第7話 蒼風の勇者
呪いの騎士バルドールが復活した事件の翌日、国王は謁見の間にドグマを呼び出していた。
以前までの堂々とした佇まいとは異なり、聖騎士団長は怯えが顔に出てしまっている。彼の側にはレイモンドの姿もあり、もはや絶望しきった顔で床を眺めている様子だった。
「さて、ドグマよ。今回貴様をここに呼び出したのは、何の為か解っておろうな?」
国王の声は意外にもあっさりとしたものだった。怒っているのか、それとも呆れているのか、またはどちらでもないのかもしれない。
「は! 先日のバルドールが復活し、私たちの対応が遅れ、」
「いいや違う。不甲斐ない結果に終わったことを責めているわけではない。のうレイモンド」
国王に話しかけられ、レイモンドは肩を震わせる。
「は、はい」
「一体なぜ厳重に封印をしておったかの化け物が復活してしまったであろう。そのまことの答えは、既にレイモンドから聞いておる」
ドグマは慌てた顔になり、後方に座るレイモンドを睨みつけた。絶対に内密にしなくてはいけないはずの秘密を、この男はまさか漏らしたのか。
「貴様とレイモンドの企てにより、かの怪物を蘇らせたこと。これは防衛云々の問題ではなく、れっきとした犯罪行為。大罪だ!」
「お待ちください国王様! 誤解です。あなた様は誤解をなさっているのです」
ドグマは諦めない。既にレイモンドはガックリとうなだれている。
「ほう。誤解とな?」
「はい。正直に申し上げれば、何のことやら検討もつきませぬ。私は確かにバルドールの復活を察知こそしましたが、それはレイモンドによる報告があってのこと。全てはレイモンドが独断で行ったのでしょう。私は知りません、何も!」
この発言にレイモンドは顔を上げ、ドグマを睨みつけた。
「ふざけるな! 全部あなたが指示したではないか。この期に及んで自分だけ助かるつもりなのか!?」
「知らんな。貴様が勝手に犯した罪だ。国王様、奴めは、」
その時、国王が強く玉座を殴りつけた音が響き渡り、謁見の間は静寂に包まれた。隣の玉座に座るルルは俯いている。
「ドグマ。ワシは本当に貴様のことを勘違いしていたようだ。まさか自らの部下に罪を擦りつけようとは。貴様、今回が初めてではないな?」
「いえ……そのようなことは、決して」
「なあ。あの封印の部屋で、生き残った者がいたことは存じておるのか?」
ドグマの瞳が見開かれ、顔面が蒼白に染まっていく。
「ば、馬鹿な!」
「一人生き延びておったのじゃよ。随分と欲の深い商人じゃが。恐らく呪いの騎士は見逃したのじゃろうて。お主のことを洗いざらい語ってもらった。儲けておったのだなぁ、たんまりと」
ドグマの体がワナワナと震えだし、歯がカチカチと鳴り始めた。
「しかしな。ワシが最も許せぬのは、ルルを命の危険に晒したことだ。これだけはどんな詭弁を抜かそうとも、決して許されることではない。ドグマよ。貴様は楽には殺さんぞ。おい! こやつらを牢にぶちこめ!」
「は!」
兵士達が群がり、ドグマとレイモンドを捕まえて無理やりに引っ張っていく。
「い、いやだあ! やめて下さい。助けて下さい。お、俺は俺は俺は」
元聖騎士団長だった男は最後まで足掻き続けた。しかし彼を助けてくれる者は何処にもいない。王の逆鱗に触れてしまった男は、ほんの数日後に処刑されてしまったのだった。
同様にレイモンドや生き残った商人もまた処刑となり、首謀者達は一人残らず裁かれたのだった。
◇
ドグマとレイモンドが連れ去られて数分後。新しい来訪者が謁見の間を訪れる。
「失礼致します」
もうここに来ることはないと、そう彼は思っていた。
「うむ。よく来たな。シエルよ」
王の声は先ほどまでとは異なり、何処かに暖かさが感じられる。ルルもまた彼を見つめ自然と笑みが溢れている。
「この度はお招きいただき、誠にありがとうございます」
やはり彼は緊張していた。たった一人でこの場に来たことは一度もなく、ほとんどの場合他にいた聖騎士団員が対応してくれていたからだ。
「まずはお主に礼を言わねばならぬ。あのままバルドールが暴れていれば多くの民が殺害され、国が滅んでおったであろう。そして我が娘を救出してくれた。これほどまでに感謝したことは、ワシの人生でも初めてかもしれぬ」
「いえ、その。勿体ないお言葉です」
シエルが恥ずかしそうにしている様子を見て、ルルはクスリと笑う。
「ルルや。お主からも伝えたいことがあったな」
「はい。シエル様、救っていただき、誠にありがとうございます! このご恩、私は一生忘れませんわ」
「は、はい! お言葉、ありがたく頂戴します」
シエルは自分の返答が正しいかも分からないまま、とにかく頭を下げた。
「ふむ。シエルよ。ワシとしては今回、お主に何かしらの礼を尽くしたいと考えておる。そして一つの提案を思いついたのじゃ。ドグマは今日を持って聖騎士団から除名した。つまり現在団長の椅子は空いておる。お主が座ってみないか?」
