城下-011 仰せに従い、着替えて参りました陛下
腰下まで来る上着。革とラメと宝石で彩られた腰ベルト、足には測って仕立てていないので少しゆるみがあるが細い足を美しく見せるパンツに、歩きやすい縁飾りがあるブーツ、と言った装いだった。アヤノ皇子はサテンの前で、袖の縁を引っ張って、また、襟を整えるように指を添えると、サテンを見て優雅に腕を振って挨拶をして見せた。
「仰せに従い、着替えて参りました陛下」
ランレルは顔をしかめた。また、「陛下」だ。ただでさえ浮世離れした雰囲気だと言うのに、所かまわず「陛下」と言うからさらに怪しくなってくる。せっかく、普通の豪商に見える衣装を着たと言うのに、台無しだ。と思っていると、アルラーレも苦々しい顔をしていた。顔をしていただけではなく、サテンに向かって、
「何とかならないんですか、これは」
と言った。しかし、サテンは、首を左右に振って、
「その内収まる」
と言って気にも止めない。ランレルは、ニコニコと笑い満足そうに服を見せびらかしている青年を見て、
「収まるのか? 本当に?」
と疑いたっぷりに首を傾げた。もちろん、密かにだったのだが、アルラーレが気づいたようだ。しかし、ランレルは気にしなかった。どう見ても、アルラーレも同じように思っているようだったから。
それから部屋にサンドイッチが一人分だけ用意され、アヤと呼ばれる青年は、勧められるままに腰掛けて、大人しく上品に一口づつ食べ始めた。サテンはすでに食べたのだろうか。何も食べずにソファーに座ってじっと見ていた。考え込んでいるようだった。アヤ、と呼ばれる青年が食べ終わると、サテンは腰を上げた。アルラーレが同じように立ち上がり、サテンへ、
「それで、どこへ行かれるのです?」
と聞くと、サテンは考えながら、
「そうさな。プッシュナートにでも参るか」
と答えた。するとアルラーレが苦い顔をして、
「そんな魚と岩しかないようなところに行ってどうするんです」
「龍の住む地方だそうだ」
とサテンがからかうように言うと、アルラーレが口の端にぐっと力を入れて何かをこらえた。イラッとしたのを抑えたのだ、とランレルは見て取る。と、アルラーレは、
「行く場所がないのでしたら、東部にでもお行き下さい。大陸の東部です。ハーレーン商会の者に連絡をしますから、そちらでゆっくりなさると良い」
「龍王と言い続ける者がいる」
「いいんですよ。大陸東部で聞いたって、冗談としか思いません。ワイルラー王国の代表的な龍のデザインは、タペストリーや小物に飾りで入れると縁起がいいと言って良い値で売れますが、信じる者などいませんよ。その上、あそこは商都です。王より商人の方が偉いんですから。王が何人いたって、びくともしません」
そう言ったかと思うと、いつの間にかアルラーレの横に来ていたグーンが小さな美しい貝の盆を手にしながら立っていて、その差し出す盆の上に畳んだ布があったのだが、グーンが優雅に指先でそっと開いた。布の中、盆の上にはメダルがあった。鈍く光るメダルは、2センチほどの楕円で2ミリほどの厚みに複雑な柄が彫り込まれている。表には龍と蔦と3つの八角形の柄があって、意匠は複雑で美しく、鎖が付いていて、アクセサリーの様にも見える。アルラーレは、グーンの盆からメダルを手に取ると、
「持って行ってください。ハーレーン商会の関係者の印ですから」
と言って手渡した。サテンは軽く手の中で転がすように持っていたのだが、サテンと共に慌てて立ち上がっていたアヤノ皇子に、軽く手を差し伸べて、
「首に下げておくとよい」
と差し出した。アヤノ皇子はおごそかに会釈をしてから近寄って、ゆっくりと両手を差し伸べ、そっと触れるような形で大切にメダルを手に乗せると、
「生涯肌身離さず守ります」
と言って静かに指を織り込んだ。真剣なまなざしに、ランレルは自分の首にぶら下がった鎖の先のメダルを服の上から軽く弾いた。同じものがそこにある。確かに、自分にとっては誇りで大切なもので、生涯大切にしたいと思って受け取ったのだが、この青年が受け取る気持ちは絶対に違う、と確信していた。もしも、この青年が皇帝と言って慕っているこの男が、石ころを渡したら、きっと同じように恭しく受け取って後生大事に持ち続ける事だろう。と思うと、なんだかため息が出た。
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