城下-012 我に鎖をかけるとは

「もう一つ。伯父上もお持ちください」

とアルラーレが、もう一つを盆から取って差し出すと、サテンは軽く指で挟んで、上へ投げてから、片手でメダルを掴みとる。そして、さらりと鎖を首にかけた。

「我に鎖をかけるとは」

と言う声には笑いが混じっていた。滑稽だ、と言う雰囲気だった。どうも気に入らないらしいのだが、アルラーレは、サテンが襟の中にメダルを落とすとホッとしたような顔をした。

「ハーレーン商会の伯父上です。どこででも便宜を図りますから、必ずご使用ください」

と言い含めるように言うと、サテンは片眉をちょっと上げただけで何も返事を返さなかった。アルラーレの脇でグーンが盆の上に乗せていた布を戻しながら、静かにうなずいていた。ランレルはふと首を傾げた。ハーレーン商会の伯父上、と言うのは少し奇妙な言い方のような気がした。


それからバタバタと貸馬車を頼みに人を出し、裏の屋敷の玄関口から出立する事になった。彼らは着替えに立ち寄っただけだったらしい。それとも、軽食を食べに寄ったのだろうか? とランレルは思った。まさか、顔を見に寄ったのではないだろう、と思いながら、あまりの長な無沙汰に、本当に顔を見る為だけによったのかもしれない、とも考えた。そして、それにしては、短すぎる滞在だ、とも感じていた。


手配が終わると、連れ立って八角形の部屋を出て回廊を抜けた。まっすぐ行くと居住区の建物に入り、そのまま、裏通りに面した玄関ホールへ出る。その玄関ホールは、天井から小さな木製のシャンデリアが下がり、玄関扉の上にはステンドグラスの明り取りがあって、古めかしい匂いがする。今は外が暗いおかげで、壁に取り付けたランプがほのかにホールを照らしている。客人である伯父上は、その玄関ホールに踏み込んだ時に、懐かしそうに周囲を見回していた。そんな客人を見ながら、アルラーレが、

「まずは南の港にお行き下さい。今年の東部行の船はまだ出航していませんから、間に合うでしょう」

と言うと、軽く頷き、

「手間をかける」

と答えた。それを受けて、アルラーレが、

「中央内陸の乱戦は小康状態のようです。3家の内、2家が婚姻で手を結んだとかで、18国の乱立が、まとまる事になるかもしれません。お蔭で発注があり、荷を港でいくつか降ろす事になっています」

と言うと、サテンは、「ほぉ」とだけ答えた。どんな意味の「ほぉ」だろう、とランレルが思っていると、アルラーレは意味が分かるらしく、苦笑いして、

「ええ。まあ、ここ3年の小康状態ですし、いつ壊れても不思議はないものですが。あそこが収まれば内陸の道が生まれ、ハーレーン商会としてはありがたいばかりです。まあ、あと何年待てばよい事か。さらに100年、でしょうかね」

とため息をつく。サテンは柔らかい声で、

「永遠に続く人間の乱世と言うのは見たことが無い。いつかは収まるだろう」

と言うと、アルラーレは、

「気長に待ちますよ」

と言って肩をすくめた。ランレルは、大陸の地図を思い浮かべて、東部の商都、中央大陸の戦乱の地、西の古都と呼ばれる我らの地、と考えながら、どこに店舗があって、今度の船はどこに立ち寄るのだろう、と思いながら聞いていた。いつかは、自分も船に乗って買い出しに行きたい、と思っていた。商品を見る目を養って、主の絶大なる信頼を得て、海をまたぐ商人になりたい。そう思って海辺の町から内陸の王都に来たのだから。と、そう考えている内に、玄関の外に水をはじく音が聞こえ出す。


がしゃがしゃと馬の金具の音も聞こえ出して、雨水を口ではじいているのか馬のぶるぶるっとした嘶きも聞こえる。ランレルは慌てて扉に近づき、覗き窓から外を見た。黒い箱馬車が今まさに止まろうとしていた。夕方に王都を出発するのだから、断られても不思議はない、と思っていたのだが、どうやら無事に借りられたらしい。ランレルはホッとして、扉の上下の閂を抜き、内へ扉を引き入れて、大きく開けた。すると、箱馬車からマントを身体に巻き付けて、帽子を深くかぶった男が二人飛び出してきた。はっとして、ランレルは肩で扉を押して閉めるが、一泊遅かった。男達は飛び降りた勢いのまま、体当たりして扉を開き飛び込んで来た。抜き身の剣を手に、なぜか目の白い部分だけがはっきり見えて、ぎょろっと中を見回しているのが見えた。ランレルは舌打ちした。油断した。強盗だ。扉をあきらめ振り返ると主の、アルラーレの前へと飛び出してナイフを構え、主を守った。

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