城下-004 大店の並ぶ、王都屈指の商店街だった

そんな中、細い馬車道から広い回転交差点に出た。


馬車の少ない雨の交差点だった。サテンは中心を突っ切って、反対側に広がる大通りへ出た。片側二車線の幅広い通りだ。馬車道に沿った歩道には花壇が飾られ、歩道に面した大きな窓の店には、ガラスのついた両開きの扉があって、先ほどの細い通りと全く違う。店の軒先には、歩道を覆うような油布の庇が突き出ている。庇の中に吊るされたランプのお蔭で、幽玄な空間が生まれ、庇の下におかれたベンチやテーブルには、雨だと言うのに、買い物の疲れを癒しているのか、笑いさざめきながら腰掛ける人々の姿があった。大店の並ぶ、王都屈指の商店街だった。


サテンはカラフルな庇から庇を潜り、店のガラスに映る、黒いフードの下の表情は変わらぬまま行く。きょろきょろしながら、テーブル席のカップを手に顔を寄せ合っている男女や、印字の香る新聞を手にしたつばのある帽子をかぶった男や、窓の向こうに映る、色とりどりの布や菓子を、物珍しそうに眺めながら歩くアヤノ皇子を連れて。


そして、ひときわガラス窓が通りに面してながながと続く店の前に来ると、中央にあった上半分がガラスで下半分が重厚な樫の木でできた両開きの扉の前に立つと、ずぶ濡れの姿のまま、扉を開いて踏み込んだ。


中にいた長いドレスの上品な女性が驚いたように顔を上げる。綺麗な布で包まれたつば広の帽子を胸に抱えなおして、慌てて避ける。窓際には、カラフルな布の傘や、長い凝った刺繍のマフラーに、レース編みの肘まで届く手袋が、そして、その隣には、革細工のブーツもあれば、壁に飾る銀細工の蝋燭立てもあり、思い思いに品物を見ていた上品な物腰の老紳士が、驚いたように動きを止めた。遠い国からの珍しいものを扱う豪商のようで、カウンターの向こうや、商品の脇でお客様に相槌を打っていた店員たちが驚いて顔を上げ、一瞬店がざわめいた。


店の奥からすかさず、口を引き結んだ短い灰色髪の男が、片手で額の髪を上へさっと撫でつけて、微笑を浮かべる顔が微笑に見えない、しかし、上品な歩き方で、つかつかっとカウンターを廻って出て来ると、ちょうどその時、ずぶ濡れのアヤノ皇子が慌ててサテンの後を追って入って来たのだが、その姿を見ると、一言、

「いったい全体どうしてここへ! そして、今度は何を拾って来たんです、伯父上」

とサテンへ声を掛けたのだった。男は憮然とした声で、フードを跳ね上げ怜悧な顔をのぞかせたサテンへ向かって遠慮会釈もなく、

「銀器には触れないでくださいよ。東部からの取り寄せで、やっとここまで磨き上げさせたのですから」

と言いながら、マントを脱ぐ姿に足早に近寄ると、丁寧に手を差し伸べて、水が滴る布を自分から遠ざけるようにしながらも、マントを折り重ねてまとめ上げると、ゆったりと会釈を深くして見せて、

「長い遠出でございましたな。お帰りなさいませ」

と挨拶をしたのだった。


入口近くの扉をあけ放ったまま、外の冷気を額に浴びて、アヤノ皇子はじっと二人を見つめていた。マントを脱いだサテンは、不思議なほど穏やかな表情をしていて、嫌味のような声を出す男に、

「約束通り、帰ったであろう」

と答える姿を見つめていた。


圧倒的な存在感と、人には見えない何か超越したような頬一つ動かなかったサテンが、どこかに消えてしまっていた。アヤノ皇子は眉間に皺を深く入れ、じっとサテンを眺めつづける。サテンを迎えた男は、入口で立ち止まっているフードの青年を見つめると、サテンに向かって片眉を上げた。太い眉の緑の目の男で、髪は白髪が混じり灰色だが、肌は生き生きとしていて、大きな口をぐっとつぐんでいる姿は辛抱強そうな印象を与えた。サテンよりも頭一つ低く、周りにいる店員やお客たちと、似たような背丈で、似たような髪型で、これと言って特徴もなく、サテンに似ているところも全くなく、ただ、

「人は凍えるんですよ」

とため息をついて言うと、サテンのマントを近くの店員に押し付けて、つかつかっとアヤノ皇子の前に立ち、

「ほら、そのフードを取って。とにかく奥へおはいりなさい」

と驚くほど穏やかにやさしい声で言うのだった。

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