「俺……私が、団長にですか?」
青年は目を白黒させている。予想だにしない誘いだった。
「うむ。現在聖騎士団は大きな人員補充をしておってな。知ってのとおり、先の事件で優秀な騎士のほとんどを失ってしまった。だからこそ、相応に強き存在を探しておる。お主こそが適任だとワシは考えておる。それと、」
国王はコホンと咳払いをした。
「お主が望むのなら、騎士団がまとまってくれば更に上の地位に就かせても良いと考えておる。ルルもお主と、なにかと話がしたいようだしの」
「や、やだ! お父様ったら」
「はっはっは! どうかな? やってみんか」
ルルは少しばかり頬を赤く染めていたようだったが、考え込むシエルはそれに気がつかない。やがて彼は顔を上げると、先ほどまでとは違い、はっきりとした口調で話し始めた。
「ありがたいお誘いではありますが、私には他にしてみたいことがあるのです」
「ほう……それは何だ?」
国王やルルからすれば意外な返答だった。
「旅に出ようと考えています。私は今まで、外の世界にはほとんど関心を持たずに生きてきました。しかし今回の戦いで、あらゆる文化や歴史に触れてみたいと思えるようになりました。自分の目で世界中を見て周りたいのです」
「うーむ。そうかそうか」
国王はまた白い髭をいじり、彼にしては珍しく落ち着きのない顔になった。チラリとルルを横見すると、少し落ち込んだようにも映る。
「では、世界を見て周ってからはどうする?」
「その後は、まだ決めかねていますが」
「うむ。では世界を旅した後、良ければ聖騎士団に戻ってみんか?」
「え?」
今度はシエルが戸惑う番だった。旅から戻ってくる時など、それこそいつになるのか分からない。もしかしたらこのまま、彼は帰ってこないことも考えていたのだ。
「お主さえ良ければ、ワシはいつまでも待つつもりでいるのじゃがな。どうであろう?」
「それは……」
シエルは少し考え込んだが、やがて小さく微笑んだ。
「もし帰ってきた時、私に機会が残されているとしたら、その時はお願いするかもしれません」
「お父様! 少しよろしいですか!?」
「お? う、うむ!」
ふと座っていたルルが立ち上がり、ドレスの裾を上げつつシエルの元へ向かい、同じようにひざまづいた。
「シエル様。私、あなたが戻ってくるのをお待ちしております。いつまでも、待っています」
気がつけば右手を、ルルの両手が包んでいる。突然のことで戸惑いつつ、シエルはとにかく笑い、不器用にうなづいてみせた。その光景を見て、国王はようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「しかしあれじゃな。このままでは結局報いておらぬな。シエルよ。欲しいものはないか? ワシにできる事なら、好きなだけ褒美をやるぞ」
国王からの問いかけはシエルを困惑させる。その場で少しのあいだ悩んだ後、彼はたった一つだけ願いを思いつく。
「では、お言葉に甘えて。一つだけお願いしたいことがございます」
◇
それから長い月日が流れた。
王国は今も繁栄を続け、街は昔以上に活気づいている。
「こうして、シエルは王都を出て世界を旅することになった。青い服を纏い、白き剣を振るい多くの悪党達を倒していくその姿は、まるで風のよう。いつしか彼はその勇敢な心と戦いぶりから、蒼風の勇者……と呼ばれるようになりましたとさ。はい、おしまい」
教会の中で分厚い本が閉じられ、集まっていた子供達が興奮したまま老婆を見つめている。
「ねーねーおばあちゃん、勇者様は王様に何をお願いしたの?」
「実はね。この教会を新しくして、沢山の人が訪れるように助けてほしいとお願いしたんだよ。おかげでほら、とっても綺麗で人の絶えない所になっただろう」
かつては滅びを待つだけだった教会は、今では沢山の人が通いつめ、年に何度か結婚式まで行われるようになった。呪いの騎士の壁画は既に無くなっている。老婆は懐かしむように、昔と変わらず立っている女神像を見つめる。
「勇者様は結局帰ってきたの? 騎士様に戻ったの?」
「さあてね。この本に書いてあるのはここまで。まあ、知っている者はいるかもしれんが。フォッフォ!」
彼女は満足げに笑いながら、毎日のように子供達に昔話を読み聞かせている。緑髪はすっかり白くなったが、まだまだ元気に孫や子供達と遊びまわっていた。
空を見上げれば今もなお、蒼い風が王都を守っているような気がした。
【全7話】神回避 〜聖騎士団を追放されたが、覚醒した回避スキルで最強勇者へ〜 コータ @asadakota
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