城下-015 昨夜の雷鳴は、王宮と王都に落ちた
この3人なら、それほど重くなさそうだから乗れないこともないだろう、とランレルは考えた。自分も重くないが、この青年もひょろひょろしている。でも、2頭いれば、3人で1頭に乗るより、負荷が少なく長く早く走れる。それで、サテンは、もう一人乗れるならと、馬を放したようだったのだが、ランレルは、自分を支える腕をぐっと握っられたのが分かった。ちらりと見ると、悔しそうに口の端を食いしばっていた。しかし、何も言わずに、サテンが作業をしているところを眺めている。ランレルを支えると言う使命を、絶対の命令として果たしているようだった。
サテンは馬車の竿を外すと、馬が片足を上げて駆けだそうとしていた形のまま固まっていたのだが、その首を軽く撫でた。その途端、馬の嘶きが戻って、辺りに音が鳴り響いた。しんっと耳に痛いほど静まり返ったいた場所で、馬の声に石畳を叩く蹄の音が戻る。奇妙だがほっとした瞬間だった。それから、サテンは、ランレルを馬へ投げるように乗せると、その後ろに、同じようにアヤを乗せた。そして、もう1頭の馬に軽くまたがると普通の通りを行くように、粒の中を駆けだした。
ランレルは、まるでビーズの粒のトンネルをくぐるように追いかけながら、王都を後にしたのだった。
ハーレーン商会の裏では、玄関には血みどろの跡があった。外では馬が外され、柄と馬車の箱と、御者席が残り、一瞬にして馬が消え驚愕している御者がいた。襲ってきた男達は、目の前で瞬時に3人が消えると、驚愕するよりも早く、屋敷の玄関から飛び出して行った。そして、いまだにぐずぐずしている動かない御者の男を見ると、
「降りて走れ!」
と一人が怒鳴って、そのまま、雨の中に消えて行った。
「どこかで付けられたのでしょうか」
玄関に流れる血を見て、苦い声でグーンが言った。アルラーレは、
「目立つ方だ、ちょっと探せばすぐに分かる」
「よく、いまだに王都にいると思いましたね。あの方なら、どこに居てもおかしくない」
「昨夜の雷鳴は、王宮と王都に落ちたと言う噂だからな。それを聞いて考えた者がいたんだろう」
と言った。そして、やはりグーンと同じようい睨むように床に落ちた血を睨み、
「約束は必ず果たしてくださる方だ」
と言ってから、
「まずは、ランレルの保護者に話さなければならんな」
と言って、深いため息をついた。ランレルを息子として大事にしている、ランレルの叔父はアルラーレの幼少のころからの幼馴染でもあった。幼馴染は、豪傑な鍛冶屋のおやじでもあり、身内を亡くすことを極度に恐れる友人でもあった。随分前に妻子を無くしてから、それがひどくなっていた。
「さて。何と言えばいいか」
と言いながら、アルラーレはさらに深いため息をついたのだった。
水玉が宙に浮く世界を、ランレルはぼうっとしながら見ていた。王都は静かで、時折見える馬車は絵画の中のように馬が片足を上げたまま止まっていたり、跳ねた水を避けるように傘を傾けながらドレスの裾を抑える買い物帰りの女がいたり、裏階段から両足で飛び降りて両手を振り上げて、今まさに水たまりに着地しようとしている子供が、宙で笑顔のまま止まっていたりと、不思議な世界になっていた。
不思議と言えば、腕から首に上がった切り傷は深いはずだがピンクの肉が見えていると言うのに痛みがない。深すぎる傷は血もでず、痛みも分からなくなると聞いた事があるが、血は噴き出たところで固まっているし、切られた瞬間の痛みもあった。しかし、こうやって前のめりになり、後ろに青年を乗せて馬を駆っている今は、全く痛みが消えていた。たまに額に当たる雨粒が、頬に当たって弾けて水になって落ちて行くのだが、落ちて顎から離れると、離れた途端に制止する。見送ると宙にあるままで、ちらりと後ろを見ると、後ろにまたがるアヤと呼ばれる青年も気になるのか、宙に止まる滴に手を伸ばし、手のひらにぴちゃと当たったのを見て、弾けた小さな滴が離れてから、再び宙で止まるのを、目で追っていた。
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