前に立つ人間が、自分をしっかりと見ている、と言うのにも、不思議な気持ちにならず、いつしか自然と、これは必要な事だから、と言うように、拳に握った手を差し出して見せていた。中には、八角形のコインがあった。
トチ医師がなんだ、と覗き込む。それを確かめてから、アヤノ皇子は穏やかに、
「龍王が、我らの準備を待っておられる」
と言った。トチ医師が困惑すると、アヤノ皇子は怪訝な顔になって、
「『これで医師を用意させよ。扉を開いて外へ立て』とおっしゃったのだ」
と言う。トチ医師はさらに困惑した顔になったのだが、ふと気づいたように、
「ハーレーン商会の商会紋か。という事は、あんたはハーレーン商会の関係者か」
とつぶやいて。
「なんで。まあ、あんたみたいのを使いに出したのか」
と言うと、アヤノ皇子を見て何かを言おうとしたのだが、言っても無駄だと思ったのか、そのまま、さっさと歩き出した。アヤノ皇子はその後を追うようにして、
「急ぎである。怪我人の血は酷い」
と言い足した。
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