城下-002 月明かりが差し込む部屋だった

木枠の窓から月明かりが差し込む部屋だった。


人が立って歩くのがやっとの隙間しかない。二つの幅のないベットが、両壁につけて置いてある粗末な部屋だ。ベットも、木枠を丈夫に作ってあるだけが取り柄の、上掛けも敷き布も、荒い固い生地で、ベットの板に潰れかけた藁が敷かれただけの、寝心地の悪いものだ。

「さて」

と、そんなベットにこだわりなく横になり、すやすやと眠り始めたアヤノ皇子を見下ろして、サテンは一言つぶやいた。どこか苦い声の様にも聞こえた。しかし、その表情は冷めたもので、顔をついっと上げて、窓を見る目に感情は無い。窓の向こうは隣の家の塀があった。小さな内庭を囲うように建てられた建物のようで、サテンが二歩で窓に近寄って、ガラス窓から見下ろすと、板屋根の井戸が見えた。サテンの部屋は最上階だったらしく、視線を上げると空が見える。

「悪くない」

サテンはそう言って、そのままベットに腰を下ろす。


階下で食事をした時には、宿のカナリが二人分を大皿に盛って運んできたのだが、結局サテンは水しか飲まない。ほとんど興味が無いように、大皿を見て押しやる姿は、口に合わない下町の食事を嫌う高貴な人、と言う風に映ったのだが、そして、それを見てカナリの目がぐっと怒りにつりあがったのだが、サテンは気にせず「きちんと食せ」とアヤノ皇子に言うだけで、アヤノ皇子が食べるところをじっと見ていた。アヤノ皇子が言われるままに食べたおかげで、カナリの機嫌もいくらか直った。しかし、食後に、食堂の奥の裏階段から延々と五階まで上がらされたのは、それほど宿泊客がいなかったのに、わざわざ五階の部屋をあてがわれたのは、まだまだカナリの機嫌が直っていなかったのかもしれない。しかし、五階と聞いても気にした素振りは全くなかった。食費込みでの2人分がペント銅貨五枚なら、そんな物だと知っているだけ、と言う風にも見えた。


暗く狭い板階段を、すすけた煉瓦の壁に手を掛けながら、興味深そうにきょろきょろと見ながら上がって行くアヤノ皇子と、どこにも触れず、暗がりで足元が見えにくいのだが、その足元さえ全く見ないで、ただ、階段の上へ続く暗がりに視線を止めて、息切れ一つしないで上がって行くサテンは、やはり奇妙な二人に見えた。カナリは部屋へ案内した後に、腕をさすった。何か奇妙な者を部屋に通したような気がして気味悪くなったのだった。


窓辺に座ったサテンは、夢を見ていた。ゆっくりと落ちる瞼は月明かりを受け白く照らされ、ガラスに映る顔は疲れて見えた。遠く、仲間の声が聞こえてくるような、人々の声も寝静まっていて、夜のしじまに、窓の外、月の光が音のように降りてくる。窓のガラスがカタカタと小さな音を立てた。風もないのに、震えはじめて、サテンはうっすら瞳を開けると、ガラスに映る姿に、長い鬣のような銀の髪の自分によく似た姿が寄り添っているように見えた。誰もいない。気配がない。サテンは、良く知っているいつもの夢に、ガラスの向こうに緑の森を見つめ、森の泉に銀色の月明かりが落ちて、そこで水を跳ねる相方の笑い声に、耳を澄ませるのだった。

「一人でも生きていける?」

あれは軽やかな声だった。

「それは嘘ね。あなたほど独りぼっちが嫌ない人っていないじゃない」

水音とともに声は続く、

「私は知ってるのよ。え? 違う? 証明して見せる? それは一人になるって言う事じゃない。あなたにそんな事はできないわ」

水際で草に足を投げ出して、両手を背後について夜空を見上げるサテンに声は笑いながらどんどん続けた。

「そんなに強がらなくったって、あなたが強いって私は知っているのよ。同じくらい、あなたが強がっているだけだって事も」

声は暖かく柔らかく、サテンを包み込み、サテンは夢の中でも目を閉じた。

「覚えていてね。あなたは一人じゃダメなのよ。私がずっといっしょに居て上げるから。必ずいっしょに居て上げるから。嘘だと思ったら探してみなさい。必ずそこに、私がいるから」

そう言って、はしゃいだ声は、水の底に沈んでいった。

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