城下

城下-001 食事を一つ。後は水でよい

「食事を一つ。後は水でよい」


そう背の高い男が言うと、全員がさらに肩に力を入れてそっぽを向いた。逃走資金も持たずに逃げ出した貴人だろう、と思うと、そわそわと席を立って、奥の宿屋に続く階段に向かった者も出た。官吏か警邏が、大騒ぎで追ってくるかもしれない、と思った者もいたようだった。しかし、カナリは、一つうんっと頷くと、

「部屋二つを二泊でダウ銀貨1枚。でも、ベット二つの一部屋で二泊にしときな。そしたら、ペント銅貨5枚で食事もつくから」

とすかさず言った。青年の方が慌てたように首を横に振ったのだが、男はうなずいて、

「ならそうしよう」

と言って、

「前金だ」

とペント銅貨を2枚懐の隠しから取りだした。青年が慌てたように、

「そんな陛下と同じ部屋になぞ、恐れ多くて泊まれません!」

と訴えるように男に言うと、カナリが目を剥いた。そのカナリに、

「聞いての通りだ。少し頭がおかしい。同じ部屋の方がよかろう」

と男が言って、再び、

「食事を」

と言ったのだった。

 

言われた青年は、まだ恐れ多いと言い続けているのだが、男は構わない様子で、壁寄りのテーブルへ向かうと、腰を下ろして、長い足を軽く組む。知らん顔をして視線をそらしていた客たちは、ちらちらと二人ずれの様子を探る。身を護る為に、この二人が何者か探っている、と言うよりも、青年のあっけらかんとした、隠しもしない、「陛下」、と言う言葉と、それを気にも止めずに、「頭がおかしい」、と言い切る男と、そして、そう言われても全く気にしていない青年と、と言うおかしな二人にくぎ付けだった。


見た目は、品の良さだけを見れば、王侯貴族と言われてもおかしくないような品位があった。青年の指は、この少ないランプの明かりの中でも、真っ白く何一つしたことの無い上品な手だと言うのが一目で分かった。まっすぐに背筋が伸びて、陛下と呼び尊敬をそのままにして追い掛けてテーブルに向かう姿は、上体が全く揺れずに、手足をゆったりと動くせいか、まるで何かの舞をまっているかのように見えた。男が顎で示して、

「座りなさい」

まるで命じるように言うと、青年は音一つ立てずに、椅子を引いて背にも凭れず、背筋を伸ばした姿のまま、上品に腰掛けた。比べると、まだ、陛下と呼ばれる男の方が、足を組み壁につけた椅子に凭れている姿からも、一般の人のように見える。そのせいか、「頭がおかしい」と男が言った言葉と、「陛下」と言う言葉が妙にかみ合い、もしかしたら、この頭のせいでどこかに捨てられに行くのかもしれない、と気の毒そうに眺めてから、自分たちの会話に戻って行った。



その頃、王宮の大会議場では、儀仗兵が、王と第一皇子が会議の間へ入り、侍従達が手早く扉を閉めるのを見つめていた。廊下には、商家の者達が打合せの為か手早く話あいながら、一人は廊下の向こうへ急ぎ、一人は会議の間へと扉の間に滑り込む。様子を確認しつづける者と、危急を店に知らせる者とが慌ただしく分かれていく。


廊下に立ち止まったままの人々は、主を待っているようで、廊下にたたずみ、同じような主待ちと立ち話をしながら、互いに探りあいをしはじめる。扉がゆっくりと、しかし、侍従達が慌ただしく押し込むように閉め始めると、議場の中で、議長が甲高く槌を打つ音が聞こえた。中の音が、徐々に波が引くように静かになり始めて、扉がついに閉まりきると、儀仗兵は扉を背に、廊下に立った。


窓の外には、大きな月が空高く登りだし、真っ黒い夜の森は、海の様に眼下に広がっていた。ついさっき、第五皇子を飲み込むように現れた、白い巨大な光があったことなど、微塵も感じさせない、いつもの静かな夜だった。じっと月を見つめる儀仗兵は、光に飲まれて消えていく第五皇子を守れなかったと、長く思い続ける事になるのだが、今日がその始まりの日となった。



サテンと第五皇子は、城下の宿屋に部屋をとった。光の中では人は長くはいられない、とサテンがつぶやき王宮を出るとすぐに闇に溶け込むように裏通りに降り立った。どこに行くのか、何をするつもりなのか、第五皇子は何も知らされていなかったのだが、サテンはしっかりとした目的があるようだった。第五皇子は、つまりは、アヤノ皇子は、気にする様子もなく、食事が終わり、部屋へ入り、サテンが、

「横になって眠り明日に備えよ」

と言うと、先ほどあれほど、同じ部屋は恐れ多いと言っていたと言うのに、こくんと軽く頷いて、服もそのまま、ぱたりとベットに横になり、すぅすぅと静かな寝息を聞かせ出すのだった。

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