ロンラレソル-002 足元の泥は跳ねあがって固まっている

いつの間にか、馬の歩みを緩めていた。背後の街門は小さくなり、並木の向こうには遠くなって低く見える外壁のみ。その向こうに夜空を背景に黒々とした煉瓦や石の建物が見え、建物の向こうには岩山が見えた。きらきらと光がともり、岩山の中に作られたと言う、絢爛豪華な王宮の一部が遠めに見えた。


サテンの横にランレルが並ぶと、馬上のランレルに手を伸ばして顎を上げさせる。傷口を見ていた。指で血に触れ、眉間にしわを寄せると、

「すぐに失血で失神するか」

と診断を下していた。そこで初めて、ランレルは、この男が、あの街門の閉鎖に気づき、気づかれないように馬で突破したのだと気が付いた。この周囲が固まり、並木が風に揺らいで上へと伸びた枝の先がしなったままで固まっていたり、街の中では上から落ちているように見えた滴が、斜めに連なっている点々に変わっていたりするのを見ながら、

「あなたを捉えようとしていたのではないのでしょうか」

と静かに聞いた。足元の泥は跳ねあがって固まっている。雨粒の勢いが強いのか、水たまりに水が落ちて跳ねて止まっているようだ。遠目の空が明るいのは、雨雲はここだけだからだろうか、と思いながら馬を進める。進めながら、横に並ぶ男を見る。すると、

「王は止めぬよ。その周りは知らぬ」

と、まるで王の事をよく知っているかのように答えた。ランレルが、このアルラーレ様の伯父上とは、ハーレーン商会の伯父上ともいうこの異能の人とは、なに者だ? と思いつつ、後ろの青年の声を思い出した。そして、青年の声を思い出しながら、

「龍王陛下?」

とささやくように聞いた。腰を掴む、アヤと呼ばれる青年の手に、ぐっと力が入る。が、横を行く男は、反応せず、

「あれが、ロンラレソルか」

と視線をまっすぐ、道の先へ向けて短く言うのだった。


平原を突っ切る街道の先に、淡く光る町が見えた。王都の門を朝にくぐりたいと思う人々が集まり泊まる町で、平原の中の小さな町だ。家々の窓から漏れる明かりが町全体をぼぉっと照らしていた。雨の中、光に浮かぶ町は幻想的に見えた。近づくにつれ、雨は霧に変わり、外灯の明かりが霧に反射して町の通りを照らしている。板塀で囲まれた強盗除けのある町は、真ん中に踏み固められた土の通りがあって、随分いった先に、小さく板塀の門の出口が見えた。家々は漆喰と木で2階建てがせいぜいの高さだが、二階には欄干があり、そこから乗り出すように通りを見ながら、酒を飲む男達がいたり、酌をしている女たちが寄り添っていたり、通りには客引きか、宿を取った後に疲れを癒しに外へ出た人々を引っ張りこもうと、男や女が両手を振って、土間の中へと呼び込んでいた。

「宿と言う名の遊郭か」

とサテンが言う。さっとランレルの頬が蒸気し、

「別に通っているわけじゃなくて」

よく知っているわけじゃない、と言いたかったのだが、

「これほどにぎわっているれば医師もいよう」

と言われ、からかわれている分けではないと気が付いた。


しかし、町の人々は唾を飛ばして人を呼び込んでいても、両手を振ってからかう男達に文句をいいつつ媚を売っていても、霧が顔に掛かるのか布で顎を拭っている男がいたとしても、全員が動きを止め、ぶつかられよろけて足元が危なくなっている男も、転ぶ間際で、宙に浮かぶようにとどまっていてる男も、全く静かなものだった。

「で、治療所は、医師はどこだ」

とサテンが言うと、ランレルは口を閉じた。初めての町だ。店の場所だって分からないのに、医者の場所などなおさらだ。が、ランレルは、腕を上げた。とその先に、八角形が3つ重なるマークが板に浮き出た看板があった。うちの店なら、裏通りではなく表通り、そして、端ではなく中央だ、と思った通りにそこにあった。ランレルはほっとして、

「あそこで聞けば分かります」

と振り返って言うと、馬上のサテンはひょいっと片方の眉を上げた。人間的な動きをする時には、この表情をよく作るらしい。そんな事を知らないランレルは、見透かされたと思ってちょっと頬が赤くなった。知らないのに知っているふりをしているとばれたのだ、と思ったのだが。

「なるほど、そこか」

とサテンはいった。

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