ロンラレソル

ロンラレソル-001 門を出るぞ

石畳は光り、水たまりは氷の様になっているらしく、馬は水たまりの上で蹄を滑らせるのだが、滑りそうになったところで、ばしゃっと水の中に落ちる。水が本当に固まっているわけではなさそうだ。

「門を出るぞ」

前を行く、アルラーレの伯父が短く言うと、

「はい、陛下!」

と後ろに座っているだけの青年が勢いよく答えた。ランレルの代わりに。


門は、今まさに、引き上げてあった外門の柵が滑車で降ろされようとしていた。門脇の塔には大きな舵輪があって、そこに3人の兵が取りつき、乗っている者、押している者、降りる柵を見上げながら腕を振っている者と、怒鳴りあいながら回しているのが見える。と、言っても動きもなく、静かな物ので、止まっている。脇のくぐり戸を、検番兵に割符を見せて通っている商人もいれば、その後ろで、市民票を首にかけた紐を引っ張って取りだそうとしている者もいる。王都から出る反対側のくぐり戸の人々は、両手や片手を上げて大声で何かを言っているように見えるのだが、柵を置かれて通れないようにふさがれている。兵士が棒で押し返し厳しい声を上げている。ように見える。


サテンが顔にぶつかる滴をフードの庇ではじきながら、広くトンネルのような門を、下りかけの柵を頭上に見ながら駆け抜ける。その後ろをランレルがアヤノ皇子を後ろに乗せながら追いかける。先がとがった策は、先に鉦が打ち付けあるせいか、暗がりに壁のランプに当たって鈍く光る。ちらりと見上げて駆け抜けると、

「閉門に間に合って良かった」

と誰に言うともなく言った。するとサテンが、腕を先に延ばして見せる。王都の門の向こうに、平原が見えた。その手前に並木があり、並木が平原の真ん中を貫くように続いている。その並木の下には、雨をよけ肩を寄せ合う人々の姿があった。汚れたフードや泥だらけのブーツには、長い旅をしてきた様子がうかがわれる。

「閉門は唐突だった」

とサテンが言うと、彼らの顔には苦々しく、門を睨む顔が見えた。顔にかかる濡れそぼった髪を片手で跳ね上げて、中には踵を返して戻ろうとしている者もいた。この平原の先に、小さな町があるが、そこまで再び戻らなければならない。そのいらだちと、疲れに肩を落とし、足が痛むのか足を引きずるように動いたのだろう、足元にブーツで削った筋が付く。水たまりと泥と並木と、草原の冷たい風が吹く、暗い雨雲の落ちた外門前で、人々は立ち尽くしていた。

「身元のはっきりしていない者は通れぬようにしているようだ」

とサテンは言って、門を抜け、茫然とした顔の、動かぬ人々の前を悠然と駆け抜けて行く。ランレルは、振り向きながら彼らを見る。悔しそうな顔の先には街門があって、その街門では、数人が足踏みするように膝を上げて動きを止めている。寒いのかもしれない、とランレルは思った。今は、寒さも、痛さも、つめたさも、何も感じなくなっているが、この音のない世界にいる人々は、ひょっとして、つめたい雨に濡れているのかもしれない、と思った。

「なぜ」

とランレルが無意識につぶやくと、アルラーレの伯父は初めに見た時よりも饒舌だった。つぶやくランレルに、背を向け馬を駆っていたと言うのに答えてくれた。そのくらい、ここは音もなく、人の気配もなく、寂しい空間だった、ともいえるのだが。

「バイローンの仲間を探しているのだろう」

と言った後、

「偽バイローンか」

と言いなおした。ランレルは、じっと前を行く背の高い黒い衣装の男の背を見た。考え込むような、迷っているような気配を感じる。

「偽バイローンとは、誰ですか?」

とランレルが聞くと、すぐ後ろから、

「龍王に刃向かう愚かな者よ」

と簡潔できっぱりした声が聞こえた。首を回してみると、しっかりとランレルの腰を掴み、戸惑いなく馬にまたがりながら、アヤと言われた青年が、苦々しい顔をしてこちらを睨みつけている。ランレルはサテンに嫌がらせをする詐欺師を想像し、それから、

「あなたへの敵対する者は、王都を上げて探されるのですか」

と聞いた。冗談を言ったつもりだったが、言いながら、冗談ではなくなっていた。ハーレーン商会まで襲いに来る男たちがいる。ランレルを切って排除するように、このサテンを排除しようとしたのだろう、と思うとひやりとした。しかし、サテンは興味のなさそな声で、

「敵対はしておらぬ」

と言った。しかし、後ろの生真面目な青年は、同時に、

「当然だ」

と厳しい声で言い返していた。ランレルは困惑していた。あの、急襲していた男たちは、敵対していないとは思えない。そして、強盗まがいの人間が出たとして、門を閉める程だろうか、とも思えてくる。それで、

「兵に閉門を命令できるのは誰だろう」

とつぶやいたのだが、これにサテンが、どこか遠くへ思いを飛ばすような声で、

「王であろう」

と答えてくれた。後ろの気配は静かだった。興味がないのか、黙り込んでいるようにも感じた。ランレルは、

「王陛下」

と驚きと共につぶやいて、

「偽バイローンと言う人は、王に追われるほどの何をしたのでしょう」

と聞くと、

「王国の乗っ取りだ」

とサテンが応え、ランレルが口を閉ざすと、

「いいや。軍の乗っ取りだったかな」

と言い足した。

 なのに、「偽バイローンと敵対していない」とこのサテンは言う。ランレルは、主のアルラーレが、早く王都から出るようにと、大陸東部へ行くように勧めていた、という事を、この時ようやく思い出したのだった。

「アルラーレ様の伯父上様、なのですよね」

と低く誰に言うともなくつぶやくと、サテンは楽し気に笑うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る