ロンラレソル-003 扉を開いて外へ立て

サテンは、首から鎖を引っ張り出して、店の印のペンダントを出すと、ランレルの後ろに乗っていた青年へとぐっと差し出し、

「これで医師を用意させよ。扉を開いて外へ立て」

と指示を出す。青年はペンダントを手に黙って馬から滑り降りた、と思ったら、そのまま動きを止めた。顔を見上げてサテンを見ていたのだが、サテンが馬首を回して半廻りで方向を変える。上を見上げたままの顔で、いなくなった空中を見つめていて動かない。手にしたペンダントを片手で、もう片方の手を包むように閉じているのだが、指が閉じかけている処で止まっている。

「おまえは来い」

と言う言葉に、ランレルが怪訝な顔を見せると、

「今、時を動かせば、その瞬間に失血死だ。医師を探すために時を戻す余裕は無い。アルラーレに約束している。おまえは来い」

と言う。ランレルが、固まったアヤを見て、店の者が医師を用意できるだろうかと不安になる。と、その間に、サテンは馬を寄せながら、片手をのばして、ランレルの馬の轡を掴み、向きを返させ、

「離れるぞ」

と、固まったままのアヤノ皇子をその場に置いて、ランレルの馬の尻を軽くたたいて走らせた。


大通りをまっすぐ行き、元来た道を戻りだす。板塀の町の門から外へ出て、並木の影へと行くと、草原の手前の並木の下で、根の膨らんだ場所まで行くと、

「降りろ」

と短く言って、サテンも降りた。ランレルがそこで初めて、馬を引かれてここまで来たのだと気が付いて、慌てて降りる。このサテンと言う男とあの青年が離れて、あの青年が大丈夫なのだろうかと心配し、また、どこか神経がおかしくなったのか周囲がぼんやりしてきたせいで、反応が遅れたのだが、

「心配ない。指示は出した」

とサテンはランレルの考えを読んだ。そして、そのまま、自然に、ごく当たり前のように、

「木に凭れて根に座れ」

と言うと、ランレルが座るのを待って、今まで持っていた馬の手綱をそれぞれの蔵に巻き、馬の首を軽くたたくように撫でると、その尻を音が出る程きつくたたいた。と、馬は嘶き驚きと驚きの蹄でだっと駈け出す。見ていると、そのまま、王都の方へ戻って行く。そして、サテンは道をじっと見つめて、

「20分ほどだ」

とだけ言って、隣に腰掛けた。すると、突然、ごっぉと言う音と共に全てが戻った。雨が額にぶつかり、風が髪をかき上げて目をすがめるとマントの端があおられて顔にかかる。遠くで歓声やざわめきと共に太鼓や弦の音がきんっとして聞こえ、うるさいほどの足元を打つ雨音が自分に当たりながら聞こえた。と思った途端に、ぷつりと音が止まった。何もない平原を見る。雲が流れるように動く。まるで、大急ぎで駆け抜けているようにも見えた。瞬く星が平原の向こうに見え、空が明るくなってくる。雲が流れて消えていく。と、そこで、ランレルは目を見開いた。星がぐっと動いたように見えた。

「問題ない」

とサテンが言った。ついさっきまで、街道には人っ子一人いなかった。王都へ続く街道は、平原の真ん中を抜け、並木ばかりが見え、強風でしなる木々が見えていた。いや、たぶんそうだろう、と思うのだが、はっきりとは見えない。ついさっき見えた雨は街道を白く滝のように落ち、道を消していた。その向こうに時々しなる並木が見える。駆け足のようなスピードで右左にしなる並木ははっきりと見えなくなって緑の幕のように見えだした。ランレルが、なんだこれはと目を見張っていると、小さな米粒みたいな影が街道の向こうに見えた。と思うと、人間のスピードとは思えない程の速さで、しかし、歩いているとしか思えない手足の動きで近づいた、と思ったら、すぐそこに背に荷を括り付けた旅の業者のような大男が、ぎぐしゃくとしそうな大げさな動きで近づいてくる。顔がぱっとこちらに向き瞬時に向こうを向いたのは、目がぎょっと開いたせいか、恐ろしく印象的だった。しかし、その姿があっという間に背中を見せて、小さくなってロンラレソルの板塀の門をくぐると、喧騒に見えなくなる。と言うよりも、そこでランレルは目を見張った。


遠く、街道の向こうに板塀の続く囲いがあって小さな門が見え、そこから街の中に一本の道が伸びている。その中に家々の明かりが灯り、道を横切る人々の影があるのだが、光がぼおっと膨らんでその中を人の影が線の様に縞模様を作り動いていく。あまりに早く動くので影の様にしか見えず、時折立ち止まっている人間のみが、人に見えた。

「これは?」

とサテンを振り返って聞こうとした。周囲の時間が、自分たちよりも早く飛ぶように過ぎているのか、と。振り返ろうとして動きを止めた。その時、町の真ん中で、まっすぐこちらを見る顔が見えた。通りの中ほどの開き戸の前で、小さく見えるが身じろぎ一つせず、こちらを見たまま動かない。腕が滲んでいたり、上半身が揺れているのかダブって見えたりする影の中、微動だにせず、じっとしていたのだろう、浮き出るようにはっきり見える姿があった。

「終わったか」

とサテンも同じように気づいたらしい。アヤと呼ばれる青年が、言われた通り、扉の外に立って身じろぎ一つしないで外を見つめていたのだった。

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